【産経抄】5月30日(追記・訂正あり)

 閣僚の「罷免」は、憲法68条で首相に与えられた権利である。しかし実際に罷免された大臣は戦後、4人しかいなかった。ほとんどは自ら辞任するからだろう。

ウィキペディア「罷免」も書いていますが、罷免される可能性が高いのに居座っていては、政府・党執行部との関係を完全に悪くし、以後、干される可能性があります*1
 罷免されるケースは従って「干されても構わない、これが私の信念だ」「自ら辞任しても政府・党執行部との関係は変わらない。既に最悪なので罷免でも構わない」「現内閣は落ち目なのでむしろ罷免された方がその後の勲章になる」「罷免されるとは思わなかった」というケースがほとんどでしょう。
ウィキペディア「罷免」に寄れば、後の文章で産経が紹介している藤尾氏以外の名前と更迭理由は次の通りです。


片山哲内閣の平野力三農林大臣:米価問題とGHQの意向
・米価問題というのは、平野が農民の生活向上のためコメ買い上げ価格の大幅アップを主張したのに対し、和田博雄経済安定本部長官(後の経済企画庁長官にあたる)が予算上無理と反対したことのようです(なお、平野は農民組合出身、和田は農林官僚出身、第1次吉田茂内閣農林大臣でどちらも農政通と見なされていました。)。GHQの意向というのはよく分かりませんでした。
・なお、ウィキペディア「平野力三」は罷免理由を表向きは「戦前に右翼的な団体・皇道会に関与していたこと」*2(後にこれを理由に平野はGHQによって一時公職追放となります)を、実際は「西尾末広官房長官との対立」としています。*3


第4次吉田茂内閣の広川弘禅農林大臣:吉田首相懲罰動議採決欠席。
 広川はこの時反吉田の立場だったようです。なおこの時懲罰理由となったのが吉田の有名な「バカヤロー」発言です。ウィキペディアに寄れば、広川ら与党内の反吉田派(なお反吉田派の最大の大物は鳩山一郎氏です)が欠席したため懲罰決議は可決。その後提出された内閣不信任決議案も同様の理由から可決され、有名な「バカヤロー」解散になります。この時の選挙では議席を減らしたものの吉田の自由党が反吉田派(鳩山派自由党)や左右社会党を抑えて第一党の地位をキープ、吉田が再度首相に就任します(第5次吉田茂内閣)。皮肉にも、広川は吉田側に狙い撃ちされ落選します。
 第5次吉田茂内閣は造船疑獄での指揮権発動に対する世論の批判、鳩山一郎派による日本民主党の誕生から退陣し、鳩山一郎内閣がスタートします。


第2次小泉純一郎内閣の島村宜伸農林水産大臣衆議院解散(いわゆる郵政解散)の閣議決定への署名拒否


 藤尾氏の辞任拒否は理解困難(というのも藤尾氏のようなケースではほとんど自ら辞任しているので)ですが、他は分かります。他のケースは失言やスキャンダルが原因ではなく、野党・マスコミから辞任せよという声は必ずしも出ていなかったので、辞任拒否なのでしょう。

 その中で、多くの人の記憶に残っているのは中曽根内閣の藤尾正行文相に違いない。
 昭和61年入閣して間もなく、月刊誌(注.確か「月刊文藝春秋」)のインタビューで東京裁判靖国神社問題など歴史認識で持論を披瀝した。このうち韓国併合について「韓国側にもいくらかの責任はある」などと述べた。これが報道されると、韓国は猛烈に抗議、マスコミのバッシングも始まった。
 中曽根首相の訪韓の直前だっただけに、政府や自民党はあわてた。実力者たちが文相を辞任するよう説得したが、藤尾氏は「辞任は信念を曲げることになる」と、一歩も引かない。最後は首相が「それなら辞めてもらいましょう」と罷免に踏み切ったのである。

日韓併合をした側が、「韓国側にもいくらかの責任はある」というのは居直り強盗の論理です。そんな発言を支持するのは産経のような真正保守ぐらいのものでしょう。
 産経は
アメリカが「原爆投下には日本側にもいくらかの責任はある」
北朝鮮が「拉致問題には日本側にもいくらかの責任はある」と言っても言論の自由だというのでしょうか?
・しかも藤尾氏は教科書行政に携わる文相。その上、彼の大臣就任前には右翼系の教科書「新編日本史」が検定合格し、日韓関係は微妙でした。これではタカ派の中曽根氏ですら彼をかばえなくなるのは当然です。
・とは言え、これが中曽根氏ではなく、優柔不断な安倍晋三氏だったら更迭できずに傷口を広げた気がします(苦笑)
・この件と言い、靖国参拝を中止したことと言い、タカ派でありながら中国、韓国と一定のパイプを創り、にも関わらず「媚中」呼ばわりされず、タカ派の長老面できる中曽根氏の政界遊泳術には恐れ入ります。まあ、藤尾切りなどから氏を嫌うタカ派もいないわけではないですが。

 藤尾氏は自民党でも一匹狼的なところがあり、罷免が政局を混乱させることはなかった。しかし後世に禍根を残したのも事実だ。つまり、閣僚や政府関係者は、自らの歴史観を語ってはならないというタブーができた。自由な歴史論議を政府が封じ込めてしまったのだ。

・既に、id:pr3氏が指摘していますが、閣僚である以上、過去及び現在の政府方針にその言動は制約されます。
・例えば、鳩山政権の閣僚が「温暖化CO2原因否定論」を唱えたら、政府方針に反するから問題視されて当然でしょう(もちろんトンデモでもありますが)。産経は擁護するんでしょうか?

 5人目の罷免閣僚となった福島瑞穂社民党党首も「頑固さ」では藤尾氏にひけをとらなかった。だがどうにも隔靴掻痒である。普天間飛行場沖縄県内に移設する政府方針に反対だといっても、それなら日本の安全をどう守るのか、それが少しも伝わってこないからだ。
 ▼そもそも民主党社民党とが連立を組んだときも、安全保障などの議論はあいまいだった。これでは破綻もやむをえない。藤尾氏の場合もそうだったが、肝心の点の議論抜きで、表面を取り繕うような政治はもはや限界にきている。

・今回福島氏が言ったことは、「衆院公約を守れ」「名護市長選での県外移設候補(現・市長)支持に矛盾するではないか」に過ぎません。全く正論です。
 「安全保障などの議論はあいまい」だったことは事実でしょうが破綻はそれが原因ではありません。「衆院公約を一緒に破ろうぜ」と言われてOKする方が変です。民主党社民党も野党時代はさんざん自民の公約破りを批判していたのですから。
 特に社民党は自社さ時代に「支持者を裏切った」と言われて議席を減らしているのですから、なおさらです。
 本来、福島氏以外の大臣にも、衆院公約破りなど出来ないと言って署名を拒否する大臣が出てこないとおかしいのです。
・なお、産経は日本の安全をどう守るのかと言いますが、基地県外移設自体は日米安保否定ではありませんし、海兵隊も日本防衛軍ではありません。基地を県外移設したところで日本の防衛には影響などないでしょう。
・しかし保守なのに何故、「沖縄県民の痛みを分かろうともしない」「自主防衛の道を探ろうともしない」んでしょう?
 以前読んだ赤旗に寄れば、「自民党創設時の党綱領にはアメリカ駐留軍の撤退が書かれていた」そうですが?

【追記】
「本日の産経SHOWと阿久根政界NOW:防衛観」(http://d.hatena.ne.jp/slapnuts2004/20100530)にコメント。

その中で、多くの人の記憶に残っているのは中曽根内閣の藤尾正行文相に違いない。(産経抄

残念ながら覚えていません。
島村農水大臣が解散署名を拒否して罷免されたのは覚えていますが。

私も更迭された大臣と言って思い浮かぶのは抄子と同じく藤尾氏です。「失言辞任を拒んだのは藤尾氏ぐらい」「タカ派でありながら、タカ派をすっぱり切った、にも関わらず裏切り者扱いされない中曽根氏の巧みな政界遊泳術」が印象に強いですね。
島村氏は署名を拒否し更迭されたとは言え、離党したわけでも、除名されたわけでもない、自民党公認での郵政選挙なので印象薄いですね。

*1:首相が罷免権を行使したがらないのは、ウィキペディア「罷免」も書いていますが、自ら任命がミスだったことをはっきりと認めることになり、野党の追及を招くからです。

*2:これが事実ならトンデモな罷免理由です。任命前からそんなことは分かっていたでしょうし、戦前、産業報国会大政翼賛会など、右翼的な団体に関与したのは平野だけではありません。関与しなかったのは、一部の自由主義者共産党ぐらいなものでしょう。

*3:西尾が平野と仲が悪かったため、平野の公職追放を西尾がGHQに要請したと疑う人もいるようです