テレ朝・おはよう時代劇『暴れん坊将軍3』第49話「庶民の夢を喰った奴!」(1989年放送の再放送)(2024年2月13日記載)

◆第49話「庶民の夢を喰った奴!」(2024年2月13日再放送)
 以下の通り、記事を紹介しておきます。

番組詳細|テレビ朝日
第49話「庶民の夢を喰った奴!」
 富くじで一等二百両が当たった大工の源三(漣龍造)がその日のうちに殺され、金を奪われる騒ぎが持ち上がった。数日後、吉宗(松平健)は、源三の友人で魚屋の佐助(森川正太)から「人を不幸にする富くじなどやめてほしい」と書かれた訴状を受け取る。さらに、(佐助の妻・お京(佐藤恵利)の話から)佐助が源三殺しの下手人を目撃していることも知った。だが、佐助の話によると、寺社奉行所にそれを訴え出たのだが、奉行所の同心・松木十之進(出水憲司*1)は取り合おうともせず、まったく相手にされなかったという。

暴れん坊将軍 III
第49話「庶民の夢を喰った奴!」
 勧進の富籤を利用し、私腹を肥やす寺社奉行赤池半蔵」(遠藤征慈)とその一味。売り上げを懐に入れるほか、一番富を当てた者を密殺し当選金をも狙う。隣の夫婦をこれで失った魚屋の佐助(森川正太)は、これまでの富籤狂いをきっぱりと断つも、(北町奉行所同心、十手持ちらの脅しによって)無理矢理買わされた一枚が一番富となり殺されかかる。

今日の上様~暴れん坊将軍Ⅲ~ - 天下御免のすっとこどっこい
 若年寄になろうと(政治工作のため)資金をためることに必死になる寺社奉行赤池半蔵」(遠藤征慈)。
 寺社の与力「寺尾兵吾」(堀田真三)、同心「松木十之進」(出水憲司)、北町奉行の同心「安西和馬」(北村晃一)、岡っ引き「黒松」(岡部征純)を使って富くじのいかさまをして私服を肥やす。
 しかも1等をあてた人物を殺害し当選金まで奪いとってしまう*2。なんともせこい。
 富くじを当てた町人が何者かに殺され、当選金を奪うという事件を知った吉宗。
 一方殺害した犯人を見て追いかけた魚屋佐助。
 自身番に申し出るが、北町同心に軽くあしらわれる。そこで目安箱に投書する。
 佐助の「人を不幸にする富くじをやめさせてください」という訴状を見た吉宗は事件と関係があるとにらみ、早速探索に出かける。
 寺の修復の為と吉宗に富くじ開催を願い出た寺社奉行。これもいかさまをして着服するが、それでも足りぬと影富(無許可の違法富くじ*3を開く。
 女御庭番「疾風」の胡散臭い芸者の扮装のおかげで詳細をつかんだ新さんはお庭番と3人で影富現場に向かう。
【今回のみどころ】
昼間の城内
孫兵衛「今日は麻布東福寺富くじの抽選日だったというのに、左源太め、何をしておるのじゃ。」
左源太「遅くなりまして。」
孫兵衛「おぉ左源太、待ちかねたぞ。して、結果は?」
左源太「はっ。田之倉さまの富くじはいずれも空くじでございました。」
孫兵衛「またかぁ。して、そなたの方は?」
左源太「はいっ、やはり空くじでございました。」
孫兵衛「そうかぁ、当たらぬものよのぉ。富くじは。」
左源太「はぁっ。」
 二人でなにしてんだか。でも左源太、じいに無理やり買わされてそう。それで当たってたらじいにあげてそう。そんなやつだきっと、左源太って。

あふろん@芝神明
◆(若山弦蔵のナレーション)
 富くじ江戸幕府が寺や神社の修理改築費の支出を削減し、寺社側に肩代わりさせるために許可した資金集めの興行で一枚数百文の富くじが何百両もの一番くじなどに当たる事から江戸町民に熱狂的な人気があった
◆またインチキ富くじ*4
◆左源太を富くじの確認に使うじい
◆当たったら斬られてたらそりゃ売れんわ
◆(寺の改修に富くじ収入が必要と)将軍様の名を騙って富くじを押し売りする連中
◆インチキ富くじ(の失敗)で三百両押し付けられる佐助大ピンチ 。また三百両を押し付けて殺すのか
◆(若山弦蔵のナレーション)「吉宗は(成敗した)寺社奉行赤池を病死と届けさせた」
 また寺社奉行が謎の病死
◆(最後の若山弦蔵のナレーション)
 吉宗はこの事件の後、忠相ら町奉行富くじに当たった者が金のために 不幸にならぬよう指導させたと言われている。そして吉宗の脳裏には「真の江戸っ子」佐助の姿がいつまでも焼きついてはなれなかった

白ぱんだ
富くじの実施方法のひとつ「富突き」で、悪者が突き方でイカサマをする、というのは、時代劇の定番ですね。富くじ反対派の「佐助」(森川正太さん)が、一枚だけ無理矢理買わされた富くじが、悪者のミスで当選してしまった、という設定が面白いです。
◆「佐助」の妻で、「小助」の母である、「お京」役は、佐藤恵利さんです。『ラブ・スケッチ』で、アイドル歌手デビューしました。ポスト山口百恵の一人として売り出され、実際デビュー前に山口百恵さんの影武者を務めたこともあります。
◆吉宗が、寺社修復のため、富くじを許可したのは史実です。また、「隠富」や「影富」と呼ばれる、無許可の富くじが横行したのも史実です。
◆吉宗は、(成敗した)寺社奉行赤池半蔵」らを病死扱いとし、(インチキ富くじについて購入者に)金を返させた。「佐助」は、富くじの当選金三百両をついに受け取らず、その金は(富くじを開催していた)宝山寺の改築費に充てられた。富くじで不幸になる者が出ぬよう計らうとともに、真の江戸っ子「佐助」の姿が、焼き付いて離れない上様であった。一件落着。

 それにしても佐吉のキャラが面白い。
 富くじが当たっても「源蔵さん夫婦のように殺されたくない」「『富くじは寺の修復費用になる、お前も寺の修復に協力しろ』(北町同心や十手持ち)と、買いたくもないのにそもそも無理矢理買わされたんだ」「金は受け取らない」「くじは寺に返す」「貧乏でも親子三人仲良く暮らせればいい」というところ、十手持ちに「お前が受け取らないと、寺がお前とグルのインチキ富くじ呼ばわりされる(実際インチキですが)」「とにかく寺に行け」。
 こういう「とぼけた好人物キャラ」を演じるのが森川氏は上手いですね。
 寺に行った佐吉が「金はいらない」「当たりくじは寺に返す」というのに(金は渡さないが当たりくじを回収することもせず)「殺して当たりくじを奪おうとする」というのも無茶苦茶です。
 その後、源蔵を殺した連中に、佐吉も襲われるがちょうど居合わせた吉宗によって救われる。
 その後、佐吉の長屋に殺害目的で放火するがこれも失敗。ついに佐吉の幼い息子小助(吉崎大祐)を誘拐し、「当たり札を持ってきて渡せ」という脅し。
 「金なんかいらない」「当たり札が欲しけりゃいくらでもくれてやる」と嘆く佐吉。佐吉は当たりくじを渡すことで息子を取り戻すが、悪人連中は彼らを殺そうとし、そこにまた現れ佐吉親子を救う吉宗。
 結局当たりくじについては、寺社奉行らを成敗した吉宗が取り戻すが、佐吉が当初の意思を変えず、くじを寺に返却し300両は寺の改修に充当させる扱いでエンド。
【参考:富くじ

富籤 - Wikipedia
 富籤の流行が過熱したため1692年(元禄5年)に徳川綱吉は江戸市中での富籤を禁止した。
 しかし、元禄期以降、幕府財政は窮乏したため、寺社に限り修復費用調達のための富籤の発売を許可することとし、綱吉は江戸・谷中の感應寺の銭富を初めて公認した(御免富)。
 1730年(享保15年)、徳川吉宗は京都・仁和寺の修復のため、江戸・音羽護国寺での富突の実施を許可。 以降、富籤は主に寺社の修理費用に充てるために興行された。このため、許可は寺社奉行に出願することとなり、抽籤の際には与力が立ち会った。
 一方でこの頃から隠富や影富と呼ばれる幕府非公認の富籤も流行することとなった。
 公認の富籤は1842年(天保13年)に老中・水野忠邦が突富興行を一切禁止するまで続いた。

【参考:森川正太

森川正太 - Wikipedia(1953~2020年)
◆沖正夫から森川正太に改名したのには、読みが似た芸名の沖雅也(1952~1983年)が売れ出して紛らわしくなったのがきっかけ。森川正太という芸名は、尊敬する俳優の森川信*5(1912~1972年)の森川に、「正しく太く」生きていくという意味である。
◆2005年頃から結婚式の司会や飲食店の店長を営み俳優業からは距離を置いていたが、2015年、自身の劇団「劇団ケ・セラ・セラ」を結成し舞台で俳優活動を再開した。

*1:芸名は当時。現在は出水憲

*2:こんなことをやれば「当選しても殺されるのでは」という恐怖から売れなくなってかえって逆効果だと思いますし、実際、本作では売れ行きが悪くなったため「北町奉行所同心・安西和馬(北村晃一)、岡っ引き・黒松(岡部征純)を使って『寺の改修のため購入せよ(まるで戦前日本での軍事国債の強制購入)』と強制購入させる(富くじをやめた佐助も同心らの脅しで渋々一枚だけ購入)」という本末転倒なことになっています。

*3:勿論、影富でもインチキ(寺社奉行の身内が購入した当たりくじに当てて、寺社奉行の懐に金を入れる)を実行

*4:インチキ(寺社奉行の身内が購入した当たりくじに当てて、寺社奉行の懐に金を入れる)が失敗して富くじが源蔵や佐吉に当たり彼らを殺さざるをえなくなるという設定

*5:映画『男はつらいよ』(1969~1971年まで8作)での初代おいちゃん(車竜造)役が当たり、広く知られることになる