「ホラー小説の先駆け」らしいガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』(1910)も後半は冒険活劇だった - KJ's Books and Music
ルルーといえばかつては江戸川乱歩選のオールタイムミステリ十傑に入った『黄色い部屋の秘密』が元祖密室トリックで名高かった
何が乱歩の10傑かというと
海外探偵小説十傑
1. 黄色の部屋 ルルウ
2. トレント最後の事件 ベントリー
3. 赤毛のレドメイン一家 フィルポッツ
【ボーガス注】
「レドメイン」を高く評価した乱歩は翻案物として『緑衣の鬼』を発表。
4. 男の頭 シメノン
5. アクロイド殺し クリスティー
6. 僧正殺人事件 ヴァン・ダイン
7. 813 ルブラン
8. 樽 クロフツ
9. 月長石 コリンズ
10. ルルウジュ事件 ガボリオー
だそうです。
なお、『〈新青年〉昭和12年(1937)新春増刊号』に掲載されたアンケートだそうなのでそれ以前に発表された作品に限定されることに注意が必要です。
但し
海外探偵小説十傑
※10年後の1947年、乱歩は再び海外長篇のベストを選んでいる。このときは、第1次大戦を境に「古典」と「黄金時代」にわけて、それぞれ10作ずつ選んでいる。上のリストで『月長石』は古典の2位、『ルルウジュ事件』 は同じく1位となっている。黄金時時代のベストは、①『赤毛のレドメイン家』、②『黄色の部屋』、③『僧正殺人事件』、④『Yの悲劇』(クイーン)、⑤『トレント最後の事件』、⑥『アクロイド殺し』、⑦『帽子収集狂事件』(カー)、⑧『赤色館の秘密』(ミルン*1)、⑨『樽』、⑩『ナイン・テイラーズ』(セイヤーズ)*2、[別格]『813』『男の頭』、[次点]『矢の家』メースン、『百万長者の死』コール、『完全殺人事件』ブッシュ、『エンジェル家の殺人*3』スカーレット。順位の入れ替えはあっても、基本的にそれほど大きな違いはないようだ。
だそうです。
また「野村胡堂(銭形平次捕物帖)」「横溝正史(金田一耕助物)」等、他の作家の回答も海外探偵小説十傑に掲載されています。
容易に分かるのは「乱歩の10選(1937年)」が「ミステリ素人にとって知ってる人間が少ないこと」です。このうちミステリ素人でも知ってるのは
◆クリスティー
「アクロイド殺し」は、彼女の代表作・名探偵ポワロ物であると共に、叙述トリックの古典として有名
◆シメノン
シムノンとも呼ぶ。メグレ警視*4物の作者で『男の頭*5』もメグレ警視物
◆ルブラン
ルパン物の作者で813もルパン物
くらいでしょう。しかも「現在では知る人が少ない作品」を選んでるのは乱歩だけではないのが実に興味深い。中には「俺は素人とは違うんだ!、あえて素人が知らない作品を挙げるんだ!」という「通ぶった回答(いわゆる衒学趣味、ひけらかし)」もあったのかもしれない。勿論「当時は人気があったが今は人気がなくなった」なんて作家もいるでしょう。失礼ながら、「10選アンケート」メンバーの野村胡堂(銭形平次捕物帖)なんかもその典型じゃないか。小生は銭形平次 (大川橋蔵) - Wikipedia(1966~1984年、フジテレビ)、銭形平次 (北大路欣也) - Wikipedia(1991~1998年、フジテレビ)を見ていたので「銭形平次、野村胡堂」を知っていますが、最近は時代劇も地上波で放送しませんからねえ。「銭形平次、野村胡堂」を知らない若者も多いでしょう。乱歩や横溝は「知名度の衰退」が胡堂ほど酷くはないでしょうが、彼らも昔に比べれば若者への知名度が落ちたんじゃないか。乱歩や横溝のドラマ化も最近では少ないですしね。
ちなみに他の10選もいくつか見てみます。
浅野玄府
1. デュパン探偵シリーズ ポオ
2. ホームズ探偵シリーズ ドイル
3. 師父ブラウン探偵シリーズ チェスタトン
勿論、世間的には「ホームズ」の方が「デュパン」より有名ですけどね。
井上英三
9. あとは誰でもよろしい。但し、クリスチイ、フリイマン、シムノンなんかは除外。
フリイマン*6はともかく『クリスチイ(ミスマープルシリーズ、名探偵ポワロシリーズ)』『シムノン(メグレ警視物)』は日本では比較的有名な作家(特にクリスチイは)ですが随分と嫌ったもんです。
【参考:赤毛のレドメイン家】
フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』、クリスティ『予告殺人』『シタフォードの秘密』、横溝正史『蝶々殺人事件』、坂口安吾「推理小説論」を読む(ネタバレ若干あり) - KJ's Books and Music
『赤毛のレドメイン家』を江戸川乱歩が偏愛したために、本国のイギリスやアメリカ以上に日本で人気を博したそうだ。しかし、『赤毛のレドメイン家』を一読してみたが、ミステリとしても普通小説としてもさほど良いとは思えなかった。
(中略)
本作も作者のフィルポッツも英米ではすっかり忘れ去られているそうだが、それも仕方ないだろう。本作は完全な「外れ」だった。
「反権威」を気取る「歪んだ権威主義者」kojitakenの場合「乱歩推薦のフィルポッツをけなすこと」で「乱歩という権威に立ち向かう俺ってかっこいい」と自己陶酔してるんじゃないかと疑いますね。正直、昔はともかく今の乱歩はそこまでの権威ではないでしょうが。
『赤毛のレドメイン家』(東京創元社) - 著者:イーデン・フィルポッツ - 瀬戸川 猛資による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
乱歩のいう「眼花」だの「闇の中の虹」だのまでは残念ながら見えなかったけれど、正直、感動したのである。したがって、このミステリは、わたしのベスト古典のひとつである。
何に感動したかといえば、むろん真相にである。
犯人が意外であったのだ。
多くの人は笑うだろう。『レドメイン』の犯人のどこが意外なのか、このミステリは犯人を隠そうとしてすらいないじゃないか、というだろう。だが、五人のうちの一人ぐらい、わたしと同じく中学の頃にこの小説をお読みになった方なら、賛同の意を表してくれるかもしれない。
このような書き方は、どうも混乱を招く。申し訳ないけれども、またまたお許しを願って、犯人を明かさせていただく。
わたしのいっている犯人というのは、厳密には犯人の片割れの方で、開巻、夕陽の沼沢地に出現して主人公を驚かす、この世のものならぬ美しさを持った人物のことである。要するにこれは、天使のごとき清純で美しい容貌と悪魔のような邪悪な心を持った聖女の物語、外面似菩薩、内心如夜叉というお話であり、現代ではよく見かけるありふれたものである。が、なんにも知らなかった中学生にとっては、こういう犯人が存在するとは、ただショックであったのだ。
最近、クイーンやクリスティーの作品に較べて『レドメイン』の評判はあまり芳しくないようである。乱歩が死んでその威光が薄れるとともに、この作品の権威も失墜したように見える。だいたい『レドメイン』は「知的推理ゲーム」とはおよそ縁遠い作品であり、海外ではまったくといっていいほど評価されていないのだ。あれは乱歩が波調が合ったから大騒ぎしただけで、本当は二流のミステリではないのか、という声が生まれてくるのも無理からぬところだろう。
実をいうと、わたしも少しそんな気がしはじめていたのである。何も知らない中学生だったからこそ『レドメイン』にしびれたので、今読むとガックリくるのではないか。あの「夕陽のロマネスク」も、ハーレクイン・ロマンスに毛の生えた程度のものだったのではないか、と。
で、宇野利泰訳の創元推理文庫版を買ってきて恐る恐る読んだ。
最後でしびれた。真犯人の長いモノローグのくだりである。共犯の方に気をとられてすっかり忘れていたけれども、この犯人像は強烈の一語に尽きる。その悪の論理と哲学は異様な熱気を孕んでいて、現在もなお輝いて見える。江戸川乱歩はこの犯人を(ボーガス注:ドストエフスキー『罪と罰』の)ラスコーリニコフやシムノンの『男の首』のラデックと対比しているけれども、わたしには、アイラ・レヴィン*7の『死の接吻*8』の主人公をも超えているように思える。
そうか、これはクライム・ストーリイだったのだな。絶対に一読の価値のある名作である。
フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』、クリスティ『予告殺人』『シタフォードの秘密』、横溝正史『蝶々殺人事件』、坂口安吾「推理小説論」を読む(ネタバレ若干あり) - KJ's Books and Musicで「本格ミステリとしてつまらない」とフィルポッツを酷評するkojitakenですが瀬戸川氏*9は『赤毛のレドメイン家』(東京創元社) - 著者:イーデン・フィルポッツ - 瀬戸川 猛資による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWSで「『罪と罰』のようなクライム・ストーリイだった」と評価しているし、乱歩も恐らく同様の評価だったのでしょう。
kojitakenは「クライム・ミステリ」としてもつまらないと評価してるようですが。いずれにせよフィルポッツは「心理描写」に力を入れている作家であり、謎解き作家ではないのでしょう。
後で紹介するブログもフィルポッツを「本格ミステリ作家」とは見なしていません。彼の作品は、どう評価するにせよ、大岡昇平『事件*10』、水上勉『雁の寺*11』『飢餓海峡*12』など「非ミステリ作家のミステリ的作品(従ってそもそも謎解き的観点から評価すべきでない)」と見るべきではないか。
そういえば乱歩も「明智物」は勿論探偵小説(本格推理)ですが、
江戸川乱歩 - Wikipedia
◆お勢登場 - Wikipedia(『大衆文芸』1926年7月)
◆芋虫 (小説) - Wikipedia(『新青年』1929年1月)
◆押絵と旅する男 - Wikipedia(『新青年』1929年6月)
◆盲獣 - Wikipedia(『朝日』1931年2月〜1932年3月)
など「非探偵物(非・本格推理)」もあるわけで、そうした乱歩がフィルポッツに興味を持つのは自然かもしれない。
なお、俺は「kojitakenが大嫌い」なので、以下「kojitakenよりはフィルポッツに好意的な書評」をいくつか紹介しておきます。
評価は上がったのか?~『赤毛のレドメイン家』 | Jitchanの誤読日記
ミステリ好きを自称していながら、いまさらこれ?・・・と言われそうだが、実は若い頃に一度読んでいる。
そのときは、あまり感心しなかった記憶がある。ところが、最近喜国雅彦*13の『本格力*14』を読んでいたら、喜国氏も初読のときは感心しなかったが、再読してみたら面白かったと書いてあった。そこで再チャレンジしてみる気になった。
で、再読してみてどうだったのか。
面白かった、かなり。
不満もいくつかある。そのうち主なものについて書きたい。
その一番は、アンフェア(すれすれ?)な記述が見られること。ネタバレになるので詳しくは書けないけど、そのせいで(だけじゃないけど(^^; )、ぼくは事件の真相を見破り損ねた。それがアンフェアになったのは、「神の視点」で書かれている本作品で、その部分が地の文で書かれているからで、登場人物の証言として書くなりなんなりしていれば、何の問題にもならなかったはずだ。なぜ作者がこうしてしまったのか疑問だが、物語のビビッドさ、おもしろさを優先したのかもしれない。
※この部分、翻訳がまずいせいかとも考えて、原文にも当たってみたけれど、翻訳のせいではなかった。
そのことも含め、作品全体を「神の視点」ではなく、登場人物(候補はひとりしかいないけど(^^; )の視点で描いたらよかったのではないかとも思った。その方がよりサスペンスフルになった可能性もある。
第二の不満は、探偵役がことの真相をほぼ見抜いておきながら、最後の事件を防げなかったこと。その理由を作者は、探偵役の口を借りて「人間の能力の限界」で片づけているが、それではとうてい納得できない。事件の真相のすべてではなくとも、あらましを主だった関係者に告げておけば(読者には内緒にするにせよ)、簡単に防げていたのだから。探偵役が被害者の安全を最優先に思っているのなら(というか、自らそう公言している)、そうするのが当然だろう。
第三の不満は、ネタバレになるから具体的には言えないけど、ある企てにおける犯人役の重大な手抜かり。アレを、アレだけでうまくいったと信じてしまうのは、「天才的な」犯人としては、うっかりではすまされまい。
これらの不満があるために、この作品を乱歩のように大絶賛するにはためらいがある。しかし、それを割り引いても、この作品が名作であるのは間違いないところだ。おススメ。
ハリントン・ヘクスト『テンプラー家の惨劇』(国書刊行会) - 探偵小説三昧
時代は流れ、乱歩の威光が薄れてしまった現在、作品の評価そのものが下がり、フィルポッツは忘れられつつある作家の一人となっている。
久々にフィルポッツの作品を読み、それもやむを得ないことなのだと実感した。
そもそもフィルポッツは本当にミステリを書く気があったのか、という疑問がある。
本書に頻出する登場人物たちの宗教論議などは、まさにフィルポッツの一番語りたかった部分に他ならないのではないか。
本作は表面的には本格探偵小説の形をとっているものの、その本質は謎解きではない。貴族階級の没落を背景にして、著者の思想や宗教観について語ったものなのである。したがって連続殺人が起こり探偵が登場するものの、ほとんど推理と呼べるようなものはなく、論理的に犯人が明かされるわけでもない。それはそうだ。本作は本質的にミステリではないのだから。
蜥蜴蜉蝣 -とかげろう- : イーデン・フィルポッツ『灰色の部屋』
ウォルター・レノックス卿の所有するチャドランズ屋敷には、いわくつきの開かずの間が存在した。過去に親族の老婦人、続いて泊り込みに来た看護婦が、この部屋で一晩過ごして死亡しており、それ以来この灰色の部屋を物置同然に放置し、誰も入れないように扉が閉ざされていた。
この件を知人たちの親睦の集りでレノックス卿が話した後、一人娘のメアリと結婚したばかりのトーマスが興味を示して一夜を過ごし、翌朝鍵のかかった灰色の部屋で死体となって発見される。はたして死の部屋は怪異現象で人を死に至らしめるのだろうか。
粗筋から見ても、カーの『赤後家の殺人』と同じ<死の部屋>ものの本格ミステリと誰もが思うはずだが、この文庫の背表紙や表紙をよく見ると【猫】のマークがついている。1991年までの創元推理文庫はジャンルによってマークで振り分けられていて、【猫】はサスペンスやスリラー小説に使われていた。ご承知のことと思うが、カーの『赤後家の殺人』は【猫】ではなく、【創元おじさん】と巷で呼ばれている「帽子男の横顔」に「?」がついたデザインが使われていて、この【創元おじさん】こそ本格ミステリのマークとして長く愛されていた創元推理文庫のシンボルでもあった。
『赤後家の殺人』のようなトリック小説を『灰色の部屋』に期待した人には申し訳ないが、このマークの違いによって、この本が出版された時点から、東京創元社の編集部はこの長編を本格ミステリと考えておらず、サスペンス小説か何かと定義していたことになる。
読み進めるとわかってくるが、この作品に登場する人々のほとんどが灰色の部屋での現象を、人知を超えた何かの仕業と考えていて、殺人事件と捉えている人間が非常に少ない。作中に挟まっている心霊術や宗教問答を含め、物語の方向はミステリではなくホラー小説と言っていい。最終的に<死の部屋>の謎は明かされるのだが、トリックとして許容できる範囲を超えた真相である。この時代の人々がここまで非現実的な考え方をしていたかはよくわからないが、コナン・ドイルが晩年に心霊術に凝っていたことを考えると、そういうオカルト好きな人をターゲットにした小説であって、本格探偵小説と明記すべき作品ではなさそうである。
創元推理文庫の【猫】のサスペンスやスリラーといえば、(ボーガス注:『裏窓*15』『黒衣の花嫁*16』『幻の女』の)ウィリアム・アイリッシュや(ボーガス注:『わらの女』の)カトリーヌ・アルレーが代表とされるが、なんでもありの作家ジョン・ブラックバーンも【猫】で出版されていたのだから、その手のものと同種の作品と思うべきかもしれない。
フィルポッツ問答
「思うに、このフィルポッツほど我が国の翻訳ミステリの世界で評価に変動のあった作家も珍しいのじゃなかろうか。最近のフィルポッツの読まれ方というのはよく分からないけれども、非常な人気を博しているなんてことはもちろんないはずだし、あまり高く評価されているとも思えないんだが。
(中略)
かつての栄光というものを考えるとね。何しろ江戸川乱歩が選んだ黄金時代*17ベストテンの第1位に据えられていたのが 『赤毛のレドメイン家』 だったわけだからね。黄金時代のベストワンといったら、全時代を通じて最高の探偵小説と評価されたに等しい。ヴァン・ダイン選の英国九傑作中に 『赤毛』 と 『誰が駒鳥を殺したか?』 の二作が入っていたというのも大きかったと思う。ある時期までは、『赤毛』 と、場合によっては 『闇からの声』 あたりもベストテンの定番だったんだ」
「その圧倒的な評価が低下してきたのはどんな理由からでしょう」
「一番大きいのは、江戸川乱歩の影響力が弱まってきたことかな。戦後の翻訳ミステリ・シーンにおける乱歩の影響力たるや絶大なものがあって、(中略)その乱歩の最大のお気に入りだったわけだから、フィルポッツが良いポジションを占められたのも不思議はない。しかし、昭和40年の乱歩の死後、徐々にその影響力が弱まるにつれて、作品評価も揺らいできたのだろう」
「かつてのフィルポッツの高評価は乱歩の七光りだったというわけですか」
「そこまで言っては身もフタもないが、そういう面もあったことは否定できないと思う。一方ではミステリそのものが多様化して特定のジャンルや作品が突出した評価を受けることがなくなってきたし、(中略)現在のような状況になっているのじゃないかな」
「海外での評価はどうなんでしょう」
「ヴァン・ダインの推奨というのはあったけれど、それは例外的で、概してあまり評価はされてこなかったのじゃないだろうか。そのヴァン・ダインにしても、かつての権威を失っているしね。海外との評価の差という意味でもフィルポッツは珍しい作家だね。一般的には無視されているに近いかっこうだから、ボルヘスが世界文学百選のうちに 『赤毛のレドメイン家』 を採っていたりするのを見ると、ちょっとびっくりさせられるところがある」
「森英俊さんの事典で紹介されてますけど、ジュリアン・シモンズは 「1920年代当時のもっともばかばかしい産物」 と酷評しているらしいですね。フィルポッツの歴史的意義は、デビュー前のアガサ・クリスティを励ましたことに尽きるとまで言っている人もいるとか」
「それはスタインブラナー&ペンズラーの 『ミステリ百科事典』 の記事のことかな。評者はそれで何か気の利いたことを言ったつもりなのかもしれないが、それは単に自らのミステリ観の浅薄さを露呈しているにすぎないと思うがね。フィルポッツのミステリはパズル的要素よりは人物、背景の描写や雰囲気の作り方が読みどころで、ある意味、その後のミステリの発展方向を先取りしていた面もある。シモンズの犯罪小説論の立場からしても注目してよい作家だったはずなのに、これをバッサリ切り捨てているのは解せないな」
「フィルポッツが嫌いな人は、本筋に関係のない議論なんかが延々と続いて、冗長で退屈だというようなことを言いますね。リーダビリティがないというか」
「フィルポッツの文体はヴィクトリア朝小説のテンポを引きずっているから、それをまだるっこしいと感じる人もいるかもしれない。文体が合わない小説というのは、いくら面白いことが書かれていたって読む気になれないからな。でも僕などからすれば、そのおっとりした味わいがまた魅力なんだがね。思想や社会問題の議論にも、それ自体興味があるし」
「万人向きではありませんね」
「それはそうさ。でも、万人向きの小説なんてどこに魅力があるんだい」
海外本格ミステリの歴史Ⅲ.黄金期 : 物語良品館資料室
◆赤毛のレドメイン家(イーデン・フィルポッツ)
レドメイン家をめぐる連続殺人を描いた本作は、江戸川乱歩が激賞したことで有名です。日本ミステリー界の第一人者である乱歩が熱烈に本作を誉めたたえ、黄金期NO.1作品だと高らかに宣言した時点で本作の評価は決定づけられました。それ以降、本作は長きに渡りミステリー史における不朽の名作とされ、人気投票においてもエラリー・クイーンの『Yの悲劇』と1位争いを繰り広げてきたのです。しかし、この作品がここまで愛され続けられているのは日本ぐらいのもので、本国イギリスではほとんど忘れられた作品となっています。また、日本でも乱歩がいなければここまでの人気を得ることはなかったでしょう。
本作は現代においても、日本では未だ有名作品ですが、さすがに往年の人気には翳り生が見られ、「トリックに見るべき点はなく、ストーリーも冗長でまどろっこしい」という評価が多く見られるようになってきました。ただ、それでも今もなお色褪せないのが、登場人物の造形の深さです。特に、歪んだ自意識をあらわにする犯人の告白シーンは必読です。ちなみに、本作の発表は1922年ですが、作者自身は19世紀から作家として活躍をしており、『赤毛のレドメイン家』を書き上げたのは60歳のときです。作品全体から漂う文学的な香りと人物造形の深さは作家としての長いキャリアに起因しているのでしょう。
世界短編傑作集4
◆三死人/イーデン・フィルポッツ
『赤毛のレドメイン家』で有名な作者による短編で、ヴァン・ダインが推奨した作品ということです。
西インド諸島で発生した殺人事件の調査依頼を受けた私立探偵の調査を描きます。
依頼人の兄は人望の厚い人物で、サトウキビ農園主でした。
ある夜、何故か兄は用も無いのにサトウキビ畑に出かけ、そこで銃殺されてしまったのです。
兄の死体の上には農園の忠実な黒人使用人の死体が覆いかぶさるように横たわっていました。
二人とも、黒人使用人の持っていた銃で射殺されていたのです。
そのそばには兄の拳銃が落ちていましたが、弾は一発も込められていませんでした。
自殺も疑われたのですが、銃創からして離れた位置から撃たれたことは明らかで、自殺はあり得ません。
ところで、この事件があった同じ日、農園の使用人がサトウキビ畑からは離れた崖から転落して死亡しているという事件も起きていました。
その死体の喉は刃物で搔き切られていたのです。
農園主の兄らの事件とは無関係とも思えますが……。
ヴァン・ダインは推奨しているそうですが、私の評価はそれほど高いものではありません。
なるほど、この不可解な状況に一応の説明はつけられますが、何の証拠も伴わないのです(それは作者も認めています)。
どうとでも言えるではないですか、証拠がついて来ないのですから。
エラリー・クイーンのような、唯一絶対の結論を数学的明晰さで描くタイプのミステリを好む私としては、こういうタイプの作品はあまり評価できないんだなぁ。
おそらく、ヴァン・ダインは、客観的証拠などではなく、作中の登場人物の心理や性格、キャラクターが決め手になるという点に魅かれたのではないかと思われます。
それは、ヴァン・ダインの『カナリヤ殺人事件』 などでも使われているテクニックですよね(でも、その推理はやはり言いっぱなし的なところが残り、その信憑性には疑問符がつきますし、極めて危うい推理なのですが……)。
蜥蜴蜉蝣 -とかげろう- : ハリントン・ヘクスト『テンプラー家の惨劇』*18
そもそも『テンプラー家の惨劇』は謎解きミステリと言えるかどうかすら微妙な小説である。裕福な一族の人々が次々と殺害されていく典型的な連続殺人モノだが、『灰色の部屋』がそうであったように、フェアな記述というものが欠落している。本格ミステリでもっとも重要な要素なのだが、フィルポッツはフェアプレーに関しては鈍感だったのだろう、残念ながら謎解き小説を期待して読む作品としては不適格である。
それにしても犯行のすべてを執拗に説明する犯人像は『赤毛のレドメイン家』の場合と同じく、完全に狂人としかいいようがない。こういう異様な信念を持った人間を描くことが好きなのか、ドス黒い告白が作中で一番力がこめられた部分であって、読んでいてお腹がいっぱいになってしまう。
『赤毛のレドメイン家』の殺人鬼とよく似た怪人が跋扈するところなどもあり、謎解き小説ではなく、ある種のクライム・ストーリーとして読む方が楽しめるといった不思議な作品で、江戸川乱歩が本書を読んでいたならどのような感想を書いたのか、ちょっと気になるところである。
【参考:緑衣の鬼、三角館の恐怖】
ゆに亭小鳥の読書三昧 江戸川乱歩 「緑衣の鬼」
1936年に雑誌「講談倶楽部」で連載された作品だそうです。創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズでは、第16巻です。
この「緑衣の鬼」は、海外のイーデン・フィルポッツという作家さんの「赤毛のレドメイン家」という作品をもとに、江戸川乱歩さんが翻案して執筆した作品だそうです。この「赤毛のレドメイン家」という作品を読んだことはないので、「緑衣の鬼」とどの程度内容が同じなのかはよく分かりませんが、あとがきなどを読んだ感触としては大筋を借りただけでほぼ別物なのではないかと推測します。
それでは以下、江戸川乱歩さんの「緑衣の鬼」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。
(中略)
以上が、江戸川乱歩さんの「緑衣の鬼」の物語です。
面白かったです。トリックなどについては、怪しい所もありましたが、昔の推理小説ですからこんなものでしょう。それよりも、ストーリーがしっかりしていて、江戸川乱歩さんの作品にありがちな行き当たりばったり感がなく、最後までダレる事なく読み進める事ができました。やはり、元々しっかりとした作品をベースに作られた事が大きいのでしょう。
「緑衣の鬼」は、「赤毛のレドメイン家」の翻案作品とされています。「赤毛のレドメイン家」を読んだ事はないので、元の作品の要素がどの程度残っているのかはよく解りません。「緑衣の鬼」を読んだ印象では、ほぼほぼ江戸川乱歩さんの作品としか思えず、恐らくは「赤毛のレドメイン家」の大筋を借用した程度で、ほとんど別物なのではないかと思います。機会があれば、「赤毛のレドメイン家」を読んでみたい所です。
海外の作品を江戸川乱歩さんが翻案して制作した作品は、他に「白髪鬼*19」、「幽霊塔*20」、「幽鬼の塔*21」、「三角館の恐怖」などがあるそうです。
ゆに亭小鳥の読書三昧 江戸川乱歩 「三角館の恐怖」
1951年に雑誌「面白倶楽部」で連載された作品だそうです。創元推理文庫の江戸川乱歩シリーズでは、第17巻です。
前巻の「緑衣の鬼」と同様に、この「三角館の恐怖」も海外作品を江戸川乱歩さんが翻案した作品です。元となったのは、ロジャー・スカーレットさんの「エンジェル家の殺人」。この作品を読んだことはなかったので調べてみると、過去に日本で翻訳されたものが発売されているようですが、今では絶版となっており、入手困難なようです。ただ「エンジェル家の殺人」と「三角館の恐怖」とでは、トリック、動機及び犯人等はほぼ同じのようでした。
「三角館の恐怖」は、雑誌で連載されている当時に、懸賞金付きの犯人当て企画が行われており、創元推理文庫の「三角館の恐怖」にはこの企画に対する応募方法や当選結果等まで収録されています。挿絵のみならず、こういった付随情報までしっかりと収録されている創元推理文庫のシリーズは優秀です。でも、原作が存在する推理小説の犯人当てという企画が成立するのが少し不思議。それだけ「エンジェル家の殺人」が日本では知られていなかったということなのでしょうが。
それでは以下、江戸川乱歩さんの「三角館の恐怖」のあらすじを記載します。ネタバレ注意です。が、せっかくの犯人当て付きなので、あらすじは「読者諸君へ挑戦!」のページまでとし、真相は伏せておく事にします。
(中略)
ここで、「読者諸君へ挑戦!」という江戸川乱歩さんのメッセージが挿入されます。犯人の名前と動機を当てた中から三名に賞金五千円との事です。
以上が、江戸川乱歩さんの「三角館の恐怖」の出題編までの物語です。この後、契約書が見つかったと篠警部及び森川弁護士が皆に伝え、これを餌に犯人を誘き出して捕まえるという展開です。犯人が誰なのかは伏せておきます。
ただ、犯人当ては滅茶苦茶簡単です。ほとんどの人が正解出来るのではないかと思います。動機もすぐに分かります。というか、動機を考えれば、犯人は分かるという感じです。やはりかなり昔の古典的な推理小説なので、現代のひねりにひねった推理小説を普通に読んでいると、犯人当てとしてはかなり物足りないと思います。私も「読者諸君へ挑戦!」のかなり前の段階で犯人が分かってしまいました。
「三角館の恐怖」は、原作付きのため、江戸川乱歩さんの作品にありがちな行き当たりばったり感はなく、推理小説としてしっかりとした構成になっていました。ただ逆に、江戸川乱歩さんの作品を読んでいる感も少なく、どこぞの誰かが書いた推理小説を読んでいるような気分でした。この作品は、江戸川乱歩さんの作品の中での評価は高いようなのですが、もし作者を知らずに読んだらそんなに高い評価を付けるかやや疑問でした。まぁ、当時としては優れた推理小説だったという事でしょう。現代の目で読むと、コナンとか、金田一少年くらいのレベルに思えます。
とりあえず、私が江戸川乱歩さんの作品に求めるのはコレではない、という事がよく分かりました。
カリウム殺人事件 (三角館の恐怖) - 日常坐臥
「三角館の恐怖」
理解不能。
例えば自分の妻が不倫してるとするじゃん?
しかも目の前で不倫相手とイチャイチャしたりするんだよ。
それでも妻が好きってのは、まぁわかる。
不倫相手が妻にプレゼント買う金を、自分が出費するってのはどういう心境なんだ。
そうでもしないと妻を引き止められないって言ってたけど、それ、もう完全にNTR済みじゃないか。
ザックリあらすじ。
ある所に貧民上がりの金持ちがいた。
健康自慢のオッサンだったけど、わりと若くして死に至る病に罹った。
しかも実子は貧弱の代名詞みたいなヤツで、健康な双子を養子に迎えた。
で、瀕死のオッサンと貧弱実子は、共にこんな遺書を書いた。
「やっぱ健康が至高、財産は長生きした方に全部やる。」
言わずもがな、双子による醜い健康合戦の始まりである。
あらすじオワリ。
双子の長男健作は、公明正大のナイスシニア。
双子の弟康造は、狐疑逡巡の陰湿老人。
結論から言うと、両方殺される。
双子の家族内に犯人がいるんだけど、動機は遺産じゃなくて恋愛。
遺産相続の件は、あくまで手段。
この話は、愛を金でどうにかしようとする愚物共の話。
この話、かなり長い話なんで、トリックのこと書いてたらエラい量になるんで省略。本編読んでね
結局犯人は、康造老人の養子である芳夫。
犯行理由が、かなりアレ。
妻の桂子が健作老人の実子である丈二と不倫状態。
でも丈二は桂子に相続されるであろう遺産の一部が目当て。
つまり桂子に遺産が相続されなければ、丈二に振られて俺の所に戻ってくるんじゃね!?
うわぁ…これはどうしようもないですね…
桂子も大概俗物なんで戻ってくるとは思うけど、それでいいのか…?
*1:日本ではむしろ「くまのプーさん」の作者として著名なことは今日もkojitakenに悪口する(2023年8月26日)(松本清張『凶器』『一年半待て』等の一部ネタばらしがあります) - bogus-simotukareのブログで触れました。
*2:1947年のベストについては例えば東京創元社|江戸川乱歩の10選参照
*3:この作品を高く評価した乱歩は後に翻案物として『三角館の恐怖』を発表
*5:1931年発表。1933年にジュリアン・デュヴィヴィエ監督によって映画化(映画の邦題は『モンパルナスの夜』)。日本語邦題は他に『モンパルナスの夜』『男の首』『或る男の首』などがある(男の首 - Wikipedia参照)
*6:追記:誰のことだろうと首をひねったのですがフレンチ警部シリーズの『クロフツ(フリイマン・クロフツ)』のことか?。でもクロフツをフリイマンと呼ぶのは「クリスティ」を「アガサ」と呼ぶようなモンですぐには分かりません。
*7:最も有名な作品が、1967年発表の『ローズマリーの赤ちゃん』で1968年に映画化されて、ルース・ゴードンがアカデミー助演女優賞を受賞(アイラ・レヴィン - Wikipedia参照)
*8:本作の主人公は、貧しい生まれながら才覚と美貌に恵まれた野心家の青年で、財産目当てに大富豪の3人の娘を次々と、手玉に取っては都合が悪くなると殺していくが、最後には破滅してしまう。己の野望のために手段を選ばない主人公の非情さから、ドライサーの『アメリカの悲劇』の推理小説版、あるいは「現代のジュリアン・ソレル」と評される(死の接吻 (レヴィン) - Wikipedia参照)。落ちについては【ネタバレ】「死の接吻」アイラ・レヴィン: ネタ・ヴァレー、死の接吻 | のーみそコネコネ参照。未読ですが「(コロンボのように)罠にはめて吐かせる」のならともかく「『殺すぞ』と恫喝して吐かせる」と言う落ちは俺的にはあまり好きになれません。
*9:1948~1999年。著書『夢想の研究:活字と映像の想像力』、『夜明けの睡魔:海外ミステリの新しい波』(以上、1999年、創元ライブラリ)等
*10:1978年に映画化。1978年に毎日映画コンクール監督賞(野村芳太郎)、脚本賞(新藤兼人)、1979年に日本アカデミー賞最優秀監督賞(野村芳太郎)、最優秀脚本賞(新藤兼人)、最優秀助演男優賞(渡瀬恒彦)を受賞
*12:1964年に映画化。1965年に毎日映画コンクール監督賞(内田吐夢)、主演男優賞(三國連太郎)、助演男優賞(伴淳三郎)、助演女優賞(左幸子)を受賞
*13:ギャグ漫画家だが、ミステリに造詣が深く、ミステリ関係の著書に『本棚探偵・最後の挨拶』(2017年、双葉文庫)
*17:名作と評価されるクロフツ『樽』(1920年)、クリスティ『スタイルズ荘の怪事件』(1920年、ポワロ初登場作品)、『アクロイド殺し』(1926年)、ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』(1928年)、『僧正殺人事件』(1929年)、カー『夜歩く』(1930年、カーのデビュー作)、クイーン『エジプト十字架の謎』、『Ⅹの悲劇』、『Yの悲劇』(1932年)、クリスティ『オリエント急行の殺人』(1934年)、『ABC殺人事件』(1936年)、カー『火刑法廷』(1937年)、『ユダの窓』(1938年)、クリスティ『そして誰もいなくなった』(1939年)等が発表された1920~1930年代のこと(フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』発表は1922年)(海外本格ミステリの歴史Ⅲ.黄金期 : 物語良品館資料室参照)
*18:ハリントン・ヘキストはフィルポッツの別名義
*19:マリー・コレリの小説『ヴェンデッタ』を基にした黒岩涙香の翻案小説を乱歩がさらに翻案した小説(白髪鬼 - Wikipedia参照)
*20:アリス・マリエル・ウィリアムソンの小説『灰色の女』を基にした黒岩涙香の翻案小説を乱歩がさらに翻案した小説(幽霊塔 - Wikipedia参照)