今日のMSN産経ニュース(9/10分)

■【産経抄】昭和の記憶が甦る 9月10日
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140910/imp14091006340002-n1.htm

昭和天皇が即位の御大典(ごたいてん)を京都御所で挙げられたのは、昭和3年11月10日だった。森光子さんが、日経新聞に連載した「私の履歴書」は、この日の早朝、四条烏丸のござの上で、正座して行列を待つ場面から始まる。「天皇陛下は神さまだから見れば目がつぶれる、絶対顔を上げてはいけない」。8歳の森さんは、大人たちに固く言い聞かされていた。

読まないと何とも言えませんがたぶん森さんはこれ「戦前は異常な時代だった」という批判的なニュアンスで書いてるのでしょう。いや仮に「好意的ニュアンス」で書いてるのだとしても「天皇を見てはいけないというのは当然のことだ」なんて思う人はまずいないでしょう。
 ただ、この「産経の書きぶり」&「普段の産経の論調」だとどうも産経は「そうだ、天皇は偉大なんだ」と勘違いしてるようで何とも。

崩御の後、森繁久弥さん*1は、通夜に当たる「殯宮祗候(ひんきゅうしこう)」に呼ばれ、ひつぎの前で約1時間、故陛下と二人きりで過ごした。「陛下、私一人でお寂しいでしょうな。でも私は光栄です」。心の中でしゃべりながら、胸にこみ上げて来るものがあった(『もう一度逢いたい』*2)。

森繁さんが天皇愛好家だと言うだけの話です。「棺の前で1時間」「しかもそれを得意げに公言」てのは尋常じゃないですね。俺ならそこまでの愛情は天皇にはありません。

それは、近現代史の研究に大きな恩恵をもたらすだけではない。

どうなんですかね。新ネタがあれば「昭和天皇実録には意義があった」と言えるでしょうが今のところ、それは怪しい。かつ「別に実録つくらなくたって、情報公開を積極的に進めればいいだけの話」じゃないんですかね。戦前じゃあるまいしわざわざ宮内庁がこの種の実録を作る必要があるとは俺は思いません。

*1:東宝・社長シリーズ(1958〜1970年)」「東宝・駅前シリーズ(1958〜1969年)」の主役を務めたことで人気俳優としての地位を確立する(ウィキペ「森繁久弥」参照)。

*2:2009年、朝日文庫