テレ朝・おはよう時代劇『暴れん坊将軍3』第8話「晴れて夫婦の目安箱」(1988年放送の再放送)(2023年12月18日記載)

◆第8話「晴れて夫婦の目安箱」(2023年12月18日再放送)
 第3シリーズの第3話「これぞ庶民の目安箱」の脚本家「野波静雄氏」がまた「目安箱」をネタにした作品です。
 以下の通り、記事を紹介しておきます。晴れて夫婦のから「お涼の父の無実」が晴らされ「清太郎とお涼」が結婚できることは「結末を見る前」から予想がつきますが。

tv asahi|テレビ朝日
 半次郎(佐藤B作)たちと隅田川で夜釣りを楽しんでいた吉宗(松平健)は、若い男女が心中しようとしているのを目撃、二人を助けて辰五郎(北島三郎)の家へ連れ帰った。この二人は、呉服問屋・中屋の息子・清太郎(井田弘樹*1)と、茶道の宗匠・和泉宗敬の養女・お涼(桂田裕子)で、お涼の実父・喜三郎(高橋仁)がかつて人殺し*2の罪で獄門になっていたことから、二人が一緒になるのを清太郎の父「中屋清助(牧冬吉*3)」に反対*4され、心中を決意したという。吉宗は、実父は無実だというお涼の訴え*5を聞き、過去の事件を調べ始めるが

暴れん坊将軍 III
第8話「晴れて夫婦の目安箱」 
 心中者を助ける新さん、罪人の娘ゆえ忌避された事情を聞き、七年前の事件を洗いだす。忠相(横内正)の再調査につよく異議を唱える(ボーガス注:現在は若年寄に出世した)事件当時の北町奉行・松井伊予守(船戸順*6)は、果たしてフレームアップの黒幕*7だった。

あふろん@芝神明
◆目安箱を(ボーガス注:夜釣りの誘いという)個人的な用途に使う不埒な辰五郎
◆(ボーガス注:お涼が目安箱に「再審議の要望」を投じたことで、再審議を命じる吉宗に対し)目安箱を悪く言う奴*8は黒幕で成敗されるのか。
◆やはり「(ボーガス注:夜間尿や頻尿、軽い尿漏れなど)尿のお悩み(ボーガス注:暴れん坊将軍再放送で流される「薬師八味丸錠」のCMのこと)*9」が「ピンポイントでズドン」の視聴者層
◆伊予守控えてるのに勝手に暴れる(ボーガス注:伊予守の用人・仁村源左衛門役の)出水憲さん*10
「殿!そやつは上様ではなくただの素浪人!ヤミからヤミへ!」
◆(ボーガス注:佐吉を裁く)お白州で忠相の部下だったのに、殺陣で一番刀をかましてくる福本さん*11
◆(ボーガス注:エンドの前に毎回流れる若山弦蔵の締めのナレーション)
 河内屋は吉宗の計らいで(ボーガス注:殺された河内屋主人の妻)おむら、(ボーガス注:おむらの娘)お篠*12が継いだ。忠相の名は世に「大岡裁き」と称されて、ますます上がり吉宗は名君としてますます慕われた

 さて再捜査を開始した吉宗は「河内屋殺害事件」について
1)犯行直前、「河内屋主人と番頭喜三郎」が言い争っていたと語り、喜三郎捕縛の一因を作り
2)主人死亡、番頭喜三郎処刑後、「河内屋主人のおい」ということで主人に成り上がった
手代の佐吉(氏家修)が怪しいとして彼の周辺を忠相に探らせます(2時間ドラマならともかく1時間時代劇で「佐吉以外に犯人が」をやっている時間はないのでこの時点で「佐吉犯人」は確実ですが)。
 この過程で「再審議反対派の松井伊予守」と忠相が「再審議の結果、やはり有罪となったら切腹するだけの覚悟が越前にはあるのか(伊予守)」「伊予守様の方こそ無罪の結果が出た際に切腹の覚悟がおありですか(忠相)」とお互い「切腹の覚悟」を口にするのは「最後の成敗」での吉宗の決め台詞「忠相との約束通り潔く切腹せよ」の伏線です。
 しかし、当時の調書に寄れば佐吉は事件当時「御家人・木原鋭之進(平泉成*13)」に会っていたというアリバイあり。
 木原の証言が虚偽証言ではないか調べると共に、まずは「殺された河内屋主人の妻おむら(野口ふみえ)」に「何か知ってないか」会いに行く吉宗。おむらは言いがかりをつけられて、佐吉によって店を追い出されていた。
 その頃、貧乏長屋に暮らすおむらのもとには「病気のおむら」を看護する「小石川養生所医師」で「半次郎の妹」お葉(伊藤つかさ)が。
 そこに現れる木原。彼はおむらとお葉を殺害しようとする*14が幸いにも「おむらに会いに行った」吉宗が殺害を阻止。
 おむらは「殺害現場に煙管(キセル)が落ちていたこと(町奉行所にも届け出)」「足を引きずる侍(犯人?)が殺害現場にいたように思うこと」を吉宗に証言。しかし調書にそんなことは書いてないことを怪しく思う吉宗。
 一方、木原について調べた忠相から
1)木原は若い頃の喧嘩によって足が不自由なこと
→犯行現場でおむらが目撃した「足を引きずる侍」は木原
2)殺害事件直後、木原は金回りが良くなり、豪遊していたこと(但し、その後、身を持ち崩し浪人となり所在不明なこと)
→殺害依頼した佐吉からの報酬で豪遊したが金が尽きて浪人に。
3)木原には「キセル収集」の趣味があること
→勿論、犯行現場のキセルは木原が落とした物
を知らされる。
 もはや「木原が下手人」で「共犯は佐吉」、また杜撰な取り調べは「佐吉をかばうための伊予守の不正」の疑いが濃厚。
 おむら殺害に失敗し、顔を吉宗やお葉、おむらに目撃されたため、口封じとして伊予守の配下に襲撃される木原を生け捕りにする吉宗。
 おむら殺害未遂を目撃され、もはや逃げられぬ、仮に言い逃れで、無実で放免されてもかえって佐吉や「佐吉とグルの伊予守」に口封じとして殺される、こうなったら全てを自白し寛刑(死罪だけは回避)を求めると共に、佐吉を道連れにしてやると観念した木原は全てを自白。
 「俺が大岡殿に掛け合うから木原を証人で再審議しよう(吉宗)」となって大岡によって再審議。
 「俺には松井伊予守様がついている」と居直る佐吉に「松井殿は既に評定所切腹の沙汰が下り、見事に切腹された!」「佐吉には打ち首獄門申し渡す」と言い渡す大岡。
 あれ、「最後の成敗はないのかな?」と思いきや「忠相が何を考えてあんなことを言ったか知らぬがワシには別に切腹の沙汰などない」と登場する松井伊予守(場所は自邸)。
 勿論そこへ登場する吉宗。「佐吉はお主との関係を全て白状した、忠相との約束通り潔く切腹せよ」という吉宗に刃向かい成敗されるのはいつも通りです。
 最後は「清太郎とお涼」の婚礼シーンでエンド。

*1:1963年生まれ。井田弘樹は当時の芸名で、現在は「井田國彦」

*2:喜三郎は河内屋番頭で、自宅(長屋)の屋根裏に「凶器の匕首」を隠されることで河内屋主人殺害の罪を着せられた。

*3:1930~1998年。1963年にTBS『隠密剣士』第二部で悪役「柘植の黒兵衛」として出演し人気を集めた。これを受けて第三部からは、善玉の準主役「霧の遁兵衛」役に抜擢された。1967年、関西テレビ『仮面の忍者・赤影』に「白影」役で出演して人気を得て、以降もNET(現・テレビ朝日)『河童の三平・妖怪大作戦』(1968~1969年)、TBS『柔道一直線』(1969~1971年)、朝日放送『好き! すき!! 魔女先生』(1971~1972年)、毎日放送変身忍者嵐』(1972~1973年)など、子ども向けドラマに脇役として出演。晩年はTBS『大岡越前』『水戸黄門』、テレビ朝日暴れん坊将軍』など、時代劇を中心に活躍(牧冬吉 - Wikipedia参照)

*4:「無実だと信じてるけど、仮に真犯人でも親のしたことで子が結婚できないなんて理不尽よ」という本作での「おさい(浅茅陽子)の正論」を紹介しておきます。但し、以前拙記事今日の産経ニュース(2019年5月24日分)(松本清張「女囚」のネタバレがあります)(追記あり) - bogus-simotukareのブログで紹介した松本清張『女囚』のように現実にはそうも上手くいきませんが。

*5:なお、これ以前からお涼が目安箱に「再審議の要望」を投じており、以前から吉宗もこの件を気にしていた。

*6:1938~2021年。1959年、ミスター平凡コンテストへの入賞をきっかけに東宝へ入社し、1960年の映画『地の涯に生きるもの』でデビュー。1960年代は東宝の専属俳優として数々の映画に出演。映画産業が斜陽化した1970年代からはテレビドラマに活路を広げ、時代劇や刑事ドラマで主に悪役として活躍した。2人目の妻である女優「岩井友見(十代目岩井半四郎の娘で、日本舞踊岩井流宗家としては十一代目岩井半四郎)」とは芸能界でも有数のおしどり夫婦として知られ、胃腸薬「キャベジンコーワ」(興和)のCMやテレビ東京の旅番組『いい旅・夢気分』(1986~2013年まで放送)のレポーターなど、夫婦で出演する機会も多かった(船戸順 - Wikipedia参照)

*7:まあ今回の話のような「故意の捏造(真犯人(佐吉)をかばう、抹殺したい人間(喜三郎)に濡れ衣を着せる)」でなくても「責任問題」を恐れ、再調査に反対はするでしょうが。「袴田事件など数々の冤罪事件」での検察の後ろ向きの姿勢はその一例です。実際、吉宗や忠相も当初は松井伊予守の反対について「故意の捏造」とは思っておらず「責任問題を恐れてる」程度としか理解していません

*8:元「北町奉行」の若年寄・松井伊予守

*9:他にも健康食品やかつらなど高齢者向けCMが多いですね。

*10:放送当時は出水憲司

*11:福本清三氏のこと

*12:演:池田佳奈美

*13:1944年生まれ。本名は平泉征七郎。高校卒業後、名古屋市内のホテルにベルボーイとして勤務。ホテル勤務時代の先輩の紹介で、市川雷蔵と知り合う。1964年、市川の紹介で大映京都第4期ニューフェイス27人の一人として選ばれる。1966年、大映映画『酔いどれ博士』にて「平泉征(ひらいずみ・せい)」の芸名で正式にデビュー。1971年の大映倒産後にフリーとなり、テレビドラマへ活動の場を移す。1973年に日本テレビの特撮ドラマ『ファイヤーマン』(円谷プロ制作)にSAF隊員・千葉太役でレギュラー出演。その後は長く刑事ドラマや時代劇で悪役を多く演じた。1984年、所属事務所の移籍を機に芸名を「平泉成(ひらいずみ・せい)」に改名(平泉成 - Wikipedia参照)。最近の平泉氏は必ずしも悪人役ではないので「この作品での悪人役」はむしろ意外性があります。

*14:この時点で「木原」が犯行に関与してることが明白です。