・編者はミステリ作家。1989年に『生ける屍の死』でデビュー。 1995年には『日本殺人事件』で、第48回日本推理作家協会賞を受賞。
・なお、角川文庫からは北村薫、有栖川有栖、法月綸太郎の編集による同様の「本格ミステリアンソロジー」も刊行されている。
・収録作品には「これが本格ミステリなのか?」と思う物*1があるがそれはともかく面白い一冊だと思う。収録作品には笑える作品というか、ユーモアあふれる作品が多い。
いくつか面白い作品を紹介。
・ジェイムズ・パウエル「道化の町」
道化(ピエロとパントマイム)しか住んでいない町(つまり警官も犯人も被害者もその他の登場人物も全てピエロまたはパントマイム)で起こった殺人事件という設定がまずトンデモだろう。こういうトンデモ設定で話をすすめようと言う精神には脱帽する。動機や犯行方法もそうした設定を生かしたトンデモな物である。
・アーサー・ポージス「イギリス寒村の謎」
エラリー・クイーンの国名物のパロディ(探偵の名前がセロリー・グリーン)。設定も「15人しか住んでいない村で12人殺されたが犯人が分からない、探偵を頼むしかない」(もっと早く頼めばいいのに?。それに容疑者が3人しかいないのにどうして犯人が分からないの?)→「探偵、登場。しかし、犯人の自殺で事件は終了。謎解きはその後なされる(事件を阻止できないなんて金田一耕助や、京極堂みたいだな)」というとんでもない代物。
なお、山口氏によれば著者には「ステイトリー・ホームズの冒険」(「シャーロック・ホームズの栄冠」(論創社)所収)と言うとんでもないホームズ・パロディもあるとのこと。その作品では依頼者がヘンリー・メリヴェール卿(カー作品の名探偵)、被害者がミス・マープル(クリスティ作品の名探偵)だそうだ。
・高信太郎「Zの悲劇」「僧正殺人事件」「グリーン殺人事件」
高信太郎はギャグ漫画家。収録作品は有名作品のパロディだが元ネタとはあまり関係ない。「グリーン殺人事件」はゴルフのグリーンで殺人が起こったって話だし(だからタイトルが「グリーン家殺人事件」ではないわけです)。
・山上たつひこ「〆切りだからミステリーでも勉強しよう」*2
山上たつひことはもちろん、あの「がきデカ」、「光る風」の作者。孤島での謎の人物による連続殺人、犯人は誰なのか、動機は?、と言う一見「そして誰もいなくなった」(アガサ・クリスティ)みたいな話*3なのだが、落ちはメタな落ちである。「犯人は私・作者山上たつひこ」「動機などどうでも良いだろう、所詮フィクション、紙の上の殺人」が落ちなのだから。発表時(1970年代?)は意外な落ちだったと思うが今だとかえってベタかなあと思う(まあ、落ちは抜きにして、登場人物が繰り出すギャグだけでも充分面白いと思うが)。
・乾敦「ファレサイ島の奇跡」
チェスタトンのブラウン神父物のパロディ。
・宮原龍雄「新納の棺」
本格ミステリマニアにはよく知られているが、アマチュアで活動場所がもっぱら同人、商業出版の単著がないため、以前紹介した天城一や山沢晴雄なみに世間にあまり知られていない作家、それが宮原氏である。天城や山沢の本を出した日本評論社あたりが単著を出してくれればいいのだが。(なお、天城の本が4冊出ているのに、山沢の本が1冊というのは納得がいかない。天城の方が見るからにペダンティックで取っつきにくいと思うのだが?。山沢「離れた家」解説で紹介されている「知恵の輪殺人事件」(「離れた家」収録作「銀知恵の輪」「金知恵の輪」の続編らしい)と「砧最後の事件」(「砧シリーズ全体の構成を利用したトリック」とやらがあるとのこと)は読んでみたい。)
この「新納の棺」は宮原氏の満城警部補シリーズの一作。短編なのに「病死に見せかけた他殺」(こう表現するのは適切でないかもしれない。なぜ「適切でないかもしれない」のかは読めば分かります)と「アリバイトリック」、と2つもトリックが盛り込まれている(その代わり、容疑者と動機(財産目当て)については早い段階でばらされている)。山口氏の言うように贅沢な作品と言えるだろう。トリックは説明されれば「何だ、そんなトリックか」と言う「コロンブスの卵」的な物だがミスディレクションが巧みなので、鈍い私にはネタばらしされるまで全く読めなかった。
【追記】
1)マイナーな作家の作品を出すことで知られる論創社から2011年1月に「宮原龍雄探偵小説選」が出たようだ(「新納の棺」も収録されている)。山口氏が一読を勧める「南泉斬猫」(元々は禅宗の用語らしい)が収録されてるようなので機会があったら読んでみたい。
「宮原龍雄探偵小説選」についての日経の書評(http://www.nikkei.com/life/culture/article/g=96958A96889DE0E0E4E4E4E2E6E2E2E3E2E0E0E2E3E39C9C99E2E2E3;p=9694E3E4E2E4E0E2E3E2E5E3E2E4)を参考までに紹介。
評者の言う「替え玉トリック」が私の言う「病死に見せかけた他殺トリック」である(ネタばらしになるのでこれ以上は書かないが)。「南泉斬猫」は「禅の公案」をネタとした「作品自体のトリック化」だそうだがどんなものだろう?
はてなキーワード「南泉斬猫」
禅宗の公案。唐の時代の名僧・南泉和尚の山寺に一匹の子猫が現れ、この猫をペットにしようと争いが起きた。南泉和尚は子猫の首をつかまれて「大衆道ひ得ば即ち救ひ得ん。道ひ得ずんば即ち斬殺せん」と問い、答えがないのを知ると子猫を斬り捨てた。寺に帰ってきた高弟の趙州に南泉和尚がことのあらましを教えたところ、趙州は靴を脱いで、頭上に乗せて外出した。南泉和尚は「趙州があの場にいれば、子猫は助かったのに」と嘆息した。所有欲の無為を諭す教えと思われる。
公案のなかでもとりわけ難解なものとして知られ、三島由紀夫『金閣寺』の主要モチーフにもなっている。上記の要約も三島のこの作品に依った。
これがどうすればミステリーになるんだろう?
2)「宮原龍雄探偵小説選」を購入。「南泉斬猫」の感想。
「(ドストエフスキー「罪と罰」のような)奇妙な動機を扱った殺人」に小説題名にもなっている公案「南泉斬猫」を上手く絡めたというのがオチと言えるだろうか。犯人が本格トリックを使っているわけではない。
ちなみに、著者・宮原氏はジイド「法王庁の抜け穴」、カミュ「異邦人」(どちらも奇妙な動機の殺人が起こる)について評価するエッセイを書いた事があるそうだ。
他の作品も面白いと思うが「三つの樽」以外、上手く説明できないので省略する。説明と言っても他人のエントリを流用してるのだが。
「宮原龍雄「三つの樽」」
http://d.hatena.ne.jp/sengyotei/20090319#1237466703
二つの樽を積んだオート三輪とトラックが追突事故を起こし、樽の一つから裸の女の死体(被害者はモデルの若杉陽子と判明)が見つかる。運転手の証言によると、その樽には須田画伯の製作になる石膏の裸像が入っているはずで(運転手が積み込みを手伝い、石膏像を目撃している)、アトリエから樽を運び出したときには被害者は生きており、樽の出発を須田と二人で見送っていたというのだ。また、出発から事故までの五分間、オート三輪は一度も停車しておらず、樽の擦り替えは不可能だということがトラック運転手の証言により判明する。
誰しも思いつくのは
「どう考えても須田が犯人だろう」
「車に積んだらすり替えは無理だろうから、車に積み込むまでに何らかの方法で「死体入りの樽A」と「石膏像入りの樽B」のすり替えがなされたのでは?」
「女は陽子によく似た別人では?。運転手は陽子の知り合いではないのだから気づかなくても不思議ではない」だろう。
実はその回答で正しい。正しいのだが、そういうオチはあり得ないように犯人(と言うか作者が)がひねってる(「警察が樽Bを見つけようとしたが見つからなかった」「アパートの管理人が、陽子以外の女性の出入りはなかったと証言した」)。
ひねったからこそ名作として評価された。そのヒネリを見抜けるかどうかが、ポイントである。もちろん私は見抜けなかった。
・土屋隆夫「密室学入門・最後の密室」
タイトルも「最後の密室」と言う人を食ったものだが、内容もユーモアに富んで面白かった。登場人物が「私は最高の密室トリックを考えついた、このトリックの後にはもう密室ミステリは書かれないだろう」云々というのだから(もちろん、これはあくまでも登場人物のハッタリでガチではない。本気にして「どこが最高なんだよ」とか言わないように。何故登場人物はこんなハッタリを言うのかがこのミステリの最大のポイントと言うか落ちである)。
土屋氏については山口雅也氏も指摘しているが、シリアスで悲劇的な作品が多いイメージがある。しかし、この作品で少し土屋氏に対するイメージが変わった。ただ、話の展開上、過去の密室ミステリのいくつか(エドガー・アラン・ポー「モルグ街の殺人」、ガストン・ルルー「黄色の部屋」*4、ポースト「ズームドルフ事件」、ヴァン・ダイン「カナリア殺人事件」、ディクスン・カー「ユダの窓」)のネタばらしをしている(これらよりも俺の考えた密室トリックはすごいんだぜ、と言うハッタリを登場人物がするため)のでそれが嫌いな人は読まない方が良いかもしれない。
・J・G・バラード「マイナス1」
SF密室物らしいのだがよく分からない落ち。「Aという人間が密室から消えた」→「何故だろう」→「分かんないや」→「Aなんていなかったんだよ、俺たちの心の平穏のためにそう言うことにしようぜ!。それで何が悪い」(「じゃあ、何故Aがいると思ったんだろう、集団妄想?」)という落ちらしいのだが、うーん、これって本格ミステリ以前にミステリか?
*1:収録作品にはリドル・ストーリー(芥川龍之介「薮の中」みたいな話と言えば分かるかな?。謎が謎のまま終わるミステリである。)や星新一のショートショート、高信太郎や山上たつひこのギャグマンガ、アイザック・アシモフのSFも収録されているがこれらは、どんなに優れた作品でも普通「本格ミステリ」とは言わないだろう。
*2:山口氏によれば、このタイトルは植草甚一のあるエッセイをもじった物だそうだ。追記:ググったら「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」だと分かりました。
*3:なお、山口氏によれば被害者は全て「喜劇新思想大系」の登場人物であり、「喜劇新思想大系」外伝的な物だという。
*4:土屋氏は登場人物に「『黄色の部屋』のトリックは感心しない、なぜなら犯人自らが密室トリックを創ったのではなく偶然の産物にすぎないから」と言う趣旨の発言をさせている。土屋氏本人も本当にそう考えているかはともかく、そういう考えはあり得るとは思う。