秋篠宮佳子が両親と別居してることを知る(2023年8月25日)(副題:今日もkojitakenに悪口する)

 秋篠宮家の佳子氏は「華やかな表舞台の裏で、女性宮家創設の行方に戦々恐々としている」らしい (醍醐聰氏のXより) - kojitakenの日記を読んでいて「秋篠宮佳子がどうかしたのか?」と思って、佳子さまの「別居」の説明、宮内庁長官「タイムリーじゃなかった」:朝日新聞デジタル(2023.7.13)等が報じる「別居生活」を知ったわけです(ということで以下はkojitaken記事への感想は「一部を除いて」ほとんどありません)。
 小生は基本的に「皇室ニュースには興味がない」ので今回初めて知りましたが。
 彼女が「女性宮家創設の方針に戦々恐々としてるか」知りませんし興味もないですが、「理由が何であれ」親子関係が相当に悪いことだけは確かでしょう。「引っ越したくない理由(親と別居する理由)」を「今までの家に愛着がある」等と言い訳しようとも本心は「親と一緒に住みたくない」でしょう。勿論そんなことは両親も分かってるし、「体面のために」表面上はマジギレしたりはしないものの、娘の行為に相当に憤慨してるでしょう。
 彼女が「皇室に残りたくない」のは「皇室が女性差別的(kojitaken)」と言うよりも、「結婚すれば皇籍離脱するし、姉(長女)のように親と縁が切れる。親と離れたい」「両親が私の人権を侵害している(次女にとって両親は毒親)」ではないか。
 それにしても長女は「親の反対を無視し、結婚して渡米し事実上親と縁切り」、次女は「別居」。こうなると長女の結婚も「夫(小室圭)への愛がない」とは思いませんが「両親への反発」が大きいのではないか。今後長男も「姉たちのように親に反発するのか」気になるところです。しかしこれは「秋篠宮の娘たちが自由すぎる(つまり愛子さんも彼女らのような性格だと両親(天皇、皇后)と対立する)」のか、はたまた「秋篠宮夫婦が毒親すぎる(つまり現在は両親と対立してないらしい愛子さんも、秋篠宮夫婦の娘なら対立不可避)」のか?

参考

佳子さまの「別居」の説明、宮内庁長官「タイムリーじゃなかった」:朝日新聞デジタル2023.7.13
 秋篠宮家の次女佳子さまが昨年9月に改修工事を終えた秋篠宮邸に引っ越さず、隣の旧御仮寓所(ごかぐうしょ)に引き続き住んでいることを宮内庁皇嗣*1(こうししょく)幹部が先月30日に明らかにしたことについて、宮内庁の西村泰彦*2長官は13日の定例会見で、事実関係の発表は「タイムリーじゃなかった。問題になった時になるべく早く発表すれば良かった」との認識を示した。また、当初の宮内庁の説明に基づいた「ご一家で引っ越す」との報道との齟齬については「結果的に違ったことについては反省すべき*3」と述べた。
 先月30日の定例会見で加地隆治*4皇嗣職大夫*5は、秋篠宮ご夫妻や結婚前の小室眞子さん、佳子さまで相談した結果、(中略)旧御仮寓所の一部に私室を残し、眞子さん、佳子さまが引き続き住むように計画を変更したと説明。その後、眞子さんが結婚で皇室を離れたことから、現在は佳子さまお一人が旧御仮寓所で生活をしていることを明らかにした。また、こうした変更があったのは宮邸の改修工事前で、改修された宮邸には眞子さん、佳子さまの私室が造られなかったことも併せて明らかにした。

「わがままだと言われても仕方ない」秋篠宮・佳子さまの「別居問題」の深層 | FRIDAYデジタル2023.7.20
「改修されていた秋篠宮邸は去年9月に完成し、ご一家は仮の住まいから今年3月までに引っ越される予定だったのですが、佳子さまだけがそこに移られず、ひとりで暮らされていることが明らかになりました。
(中略)
 結論としては、秋篠宮さまと佳子さまの関係が良くないということに尽きるのではないでしょうか。」(皇室ジャーナリスト)

佳子さまに“同居拒否”を決意させた、紀子さまの“ひと言” お相手について「出雲大社を上回る家でないと」【スクープその後】 | デイリー新潮2023.8.17
「2014年5月、出雲大社禰宜(当時、現在は権宮司*6)だった千家国麿さんと高円宮家の次女・典子さん*7との婚約が決まった時のことです。紀子さまはひと言、周囲にこう漏らされていました。
(ボーガス注:現上皇を父、現天皇を兄とする秋篠宮が初代当主の)秋篠宮家は(三笠宮崇仁親王*8の三男・憲仁親王*9を初代当主とする)高円宮家よりも身分が上ですから、娘のお相手も、出雲大社を上回る家の方でないと』と」
 (ボーガス注:長女・真子さんについては)悲願の「出雲越え」がかなわなかった紀子妃はその後、残る佳子さまに照準を合わせてこられたという。

 kojitaken曰く「自分自身を解放できない哀れな3代目の奴隷の領主である平井卓也*10秋篠宮家の佳子氏は「華やかな表舞台の裏で、女性宮家創設の行方に戦々恐々としている」らしい (醍醐聰氏のXより) - kojitakenの日記)」だそうですが、言葉を選ばず言えば(週刊新潮記事が正しいという前提ですが)「自分自身を解放できない哀れな奴隷の領主」にあたるのは「秋篠宮家は高円宮家よりも身分が上ですから、娘のお相手も、出雲大社を上回る家の方でないと」なんて言って「家柄がそんなに大事か」と娘たちの反感を買う「母親」秋篠宮妃紀子の方ではないか(というと一部の皇室崇拝者は「無礼だ」と激怒なのでしょう。kojitakenが激怒するかどうかは知りません)。つうか皇室ネタでなんで唐突に平井が出てくるのか(呆)。
 しかも彼女自身(川島家)は

川嶋庄一郎 - Wikipedia(1870~1947年)
 紀子の曾祖父。1870年(明治3年)、和歌山県の農業・松浦平吉の三男として生れた。1876年(明治9年)に父が亡くなり、一家は貧しい生活を強いられる。開明小学校(現・有田川町立安諦小学校)を卒業後、和歌山県師範学校を経て、東京高等師範学校に入学するが、その優秀さが、跡取りを探していた和歌山市の資産家で地主の川嶋庄右衛門の目に留まった。1894年(明治27年)、川嶋家の婿養子となり、庄右衛門の長女・志まと結婚した。その後、佐賀県師範学校校長、奈良県師範学校校長、和歌山県教育会副会長等、教育関係の要職を歴任
川嶋孝彦 - Wikipedia(1897~1958年)
 紀子の祖父。内務省に入省し、兵庫県警外事課長、内閣官房総務課長、内閣統計局人口課長、内閣統計局長等を歴任
川嶋辰彦 - Wikipedia(1940~2021年)
 紀子の父。学習院大学名誉教授

ということで「(少なくとも曾祖父の代からは)一般的には名門の家柄にあたる」とはいえ、失礼ながら「出雲大社の家」と比べたら、そんなに家柄は良くないですよねえ。「自分を棚上げして何を言ってるんだ?」ですね。
 それとも紀子はさすがにこんなことを言わず、言ったのは夫・秋篠宮なのに「紀子の発言」として流布しているのか?(とはいえ、仮に「秋篠宮の発言」としても、紀子は「本心はともかく」こうした発言に反対して夫の面子を潰すような人間ではないのでしょうが)

*1:皇嗣(現天皇の跡継ぎ)」とは「天皇実弟皇位継承順位1位」の秋篠宮のことで、皇嗣職とは「皇嗣職」とは「秋篠宮のお付き」のこと(現天皇の即位と同時に設置)(宮内庁皇嗣職 - Wikipedia参照)。

*2:沖縄県警本部長、警察庁警備局警備課長、警視庁警備部長、警察庁警備局長、警視総監、内閣危機管理監宮内庁次長等を経て宮内庁長官

*3:秋篠宮夫婦の面子を潰せないのでこう言ってるだけでこうなったのは宮内庁職員のせいではなく「『娘の説得→同居』に夫妻が最後まで固執したから」でしょう。

*4:弘兼憲史の漫画『加治隆介の議』(講談社の漫画雑誌ミスターマガジンに1991~1998年まで連載)の主人公『加治隆介』と名前が酷似してるのは「単なる偶然」なのか「必然(加地大夫が弘兼の知人で彼から主人公の名前をとったが、さすがに全く同じだとまずいので一部変えた)」のか気になるところです。

*5:皇嗣職の長

*6:一般の神社では宮司の次は禰宜であるが、明治神宮等一部の大神社では宮司禰宜の間に権宮司が置かれる。出雲大社ではさらに宮司権宮司の間に教統が置かれる(宮司 - Wikipedia参照)

*7:2014年に千家国麿と結婚し、現在は千家典子

*8:1915~2016年。大正天皇の四男。オリエント学者でもあり、著書『古代エジプトの神々』(1988年、NHK出版)、『文明のあけぼの:古代オリエントの世界』(2002年、集英社)等

*9:1954~2002年。1984年、鳥取久子(現・高円宮久子)と結婚し、高円宮家創設。日本水難救済会名誉総裁、日本サッカー協会名誉総裁等を歴任。2002年11月21日、カナダ大使館でスカッシュの練習を行っていた最中に心室細動による心不全で倒れ死去。なお、憲仁親王の死去以降、心室細動に対する注目が高まり、死去から2年後の2004年には一般人による除細動のための自動体外式除細動器AED)の使用が認められ広く普及した。

*10:菅内閣でデジタル相。四国新聞社、ラジオ四国(現・西日本放送)社長、自民党参院議員を歴任した平井太郎は祖父。四国新聞社社主、西日本放送社長、中曽根内閣労働相を歴任した平井卓志は父。