今日のMSN産経ニュース(6/25分)(追記・訂正あり)

 日付が完全にずれてますが連続更新という形を取りたいので。

【日本の議論】南京事件、教科書にさえ「30万人は誇大」 近年の学説検証、勢い増す「否定派」と「中間派」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120701/edc12070118000000-n1.htm
 ブクマもつけましたがエントリでも突っ込みます。まあ、俺の突っ込みはぬるい代物ですのでid:Apeman氏、id:D_Amon氏など本職(?)つうか
南京事件否定論批判に定評のある、かつ文章力のある方」に改めて本格的に突っ込んでいただけると幸いです。
(追記:id:Apeman氏はこの産経記事について「我田引水しても水は低きから高きへは流れない」(http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20120702/p1)をお書きです。できれば全部絨毯爆撃してほしかったんですがさすがに「手垢のついたウソ」を全部モグラ叩きする気にはなれなかったようです)
 別に「勢い増す」なんて事実はありません。まあ、俺の理解では一番有力なのは今も「10万人を超える死者が出た」と見なす産経の言う「大虐殺派」でしょう。「30万人は多すぎるのでは?」なんてことは以前から言われてることでそれにこだわってる学者はまずいません。
 「否定派」(例:この記事に名前が出る藤岡、東中野)なんて論外ですが、おそらく秦説のことを指す「中間派」(というかこの産経記事には秦の名前しか出てきませんが)だって有力とは言えないわけです。
 それはともかく興味深いのが産経が

勢い増す「否定派」と「中間派」

と書いてることでしょう。産経ですら現時点では否定論を前面に押し出すことは得策でないと考えてるわけです。ただし否定論を捨てて中間派に完全シフトすることもしないと。
 ともかく「中間派」と言うのを持ち出すことによって「僕ちゃんは過大すぎる大虐殺派を批判してるだけなんだ」と偽装してるわけです。
まあ、でもこの件に詳しい人なら
1)「現在でも、もっとも有力で説得力があるのは、産経の言う大虐殺派。否定派は論外だが、中間派も有力ではない」
2)「元々産経は、否定派だが、資料の発掘など研究の進歩によって、否定派は今は旗色が悪いと見て、中間派にも色目を使ってるに過ぎない。本心は否定派でありいつでも中間派を切り捨てる用意がある。だからこそ「中間派」と「否定派」を同列に並べてる」
といったことはよくわかるわけです。

 執筆した鳥海靖・東大名誉教授は「かつて学者の中には30万人説を唱える人がいたが、近年の学会では誇大だということが常識になっており、触れた方がいいと思った」と説明する。

 鳥海氏がどういう歴史学者かわかりませんので、コレが本心なのか、それとも「否定論的な志向」を持つのにそれを隠してる人なのかわかりませんが、「30万人が多すぎるのではという見解が有力と言うこと」それ自体は事実です。

 東中野修道亜細亜大大学院教授や藤岡信勝拓殖大客員教授らの研究で、(1)当時、毛沢東が虐殺に一度も言及していない(2)当時、国民党は外国人記者向けに約300回会見を開いたが、一度も虐殺に言及していない(3)南京の人口は日本軍占領前が20万人、占領1カ月後が25万人だった−ことなどが明らかになった。

 例の夏淑琴裁判での惨敗で東中野は産経一派にとって黒歴史となり、東中野の説を引っ張る場合でも「東中野以外」から持ってくることによって東中野の存在を右翼の歴史から抹消するのではないか、彼らにとって歴史捏造はお手の物だし、南京事件否定論本「南京大虐殺まぼろし」で大宅賞までもらったのに「事実上右翼がスルーしてる鈴木明」と言う人もいるから、と思っていたのですがそうはならないようです。
 これらは全てネット上や歴史書籍(たとえば『南京大虐殺否定論13のウソ』(柏書房))によって批判されてるウソです。まあ、よくも批判済みのウソを手を変え品を変え何度も持ち出せるものです。いやあまり変えてないかな?
 (1)は事件発生直後の毛沢東の文章や演説には出てこないと言うだけの話です。そりゃ南京から遠く離れた延安にいる人間・毛が発生直後、事件のことを詳しく知ってたらそれこそ「どんな超能力だ」って話です。これについてはたとえば、中国共産党は知らなかったかをご覧下さい。
 南京事件−日中戦争 小さな資料集はメジャーな南京事件否定論への反論が整理されていますので「東京裁判で、各国がぐるになって日本に濡れ衣を着せた上、その認定*1に日本政府が抗議しないなんて陰謀論は信じられないから南京事件否定論はもちろんデマだと思うが、無知なのでうまく反論できずもやもやする」という方は読んだ方がいいでしょう。漏れてるマイナーな否定論もあるでしょうがここを読めばメジャー所の否定論は簡単に論破できるでしょう。
 (2)について。「300回の記者会見で1度も言及なし」については「南京の実相」を読む(2)を紹介しておきましょう。
 しかし「南京事件を否定するには、南京を支配していた当時の国民党・蒋介石政府を嘘つきと誹謗しないといけない」とはいえ産経は「台湾は友邦」「蒋介石はトモダチ」と言う戦後の日本保守の立場*2とこうした蒋介石誹謗が両立すると思ってるんでしょうか。
 (2)と言う番号がついてることでわかるでしょうが、他にも「南京の実相」を読む(1)「南京の実相」を読む(3)という『南京の実相』批判があるので是非お読み下さい。
 さて、は「南京の実相」を読む(2)はサイトへのアップが2009年7月だそうですから、産経がこの記事を書く前にウソだと言うことは明白だったわけです。まあ、いつものことですが。
 この300回会見説はゆうさんいわく、戸井田徹*3もメンバーの「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」という歴史捏造主義団体が出した『南京の実相―国際連盟は「南京2万人虐殺」すら認めなかった』(2008年、日新報道)に出てくる話のようです。ちなみにこの珍右翼本はアマゾンレビューやゆうさん以外のエントリでも批判があるので後で紹介しましょう。
 ではこの300回の会見で1度も南京事件の話が出てこなかったとはどういうトリックだったのか。くわしくはゆうさんの文章をお読みいただければ結構ですがオレ流に要約すると、こうです。
ア)外事課工作概況という文書には「国民党政府は300回記者会見をやった」と書いてある
イ)しかしこの外事課工作概況には「南京事件について記者会見で触れたかどうか」の記録はない
ウ)じゃあ記者会見では南京事件について1度も触れなかったに違いない
というトンデモ三段論法に過ぎなかったわけです。ゆうさんは「300回の記者会見全てについて詳細な会見記録があってそれによって戸井田氏らはこう言ってると普通の人間は思うでしょう」と言う趣旨のことを書いていますが予想通りそんなまともな話じゃなかったわけです。
 「外事課工作概況」に記録がなければ触れたかどうかは「外事課工作概況」ではわからないとするのが普通の人間でしょうに。他の文書には記者会見で南京事件について触れたとする記録があるのかもしれません。つうか日中戦争や中国内戦の混乱によって紛失でもしない限りたぶんあるでしょうが。


【「南京の実相」への批判例
Transnational History
南京事件否定本「南京の実相」が発売されるそうです」
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20081029/p1
『南京の実相』をアメリカの議員に送るつもりらしい…(戸井田とおるセンセイ発案)
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20090130/p1


Apes! Not Monkeys! はてな別館『「南京問題小委員会」、“研究”成果を堂々公刊!』
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20081029/p1

アマゾンレビュー
まぁ駄目かな, 2011/1/29
By スレイマン
 正直、これを書いた方は議事録をちゃんと読んでないんだなと思います。
 議事録には国連*4が南京二万人虐殺すら認めなかったなんてのってないんですが。
 ちなみに顧維鈞*5は、「南京虐殺」に対する「連盟の行動」を要求したわけではないんですがね。


たちの悪い歴史修正主義, 2012/4/7
By 不良塾講師
 歴史を直視したくない日本人は、歴史を偽造することによって自らのちっぽけな「日本人である」というプライドを満たそうとする。南京大虐殺論争なんてのは、もう何十年も繰り返されて、洞富雄『南京大虐殺の証明』』*6で決着がついているというのに、いまだに事件を否定しようとするバカがいる。その中にはアル中の中川(酒)*7もいる。南京大虐殺否定論などというのは、ホロコースト否定論と同じようなものである。


知性の衰退を感じた, 2009/1/9
By 濱哲 (東京都新宿区)
 「アムール江の虐殺や〜、」と唄われた帝政ロシア軍によるブラゴヴェヒチェンスクの中国人虐殺が被害者約4〜5千人。日本人が被害者となったニコライエフスクの虐殺(ほかにロシア人の被害者も同数程度)や、通州事件の虐殺被害者数が約2〜3百人くらいだったかな。ベトナム戦争中のソンミ村虐殺事件が106人。アメリカ独立戦争の切っ掛けとなった「ボストン・ティーパーティーの大虐殺」となると死者5人。
 何が問題なのか、いまだに「南京事件」の本質的部分てのが、解ってないってことになるねぇ、こちらの皆さん方。

 数の問題じゃないって事ですよね。数も「矮小化したい連中の出す数より多い」のは間違いないんですが。
 (3)についてはたとえば南京の人口は増えたかをご覧下さい。
 詳しくはリンク先を見てもらえればと思いますが、要するに「外国人が管理していていくらか安全な南京安全区の人口が増えた」に過ぎず、「南京市の人口が増えたわけではない」という話です。しかも「20万」「25万」はどちらも推計値に過ぎません。

虐殺の有力証拠とされ、南京戦の半年後に発行された「戦争とは何か」の著者で英国紙*8の中国特派員は、中立の欧米人ではなく、国民党中央宣伝部の顧問だったことが判明した。

 この「戦争とは何か」の著者はティンパーリーというジャーナリストです。産経がはっきりティンパーリーの名前を書かないのは調べられると都合が悪いと自覚してるからでしょう。
 俺の理解ではこのティンパーリーへの言いがかりはたぶん、北村稔「南京事件の探求」(文春新書)が一番最初ではないかと思います。
 実はウィキペ「ティンパーリー」を読むだけで、この産経文章のウソはわかります。事件が発生した1937年当時のティンパーリーはマンチェスター・ガーディアン紙やAPの特派員でした。
 彼が国民党中央宣伝部の顧問になるのはその後の1939年〜1943年のことです。どう考えても南京事件報道などからティンパーリーの能力を高く評価した国民党政府がスカウトしたとしか見なせないでしょう。「中国国民党の広報担当だから南京事件を報じた」のではなく「南京事件を報じたから中国国民党の広報担当になった」のであり、全く因果関係が逆です。
 産経の行為は「元ジャーナリスト」猪瀬直樹石原都知事の子分「副知事」になったことを理由に、「石原ごときの子分の本だから」と「子分になる前のジャーナリスト時代の本」を問答無用で切り捨てるような暴挙です。まあ、石原の子分に平気で今はなれる猪瀬は、いつの時点か知りませんが「ある時点で」ろくでもないごろつきに転落したんでしょうが。
 そもそもティンパーリーは「南京事件を報じた著名なジャーナリストの一人」ではあっても「彼一人だけが報じた」わけではないので彼に因縁をつけても無意味です。

 当時の記録には、南京城内外で約4万体が埋葬されたという欧米人の報告があるが、藤岡教授は「埋葬を担当した日本軍将校の証言で、それらは戦闘による兵士の遺体のほか、民間人を装うなどしたため国際法上、合法的に処刑された不法戦闘員の遺体。虐殺体ではない」と指摘する。

 この藤岡発言には少なくとも一つ明白なウソがあります(他にもあるかもしれませんが)
 それは「民間人を装うなどしたため国際法上、合法的に処刑された不法戦闘員」という発言です。
 これについては東中野氏「再現南京戦」(8) 国際法論争1東中野氏「再現南京戦」(9) 国際法論争2を参照して下さい。正直、論争と言うより東中野の詭弁が吉田氏にぼこぼこに論破されてるだけですが。
 「南京にはゲリラ兵という意味での便衣兵など存在しなかったこと」「いわゆる敗残兵狩りは明らかに違法であること」がわかると思います。

 藤岡教授は「南京事件が中国の宣伝工作だったことは明らか。今は数字の論争ではなく、事実上、事件否定派と中間派の論争になっている」と話している。

 現在においても通説的見解は藤岡の言う大虐殺派ですがそれはさておき。
 事件の存否という意味では「あった」とする「中間派」、「なかった」*9とする「否定派」は全然違います。むしろ「中間派」は「あった」とする点では「大虐殺派」と同じです。
 中間派に一定の信憑性があるなら、否定派など成立しないのですが意味不明なことが平然と言える藤岡には呆れます。
 というか藤岡のこうした発言からは彼が真実を追究しているのではなく「日本軍の免罪しか考えていないこと」が改めてわかります。まあ、以前からバレバレでしたが。
 秦に産経や藤岡のような「黒い歪んだ動機」があるかどうか、はともかく産経や藤岡が中間派に好意的態度を取るのは「全否定が無理でも数をできる限り少なくしたい」という「黒い歪んだ動機」があるのは明白でしょう。
 まあ、秦がこうした産経や藤岡の態度に対して「手前らの同志扱いだと。バカにするな」と批判するかどうかで、秦に黒い動機があるかどうかがわかるでしょう。産経や藤岡に好意的態度を取ったら真っ黒、何ら批判しなかったら灰色、きちんと批判したら白と判断していいでしょう。
 俺は従軍慰安婦に対する態度から見てあの男には南京事件研究においても黒い動機があるのではないかと疑っていますが。

 文科省幹部は「事件否定説は承知しているが、学説上、事件が存在しなかったということは認められていない」と説明する。

 幹部ってのが政務三役かキャリア官僚か知りませんが、当然の説明ですね。産経達ウヨに対して「事件否定説は承知してる」とか、ちょっと腰が引けてる気もしますが、間違ったことは言ってないと思います。これ以外何と言いようがあるんでしょうか?。否定説なんか採用できるわけねえだろ。産経だと家永訴訟とかガン無視して「文科省は左翼だ!」とか言い出しそうですが。

*1:勿論細かい認定では異論があり得るわけですが否定論なんて論外です

*2:戦後、中国大陸の支配者となった中国共産党と対決するための、蒋介石にとっても日本保守にとってもお互い党利党略的代物ですが、それにしたって同盟者・蒋介石を嘘つき呼ばわりはないだろと思います。日本保守にはこう言う矛盾が多いです。アメリカは友好国という一方でハルノートにはめられたと言ってみたり。

*3:福田改造内閣で厚生労働政務官。前回衆院選で落選。体調不良を理由に政界引退を発表した

*4:国際連盟のこと

*5:国際連盟中国代表

*6:1988年、朝日新聞社刊行。もちろんその後も、笠原十九司南京事件』(1997年、岩波書店)、『南京事件論争史:日本人は史実をどう認識してきたか』(2007年、平凡社新書)と言った著書が出ています。

*7:飲酒酩酊事件で麻生内閣財務相引責辞任したい中川昭一のこと

*8:マンチェスター・ガーディアン紙のこと

*9:最近は文字通り「なかった」というのは無理と見て、「合法殺害」とするようですが