社会党が衰退したわけ(五十嵐仁「政党政治と労働組合運動」(御茶の水書房)から)

 以前「私が今までに読んだ本の紹介(五十嵐仁編)」(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20090801/1249250921)で、五十嵐氏の考える社会党衰退の理由を紹介したのだが本エントリはその再紹介。
 そのとき書いた五十嵐本紹介が以下の文章。

 「社会党(現:社民党)が国会の議席を大幅に減らし、ついに共産に敗北したのは(政策の是非や、ソ連崩壊による左翼のイメージダウン*1等もあるかもしれないが)共産と違って自分の手足がないこと、及び、労組(総評→連合)が最大の支持基盤だったことである」*2*3
社会党は政策が左だから衰退した、構造改革派や江田派の党内における政治的敗北が大きかったと考えると、社会党より左の共産が一定の勢力を今も保有していること、及び社会党より右の民社党*4社民連社会党党内抗争に敗れた江田三郎が離党して結党)が消滅したこと(民主党内の派閥として存在するが)が説明できなくなる」*5*6
社会党が労組を自分の手足として利用していたため、労組のパワーダウン(加入率低下)は社会党のパワーダウンに直結した。また、筋の通らないことでも労組が要求すれば、社会党はそれを飲まざるを得なかった(それは労組以外の社会党支持者(市民運動等)の離反を時に招いた)。*7そして、労組が小沢一郎菅直人鳩山由紀夫など非社会党政治家に期待するようになると、社会党は分裂しついに消滅した」
「共産が自分の手足作りに一定の成功をおさめたことは、もっと評価されてしかるべきである」*8

 なぜ、再紹介する気になったかというと、id:kojitaken氏の以下の文章に触発されたから。
社会党が衰退したわけ(石川真澄『人物戦後政治』より)』
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20091226/1261796974

 id:kojitaken氏は、石川の主張を大筋で支持しているようだが、五十嵐批判が出た現在においては、それは不適切だと思う。
 なお、五十嵐氏は石川や安東の説(石川・広瀬「自民党」(岩波書店)、安東「日本社会党社会民主主義」(現代の理論社))を歴史的転換失敗説(ドイツ社民党の「ゴーデスベルグ綱領」採択のような路線転換をしなかったから衰退したと言う説)、自らの説を組織・運動説(社会党は組織・運動が労組におんぶにだっこだから労組の衰退や、労組に見捨てられたことによって衰退した、そうでないから共産は社会党ほど議席等が衰退しなかったと言う説)*9、後で紹介するが渡辺治新川敏光の説(渡辺「企業支配と国家」(青木書店)、新川「戦後日本政治と社会民主主義社会党・総評ブロックの興亡」(法律文化社))を社会的基盤不在説と呼んでいる。
 五十嵐氏によれば、社会的基盤不在説は、1)日本の強固な企業社会においては弱い労組しか存在しなかった。強い労組(パナソニックとかトヨタとか?)が存在してもそれは、社民主義の立場に立たない労組であった。2)したがって、ヨーロッパと違い社民主義成立の前提がそもそもなかったのでそう言う意味で、石川・安東説は間違っていると言うかなり悲観的な説らしい。

*1:印象論に過ぎないがソ連崩壊のダメージは共産の方が社会党より小さかったのではないかと思う。共産はかなりソ連に批判的だったのに対し社会党はそうでもなかった気がするのだが?。

*2:なお、労組依存の問題点については、社会党においてもある程度認識はされていた。書記長の成田知巳は社会新報紙上で「大衆運動のよわさ」「議員党的体質」「労組依存」の3点(これを俗に「成田三原則」と呼ぶ)を社会党の問題点として指摘したことがあるからである。また、土井たか子市民運動出身者(現在も社民党議員の福島瑞穂辻元清美保坂展人など。彼らは俗に「土井チルドレン」と呼ばれる。【12/27追記】この文章を最初書いたとき、保坂は議員だったのだが残念ながら、その後の選挙で落選している。もちろん再起を期しているわけだが。)を重用したのも労組依存への危機感があったからだろう。

*3:五十嵐氏によれば労組依存を問題視するこうした考えは、田口富久治、奥田八二、太田薫の主張(田口「日本社会党論」(新日本新書)、奥田・太田「労働組合社会主義政党」(日本評論社))にヒントを得たものであるという。

*4:社民連はともかく民社党は「社会党より右」どころか「自民党より右」の気もするが。日本版ウィキペディアも「CIAから金をもらっていた」「韓国・朴正煕政権やスペイン・フランコ政権、チリ・ピノチェト政権など、反共で一致すれば、軍事独裁政権も支持した」「塚本三郎大内啓伍は、委員長時代に『民社党』の党名から社会主義を意味する「社」の部分を外し、「民主党」に改称しようとした」「米沢隆は「民社の『社』は社会主義ではなく会社の『社』」と主張した」など、社会党右派がルーツの社民主義政党とは思えないすばらしい記述にあふれている(笑い)。

*5:向坂逸郎らの社会主義協会新社会党のルーツの一つ?)の存在や、文革に当初好意的な態度を取ったこと(共産はかなり早い段階で批判)、大韓航空機爆破事件での態度(共産の方が社会党よりも早い段階で北朝鮮の犯行と断定し、非難した)、原発に対する態度(社会党の方が原発に否定的だったと思う。少なくとも、今の社民と共産では、社民の方が否定的だろう)などを考えると、共産の方が社会党より常に左と言えるか微妙な気もする。

*6:なお五十嵐氏によれば「左だから衰退した」と主張する有力な論者として安東仁兵衛、石川真澄がいるという。こうした説に対しては五十嵐氏の批判以前に既に渡辺治新川敏光が批判を加えているという。

*7:また、「総評/連合」が社会党への内政干渉を何ら問題と思ってなかったことも重要である。一方、共産を支持する組合(全労連など)は、少なくとも建前では、「総評/連合」の社会党への政策押しつけを批判しており、「総評/連合」ほど公然と労組方針を押しつけることはしたくてもできなかった。

*8:もちろん五十嵐氏は共産に問題がないと言っているわけではない。多くの左派の学者、ジャーナリストが不当に社会党に甘く、共産党に辛いのではないかと言っているのである。また五十嵐氏は共産党のいわゆる自主独立路線を「ソ連崩壊の影響を最小限に食い止めることが出来た」として一定の評価をしている。

*9:民社や社民連に付いて五十嵐氏は何も言っていないが、五十嵐説に立てば「共産のような手足がなかったから、民社や社民連社会党のように衰退した(独立の政党としてやっていけなくなった)」と言うことになるのだろう。