http://www.tibethouse.jp/news_release/2011/111115_nuclear.html
11月7日に東京で行われた自由報道協会主催による記者会見において、原子力エネルギーに関する質問*1があり、質問をした記者が「ダライ・ラマ法王は原子力エネルギーに賛成するとおっしゃっていますが」と述べていたため、原子力エネルギーに関するダライ・ラマ法王のご意見が一部で誤解されていたよう*2ですので、それについての法王のご発言をここに公表し、皆さんに法王のお考えを正しくご理解いただきたいと思います。
「正しく理解」(?)した結果「ダライは原発容認」と理解しましたが?
後で引用するがどう見ても「必要悪」として賛成しているようにしか見えないが。
全文読んでも「そうか、法王は賛成派じゃないんだ」と思う奴はいないだろう。
ダライにそう言うことを聞いたピオ・デミリア記者*3の気持ちがわからないが「美しいチベットの自然を愛するダライ先生なら原発反対派に違いない。少なくとも福島の惨状を見てそう言う気持ちになったに違いない。過去原発に賛同する意見を述べていた*4がそれは何かの誤解だったのだろう。今聞けば、脱原発の態度を表明するに違いない」とでも思っていたのだろうか?。
ダライが脱原発派と決めつけるのもどうかしているし、たとえダライが脱原発派だとしても「だから、何?」という話でしかないのだが。
信者が「チベット仏教の教えからは原発はどう理解すべきなのでしょうか」とダライに聞くのならともかく、メディア記者が「ダライさんの全てが知りたいんです、ファンだから」みたいにチベット問題に関係ないことやたらめたら聞くのはどうかと思うぞ。
「チベットに中国が原発建設を計画してる」とか「ダライ一派が原発企業から寄付金をもらって批判浴びてる」とか何か特殊な事情があるのならともかく、そうでなきゃ、原発問題について聞く必要ないだろうに。
それはともかく、しかしそう言う質問者の意図を理解せず、原発に好意的な意見を述べたあげく、相手に「失望した」*5みたいなことを言われて、あわてて、「全文読んで正しく理解してください(要するに賛成派でないと言いたいのだろう。ただし原発反対派にもいい顔をしつつ、安倍晋三のような原発推進派ともつきあい続けたいのか、はっきり「反対です」云々と言わず、「読んで理解してください」とごまかしてるところが実にせこいが)」と言い訳するのは何だかなあと思う。全文読んでも賛成派以外の何物でもないだろうに。
「専門家でないからわかりません」といえばこんなことにはならなかったのに。「政治センスがない」って言うかなんて言うか(どっちにもいい顔しようとするダライ一派に「誠実さがない」ことはひとまずおく)。
【どう見ても原発に好意的としか思えないダライ先生の発言抜粋】
原子力エネルギーの平和利用についてですが、もし原子力エネルギーの十分な代替があるのであれば、完全に原子力を撤廃できれば素晴らしいと思います。しかし、それにはまだ議論の余地があります。代替として考えられる水力発電に必要なダムも、チベット本土においてもそうですが、ダムの建設は大きな環境破壊につながるためあまり推進することはできませんし、風力発電や太陽エネルギーもまだ十分ではありません。日本や先進国だけのことではなく、世界には発展途上国も沢山存在し、貧富の差が激しいため、貧困に苦しんでいる何百万人もの人たちのことを考えるべきだからです。
曖昧な言葉でごまかそうとしてるようだが、これはどう見ても「先進国は別だが、発展途上国では経済成長のため原発が必要ではないか」とダライがいってる以外何物でもないだろう(チベットにつくる気かよ?、と思うが)。こういう「原発容認」発言をして「誤解するな」といわれても相手も困るだろう。
*1:質問についてはググって見つけた文字起こし(http://ameblo.jp/syamonno0358/entry-11072818746.html)を紹介する。
*2:誤解だとしても、ビオ氏がそう質問したのに対して、その場ではっきりダライが「いや、その理解は違う、私は賛成とは言っていません」と答えないのが悪いのではないのか?。あの応答では誰が見ても賛成派だと思うぞ。自分の馬鹿さを棚に上げてるんじゃねえよ、ダライ一派は。
*3:彼は脱原発派である。著書に『日本の問題:イタリア人記者・ピオが地震、ツナミ、放射能汚染の「現場」で見たもの』(2011年、幻冬舎)がある。
*4:というのはビオ氏の理解でそれが正しいか俺は知らないが、「過去、賛成派でしたよね?」というビオ氏の指摘に対し、ダライがきちんと「違います」と答えていないことは事実だ。これで「賛成派扱いは誤解だ」というのは「ダライたちはバカか」としか言いようがない。
*5:勝手に片思いする方もどうかと思うが