新刊紹介:「歴史評論」11月号

 詳しくは歴史科学協議会のホームページをご覧ください。小生がなんとか紹介できるもののみ紹介していきます。正直、俺にとって内容が十分には理解できず、いい加減な紹介しか出来ない部分が多いですが。
特集「歴史科学大系の完結に当たって」
 「歴史科学大系」とは歴史科学協議会編で第1巻『日本原始共産制社会と国家の形成』(1972年、校倉書房)から、第32巻『歴史科学の思想と運動』(2019年、大月書店)まで刊行されたシリーズ物です。なぜ最終刊「だけ」が校倉書房では無く、大月書店から刊行されたかについては一般財団法人 歴史科学協議会サイト掲載の『歴史科学協議会編『歴史科学の思想と運動』を刊行しました』を参照下さい。つまりは

校倉書房 - Wikipedia
 2018年3月9日に社長の石田亘が死去したことにともない、2018年7月をもって廃業となった

歴史書懇話会 新刊情報
 校倉書房さんからお手紙をいただきました。
 お手紙には、「廃業するにやむないことに相成りました。」と記されてました。
文面一部引用
 去る3月9目、校倉書房社長 石田亘が急逝いたしました。
 これに伴い向後の存続をいかにとりはからったものかと思案を重ねてまいりましたが、廃業するにやむないことに相成りました。
 校倉書房を60年にわたり続けてくることができましたのも、ひとえに皆様方のお力添えあってのことと心から感謝しております。
 残余の書籍については今後お知らせする予定です。
 いまさらに手前勝手な要望に尽きるところですがどうか御海容くださりませ。
 尚、校倉書房の事務所は2018年6月22日をもちまして、撤退いたしました。

一部の校倉書房発行書籍の販売 :: 有志舎
※ご注意下さい! すべての校倉書房書籍を扱っているわけではありません。2点のみです。
◆大門正克*1など著『歴史への問い/現在への問い』3,800円(税込)
山田朗*2著『近代日本軍事力の研究』10,000円(税込)
 2018年に歴史書出版社の校倉書房さんが残念ながら廃業されました。そのため、現在、絶版となっている校倉さんの書籍は、古書市場で高定価になり、買いにくくなってしまっています。
 そこで有志舎では、校倉さんの旧在庫を管理されている歴史科学協議会(略称:歴科協)様とご相談し、まずは以下2点の在庫を有志舎が引き取り、本体価格程度の値段(送料は別途)で弊社直販による通信販売、アマゾンマーケットプレイスでのネット販売を行わせていただくことになりました。
 ただし、書店など取次ルートでの出荷・販売は致しませんから(校倉さん自体が廃業しているので、そもそも出来ませんから)、書店さんでのご注文・ご購入は出来ません。
(中略)
 この「正規本」在庫は校倉書房倉庫にあったものを歴科協さんが引き継いで管理していたものですが、本文はもちろん、装幀・函なども校倉版そのままで販売します(新装版にするわけではありません)。ただ、書店からの返品本が殆どなので、比較的綺麗な本ではありますが完全な「新品」ではありません。あくまでも「古書」であるとご理解ください。
 また、ご注文をいただいたなら、比較的綺麗な本からカバーだけはすべて改装したうえで出荷していく予定ですが、古書ですので本によっては軽微な汚れなどはありますので、そこはあらかじめご了承願います(返品はお受けできません)。ただし、どの本も未読状態のものなので、本文を読む分には全く支障ありません。
 なお、高円寺のコクテイル書房だけには現物を何冊か置かせていただき販売致しますので、直接、手に取って見たいという方はコクテイルに直接ご来店いただき、現物をご確認いただいたうえでご購入をお願いします。

ということですが。校倉での刊行が物理的に不可能となり、大月書店での刊行になったという話です。


◆「『歴史科学の思想と運動』をどう読むか」(戸邉秀明*3
(内容紹介)
 『歴史科学協議会編『歴史科学の思想と運動』を刊行しました』が紹介する『歴史科学の思想と運動』(2019年、大月書店)について論じられていますが、詳細については小生の無能のため紹介は省略します。
 なお、『歴史科学協議会編『歴史科学の思想と運動』を刊行しました』で目次が確認できますが、

一 戦前
1 歴史科学の誕生と展開
(1)「社会問題講座」(1926~1927年)全13 巻総目次
(中略)
7 歴史科学協議会の結成 (1967年)

ですので取り上げられた期間は1926~1967年限定であることに注意する必要があります。
 また

3 破防法反対運動と国民的歴史学運動
  (1)破防法反対運動─『歴史研究と自由』(東大新書)
 (中略)
4 松川事件歴史学
  (1)歴史評論編集部「松川事件について」
  (2)『歴史評論』第 52 号(1954 年 2 月)特集「松川事件歴史学
(中略)
5 反核平和・60 年安保と歴史学・科学運動
  (1) 安保問題歴史科懇談会「『日米安全保障条約改定』反対について」
  (2)浜林正夫*4「歴史を学ぶものとして安保闘争にどうとりくむか」
(中略)
6 アジア・フォード財団資金供与問題運動
  (1)小野信爾*5「中国現代研究における安保体制」
 (2)時評「<東洋文庫に対するフォード財団、アジア財団資金供与をめぐって>」

という目次からはこうした目次立てを肯定的に評価するにせよ否定的に評価するにせよ、編者が「政治問題、社会問題と歴史学の関係」を強く意識していることがうかがえます。
 なお、意外なのは

林房雄大東亜戦争肯定論』(1964年)
建国記念の日(1966年)
佐藤栄作の「明治100年式典」(1968年)

などに対する目次が無いことですが、こうした問題も戦後歴史学が批判的に扱ってきた重要問題ではあります。

【参考:アジア・フォード財団資金供与問題】

一橋東洋史学のプロフィール』(一橋大学経済学部教授 中川學)(昭和五十九年十一月十五日収録)より一部引用
 御紹介いただきました中川でございます。
◆私のゼミナール歴
 ゼミナールは、最初村松先生に師事いたしました。
 三年生の四月の初めにゼミ選考がありまして、すぐに図書館の五階の漢籍がいっぱいあるところに連れていかれて、『雍正朱砒論旨』という清朝雍正帝の書いた大きなドキュメントですが、それを運ばされまして、いきなりそれを開かれて、これを読めと。何が何だかわからずに読んだのですが、よし、それじゃこれで卒論書け。おれはアメリカへ行くと言われたので、ああそうですか、行ってらっしゃい。いつお帰りですか。三年は帰って来ないよ(笑)。
 三年帰ってこなかったらこれはまずいので、どなたか師事して指導していただく方を教えてください。そうしたら翌朝村松先生から電話がかかってきて、あの先生非常に早いんです。朝七時半ぐらいには電話かけてよこす。それで、おまえ増淵のところに行くことに決めたから行けと、こういうわけです。ところが増淵先生というのは一橋大学の教授の中でもまた極め付きの学者で、物すごく謹厳な方で、前期の東洋史の講義というのは大変人気があったものです。上原専禄先生の直弟子で上原先生の西洋経済史からスタートして東洋経済史に転進され、その東洋史をやっておられる。その講義の模様や何かからすると、とてもじゃないけれども恐ろしくて近づく勇気がなかった。そこへ決めたからおまえ行けと。これは運の尽きだと思って、それで増淵先生のところへ行ったら、「僕は後からやって来る人を迎える用意はなかったんだけれども村松さんがそう言うから付き合いましょう」と、こういう調子で、最初から何だか知らないけど大変恩を着たまま、ずうっと増淵ゼミで漢籍を読み続け大学院に進みました。
アメリカのアジア、フォード財団が投じた波紋
 昭和三十六、七年ごろですが、アメリカの大きな財団でアジア財団とフォード財団。その二つが日本の中国研究にかなり巨額の寄付をするという話が持ち上がってまいりました。当時の詳しい金額は覚えておりませんけれども、何でも日本の文部省が研究助成費として社会科学全体に出すのと同じ年額のお金を日本の中国研究のために提供する。そのかわりに日本の研究者を総動員して、その当時は日本が一番中国研究が、特に近現代研究が進んでおりましたので、そのあらゆる論文や資料を全部英語に要約してカード化して、そしてアメリカの中国研究を興隆させていくきっかけにしたいという形で申し入れがあったわけです。
 それを受け入れることに決定をされたのは東京大学の当時の文学部長山本達郎*6先生と、それから村松祐次先生とそしてさらにお茶の水女子大学市古宙三先生、この三役が中心になりましてその受け入れ準備を進め始めた。そうしましたところが東京大学の文学部の若い研究者、助手、あるいは講師クラスの方々や、さらに学生、大学院生から猛烈な反対運動が起こってきました。さらにそれと軌を一にして京都大学東洋史の人たちが全面的反対に立ち上がったわけです。
 その反対の理由は何かと申しますと、中国研究に対して、その当時アメリカはまだ中国封じ込め政策をとっておりました。その封じ込め政策に日本の中国研究者が協力することになった。日本は独自の歴史を持っていて、中国を封じ込めるのではなくて何とか善隣関係を回復しようということで努力している。それに逆行することになる。
 それから、もう一つここに政治イデオロギーがかんでまいりまして、野党の組織的なバックアップが出てまいりまして、これは日米安保体制の研究学界版であるという定義が途中から出てまいりました。そのころからにわかに、これは政治闘争の色合いを濃くしてまいります。
 そうしますと一橋大学の中国研究の、それまでは極めて静謐なあの国立の環境で、ほとんど図書館とその中の研究室で進められていた研究が急に騒がしくなる。
 学内には当時社会学部に、中国哲学を講じる西順蔵教授がおられました。西順蔵教授と増淵龍夫教授とは大変呼吸の合った同僚でして、その二人が猛然たる反対運動の、さらに理論的な指導者の役割を自然に担うことになってきた。村松先生は受けて立つ反対される側の頭目ということで、『一橋新聞』という学生の発行する新聞がありますが、それなんかでも何度もたたかれるというような状態になってきまして、両方の先生に師事している私としては体が引き裂かれるような状態になってきました。
 そこで私がどういうことを考えたかと申しますと、(中略)アメリカに、いわばかしずく形になってしまう。それはよろしくない。日本の中国研究というものを大事にするのであれば、日本の政府、そして実業界の方々の協力を得て(ボーガス注:アメリカなど外国から独立した日本の)独自の研究ファンドをやっぱりつくるべきだ。そして、そこでアメリカがやろうとしているように、確かに膨大な文献を全部渉猟するということは大変な仕事ですから、とにかくテーマが定まればそれについてどういう論文が出ていたかということがすぐにわかるようなインデックスシステムというものは日本独自でつくらなきゃいかん。
 したがって村松先生がそういうシステムをつくろうとされるのは正しい。しかし、それをアメリカの資金によってやろうとするのは誤りだということを言って、村松先生には半ば反対しました。
 それから、また増淵先生に対しては、(ボーガス注:日米安保体制の研究学界版であるという)そういう思想的な観点からの反対というのについては僕は反対だと。それでまた、インデックスというものを理解しないでいると大変な後れをとることになるということにつきましても二重の意味で反対しちゃったことになりました。それで皮肉られまして、「君はどうも村松ゼミにいた方がよかったんじゃないのか」なんて言われて、ちょっと気まずかったことがあるのですが、それも一時のことでありまして、やがて全国の盛り上がりの中で、いまのアジア、フォード財団の資金提供というものは立ち消えになりました。
 ところがいまから顧みますというと、その当時アメリカは意を決してその資金を台湾や香港に回しまして、そして香港や台湾の若い研究者をどしどしハーバードや、あるいはコロンビア大学へ招聘してそのインデックスを完成しようと計画したわけです。そして、ちょっと話が新しい時代になりますが、昭和五二年、三年と私がハーバード大学へ行ったそのころには、もう近現代の研究に関してはアメリカは自前で十分にやっていけるようになっていました。(後補:もっとも、ベトナム戦争により、アジア研究が一時的に挫折し、インデックスそのものは完成しませんでした。いま、金沢工業大学のコンピュータ1を使って、金子量重助教授が、その完成のための作業をなさっています。トヨタ財団の支援で。)


石母田正*7・転向と革命(磯前順一*8
(内容紹介)
 『歴史科学協議会編『歴史科学の思想と運動』を刊行しました』によれば

 「1 歴史科学の誕生と展開」(10)石母田正「クロォチェの歴史理論についての感想ー羽仁氏の近業「クロォチェ」の紹介をかねて―」は、『石母田正著作集』にも未収録の貴重な作品であり、(中略)現代史研究の貴重な資料にもなりうるものです。

という石母田正の論文「クロォチェの歴史理論についての感想ー羽仁氏の近業「クロォチェ」の紹介をかねて―」が論じられていますが、詳細については小生の無能のため紹介は省略します。


◆「党員歴史家の当面の任務」と国民的歴史学運動研究(高田雅士)
(内容紹介)
 当時の日本共産党による「政治色の強い運動」として否定的に解されることの多い、いわゆる「国民的歴史学運動」についてそのような問題点があることを認める一方で「そのような否定面だけでは理解できないプラス面」もあったのではないかとして、「国民的歴史学運動」の多様性を研究する必要があるとの指摘がされている。
 そしてそうした多様性を捉えようとする試みとして

◆宇野田尚哉*9ほか編『「サークルの時代」を読む:戦後文化運動研究への招待』(2016年、影書房
道場親信*10『下丸子文化集団とその時代:一九五〇年代サークル文化運動の光芒』(2016年、みすず書房

を紹介している。


◆歴史のひろば『「歴史科学大系」概観』(小嶋茂稔*11
(内容紹介)
 『歴史科学の思想と運動』(2019年、大月書店)については戸邊論文が紹介していますが、それ以外の「体系」での刊行著書

歴史科学協議会 - (タイトル)
◆第1巻『日本原始共産制社会と国家の形成』(1972年、校倉書房
◆第2巻『古代国家と奴隷制(上)』(1972年、校倉書房
◆第3巻『古代国家と奴隷制(下)』(1972年、校倉書房
◆第4巻『日本封建制の社会と国家(上)』(1972年、校倉書房
◆第5巻『日本封建制の社会と国家(中)』(1979年、校倉書房
◆第6巻『日本封建制の社会と国家(下)』(1975年、校倉書房
◆第7巻『日本における封建制から資本制へ(上)』(1975年、校倉書房
◆第8巻『日本における封建制から資本制へ(下)』(1975年、校倉書房
◆第9巻『日本資本主義と農業問題』(1976年、校倉書房
◆第10巻『日本の産業革命』(1977年、校倉書房
◆第11巻『帝国主義』(1975年、校倉書房
◆第12巻『「日本ファシズム」論』(1977年、校倉書房
◆第13巻『アジアの変革(上)』(1978年、校倉書房
◆第14巻『アジアの変革(下)』(1980年、校倉書房
◆第15巻『民族の問題』(1976年、校倉書房
◆第16巻『女性史』(1998年、校倉書房
◆第17巻『天皇制の歴史(上)』(1986年、校倉書房
◆第18巻『天皇制の歴史(下)』(1987年、校倉書房
◆第19巻『思想史(前近代)』(1979年、校倉書房
◆第20巻『思想史(近現代)』(1983年、校倉書房
◆第21巻『部落問題の史的究明』(1976年、校倉書房
◆第22巻『農民闘争史(上)』(1973年、校倉書房
◆第23巻『農民闘争史(下)』(1974年、校倉書房
◆第24巻『農民運動史』(1991年、校倉書房
◆第25巻『労働運動史』(1981年、校倉書房
◆第26巻『社会主義運動史』(1978年、校倉書房
◆第27巻『民主主義運動史(上)』(1978年、校倉書房
◆第28巻『民主主義運動史(下)』(1977年、校倉書房
◆第29巻『歴史科学の理論と方法(上)』(1983年、校倉書房
◆第30巻『歴史科学の理論と方法(下)』(1984年、校倉書房
◆第31巻『歴史教育論』(1994年、校倉書房
◆第33巻『民科歴史部会資料集』(1999年、校倉書房
◆第34巻『現代史の課題と方法』(1982年、校倉書房

について論じられています。
 ただし紙幅は戸邊論文と同程度であり、当然ながらその説明は「概観」にならざるをえません。
 詳細については小生の無能のため紹介は省略します。


◆歴史の眼「著作権者を探して」(小嶋茂稔)
(内容紹介)
 一般財団法人 歴史科学協議会サイトに著作権者を探しています(2019年10月21日)という文書が掲載されていますが、その経緯についての簡単な説明です。なお、著作権者を探していますの結果、著作権者が見つかって同意がとれたのか、はたまた「著作権者の所在不明」による供託処理になったのかは、小嶋論文には書いていませんが、おそらく「全て、あるいはほとんど」が供託処理ではなかろうかと思います。

著作権者を探しています
 現在、歴史科学協議会では、歴史科学協議会編『歴史科学の思想と運動』(大月書店より刊行)に収録する予定の下記①~⑦の論考等の著作権者を探しています。
 ご存知の方がいらっしゃいましたら、お手数ですが下記までご連絡くださいますようお願いいたします。
(中略)
① 著作者:三島一(みしま・はじめ)
 権利者を探している著作物の名称:「生誕のことば」(『歴史学研究』創刊号、1933 年 11 月、1 頁)
 付随情報:1897/10/24-1973/10/12、二松学舎大学名誉教授、元歴史学研究会会長、元歴史教育者協議会委員長
 遺族名:三島すみ江 氏*12
② 著作者:三島一(みしま・はじめ)(①と同じ)
 権利者を捜している著作物の名称:「座談会 歴研創立のころ」(『歴史学研究』第 151 号、1951 年 5 月、47-49 頁)
 付随情報:1897/10/24-1973/10/12、二松学舎大学名誉教授、元歴史学研究会会長、元歴史教育者協議会委員長
 遺族名:三島すみ江 氏
③ 著作者:前田一良(まえだ・いちろう)
  権利者を探している著作物の名称: 「われわれの立場」(『日本史研究』第1号、1946 年 5 月、137 頁)
 付随情報:1907-1978、 元立命館大学文学部教授、元奈良女子大学文学部教授
 遺族名:前田周
④ 著作者:松島栄一(まつしま・えいいち)
 権利者を捜している著作物の名称:「国史教育座談会報告」(『歴史学研究』第 122 号、1946 年 6 月、48-49 頁)
 付随情報:1917/8/24-2002/12/12、  元東京大学史料編纂所職員、元大東文化大学教授
 遺族名:松島富子 氏
⑤ 著作者:徳武敏夫(とくたけ・としお)
 権利者を捜している著作物の名称:「合評会 映画 月の輪古墳」(『歴史評論』第 53 号、1954 年 3 月、70-74 頁)
  付随情報:1919/9/20生まれ、 元中教出版編集部、元歴史教育者協議会副委員長
⑥ 著作者:塩田庄兵衛(しおた・しょうべえ)
  権利者を捜している著作物の名称: 「松川判決をきいて」(『歴史評論』第 133 号、1961 年 9 月、14-15 頁)
 付随情報:1921/4/15-2009/3/20、 東京都立大学名誉教授、立命館大学名誉教授
 遺族名:塩田博 氏
⑦ 著作者:関寛治(せき・ひろはる)
 権利者を捜している著作物の名称: 「座談会 現代史における平和の課題」(『歴史学研究』第 261 号、1962 年 1 月、42-52 頁)
 付随情報:1927/3/31-1997/12/15、元東京大学東洋文化研究所教授、元立命館大学国際関係学部教授
以上

 当たり前ですが、著作権者を無視して書籍を発行したら違法行為になります。もちろん「著作権者の許可を得ること」も必ずしも楽では無いですが、それ以前に「著作権者の居場所」は別に「戸籍謄本」「不動産登記簿」のように「国によってデータベース化されているわけではない」ので、「法務局へ行けば簡単に分かる」と言う類の物では無い(小嶋氏は「そうした制度が出来ない物か」とぼやいてはいますが)。
 居場所が分からないと許諾がとれない。しかし居場所がわかる保証がない。許諾がとれないと常に出版できないのでは不都合だと言うことで

著作権者不明等の場合の裁定制度 | 文化庁
1 裁定制度の概要
 他人の著作物,実演(歌手の歌唱,演奏,俳優の演技等),レコード(CD等),放送又は有線放送を利用(出版,DVD販売,インターネット配信等)する場合には,原則として,「著作権者」や「著作隣接権者」の許諾を得ることが必要になります。
 しかし,許諾を得ようとしても,「権利者が誰だか分からない」,「(権利者が誰か分かったとしても)権利者がどこにいるのか分からない」,「亡くなった権利者の相続人が誰でどこにいるのか分からない」等の理由で許諾を得ることができない場合があります。
 このような場合に,権利者の許諾を得る代わりに文化庁長官の裁定を受け,通常の使用料額に相当する補償金を供託することにより,適法に利用することができるのが本制度です。

著作権者不明等の場合の裁定制度についてよくある質問 | 文化庁
Q2.
 裁定の申請を行うまでに,どのような作業を行う必要がありますか。
A2.
 裁定の申請を行うまでに行うべき作業は2点あります。
 第1に,権利者の情報(住所や電話番号,メールアドレス,著作権継承者の氏名)を収集すること,(裁定の手引き(754KB)7ページ~)
 第2に,その権利者情報に基づいて,権利者と連絡するための措置をとることです。(裁定の手引き(754KB)12ページ~)
 この作業は,申請書の作成において,重要な作業ですので,裁定の申請を行うことを決めた段階でまず「裁定の手引き」の該当箇所をお読みいただいた上で,文化庁担当者に事前相談されることをお勧めいたします。

著作権者不明等の場合の裁定制度
著作権法(昭和45年5月6日 法律第48号)(抄)
著作権者不明等の場合における著作物の利用)
第67条 公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかである著作物は、著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができないときは、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託して、その裁定に係る利用方法により利用することができる。
2 前項の規定により作成した著作物の複製物には、同項の裁定に係る複製物である旨及びその裁定のあつた年月日を表示しなければならない。
(裁定に関する手続及び基準)
第70条 第67条第1項、第68条第1項又は前条の裁定の申請をする者は、実費を勘案して政令で定める額の手数料を納付しなければならない。
(略)
文化庁長官は、第67条第1項、第68条第1項又は前条の裁定の申請があつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、これらの裁定をしてはならない。
 一 著作者がその著作物の出版その他の利用を廃絶しようとしていることが明らかであるとき。

ということで「相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができないときは、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託して」著作権者の許可が無くても出版することが可能になります。「相当な努力」の一環として
著作権者を探していますが掲載されたわけです。
 また、文化庁の指導に従い、『公益社団法人著作権情報センター(CRIC)のウェブサイトに7日以上の期間継続して掲載すること(掲載料は,1件8,100円)』も行ったとのことです。
 小嶋氏曰く

・当初この手続きを知らず、また知った後も『公益社団法人著作権情報センター(CRIC)のウェブサイトに7日以上の期間継続して掲載すること(掲載料は,1件8,100円)』の「1件8100円」を「著作権者1件×8100円と勘違いしていたため」手続き利用に躊躇したが実は刊行予定図書(今回は『歴史科学の思想と運動』(2019年、大月書店))1冊につき『まとめて1件』で処理できるので、著作権者が何人居ても8100円で処理できた。著作者の『所属大学(多くは既に退職し名誉教授ですが)』『著書の刊行元』などに連絡し、著作権者捜しに時間をかけたことは今思えば愚かであり、当初予定より発行が遅れ、関係各位にご迷惑をお掛けして申し訳なく思う。

そうですが、著作権処理なんて大月書店の編集者がすべきことじゃないんですかね。歴史科学協議会の経済事情の厳しさから「費用負担の増加」を恐れてあえて「大月に頼まなかった」のか、はたまた「そもそも大月の企画じゃないから」で断られたのか。なお、こういう手続きはもちろん行政書士など法律家を依頼することが多いわけですが、小嶋氏曰く「費用発生を回避するため、法律家への依頼はせず、あえて、文化庁発行の手引きを元に、『文化庁職員にも事前相談すること』で小嶋氏で申請書類を作成した」とのことです。


第54回「歴史科学協議会」大会準備号『変貌する国家・個人と地域Ⅱ』
◆風土病の制圧と感染症対策:フィラリア症の制圧と国際保健への展開(飯島渉*13
(内容紹介)
 第54回「歴史科学協議会」大会(2020年11月29日、30日予定)での発表者の発表予定内容についての紹介。
 日本におけるフィラリア症制圧と「日本の経験が国際社会においてどう展開されたか」を論じる予定。


◆コロナ禍とアメリカ的医療保険制度:オバマケアが残した課題にどう向き合うか(山岸敬和*14
(内容紹介)
 オバマケアが達成した成果と残した課題を「コロナ禍」をテーマに論じる予定。


◆日本古代の「在路飢病者」と地方寺院(坂江渉*15
(内容紹介)
 日本古代の「在路飢病者」の救済において地方寺院が果たした役割を論じる予定。


◆戦傷病者をめぐる国家と社会(松田英*16
(内容紹介)
 日本において戦傷病者がどのような扱いを国や社会から受け、それに対し、戦傷病者自身がどう対応したのかについて論じる予定。


◆世界大戦期ドイツにおける戦争障害者支援(北村陽子*17
(内容紹介) 
 第一次大戦後、第二次大戦後のドイツの戦争障害者支援について論じる予定。


◆歴史の眼『旧広島陸軍被服支廠とわたしたち』(河西英通*18
(内容紹介) 
 旧広島陸軍被服支廠保存運動について紹介している。

参考

被爆建物保存・活用を/井上氏、財政支援を要請2020年4月23日
 日本共産党井上哲士議員は16日の参院外交防衛委員会で、広島市被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」の全4棟保存・活用に向けて積極的な財政支援を行うよう政府に求めました。

被爆建物の首相視察を 自民議連が要望 - 産経ニュース2020.6.25
 被爆者救済や核兵器廃絶に取り組む自民党議員連盟(会長・河村建夫*19衆院議員)は25日、西村明宏*20官房副長官首相官邸に訪ね、広島市に残る最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠」を安倍晋三首相が現地視察するよう要望した。建物の保存費用の支援も求めた。

広島「黒い雨」判決 国も訴え認めるべき 公明 斉藤幹事長 | NHKニュース2020年7月31日
 公明党の斉藤*21幹事長は、記者会見で「判決は非常に理解できるものであり、今回の訴えを国も率直に認めるべきだ」と述べました。
 また、広島市にある被爆建物の1つで4棟ある「旧陸軍被服支廠」について、「被爆国である日本の姿勢を国内外に発信していくうえで非常に貴重な建物だ。全棟保存が望ましい」と述べました。

広島の被爆救護拠点となった「旧陸軍被服支廠」、解体は日本の損失 | | 平口洋 | 毎日新聞「政治プレミア」2020年8月4日
 広島市に4棟が現存する最大級の被爆建造物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」の保存を訴えている。私が事務局長を務める「自民党原子爆弾被爆者救済並びに核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を推進する議員連盟」(河村建夫会長)は4月、安倍晋三首相や加藤勝信厚生労働相など関係閣僚に保存を申し入れた。被爆者の救護活動の拠点ともなった貴重な被爆遺産であり、その意義や規模を考えると、原爆ドームに匹敵する訴求力を持つのではないか。金銭には換えられない価値があり、解体すればオール日本の損失だ。国、県、市が協力し、民間の支援も得つつ、なるべく多くの棟を保存したい。

公明党の山口代表「原爆遺構保存を」 旧広島被服支廠を視察:時事ドットコム2020年8月5日
 公明党山口那津男代表は5日、広島市を訪れ、被爆建物旧広島陸軍被服支廠」を視察した。同被服支廠は4棟のうち3棟を県、1棟を国が所有。県が倒壊の恐れを理由に2棟を解体する方針を示しているが、地元住民から反対の声も上がっており、山口氏は、原爆の遺構は極力保存することが望ましいとの考えを示した。

広島「旧陸軍被服支廠」の保存 県の議論見守る 加藤厚労相 | NHKニュース2020年8月6日
 加藤*22厚生労働大臣は、広島市にある最大規模の被爆建物、「旧陸軍被服支廠」を視察し、広島県と国が所有する4棟の今後の保存の在り方について、県で進む議論を見守る考えを示しました。

被爆建物「被服支廠」 志位委員長が調査/「国に保存働きかける」2020年8月7日
 日本共産党志位和夫委員長は6日、被爆から75年を迎えた広島市を訪れ、被爆建築物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」を視察し、県の担当者から説明を聞きました。
 旧陸軍被服支廠は、1913年建造の鉄筋コンクリート造り、13棟があった倉庫のうち4棟が現存し、被爆時には救護所となり、県によると約3000人の被爆者がこの場で亡くなりました。このうち3棟を所有する県は昨年12月に2棟の解体方針を示したものの、見直しを求める世論に押され、「解体着工の先送り」を表明しています。県は1棟の耐震改修に33億円かかると試算しています。
 志位氏は、原爆の爆風でゆがんだ扉などを視察。党市議から、近隣住民からも保存を求める声が出ていることなどの説明を受けました。
 県の担当者から「県だけでの保存は難しい。国の支援もお願いしたい」と説明を受けた志位氏は「原爆遺構として歴史的価値のあるものだと実感しました。軍国主義時代の加害の歴史を伝えるものでもあります。後世に伝えるのは私たちの世代の責任です。先々のことを考え、国の責任で保存するよう、国に働きかけます」と表明しました。


◆文化の窓リレーエッセイ・川から見る風景『石巻日和山公園と北上川石母田正輔との関わりから』(泉田邦彦*23
(内容紹介)
 石巻町長、石巻市長として日和山公園整備に尽力した石母田正輔(歴史学者石母田正は次男、元衆院議員(日本共産党)・石母田達は五男(石母田正輔 - Wikipedia参照))について論じられている。

参考

地震火山68石巻をたずねて: 保立道久の研究雑記2012年7月 3日 (火)
 銅像があり、「石母田正輔像」とあったので、念のために撮影したのが、この写真。帰宅すると、今谷明*24洋泉社からだした本*25 が届いていて、歴史家・石母田正の評伝が載っている。あるいはということでみてみると、石母田正氏のお父さんの名前が石母田正輔。この銅像は石母田さんのお父さんであった。石母田さんが、石巻の名家の出身であることは知っていたし、何となく顔も似ているので、あるいは関係があるかと思って写真をとったのだが、まさにその通りであった。
 私たちの世代の歴史家では(私もそうだが)石母田さんの仕事にひかれて歴史学に入った人は多い。奇遇である。

石巻市の石母田と国見町の石母田 - 学問空間
・(ボーガス注:地震火山68石巻をたずねて: 保立道久の研究雑記によれば)保立道久氏*26石母田正の父親が初代石巻市長の石母田正輔であることを知らなかったそうだけど、別に意識して調べなくても、学者同士の雑談で、そんな話が出てこないものなんですかね。
 戦後歴史学の研究者は家柄の話をするのは避けるのかな。
石母田正の弟に達という元衆議院議員がいますね。
 ただし、共産党の人で、一期だけですから政治家としてはたいした業績はありませんが。

石母田正輔翁 | Japanese Medieval History and Literature | 6703
 石巻市の住吉公園内にある初代石巻市長・石母田正輔翁の銅像も載せておきます。
 石母田正氏の父ですね。
 石巻wikiというサイトに経歴がかなり詳しく出ています。

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(前略)
 正輔は五人の息子をもうけた。二男・正(1912-86)は日本古代史の学者(法政大名誉教授)として戦後の歴史学に大きな影響を与えた。四男・白沢純(1920-2002)は歌舞伎の伝統を裏で支え続けている藤浪小道具(本社東京)の社長、五男・達(1924-)は元衆院議員。

*1:横浜国立大学教授。著書『明治・大正の農村』(1992年、岩波ブックレット)、『歴史への問い/現在への問い』(2008年、校倉書房)、『語る歴史、聞く歴史:オーラル・ヒストリーの現場から』(2017年、岩波新書)、『増補版・民衆の教育経験:戦前・戦中の子どもたち』(2019年、岩波現代文庫)、『日常世界に足場をおく歴史学』(2019年、本の泉社)

*2:明治大学教授。著書『昭和天皇の戦争指導』(1990年、昭和出版)、『大元帥昭和天皇』(1994年、新日本出版社→2020年、ちくま学芸文庫)、『軍備拡張の近代史:日本軍の膨張と崩壊』(1997年、吉川弘文館)、『歴史修正主義の克服』(2001年、高文研)、『護憲派のための軍事入門』(2005年、花伝社)、『世界史の中の日露戦争』(2009年、吉川弘文館)、『これだけは知っておきたい日露戦争の真実:日本陸海軍の〈成功〉と〈失敗〉』(2010年、高文研)、『日本は過去とどう向き合ってきたか』(2013年、高文研)、『近代日本軍事力の研究』(2015年、校倉書房)、『兵士たちの戦場』(2015年、岩波書店)、『昭和天皇の戦争:「昭和天皇実録」に残されたこと・消されたこと』(2017年、岩波書店)、『日本の戦争:歴史認識と戦争責任』(2017年、新日本出版社)、『日本の戦争Ⅱ:暴走の本質』(2018年、新日本出版社)、『日本の戦争III:天皇と戦争責任』(2019年、新日本出版社)、『帝銀事件と日本の秘密戦』(2020年、新日本出版社)など

*3:東京経済大学教授

*4:1925~2018年。一橋大学名誉教授。日本科学者会議代表幹事、全国革新懇代表世話人、労働者教育協会副会長、憲法改悪阻止各界連絡会議代表委員など市民運動の役職を歴任。著書『イギリス市民革命史』(1959年、未來社)、『イギリス革命の思想構造』(1966年、未來社)、『魔女の社会史』(1978年、未來社)、『イギリス名誉革命史』上・下(1981年、1983年、未來社)、『現代と史的唯物論』(1984年、大月書店)、『イギリス宗教史』(1987年、大月書店)、『民主主義の世紀:人民のたたかいの歴史』(1992年、学習の友社)、『民主主義の世界史:「殺しあい」から「話しあい」へ』(1993年、地歴社)、『人権の思想史』(1999年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『イギリス民主主義思想史(新版)』(1999年、新日本出版社)、『パブと労働組合』(2002年、新日本出版社)、『人権の歴史と日本国憲法』(2005年、学習の友社)、『ナショナリズムと民主主義』(2006年、大月書店)、『世界史再入門:歴史のながれと日本の位置を見直す』(2008年、講談社学術文庫)、『イギリス労働運動史』、『「蟹工船」の社会史:小林多喜二とその時代』(以上、2009年、学習の友社)など

*5:花園大学名誉教授。著書『人民中国への道』(1977年、講談社現代新書)、『五四運動在日本』(2003年、汲古叢書)、『青春群像:辛亥革命から五四運動へ』(2012年、汲古叢書)、『京大生・小野君の占領期獄中日記』(2018年、京都大学学術出版会)など

*6:山本達郎 - Wikipediaによれば元号「平成」の発案者とされる人物(ただし一部の関係者がそう証言しているだけで日本政府が公式発表したわけでもなければ生前、山本がそう発言したわけでも無い)。

*7:1912~1986年。元法政大学教授。著書『中世的世界の形成』、『日本の古代国家』(以上、岩波文庫)、『歴史と民族の発見:歴史学の課題と方法』(平凡社ライブラリー)など

*8:国際日本文化研究センター教授。著書『記紀神話のメタヒストリー』(1998年、吉川弘文館)、『近代日本の宗教言説とその系譜:宗教・国家・神道』(2003年、岩波書店)、『喪失とノスタルジア:近代日本の余白へ』(2007年、みすず書房)、『記紀神話と考古学』(2009年、角川叢書)、『宗教概念あるいは宗教学の死』(2012年、東京大学出版会)、『閾の思考:他者・外部性・故郷』(2013年、法政大学出版局)、『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』(2013年、集英社新書)、『死者のざわめき:被災地信仰論』(2015年、河出書房新社)、『昭和・平成精神史:「終わらない戦後」と「幸せな日本人」』(2019年、講談社選書メチエ)、『石母田正と戦後マルクス主義史学:アジア的生産様式論争を中心』(編著、2019年、三元社)など

*9:大阪大学教授。

*10:1967~2016年。和光大学教授。著書『占領と平和:〈戦後〉という経験』(2005年、青土社)、『抵抗の同時代史:軍事化とネオリベラリズムに抗して』(2006年、人文書院)(道場親信 - Wikipedia参照)

*11:東京学芸大学教授・著書『漢代国家統治の構造と展開:後漢国家論研究序説』(2009年、汲古叢書)

*12:もちろんこれは「小嶋氏が把握してる遺族(おそらくは著作権者でもある)」なので実態とは異なる可能性もあります。何せ著作権者は戸籍謄本や不動産登記と違い、法務局などに登録する必要性がどこにもありませんので。

*13:青山学院大学教授。著書『ペストと近代中国』(2000年、研文出版)、『マラリアと帝国:植民地医学と東アジアの広域秩序』(2005年、東京大学出版会)、『感染症の中国史:公衆衛生と東アジア』(2009年、中公新書)など

*14:南山大学教授。著書『アメリカ医療制度の政治史:20世紀の経験とオバマケア』(2014年、名古屋大学出版会)

*15:著書『日本古代国家の農民規範と地域社会』(2016年、思文閣出版

*16:著書『近代日本の戦傷病者と戦争体験』(2019年、日本経済評論社

*17:早稲田大学教授

*18:広島大学特任教授。著書『近代日本の地域思想』(1996年、窓社)、『東北:つくられた異境』(2001年、中公新書)、『続・東北:異境と原境のあいだ』(2007年、中公新書)、『せめぎあう地域と軍隊:「末端」「周縁」軍都・高田の模索』(2010年、岩波書店)、『「東北」を読む』(2011年、無明舎出版)、『「社共合同」の時代:戦後革命運動史再考』(2019年、同時代社)

*19:小泉内閣文科相麻生内閣官房長官自民党選対委員長(第二次安倍総裁時代)など歴任

*20:第三次安倍内閣国交副大臣(復興副大臣兼務)、第四次安倍内閣官房副長官など歴任

*21:福田、麻生内閣環境相公明党政調会長、幹事長などを経て副代表

*22:第二次安倍内閣官房副長官、第三次安倍内閣一億総活躍等担当相、自民党総務会長(第二次安倍総裁時代)、第四次安倍内閣厚労相などを経て菅内閣官房長官

*23:石巻市教育委員会職員(学芸員

*24:国際日本文化研究センター名誉教授。著室『室町の王権:足利義満の王権簒奪計画』(1990年、中公新書)、『信長と天皇』(1992年、講談社現代新書→2002年、講談社学術文庫)、『武家天皇』(1993年、岩波新書)、『戦国の世』(2000年、岩波ジュニア新書)、『戦国大名天皇』(2001年、講談社学術文庫)、『戦国時代の貴族:『言継卿記』が描く京都』(2002年、講談社学術文庫)、『籤引き将軍足利義教』(2003年、講談社選書メチエ)、『戦国期の室町幕府』(2006年、講談社学術文庫)、『近江から日本史を読み直す』(2007年、講談社現代新書)、『戦国・三好一族:天下に号令した戦国大名』(2007年、洋泉社MC新書)、『天文法華一揆』(2009年、洋泉社MC新書)など

*25:今谷『天皇と戦争と歴史家』(2012年、洋泉社)のこと(ただし取り上げられている歴史家は石母田だけでは無い)。

*26:東京大学史料編纂所名誉教授。著書『平安王朝』(1996年、岩波新書)、『平安時代』(1999年、岩波ジュニア新書)、『義経の登場』(2004年、NHKブックス)、『かぐや姫と王権神話:『竹取物語』・天皇・火山神話』(2010年、洋泉社歴史新書y)、『歴史のなかの大地動乱:奈良・平安の地震天皇』(2012年、岩波新書)など