テレ朝・おはよう時代劇『暴れん坊将軍3』第9話「炎に消えた女囚!」(1988年放送の再放送)(2023年12月19日記載)

◆第9話「炎に消えた女囚!」(2023年12月19日再放送)
 以下の通り、記事を紹介しておきます。

番組詳細|テレビ朝日
 伝馬町で大火があり、大岡忠相横内正)の命で、翌日戻ってくることを条件に牢内の囚人たちが解き放たれた*1。ところが翌日、兇盗・夜鴉の征四郎(曽根晴美)とその配下二人(ボーガス注:丈吉(きくち英一)、竜次(小船秋夫))、お京*2(山本みどり*3)という女囚が戻ってこなかったのだ。吉宗(松平健)が忠相から受けた報告によると、大火は付け火が原因で、どうやら夜鴉の一味が征四郎を助けるために火を放ったのではないかという。さらに、解き放ちの夜、お京が赤ん坊*4を抱いて黒装束の男たち*5と一緒に走り去るのを見た者がいるらしく

暴れん坊将軍 III
第9話「炎に消えた女囚!」
 牢に火が迫り、忠相(横内正)が解き放ちを決断。しかし戻らぬ一味あり、以後これ見よがしに凶行を働くほか、火盗改長官・大久保勘解由(剣持伴紀*6)の一子をさらい捜査の動きを止めようとはかる。さらった赤子の世話を強要された女囚お京(山本みどり)の、健気な哀話が縦糸になる。ラスト、お京が大久保の運動で赦免になったことを話す上様トリオ(ボーガス注:上様、爺(御側御用取次・田之倉孫兵衛(船越英二))、忠相)。
※凶盗・夜鴉一味を裏で操るのは(ボーガス注:悪役常連)菅貫太郎*7演じる元勘定奉行「小泉出雲守」。賄賂を忠相に指弾され、(ボーガス注:勘定奉行を更迭され)調査に協力した大久保も一緒くたに恨んで*8(ボーガス注:放火で大岡に解き放しをさせた上、解き放された夜鴉に強盗殺人をやらせ大岡や大久保を窮地に追い込もうとして)いる設定。派手なスガカン節は無いが、ラス立ち前、上様と気付く仕草が(ボーガス注:上様だと気づいた衝撃から目を大きく見開き、口をあんぐりとあけ「上様?」と疑問形and小声な発声で)独特で笑える。剣戟の最中(ボーガス注:吉宗に向かって)「(ボーガス注:殺せ、そいつを)ぶっ殺せ」とか口走ってるし。こういう悪役がいるので、今回町方と火盗の対立*9はナシ。
※忠相配下の同心「高原大助」に峰蘭太郎、(ボーガス注:悪役常連なので)半ば過ぎまでワルの一味だと思って見てたのに、フツーの同心だった。

あふろん@芝神明
◆火盗改が久しぶりに善人っぽい
◆(ボーガス注:酔っ払って、襲ってきた旗本(誤ってお京の息子が旗本にぶつかったことに、怪我をしたわけでもないのに、酩酊したことで必要以上に激怒し抜刀)から身を守るために殺害したというお京は正当防衛で)ほぼ無罪だろこれ
◆黒幕確定、(ボーガス注:悪役常連)スガカン来た!
◆息子誘拐された火盗改はかわいそう。火盗改がポンコツだった理由がついた
◆(ボーガス注:火付盗賊改・大久保は)身内誘拐されたからと手を緩めるのはいかんな
◆(ボーガス注:鬼平犯科帳など他の時代劇はともかく、暴れん坊将軍で)善人の火盗改なんてレア過ぎるので家宝にしないと
◆忠相と火盗改の連係プレーで(ボーガス注:汚職を糾弾され)首になった(ボーガス注:元勘定奉行の)スガカン、分かりやすい構図
◆脅されたとはいえけっこう加担しちゃったお京
◆夜鴉の首領・岡本征四郎
 「将軍だろうと何だろうと今さら驚くような夜鴉ではない!」
◆(ボーガス注:菅が演じる元勘定奉行の小泉出雲守)
 「そいつをぶっ殺せ!」
 将軍を「そいつ」「ぶっ殺せ」とはさすがスガカン
◆(ボーガス注:夜鴉に脅されたことを理由に免罪という大岡裁きならぬ)大甘裁き来た!
◆(ボーガス注:エンドの前に毎回流れる若山弦蔵の締めのナレーション)
 お京と(ボーガス注:息子)清吉は火盗改め大久保勘解由のたっての願いで屋敷に奉公にあがった。
 大江戸にももうすぐ春が訪れる。
 吉宗の心はいつになくそんな春を待ち望んでいるようであった。

 歯磨き粉のCMが流れていますが「歯が白いと若く見えます!」という辺りが「対象視聴者層=高齢者」ですね。
 それと何故か、テレ朝番組CMとしては「相棒」が、企業CMとしては小林製薬がやたら流れる。

【参考:菅貫太郎

菅貫太郎 〜悪役の星〜 - 花の絵
 子供の頃、テレビで時代劇を見ることが家族団欒だった私にとって、スガカンは最も懐かしい悪役俳優の一人だ。
 悪いことがカッコよく見えるような複雑な魅力もそなえておらず、それでいてテレビを消したくなるほどには気持ち悪くない悪役こそ、古き良き勧善懲悪ドラマの肝である。しかし、そういう役は誰にでも演じられるわけではない。そのために、(ボーガス注:小沢象、川合伸旺田口計など)名うての悪役俳優たちは同じドラマのシリーズで何度も地獄からよみがえり、外道を演じることになる。また、マンネリ化した長寿時代劇には、たまに毒素の強い悪党がカンフル剤的に投入されることがある。その結果、大人になってから振り返ってみると、善玉を演じた二枚目スターと同じくらい悪玉を演じた俳優の印象が鮮烈に残っていたりする。
 菅貫太郎はそんな悪役の代表だ。通称スガカン。
 1960年代から1990年代前半にかけて、時代劇・現代劇で何度成敗され、天誅を下されたか知れない。人を人とも思わぬ冷たい目つきで、青白いヘビのように善人に絡みつき、残酷なことをして、問答無用の正義の裁きを受けてきた、それがスガカンだ。
 もとは舞台出身で、俳優座の座員として活躍していた経歴を持つ。
 転機となったのは、劇団在籍時に出演した工藤栄一監督の集団時代劇『十三人の刺客』(1963年)の松平斉韶*10役だ。その前に同監督が手がけた『忍者秘帖・梟の城*11』(1963年)では、知的で冷静で、忍者を冷たくあしらう前田玄以*12を演じていたが、『十三人の刺客』の松平斉韶は狂気の領域にいる。見ていてウンザリするような外道だ。そのくせ清潔さ、高貴さ、滑稽さも備えている。これはスガカンにとって運命的な役だった。残虐非道、自制心ゼロ、そんなバカ殿ぶりが注目を浴び、東映時代劇(とヤクザ映画)の悪役、殺られ役として頻繁に顔を出すようになったのである。
 映画・テレビに軸を移したスガカンは、悪役街道をひた走ることになるわけだが、本人はやや辟易していたようである。『キネマ旬報』(1980年11月)のインタビューでは、こう語っていた。
「でも、あれ(『十三人の刺客』)に出てから、脚本がそうでなくても、あのセンでやってくれって(笑)。みんな、そうですよ。バカのひとつ覚え。まあ、全部が全部そうだったわけじゃないけど、結構、数をやってるうちに、すっかり不機嫌になっちゃって(笑)」
 何を考えているか分からない(というか、大体いつも悪いことを考えている)悪人面だが、実は知的な風貌でもあるので、インテリの役も、感受性豊かな詩人の役もハマる。その辺を見抜いていた監督たちは、菅のことを悪役以外でも起用した。工藤栄一演出のTBSドラマ『本陣殺人事件』(1977年)で金田一耕助古谷一行)を丁重に迎える県警本部長、吉田喜重監督の『告白的女優論』(1971年)で岡田茉莉子*13と懇ろになる医師、寺山修司監督の『田園に死す』(1974年)で過去の自分と対面する「私」、実相寺昭雄監督の『歌麿・夢と知りせば』(1985年)で岸田森演じる歌麿を刺激する北斎など、『告白的女優論』と『田園に死す』を除くと出番はわずかだが、いずれも〈悪人ではない〉菅貫太郎の魅力*14を楽しめる。
 この中で一作選ぶとしたら、(ボーガス注:菅の唯一の主演作品)『田園に死す』。私は学生時代にこれを観た時、(ボーガス注:時代劇等での悪役演技と大分違うので)寺山自身の投影とも言える繊細そうな男が菅貫太郎だとは気付かなかった。どこからどう見てもスガカンなのに。悪役、ヒール専門だと思い込んでいると、こういうことが起こる。『特捜最前線』の須藤検事も、私には忘れられない。悪人ではないが、神代警視正(特命捜査課長)(二谷英明)たちと対立する超インテリであり、随分いやな感じを漂わせていた。しかしヒールとしては最高だ。その怜悧さが特に際立っているのが、名作の誉れ高い「死刑執行0秒前!」で、死刑囚の冤罪を晴らそうとして熱くなっている船村刑事(大滝秀治*15)とぶつかり合い、氷のような論理で相手を圧倒していた。
 しかしまあ、なんだかんだ言っても、やっぱり時代劇で悪役を演じている時の彼は、独特の冷酷さと危うい狂気のオーラがあり、観る者の目をひかずにはおかない。その演技は晩年になって(と言うのも辛いが、彼は1994年に交通事故に遭い、59歳の若さで亡くなった)、自然な風格をそなえるに至ったように思える。表情ひとつ変えず、大して抑揚もつけずに、「人をだまし、手玉にとり、金をいただく。愉快でならぬ。やめられぬのう」と言ってのける、あの人でなしぶりと鼻持ちならぬ高貴さは、簡単に真似できるものではない。
 実生活のスガカンは、(中略)インタビュー記事を読んでも、変に構えず、飾らない人であったことが分かる。悪役の俳優というのは、私の印象では、愛すべき人柄で、聡明な人が多く、演技もしっかりしていて、どんな役をやっても上手い*16。私の中にあるこういうイメージは、スガカンという役者を見て形成されたものなのかもしれない。

日本一の馬鹿殿役者。 十一人の侍 - デストピア経典~曼荼羅畑でつかまえて(三代目)
 菅貫太郎(すがかんたろう)。
 日本に悪役数あれど、この人くらい馬鹿殿・悪代官が板に付いた役者さんはいないでしょう。
 テレビの時代劇でこの人が出ていないシリーズなぞ存在しないのではないかとすら思えます。
 白眉は「十三人の刺客」(1963年/工藤栄一監督)の松平左兵衛督斉韶ですが、本作の松平斉厚(なりあつ)も捨てがたい馬鹿殿です。
 「十一人の侍」(1967年/工藤栄一監督)
 傍若無人な振る舞いを忍(おし)藩主・阿部正由*17穂高稔)に嗜められた館林藩主・松平斉厚*18(菅)が逆ギレして阿部を殺害。
 忍藩が訴え出るも将軍家の血を引く(←史実ではない)斉厚はお咎め無し、それどころか非は忍藩にあるとされ、お家断絶、領地召し上げの非情な沙汰が。
 おのれ斉厚、主君の恨み晴らさでおくものか、という工藤監督の代名詞となった「集団抗争時代劇」3部作の大トリです。

*1:「火事による解き放し」パターンは他にも様々な時代劇でよくあるパターンです。

*2:酔っ払って、襲ってきた旗本(誤ってお京の息子が旗本にぶつかったことに、怪我をしたわけでもないのに、酩酊したことで必要以上に激怒し抜刀)から身を守るために殺害したという罪で入獄。「相手が旗本と言うこともあり、本来なら死罪や八丈島遠島でもおかしくなかったところ大岡の温情で入獄に留まった(劇中での説明)」て、正当防衛は成立しないのか?

*3:1957年生まれ。1978年、TBSポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』の主演でデビュー(山本みどり - Wikipedia参照)

*4:この赤ん坊は「夜鴉が誘拐した火付盗賊改長官・大久保の息子」であり、夜鴉が大久保に恫喝をかけてることが後に明らかになります。

*5:夜鴉のこと

*6:1943年生まれ。劇団俳優座養成所第16期生で、同期には太地喜和子(1943~1992年)、峰岸徹(1943~2008年)、河原崎建三(1943年生まれ)らがいる。1990年代に在家仏教教団・真如苑の信徒となり、その後、同教団の事務局員となったため、俳優業を引退(剣持伴紀 - Wikipedia参照)

*7:1934~1994年。東映映画『十三人の刺客』(1963年)で演じた悪役・松平斉韶(明石藩主)は「酷薄な馬鹿殿」として、以降の時代劇で同様の悪役を演じるほどの当たり役となった。テレビドラマでは、TBS『水戸黄門』、テレビ朝日必殺シリーズ』、『暴れん坊将軍』など多数の時代劇にゲスト出演し、主に悪役として活躍した(菅貫太郎 - Wikipedia参照)

*8:一方、夜鴉も、彼らを捕縛した大岡と大久保を恨んでいる設定

*9:大岡と火盗の対立話の場合、「火盗が巨悪で最後に成敗」パターンが多い

*10:実在の人物としては「1803~1868年。明石藩主(1840年に隠居し跡目を斉宣に譲った)。1963年の映画『十三人の刺客』において、「将軍の弟」である「暴君・松平斉韶」として登場するが、「将軍の親族(徳川家斉の二十六男)」という出自や、参勤交代中のトラブルといった逸話は、明石藩主・松平斉宣(1825~1844年)のものである。斉宣が参勤交代で尾張藩領を通過中、3歳の幼児が行列を横切った。斉宣の家臣たちはこの幼児を捕らえて宿泊先の本陣へ連行した。村民たちは斉宣の許へ押し寄せて助命を乞うたが許されず、この幼児は処刑された。この処置に激怒した尾張藩は、御三家筆頭の面子にかけて、今後は明石藩主の尾張領内通行を認めないと通告するに至った。このため以降明石藩は、尾張領内においては行列を立てず、藩士たちは脇差し1本のみ帯び、農民や町人に変装して通行したという。この話は同時代の肥前平戸藩主・松浦静山(1760~1841年)が随筆『甲子夜話』で記すところによるが、尾張、明石両藩の公文書で、この事件に関する記録は現在に至るまで発見されておらず信用性が怪しい。この巷談は後に映画『十三人の刺客』として翻案された」(松平斉韶 - Wikipedia松平斉宣 - Wikipedia参照)

*11:司馬遼太郎の小説『梟の城』の映画化

*12:豊臣政権五奉行の一人。関ヶ原の戦いでは家康と対決して死罪になった五奉行石田三成」「小西行長」「長束正家」と異なり中立的立場を取り、所領を家康に安堵された。丹波亀山藩初代藩主(前田玄以 - Wikipedia参照)

*13:1933年生まれ。1958年、『悪女の季節』で毎日映画コンクール助演女優賞、1962年、『今年の恋』『霧子の運命』でキネマ旬報主演女優賞、『今年の恋』『秋津温泉』で毎日映画コンクール主演女優賞を受賞(岡田茉莉子 - Wikipedia参照)

*14:とはいえ小生的には「時代劇の悪役イメージが強く」、けっきょく渡哲也は、渥美清と同じ轍を踏んだと思う - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)的な思いがありますね。

*15:1925~2012年。1976年、『不毛地帯(久松経企庁長官役)』、『あにいもうと』でをブルーリボン賞助演男優賞を、2013年、『あなたへ』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞(大滝秀治 - Wikipedia参照)

*16:同様の指摘としてうまい役者は、善人を演じればほんとに善人、悪人を演じればほんとに悪人に思える - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

*17:実在の人物としては「1763~1808年。忍藩主。奏者番寺社奉行大坂城代京都所司代を歴任」(阿部正由 - Wikipedia参照)

*18:実在の人物としては「1783~1839年館林藩主、のち浜田藩主。奏者番寺社奉行を歴任」(松平斉厚 - Wikipedia参照)