捕物帖復刻・専門出版社「捕物出版」について

【この本と出会った】『捕物三十一人集』 「捕物出版」代表・長瀬博之 魅了された安定の面白さ - 産経ニュース

 電機メーカーの技術者だった私は、若い頃から捕物小説が好きで読んでいた。
 深入りしてくると、文庫本に収録されている作品だけでは飽き足らず、雑誌に発表されたきりの作品も読んでみたいと思うようになった。
 雑誌を探して古書店国会図書館日本近代文学館などに通い始めると、現代まで残っている捕物小説は氷山の一角に過ぎず、大半は埋もれたままになっていることが分かってきた。
 そんな中で出会ったのが、大衆小説雑誌の臨時増刊号「捕物三十一人集」だ。
 野村胡堂城昌幸ら5大作家共同執筆の伝七捕物帳が掲載されていた。
 捕物小説の最盛期は昭和30年前後で、そのころは手掛ける作家が数十人もいて、さまざまな大衆小説誌に頻繁に執筆していた。推理作家として知られる高木彬光*1や九鬼紫郎、角田喜久雄直木賞候補にもなった山手樹一郎*2、劇作家の大林清など、一世を風靡(ふうび)した一流の人気作家も捕物小説を手掛けていた。
 昭和の時代は、膨大な捕物小説が執筆され、ベストセラーになり、テレビドラマでも好評を博していた。しかし、平成が過ぎ、令和となった今、新刊や重版が出続けている捕物小説はごく一部に過ぎない。その一方、捕物小説が掲載された往年の雑誌は年を追うごとに入手が困難になり、図書館の書籍も老朽化が避けられない。時間がたてばさらに厳しくなるだろう。
 埋もれている作品を発掘するには遅すぎた感もあるが、往年の捕物小説を再びよみがえらせようと、私は捕物小説専門の出版社を2年前に起業した。
 今、注力しているのは「五大捕物帳」の定評がありながら、唯一全集が刊行されてこなかった城昌幸「若さま侍捕物手帖」の事実上の全集刊行である。「事実上」とするのは、作品の全貌が明らかでないからだ。刊行を始めてから「この雑誌にこんな作品が載っている」と読者から情報が寄せられ、急遽(きゅうきょ)追加したケースもある。
【プロフィール】長瀬博之(ながせ・ひろゆき
 昭和27年、東京都生まれ。電気通信大応用電子工学科卒。電機メーカーの回路設計技術者などを経て、平成30年10月、出版社「捕物出版」を起業。これまでに捕物小説の単行本・アンソロジーなど50冊余を刊行。

 「捕物三十一人集」は、荒木書房新社が発行していた月刊大衆小説雑誌「読切小説集」の臨時増刊で、昭和29年6月刊。絶版だが、中古本が読める図書館も。また今後、捕物出版が、雑誌に掲載された三好一光、松永芳郎らの作品をオンデマンド書籍で刊行予定。

 少し長いですがわかりやすさのため、大幅に引用しました。
 本業がメーカーの技術者だった人物が、趣味の捕物帖愛好が高じて「捕物帖」専門の出版社*3までつくるとは、まあ、なかなか常人には真似できない境地ですね。どうも「雑誌に発表はされたがそもそも単行本化されてない」あるいは「単行本や文庫になったが現在は絶版状態」の「忘れ去られた旧作」の復刻だけで新作はないようですが、それだって容易なことではないでしょう(なお、『銭形平次捕物控』のような非常にメジャーなものを除けば、余り売れないせいかそうした『忘れ去られた旧作』はたくさんあるようです)。
 なお、「5大捕物帖」ですが、

五大捕り物帳 | 桃林の桃源郷
岡本綺堂 『半七捕物帳』
佐々木味津三右門捕物帖
野村胡堂銭形平次捕物控』
横溝正史人形佐七捕物帳
城昌幸 『若さま侍捕物手帖』

だそうです。以前、フジテレビでドラマ化されていた「銭形平次 (大川橋蔵) - Wikipedia(1966~1984年、大川橋蔵主演)」、「銭形平次 (北大路欣也) - Wikipedia(1991~1998年、北大路欣也主演)」はわかりますが、他は一寸馴染みが無いですね。
 半七捕物帳 - Wikipediaによれば「半七捕物帖」は1992~1993年に日本テレビ里見浩太朗主演で、1997~1998年にNHK真田広之主演でドラマ化されています。
 右門捕物帖 - Wikipediaによれば「右門捕物帖」は1974~1975年にNET(今のテレビ朝日)で、1982~1983年に日本テレビ杉良太郎主演でドラマ化されています。また戦前、「アラカンこと嵐寛寿郎」主演で映画化されています。また作者の佐々木味津三市川右太衛門主演の時代劇映画『旗本退屈男 - Wikipedia』の原作者としても知られます。
 人形佐七捕物帳 - Wikipediaによれば「人形佐七捕物帖」は1965年にNHKで、1977年にテレビ朝日松方弘樹主演でドラマ化されています。
 若さま侍捕物手帖 - Wikipediaによれば『若さま侍捕物手帖』は1973年にフジテレビで林与一主演でドラマ化されています。
【追記】
 捕物出版のサイト記事をいくつか見てみます。

捕物小説-捕物小説の季刊アンソロジー、年4回発行
2020年8月17日付の読売新聞夕刊読書欄「本よみうり堂」で、捕物出版の活動のご紹介を賜りました。
2019年12月5日付の産経新聞、ライフ欄で、捕物出版の活動のご紹介を賜りました。
2019年6月15日付の朝日新聞、週末別冊「be」の「サザエさんをさがして」の欄で、捕物出版のご紹介を賜りました。
2019年3月9日付の日本経済新聞、読書欄の「活字の海で」で、捕物出版の活動のご紹介を賜りました。

 ということで今回の産経以外にも以前からいくつか紹介記事があったようです。

捕物出版について
◆吹けば飛ぶような矮小出版社
 捕物出版は個人事業の出版社です。亭主が入稿と本造りをして、女房が校正と経理という矮小な出版社です。おそらく今後もちっぽけなままで、大きく成長することはないでしょう。
 「あのう、つかぬことを伺いますが、捕物小説の本を出すとしたら、どの程度出るもんなんでしょう?」と業界関係者の方々に質問すると、「気長に考えればやがて500部くらいなら出るかも」「3000部なんて今時とても売れませんよ」といった答えが返ってくるのです。
 捕物小説は、岡本綺堂が半七捕物帳を発表してから1世紀が経過し、おそらく200名以上の作家が手掛けているものと思われます。短編も1作品と考えれば、その数は5000、いや6000作品を超えているかもしれません。ところが、長年にわたって版を重ね続けている作品はごくわずか。その大半は絶版になっています。昨今は電子書籍で久方ぶりに出版される本も増えてきましたが、まだまだ大半の作品は絶版のままです。これは上記の出版業界の現状を見れば無理からぬ話でもあるわけです。
 さらに、電子書籍なら手軽に出版できるのですが、捕物小説の読者層(ボーガス注である高齢者)と電子書籍は相性が良いとは申せません。やはり小説は本で読みたいという読者が多いでしょう。
◆プリント・オン・デマンドで起業を決意
●製版コストが不要
 主流となっている印刷方式のオフセット印刷では、まず印刷用の刷版を作ります。ここで製版代が発生するわけです。大量に印刷すると、用紙代などに比べてさほど高額ではなくなってくるのですが、数百部だとばかにならないイニシャルコストになります。これに対してPODは印刷品位が高く高速なインクジェット・プリンタの一種で印刷するので、PDFの原稿を作るだけでよく、製版代がかかりません。
●流通コストが低い
 Amazon三省堂書店のPODは、自社にPODの印刷・製本機を設置して本を発行しています。いわば産直のモデルで、取次のような流通コストがかかりません。また、注文に応じて発行するので、書店にとっては在庫リスクが無くなります。
著作権料の支払いが売れた分だけ後払いで良い
 すべての場合が後払いで良いのかどうかはわかりませんが、ある著作権処理団体を通じて著作物使用許諾を得る場合には、PODの場合には実際に売れた分に応じた印税を支払えばよいので、著作物使用料もイニシャルコストとはなりません。
 これに返本リスクや、出版社では在庫管理や倉庫代も不要ということを考えますと、数百部の本であれば、出版リスクはとても低くなります。
 実は順番からいえば、PODの存在を知ったので出版社を起業しようと思ったのです。さほど発行部数が見込めない本であっても、(中略)少なくとも大赤字にはならないということが確認できたからでした。
◆小さいながらも志は大きく
 捕物出版は小さな小さな出版社ですが、埋もれた捕物小説を再び世に出そうという大志を抱いています。納言恭平氏の代表作「七之助捕物帖」全3巻、捕物小説としては唯一の直木賞受賞に輝く有明夏夫氏の「浪花の源蔵召捕記事」全5巻、芥川賞受賞作家の古山高麗雄*4によるユニークな作品の「半ちく半助捕物ばなし」など、次々に本を出し続ける元気な出版社を目指します。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。

 今や時代劇枠が地上波民放から完全に消滅した時代ですからねえ(単発の2時間ドラマならたまにある)。
 時代劇枠は地上波ではNHKしかありません。「時代劇が見たかったら時代劇専門チャンネル見ればいい。もはや時代劇は地上波民放が相手にする一般視聴者相手に高い視聴率がとれるコンテンツでは無い。スポンサーもつかない」ということなのでしょうが、

日本テレビ長七郎江戸日記」(1983~1991年)
◆TBS「大岡越前」(1970~1999年)、「水戸黄門」(1969~2011年*5
◆フジテレビ「三匹の侍」(1963~1969年)、「銭形平次 (大川橋蔵主演)」(1966~1984年)、「鬼平犯科帳」(1989~2001年)、「銭形平次 (北大路欣也主演)」(1991~1998年)
テレビ朝日鬼平犯科帳」(1969~1972年、1975年、1980~1982年)、「暴れん坊将軍」(1978~2002年)、「名奉行 遠山の金さん」(1988~1996年)
テレビ東京大江戸捜査網」(1970~1984年、1990~1991年)

など、「民放に時代劇枠があったことを知ってる人間」からすればなんとも寂しい話です。

捕物出版の単行本
有明夏夫『浪花の源蔵召捕記事』全集(全5巻)
 捕物小説で直木賞を受賞した唯一の作品である「大浪花諸人往来」。文明開化期の大阪の町を舞台としたユニークでユーモラスな捕物小説です。しかし、近年は文庫本も久しく絶版となっており、「消えた直木賞 男たちの足音編」(メディアファクトリー)という(ボーガス注:直木賞を受賞したものの、その後、絶版になってしまった小説をとりあげた)本に掲載されるまでになっていました。
 その後、近年になってようやく電子書籍化が進みましたが、文庫本に未収録の作品は残されたままとなっています。
1978年に発表された第1作の「西郷はん*6の写真」から1985年に新聞連載された「汚名をそそげ」までの35編の作品を発表年代順に全5巻にまとめたのが本書です。

 直木賞受賞者(1978年受賞)とはいえ有明夏夫(1936~2002年)を知っている人間は今ではほとんど居ないかと思いますがそれはさておき。
 この「大浪花諸人往来」、NHKなにわの源蔵事件帳 - Wikipediaなにわの源蔵 事件帳 | NHK放送史(動画・記事)(第1シリーズが1981~1982年、第2シリーズが1983~1984年)ということで、ドラマ化されており、以前、「第1シリーズの一部」を再放送で見たことがあります。
 主人公の『浪花の源蔵』が落語家の桂枝雀(第1シリーズ)とコメディアンの芦屋雁之助(第2シリーズ)、源三の上司に当たる「元大阪町奉行所同心」で梅田警察署警部の厚木寿一郎が、喜劇俳優ではないものの『仁義なき戦い(打本組長)』『市川崑金田一耕助シリーズ(等々力警部)』『釣りバカ日誌(鈴木建設の秋山専務)』でのコミカルな演技で知られる加藤武であり、なかなかユーモラスな作品になっています。また、まだ若かった松原千明(1958年生まれ)が出演しています。
 なにわの源蔵事件帳 - Wikipediaにも書いてありますが、このドラマの特徴としては事件は「集団窃盗(集団すり)」「詐欺」「業務上横領」などであって多くの捕物帖でネタとされる「殺人事件」が含まれてない点に大きな特徴があります。

捕物出版の単行本
◆陣出達朗『新五捕物帳
 昭和52年より5年間にわたって196話が放映された、杉良太郎氏主演の人気テレビ時代劇、「新五捕物帳」の原作。

 今や日本テレビドラマ新五捕物帳 - Wikipedia自体がかなり忘れ去られてるでしょうが、原作者の陣出達朗 - Wikipediaはもっと「忘れ去られた存在」でしょう。
 ちなみに陣出はテレビドラマ『伝七捕物帳 - Wikipedia(1973~1977年、日本テレビ中村梅之助主演)(2016~2017年、NHKBS、中村梅雀主演)など』の原作者でもあります。

横溝正史朝顔金太捕物帳』
 太平洋戦争末期の昭和19年より14編が執筆された朝顔金太捕物帳は、これまで数編が単行本に収録されましたが、全編をまとめた本は70余年間刊行されてきませんでした。
 本書は、謎のかぞえ唄、相撲の仇討、通し矢秘文、黄昏長屋、消える虚無僧、珠数を追う影、狐医者、からくり駕、腰元忠義、影右衛門、お時計献上、お高祖頭巾、雪の夜話、孟宗竹の、朝顔金太捕物帳全14編を、(中略)完全収録。

 正直、「金田一シリーズ」で大いに儲けたであろう角川書店辺りが「横溝正史全集出せよ!(そうすればこの無名作品『朝顔金太捕物帳』も全集で読める)」と思いますが、あそこは「金儲け第一主義」なのか、金田一しか出さないんですよね。その金田一ですら現在、角川から出されてるのは『本陣殺人事件』、『獄門島』、『八つ墓村』、『犬神家の一族』、『悪魔が来りて笛を吹く』、『悪魔の手毬唄』、『仮面舞踏会』、『病院坂の首縊りの家』、『悪霊島』などのメジャー作品のみで全作品が収録されてるわけではありません。
 「手間とカネがかかる」とはいえ、商売的な意味でも「横溝全集」てのは充分ペイすると思うんですけどねえ。何せ「天下の横溝」ですから。ちなみに『乱歩全集』は光文社文庫から出ています。

*1:1920~1995年。『名探偵・神津恭介シリーズ』『百谷泉一郎弁護士シリーズ』『近松茂道検事シリーズ』『霧島三郎検事シリーズ』などで知られるミステリ作家(高木彬光 - Wikipedia参照)

*2:1899~1978年。代表作として『桃太郎侍』、『遠山の金さん』(山手樹一郎 - Wikipedia参照)。

*3:あくまでも「捕物帖専門」であって「時代小説専門」ではないようです。

*4:1920~2002年。1970年(昭和45年)に 『プレオー8の夜明け』で芥川賞を受賞。「新しい歴史教科書をつくる会」賛同人の一人(古山高麗雄 - Wikipedia参照)。

*5:水戸黄門 (BS-TBS版) - WikipediaによればBS-TBSで2017年、2019年に武田鉄矢主演で「水戸黄門」が制作されてるようです。武田鉄矢水戸黄門ねえ(苦笑)。いずれにせよ地上波では放送しないわけです。

*6:もちろん西郷隆盛のこと