「1840年代英国の鉄道ブーム」と鉄道ミステリ

 もともとは新刊紹介:「経済」2023年5月号 - bogus-simotukareのブログに書いていたのですが長くなったのでこっちに書きます。
資本論の周辺(1):マルクス・エンゲルスと鉄道(上)(友寄英隆*1
(内容紹介)
 7回連載予定のエッセイ。
 マルクスエンゲルスが活躍した「1840年代英国」は鉄道建設が積極的に推進され、「鉄道狂時代」と呼ばれた。
 資本論第1部(1867年刊行)においても鉄道についての記述が多数見られる。


【参考:鉄道狂時代】

鉄道狂時代 - Wikipedia
 1840年代にイギリスで発生した鉄道への投資熱のことを指す用語である。
 ルイス・キャロル『スナーク狩り』の中で、「彼らは鉄道株に命を脅かされていた」とあるのは、鉄道狂時代で資金を投じて失った人々の事を指している。

【参考:鉄道ミステリ】
 なお、ミステリ云々は友寄論文とは関係なく単に俺の趣味です。小生的には鉄道と言えばやはり「鉄道ミステリ」ですね。
 そして後述しますが「鉄道発祥の地・英国」は

◆ミステリの源流・英国
コナン・ドイル(1859~1930年)のシャーロック・ホームズなど初期ミステリ
◆ミステリの一大王国・英国
→ブラウン神父のチェスタトン(1874~1936年)、フレンチ警部クロフツ(1879~1957年)、名探偵ポアロアガサ・クリスティ(1890~1976年)など

でもあるわけです。
 勿論ミステリ以外にも

【映画】
鉄道員 (1956年の映画) - Wikipedia
映画 『鉄道員』 (1956年)ー 主題曲も大ヒットしたホーム・ドラマの名作 ー 20世紀・シネマ・パラダイスによればピエトロ・ジェルミ*2が監督・脚色・主演の3役をこなしたイタリア・ネオレアリズモ*3後期の 名作ホーム・ドラマ。日本では昭和33年 (1958年) に公開され、キネマ旬報ベスト・テンの第5位
【小説やエッセイ】
◆映画化もされた浅田次郎鉄道員(ぽっぽや)』
宮脇俊三 - Wikipediaの諸著作

といった鉄道ネタの娯楽コンテンツはありますが。

鉄道ミステリー小説の最初はホームズシリーズで知られる英作家…:東京新聞 TOKYO Web2022.3.8
 鉄道ミステリー小説の最初はホームズシリーズで知られる英作家のコナン・ドイルが書いた『消えた臨急』(一八九八年)という作品だそうだ。臨時列車が乗客、乗務員ごと消える。
▼以来、鉄道を使った数々のミステリーが生まれる。アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』、松本清張の『点と線』*4
▼作家の西村京太郎さんが亡くなった。九十一歳。
▼『寝台特急ブルートレイン)殺人事件』、(ボーガス注:昭和56 (1981) 年度日本推理作家協会賞受賞作である)『終着駅(ターミナル)殺人事件』。トリックや筋のおもしろさに加え、その作品には独特な旅情があった。
▼清張さんの『点と線』を読み、これなら自分にもとこの道を選んだが、売れるまでは時間がかかった。五十近くになって、編集者の勧めで鉄道ミステリーへと舵を切った*5が、もともとは鉄道ファンではなかったらしい

 青字部分は「鉄道発祥の地・英国」「ミステリの源流・英国」らしい逸話でしょう。なお、青字部分以外(清張、クリスティ、西村)は完全に「脱線」になりますがミステリ愛好家として紹介しておきます。

【ホームズ地理学】マニアックな2つの領域が交わる愉しみ。「シャーロック・ホームズの鉄道学」はマニア必読。 | Master of Life Blog Remaster2020.5.19
 英国は鉄道発祥の地で、ホームズが活躍した19世紀後半に鉄道網整備の絶頂期を迎えました。ホームズ物語でも鉄道を使うシーンが頻繁に登場しています。
 ホームズ作品には、本当に鉄道が多く描かれています。依頼人がホームズの助けを借りに鉄道で駆けつけてくることも多くありますし、ホームズが事件現場に鉄道で向かうことも多々ありました。中には鉄道を利用して証拠隠滅を図った事件もあります。

1鉄道をフルに活用したホームズ(水野雅士*6
 鉄道が首都ロンドンに初めて乗り入れたターミナル駅は、バーミンガムから南下してきた路線が1837年に設置したユーストン駅でありましたが、それを皮切りに鉄道各社は競ってロンドンにターミナル駅を設置しはじめ、パディントン駅(1838年)、ロンドン橋駅(1840年)、フェンチャーチ街駅(1841年)、ウォータールー駅(1848年)、キングズ・クロス駅(1853年)、ヴィクトリア駅(1860年)、チャリング・クロス駅(1864年)、ブロード街駅(1865年)、キャノン街駅(1866年)、セント・パンクラス駅(1868年)、リヴァープール街駅(1874年)などが次々と誕生しました。
(中略)
 ホームズがこの世に登場したのは1887年に発表された《緋色の習作*7》であることはすでに述べましたが、これは1881年に起こった事件の記録であります。彼が関わった最初の事件《グロリア・スコット号》は、ベアリング・グールド*8説によれば、まだ彼が学生時代だった1874年の事件ですが、そのときすでにロンドンには上に挙げたすべてのターミナル駅があったわけであります。つまりホームズが活躍した時期には、全国的に整備された鉄道網がロンドンへの乗り入れをほぼ完了していて、鉄道の全盛期だったということができるわけであります。ホームズは首都圏ロンドンで発生した事件の現場へ駆けつけるときには主として馬車を使いましたが、ロンドンの周辺の州をはじめ、国内の各地方へ遠出するときには、人類三千年の歴史上初めて馬の駆ける速さを超えたといわれる文明の利器「鉄道」をフルに利用したのであります。
 ホームズは、1839年にジョージ・ブラッドショウが初めて刊行し、たちまち全国に普及した「ブラッドショウの鉄道時刻表」を愛用し、主な路線のダイヤを熟知していたので、きわめて効率的に鉄道を使いました。その例として、前掲の「シャーロック・ホームズの鉄道学*9」では《スリー・クォーターの失踪》事件においてホームズが、ケンブリッジへ最も早く着く方法を即座に選択できたこと、および《アビ農園》では犯罪の現場にいるホプキンズ警部から呼び出しの手紙を朝早く受け取ったホームズが「面白い朝になることまちがいなしさ。犯行は昨夜の零時前だ」と断言したので、ワトスンが「どうしてそうだとわかるのかね」と尋ねると「列車の時刻表を調べて時刻を推測するとそうなる」と答えている例が挙げられています。さらに《隠居絵具屋》でホームズは、証拠さがしをするため容疑者を一定の期間自宅から遠ざける手段として鉄道に乗せる手を使っていますし、《三人ガリデブ》では犯人側がこれと同様の手を使うのを見抜いたホームズがそれを逆に利用して、ガリデブの留守中に彼の自宅に現われた犯人を捕まえています。
 《ブルース・パーティントン設計図》事件では、ホームズが鉄道をきわめて巧みに使った犯罪を首尾よく解決しています。鉄道の普及によって誰でもどこへでも、簡単にしかも速く移動できるようになったおかげで、名探偵ホームズの名が広まるにつれ、英国の各地から彼のところに事件が持ち込まれるようになりました。

ブラッドショー鉄道旅行案内について
「ワトスン君。ちょっとそこのブラッドショーを見てくれないか」
 ホームズが事件捜査のために郊外へ出発する時はいつでもこのせりふを口にした。ブラッドショーとは『ブラッドショウの鉄道時刻表』という本で、1839年に創刊された。これが世界で最初の時刻表といわれている。
 ホームズの書斎にブラッドショーが常備されていた事は、『恐怖の谷』と『ぶな屋敷』の記述で明らかである。

ブラッドショーのガイドブック
ブラッドショーで鉄道の時刻を調べてくれ。」とホームズは言うと、再び、化学の実験に戻った。
アーサー・コナン・ドイル著「ぶな屋敷」より

 シャーロック・ホームズが、事件の調査のため、鉄道に乗る際に、頼りにしていたのは、ブラッドショーの鉄道時刻表。冒頭の引用は、1892年発表の「ぶな屋敷」(The Adventure of the Copper Beeches)からで、シャーロック・ホームズは、「明日の昼、ウィンチェスターのブラック・スワン・ホテルに来てくれ」との電報を、捜査依頼人から受け取り、ワトソンに、鉄道時刻の確認を頼むシーンです。単にブラッドショーと呼ばれている事からも、しょっちゅう使われ普及されていた様子がわかります。

【外典】消えた臨時列車 - ホームズ鑑賞録:聖典・外典
 本作は、ホームズシリーズが連載されていたストランド・マガジン誌の1898年8月号に掲載された作品です。
 本作は当時では珍しい「鉄道ミステリ」となっています。
 創元推理文庫の解説によると「鉄道ミステリの元祖」として、アンソロジーに選ばれることも多いのだとか。
 さらに本作より7年後の1905年からは地下鉄の電化が進み、1908年に発表されたホームズ譚の1作「ブルース・パーティントン型設計書」でドイルは地下鉄を題材としています。
 新しいジャンルである「ミステリ」と、まだまだ進化が続いていた「鉄道」を組み合わせた本作は、非常にドイルらしい一作と言えるでしょう。
 実は1893年発表の「最後の事件」で、既にドイルは時刻表や臨時列車をネタにしていました。同作での鉄道ネタはあくまでストーリー上の一幕に過ぎませんでしたが、本作ではこれをメインに据え、列車の消失というトリッキーな事件に仕上げています。

鉄道を舞台にした推理小説 | April 2017 | Highlighting Japan
 日本の推理小説の歴史に大きな足跡を残している江戸川乱歩(1894-1965)(このペンネームは、アメリカ人の作家、エドガー・アラン・ポーにちなんでいる)が1923年に発表した『一枚の切符』は、列車に轢かれて死亡した女性をめぐって繰り広げられる短編小説で、日本の鉄道ミステリーの草創期の代表的な一冊である。その後、日本の鉄道の発展と共に、鉄道ミステリーも数多く生まれ、特に第二次大戦後には多くの作家が鉄道ミステリーをこぞって発表するようになった。
「ミステリーと鉄道はとても相性がいい。列車、そのコンパートメントの密室空間、時刻表、線路、駅舎などトリックの宝庫なのです」と鉄道ジャーナリストの原口隆行氏*10は言う。原口氏は昨年、『鉄道ミステリーの系譜*11』という著作を発表し、鉄道ミステリーの発祥の地であるイギリスや日本の鉄道を舞台または主題にしたミステリー作品の数々を紹介している。
「日本の時刻表は鉄道発展の初期から一貫して正確でした。日本の鉄道ミステリーの際立った特徴の一つは、そうした正確な時刻表に基づいたアリバイ作りが多用されていることです」と原口氏は言う。
「ヨーロッパ各国で国鉄の民営化が進む以前は、多くの国の鉄道の運行時間はあまり正確とは言えず、時刻表をトリックに使ったミステリーは説得力がなかったのです。どちらかといえば、イギリスでは駅や車内での密室を題材にしたものが主流です」
 日本で初めて時刻表をアリバイに利用した鉄道ミステリーは、1936年に蒼井雄*12(1909-1975)が発表した『船富家の惨劇*13』という長編小説だ。蒼井は電気技師であったが、名探偵シャーロック・ホームズを主人公にした推理小説で有名なコナン・ドイル(1859-1930)や、『列車の死*14』などの鉄道ミステリーで知られるフリーマン・ウィルズ・クロフツ (1879-1957)などのイギリス人作家の影響を受けて、本業のかたわら推理小説を執筆するようになった。
 『船富家の惨劇』は、大阪の豪商・船富家の母と娘が殺された事件をめぐる小説である。「私は、当時の時刻表と小説とを照らし合わせてみましたが、実際の時刻表に基づいた緻密なプロット作りに興奮を禁じえませんでした」と原口氏は言う。
「戦後、多くの作家が時刻表を利用した作品を発表していますが、このミステリーは時刻表トリックの先駆けとなった記念すべき作品です」
 第二次世界大戦後に発表された数々の鉄道ミステリーの中で、名作の一つとして原口氏が挙げるのが、1958年に発表された松本清張(1909-1992)の『点と線』である。
 「他にも重要な作家はいますが、この作品が日本のミステリーにおいて一つの分水嶺をなしたことは間違いありません」
 現在は、かつてほど、鉄道ミステリーは数多く出版されていない。その中で、ほぼ毎年、最低でも1冊は鉄道ミステリーを執筆しているのが西村京太郎である。これまで出版した580冊を超える作品のほとんどが鉄道ミステリーである。西村が最初に執筆した鉄道ミステリーは、1978年に出版された『寝台特急殺人事件』である。この小説は、当時、人気を集めていた寝台特急ゆうづる」をトリックに使っている。その後、西村は全国各地の鉄道路線を舞台にした小説を次々に執筆、2016年3月に開業した北海道新幹線を題材にした小説も、既に発表している。

ABC鉄道案内 - Wikipedia
 アルファベット順に編成されたイギリスの月刊鉄道時刻表。1996年に『OAG鉄道案内』に改名された後、2007年に廃刊。
 この時刻表はアガサ・クリスティの探偵小説『ABC殺人事件』(1936年)で重要な小道具として使われた。

*1:著書『「新自由主義」とは何か』(2006年、新日本出版社)、『変革の時代、その経済的基礎』(2010年、光陽出版社)、『「国際競争力」とは何か』(2011年、かもがわ出版)、『大震災後の日本経済、何をなすべきか』(2011年、学習の友社)、『「アベノミクス」の陥穽』(2013年、かもがわ出版)、『アベノミクスと日本資本主義』(2014年、新日本出版社)、『アベノミクスの終焉、ピケティの反乱、マルクスの逆襲』(2015年、かもがわ出版)、『「一億総活躍社会」とはなにか』(2016年、かもがわ出版)、『「人口減少社会」とは何か:人口問題を考える12章』(2017年、学習の友社)、『AIと資本主義:マルクス経済学ではこう考える』(2019年、本の泉社)、『コロナ・パンデミックと日本資本主義』(2020年、学習の友社)、『「デジタル社会」とは何か』(2022年、学習の友社)、『「人新世」と唯物史観』(2022年、本の泉社)など

*2:1914~1974年。1962年に『イタリア式離婚狂想曲』でアカデミー脚本賞カンヌ国際映画祭コメディ賞を、1966年に『蜜がいっぱい』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞(ピエトロ・ジェルミ - Wikipedia参照)

*3:該当者として『無防備都市』(1945年)のロベルト・ロッセリーニ(1906~1977年)、『自転車泥棒』(1948年)のヴィットリオ・デ・シーカ(1901~1974年)、『揺れる大地』(1948年)のルキノ・ヴィスコンティ(1906~1976年)など(ネオレアリズモ - Wikipedia参照)

*4:日本の鉄道ミステリ作家と言えば俺的には『準急ながら』『急行出雲』『下り「はつかり」』などの「鉄道アリバイ物」の鮎川哲也ですが、彼は清張や西村に比べると一般的な知名度が落ちますからね。

*5:「初期は江戸川乱歩賞受賞作『天使の傷痕』など、社会派推理小説を書いていた。その後もスパイ小説『D機関情報』、クローズド・サークルもの『殺しの双曲線』、パロディ小説『名探偵なんか怖くない』『名探偵が多すぎる』『名探偵も楽じゃない』『名探偵に乾杯』、時代小説『無名剣、走る』、海難事故モノ『消えたタンカー』、誘拐モノ『消えた巨人軍』『華麗なる誘拐』など多彩な作品群を発表(西村京太郎 - Wikipedia参照)」ということで「鉄道ミステリ」以外にも西村小説にはいろいろあることは指摘しておきたいところです。

*6:著書『シャーロッキアンへの道』(2001年、青弓社)など

*7:原文のまま。一般には「緋色の研究」と呼ばれる。

*8:著書『シャーロック・ホームズ』(1987年、河出文庫

*9:松下了平、2004年、JTB

*10:著書『マニアの路面電車』(2002年、小学館文庫)、『文学の中の駅』(2006年、国書刊行会)など

*11:副題は『シャーロック・ホームズから十津川警部まで』。2016年、交通新聞社新書

*12:蒼井については以前蒼井優(女優、1985年生まれ)は蒼井雄(戦前ミステリ作家:1909~1975年)と読みが同じなのは「必然か偶然か」少し気になる、ほか - bogus-simotukareのブログで簡単に触れました。

*13:現在は『日本探偵小説全集12:名作集2』(1989年、創元推理文庫)に収録

*14:邦訳は創元推理文庫