高世仁に突っ込む(2020年1月18日分)

番組案内―イランとサハリン - 高世仁の「諸悪莫作」日記

 1月18日 (土) のTBS「報道特集」(午後5時30分~)で《緊急取材!激動のイラン》の特集があります。
 ジン・ネットは「報道特集」のイラン取材に協力しています。

 で俺が思ったことは「報道特集て最近拉致なんか取り上げてねえし、高世も拉致関係の取材なんかしてねえんだろうな」つうことです。
 まあ、拉致問題って、よっぽどネタがないんだと思う(拉致1年後の絵葉書なら意味があるが)(私も記事を書いていないしね) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)つうことでしょう。
 まあ、イラン問題には得に興味ないので多分俺は見ないと思います。「大嫌いな高世が取材協力」ではなおさらです(追記:結局見ませんでした)。

 日本軍は敗戦間近に「国民義勇戦闘隊」を全国民で組織し「玉砕まで遊撃戦を行わんとする」ことを決めたが、その計画が実行された唯一の戦場が樺太だった。

 今は「樺太」ではなく「サハリン」と一般的には呼びます(正確には南樺太が当時の日本領土で、北樺太は違いますが)。
 まあ「日本国内の地上戦」なんて沖縄と樺太と映画「硫黄島からの手紙」で有名になった硫黄島くらいしかやってないでしょう(なお、沖縄戦について昔は「国内唯一の地上戦」と呼ばれることがありましたが「サハリン(当時は日本領)や硫黄島も国内地上戦であり正確な表現ではない」ので最近は使われなくなっています。いずれにせよ規模と言い被害者数と言い、一番有名な「国内の地上戦」は沖縄戦です。ちなみに硫黄島戦では住民が疎開したので沖縄戦やサハリン戦のような民間人死者は出ていません)。

【参考:硫黄島の戦い】

硫黄島の戦い(ウィキペディア参照)
・日本軍には、増援や救援の具体的な計画・能力は当初よりなく、玉砕が当初から前提とされていた。守備兵力20,933名のうち96%の20,129名が戦死あるいは行方不明となった。
 一方、米軍も6,821名の戦死者を出し、アメリカが太平洋戦争で最も人的損害を被った戦闘の一つとなった。
硫黄島の奪取によってアメリカ軍はマリアナから出撃して日本本土空襲を行っていたB-29を支援するための理想的なポジションを手に入れた。
・映画『硫黄島からの手紙』公開後から、小笠原村役場に「硫黄島へ観光に行きたい」という要望が多数寄せられ、村役場の担当者を困惑させたという。
 戦後の硫黄島は、自衛隊と米軍の基地が存在し、国の許可がないと上陸できない(「戦前に疎開した旧島民の帰還」も認められておらず民間人は現在住んでいない)。民間人の上陸許可は、「基地の保全改築に伴う建設関係者」、「火山活動・気象観測のための学術調査員」、「旧島民や遺族などによる慰霊」や「戦没者の遺骨収集の関係者」などに限られている(事故や遭難による緊急避難での上陸は除く)。

栗林忠道(1891~1945年、ウィキペディア参照)
 硫黄島の戦いにおける、日本軍守備隊の最高指揮官(第109師団長兼小笠原兵団長兼小笠原方面陸海軍最高指揮官)として知られる。硫黄島の戦いを除くと軍人としては目立ったエピソードも少なく、「離島の局地戦」で戦死した指揮官ということもあり、日本では従来、一般的な知名度は高くなかった*1が、2006年(平成18年)に公開されたハリウッド映画『硫黄島からの手紙』(クリント・イーストウッド監督、渡辺謙が栗林を演じた)により、一躍その名が日本で知られるようになった。
 日本でも映画公開以降、
NHK取材班『硫黄島玉砕戦:生還者たちが語る真実』(2007年、NHK出版)
梯久美子『散るぞ悲しき:硫黄島総指揮官・栗林忠道』(2008年、新潮文庫)
半藤一利編『栗林忠道硫黄島からの手紙』(2009年、文春文庫)
梯久美子硫黄島・栗林中将の最期』(2010年、文春新書→2015年、文春文庫)
など関連本が出版されている。

【参考終わり】


 「沖縄戦も計画が実行されたんじゃねえの?」と思ったんですが、「沖縄戦以降に義勇兵役法(国民義勇戦闘隊の根拠法)が制定されてる」ようです。
 ちなみに「樺太の戦いの悲劇」といえばウヨが反ソ連目的*2で『樺太1945年夏 氷雪の門』(いわゆる真岡郵便電信局事件がテーマ)つう映画を作っていますね。
 この映画については
靖国神社へ『樺太1945年夏 氷雪の門』を見に行く(1) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
靖国神社へ『樺太1945年夏 氷雪の門』を見に行く(2) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
靖国神社へ『樺太1945年夏 氷雪の門』を見に行く(3) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
渋谷で「氷雪の門」を見て、二木てるみからサインをもらい握手をしてもらう - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
を紹介しておきます。
 さて「遊撃戦」とは何かというと今風に言うと「非正規兵によるゲリラ戦」です。「日中戦争八路軍」「ベトナム戦争でのベトコン」とかが有名なところでしょう。
 まあ、正規軍があるにもかかわらず、「一億総玉砕=国民皆でゲリラ戦(しかも戦争場所が国内)」なんか考える時点で完全な負け戦*3ですし、それでも「国体護持のために降伏しない」のだから昭和天皇というのも全く「最低最悪のバカ君主」です。例の「終戦の聖断」にしても「ソ連軍参戦」で「ソ連を仲介役とした和平構想が崩壊し打つ手がなくなった」から降伏しただけで昭和天皇の態度は徹頭徹尾保身です。これでも「戦後、敗戦を招いた国王への反発から王制が廃止されたイタリア」とは違い、天皇制が廃止されず、退位すらしなかったのだから、全く「戦前の天皇崇拝の洗脳」も「昭和天皇の権力への執念」もすさまじいもんがあります。
 それはさておき、「話が脱線しますが」、ご存じの方も居るでしょうが「南京事件でのいわゆる敗残兵虐殺」について「敗残兵がゲリラをやろうとしてたから仕方がなかった。虐殺じゃない」「ゲリラは当時の国際法では違法行為だ」という詭弁があります。
 この詭弁がいかに酷いデマであるかについては東中野氏「再現南京戦」(8) 国際法論争1東中野氏「再現南京戦」(9) 国際法論争2を読んでほしいと思いますが皮肉なことに「南京事件否定論者の主張(ゲリラ兵は軍事裁判抜きで殺害していい)」を正しいものとするなら、米軍は「玉砕まで遊撃戦を行わんとする日本人ゲリラ兵(実際にはそんなものは硫黄島、沖縄、サハリンしかなかったわけですが)」を「南京事件の日本軍のような形」で殺害していい、ということになります。
 当然「そう言う理解でいいのか?」という突っ込みは笠原十九司*4などからされていますが、さすがに「そうです、米軍は南京の日本軍と同じ事をやっていいのです。ゲリラ戦をしようとする日本が悪いのです」と言う度胸はないのか、産経など否定派は黙りです。
 あるいは「南京事件が嘘だというなら、産経が蒋介石秘録で南京事件の実在を認めたのは、嘘記事だったと言うことか?。それとも今の否定論が嘘記事なのか。いずれにせよどちらかは嘘記事であることは間違いない。いつ『嘘記事を載せて済みませんでした』と産経はわびるのか?。」という突っ込みも南京事件犠牲者数40万人説は蒋介石秘録(産経新聞社)にも載っている昔からある話 - 非行型愚夫の雑記「蒋介石秘録」に見る南京大虐殺 - 誰かの妄想・はてなブログ版など、いろいろありますが、これまた産経など否定派は都合が悪いので黙りです。南京事件否定論者が「無知ではなく故意の嘘つきであること」は疑いの余地がありません。
 しかし「1970年代には南京事件を認めていた産経(蒋介石日記の紹介という形ですが)」が「1990年代以降は否定論に鞍替えする」のは一体何なのかさっぱり分かりません。「国民党が中国との融和を進めたこと」で「国民党と産経の関係が変化したこと(昔は国民党万歳なのに1990年代以降は悪口雑言。その代わりに民進党を持ち上げる)」が理由なのか?

 私の残留朝鮮人の取材はテレ朝の「ニュースステーション」で放送されたのだが、その映像素材を「韓国文化界のゴッドマザー」全玉淑(チョン・オクスク)さん―歌手のチョー・ヨンピルが「お母さん」と呼んでいた女傑(https://takase.hatenablog.jp/entry/20151222)―に無料で提供したことが事態を変えた。
 全さんはその映像素材で特番を制作、韓国テレビのゴールデンタイムに放送し大反響を得た。当時、韓国はまだソ連と国交がなく、直接に取材もできず、サハリン残留朝鮮人の存在はほとんど知られていなかったのだ。テレビ放送から大韓赤十字が動き、残留朝鮮人の韓国への里帰り、そして永住帰国へとつながっていった。

 でこれでわかることは「国交があることは大事だ」つうことですね。韓国とソ連の間に早い時期に国交があれば「サハリン残留韓国人」なんて問題も早期に解決していたでしょう。
 何が言いたいかと言えば「日朝国交正常化」をした方が日本人妻問題にせよ、拉致被害者帰国問題にせよ、進展するだろうと言うことです。
 少なくとも駐在事務所くらいは設置した方がいい。ところがそれに「救う会のいいなり」の家族会が反対するのだからわけが分かりません。
 何で蓮池透さんのように「救う会の目的は打倒北朝鮮だ。救う会は反共反北朝鮮右翼団体だ。拉致の解決なんか目指してない」と目覚める事が出来ないのか。
 そして何故この期に及んでも高世はそうした救う会や家族会を批判しないで「おべっかしか言わない」のか。高世や巣くう会、家族会のバカぶり、クズぶりにはいつもながらうんざりします。

*1:ただし硫黄島の戦いで米軍が苦戦したことから米国では日本軍人の中では比較的知名度が高いと言われる。

*2:ソ連の非は当然認めるとして、高世がこの記事で批判するように「玉砕まで遊撃戦を行わんとする」なんて方針を決めた昭和天皇の方針が「樺太の悲劇」を引き起こしたわけで「ソ連だけが批判される話」ではそもそもありません。つまり真面目に樺太の悲劇を描いたら「ソ連が悪い」で済む話ではない。「昭和天皇ら日本政府首脳部も悪い」のですが勿論ウヨはそう言う主張はしません。

*3:さすがに太平洋戦争当時にこんなこと想定してないわけです。想定してたらさすがに開戦しない。

*4:都留文科大学名誉教授。著書『アジアの中の日本軍』(1994年、大月書店)、『日中全面戦争と海軍:パナイ号事件の真相』(1997年、青木書店)、『南京事件』(1997年、岩波新書)、『南京事件三光作戦』(1999年、大月書店)、『南京事件と日本人』(2002年、柏書房)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書→増補版、2018年、平凡社ライブラリー)、『「百人斬り競争」と南京事件』(2008年、大月書店)、『日本軍の治安戦』(2010年、岩波書店)、『第一次世界大戦期の中国民族運動』(2014年、汲古書院)、『海軍の日中戦争』(2015年、平凡社)、『日中戦争全史(上)(下)』(2017年、高文研)など