石上三登志「名探偵たちのユートピア」その2:S・S・ヴァン=ダインについて(ネタバレあり)

・ヴァン=ダインでググったらなかなか面白いサイト(http://homepage2.nifty.com/shiraboo/vandine/syoutai.htm)を見つけたので「面白いと思った部分」をメモ書きしておきます。なお石上本では3章でヴァン・ダインを扱っております。
・まずウィキペの「S・S・ヴァン=ダイン」記述。

S・S・ヴァン=ダイン(ウィキペ参照)
・12作の長編全てに、名探偵ファイロ・ヴァンスが活躍する。ヴァン=ダインは面白い長編小説を書くのは、一作家6作が限度だろうとしていた。その言葉通り、12作のうち前期6作、とくに『グリーン家殺人事件』や『僧正殺人事件』の評価は高い。対照的に、後期6作の評価は芳しいものではない。

「後期6作の評判が悪い」つまりは「晩年はスランプに陥っていた」というのは定説らしく、今回ご紹介するサイト(http://homepage2.nifty.com/shiraboo/vandine/syoutai.htm)や石上本もそういう立場です(ただそれでもサイトや石上氏は「実態以上に悪く言われてる」とヴァン・ダインに好意的ですが)。

http://homepage2.nifty.com/shiraboo/vandine/syoutai.htm
 ヴァン・ダインは、ひとりの作家が6作を超えて長編本格ミステリの力作を書くことはできない、という「探偵作家6作限界説」を唱えました。のちに、クリスティーやクイーン、カーなどが息の長い活躍を続けるに及んで、誰もそんな説は信じなくなってしまいますが、皮肉なことに、ヴァン・ダイン自身の作品では第7作以降の水準の低下が著しく、自ら「6作限界説」を証明するかたちとなってしまいました。
 そのようなことから、ヴァン・ダインを読もうと思ったらまず前半6作*1から、というのが昔からの定説となっています。私もそれをお勧めします*2
 しかし反面、自身の「6作限界説」が災いして、第7作以降*3が実際以上に悪くいわれて気の毒な面があるのも事実です。決して読むに耐えない駄作ばかりというわけではないのです。

 「口は災いの元」とでも言うべきでしょうか。

★マークは独断と偏見による採点で5個満点です。
・僧正殺人事件(The Bishop Murder Case)1929、★★★★★
 一般的にヴァン・ダインの最高傑作とされている作品で、マザーグースを効果的に使用して「見立て殺人」というジャンルを確立しました。

 まあ、我々ニッポソ人にとっては見立て殺人と言えば「獄門島」「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「病院坂の首縊りの家(生首風鈴)」といった「横溝正史金田一耕助シリーズ」のわけですが開祖は「ヴァン・ダイン」なんでしょう。まあ、マジレスすれば「キチガイ?」と聞きたくなる代物が見立て殺人ですけど。
 「僧正」は読んだことも「映像作品を見たこともない」小生ですが、横溝は読んだり、見たりしてますのでね(TBSの古谷一行バージョンとか、市川崑石坂浩二バージョンとか)。
 まあ、「捜査を混乱させる」とかそれなりの理屈つけてるわけですが「芭蕉の俳句とこじつける(獄門島)」「生首を菊人形にくっつけたり、死体を逆さにして湖につけたりする(犬神家)」「風鈴に見立てて天井からロープで生首ぶら下げる(病院坂)」とか正気の人間はやりませんよね。殺人だけだって一般人にはハードル高いわけで、なんで見立てなんかしないといけないのか。まあ、ミステリというお遊びだからいいんですけど。

ケンネル殺人事件(The Kennel Murder Case)1933、★★★★★
 この作品から目に見えて文章が平易になってきますが、これはヴァン・ダインが本書から口述筆記を取り入れたためだといわれています。

ガーデン殺人事件(The Garden Murder Case)1935、★★★★
 総じて評判がよくない後期作品のなかにあってキラリと光る佳作。最初の殺人事件が発生するまでに間があり、ヴァンスが目にしたさまざまな出来事や人間模様が丹念に描かれていくのが、ヴァン・ダインの作品としては異色で楽しめます。
 本書は、ヴァンスが事件関係者のひとりである女性に恋をすることでも有名なのですが、ヴァン・ダインという作家は一種の女性差別主義者だったようで、彼が魅力的だと信じて描く女性にはろくな人物がいません。本書の女性などもその典型例で(ひとことでいえば、理屈を言わず、ひたすら無邪気でコケティッシュに振舞うタイプ)、残念ながら現代の読者の共感は呼べないでしょう。

 「ひたすら無邪気」という言葉で小生が浅田真央を連想したのは「ライプツィヒの夏」の浅田エントリの影響でしょう。

誘拐殺人事件(The Kidnap Murder Case)1936、★★
 古典的な名探偵に近代的な営利誘拐事件を解決させようとした試みはユニークなのですが、出来上がったものはミスマッチの不協和音もいいところで、とても成功したとはいえません。ヴァンスが珍妙な悲壮感を漂わせて遺書まで残して犯人のアジトに乗り込みながら、余裕しゃくしゃくで次々とギャングを射殺してしまうクライマックスなど、滑稽というか醜怪というか、ちょっと救いがたいです。ここからが、本当の意味でのヴァン・ダインの衰退期でしょう。

グレイシー・アレン殺人事件(The Gracie Allen Murder Case)1938、★
 前作『誘拐』のあまりの不評ぶりに、スクリブナーズ社の編集者から、映画とのタイアップを前提にもっと軽いものを書けとアドバイスされて、実在のコメディ・タレントだったグレイシー・アレンをヒロインに据えて書いた作品。ある理由から死体の身元確認で手違いが生じ、事件の出発点そのものが間違っていてドタバタ騒動になってしまうというパロディ的内容です。ヴァンスはグレイシー・アレンにぞっこんで、しきりにチャーミングだの森のニンフだのと賛辞を連発してニコニコとしているのですが、本書に登場するグレイシー・アレンというのが、いい年して小学生なみの知性しか持ち合わせていないようなキャラクター*4であり、そんな相手に目を輝かせているヴァンスも、やっぱり単なるアホにしか見えません。

http://www1.jcn.m-net.ne.jp/rays_room/Critique/Van_dine/van_dine_11.html
グレイシー・アレン殺人事件、1938年、創元推理文庫(井上勇 訳)
平成13年4月10日読了。
ファイロ・ヴァンスの十一番目の事件。
 これまでとは趣きを変え、タイトルにあるグレイシー・アレンという少女がヒロインとして活躍する幾分コミカルな物語である。
(中略)
 前作の「誘拐殺人事件」がすこぶる不評で、セールス的に振るわなかった為、出版社スクリプナーズ社に映画とのタイアップ企画を持ちかけられたヴァン・ダインは、言われるままに新人*5女優グレイシー・アレンを実名で登場させる本作を執筆した。
 かつて名実共にアメリカンミステリの第一人者であった著者の人気は、(注:第6作)「ケンネル殺人事件」あたりから徐々に降下し始め、この当時にはすっかり飽きられてしまっていた。実際に作品のレヴェルも下がって行き、評価を覆す力も失われていた。
 また、1930年代はミステリの黄金期で、(注:ヴァン・ダインのライバルに当たる同時期の英米ミステリ作家としては)アガサ・クリスティ*6エラリー・クイーン*7ディクスン・カー等が、代表作として後にまで伝えられる傑作を次々物にしており、そういった中では生半可な作品では太刀打ちできなかったのだ。凡作の「誘拐殺人事件」が売れなかったのも無理は無いだろう。
 著者はこの時期、新たな模索に突破口を求め、ハリウッドにも赴いて映画脚本を手がけた。殆ど形にはならなかったが、この時本作を書くに至るパイプラインが引かれたのだろうと想像できる。
 「グレイシー・アレン殺人事件」はこういった経緯で執筆されたが、明らかに受けを狙った安易な成り行きとも言え、したがって本作のイメージは非常に悪く、著者の凋落を明かし立てる究極の駄作という風評もある。確かに全体に重厚さが無く、(注:過去作品と比べ)分量も少なく、スタイルまでが異なっており、純粋な小説ともいいがたく、これまでの十作とはまったく比較出来ないシロモノだ。究極(注:の駄作)とまでは言わないが凡作を通り越している(注:駄作)と言わざるを得ない。
 タイトルにもあるヒロインのグレイシー・アレンは、知的なミステリが看板だったこのシリーズには、非常に不似合いなキャラクター性を持っている。
《明るく、空想好きで、おてんば》
 厚みの無いくせに何処かで聞いたような性格付けの彼女は、物語のムードをがらりと変え、品位とリアリティを著しく低下させてしまっている。
 にもかかわらず著者は、格別な扱いで彼女を歓待し、そのたわいない会話や愚かしい捜査の場面に多くの紙面を割き(中略)ヴァンス(注:探偵)を面食らわせる、滑稽な場面を描いて行く。しかしこの時、読者もまた面食らい、おろおろしてしまうに違いない。私もてっきり彼女が「まあ、カスバートさん!まあ、カスバートさん!まあ、カスバートさん!」――と(注:赤毛のアンのように)三度叫ぶのでは無いかと意地の悪い期待をしていた。
 この役者がどんな演技をしたのか、どんな姿かたちをしていたのかは、今となってはよく解らないが、少なくともこの小説だけではまったく魅力が感じられない。映画が大ヒットしたという話も聞かない*8に至っては、一体誰のためのサービスだったのかと首を傾げてしまった。
 ミステリ的には、実は結構驚きのあるどんでん返し的な展開が後半に待っている。しかしこれはトリックではなく、単なる事故のような事実誤認で事件が混乱していただけに過ぎない。しかも解明も新証言が登場して前提条件が転覆するだけで、推理が介在しない。当然ヴァンスは何をしたわけでもなく、読み物としては驚きがあるが、ミステリ的な充実とは言いがたい。
(後略)

「明るく、空想好きで、おてんば」という言葉で小生が浅田真央を連想したのは「ライプツィヒの夏」の浅田エントリの影響でしょう。

ウィンター殺人事件(The Winter Murder Case)1939、★★
 ヴァン・ダインの執筆法は、まず10,000語程度(日本流にいえば原稿用紙100枚くらいか)の梗概をつくり、続けて30,000語程度の簡約版を作成して雑誌連載などに使い、最後に、さらに細部を肉づけして2倍くらいの長さの決定稿を完成させるという3段階方式でした。最後の長編となった『ウィンター殺人事件』は、他の作品にくらべて極端に短いのですが、それは、作者の急死によって残された第2段階の原稿から本になったためです。
 『グレイシー・アレン』と同じく、本書は人気女優ソニア・ヘニイをヒロインに想定して書かれており、いかにも映画化を意識したらしく、ヒロインの恋の悩みや可憐なスケートシーン*9などがふんだんに盛りこまれています。
(中略)
 ある意味では未完成作品なので、他の11作品と公平な比較はしにくいのですが、ここでは美しい自然の風景や男女の微妙な三角関係の描写に力を入れようとした形跡がみられ、最後まで完成していれば、軽妙なスリラー作品としてヴァン・ダインの新しい方向を示したかもしれません。少なくとも、前2作に比べると、ヴァンスが無理なく舞台に溶け込んでいてホッとさせる作品です。

ウィキペ「ソニア・ヘニー(1912〜1969年)」によれば

ノルウェーオスロ生まれの女性フィギュアスケート選手でのちに女優。3度のオリンピック優勝(1928年サンモリッツ*10、1932年レークプラシッド*11、1936年ガルミッシュパルテンキルヒェン*12)、世界フィギュアスケート選手権で10度の優勝(1927年〜1936年)、ヨーロッパフィギュアスケート選手権6度の優勝(1931年〜1936年)を果たした。1976年世界フィギュアスケート殿堂入り。
・1928年15歳10ヶ月でサンモリッツ五輪優勝。この冬季五輪のフィギュアスケートでの最年少優勝記録は、1998年にタラ・リピンスキー(長野五輪金メダリスト、当時15歳8ヶ月)に更新されるまで続いた。
・1936年のガルミッシュパルテンキルヒェン五輪で優勝し3連覇を達成。冬季五輪における3連覇は、フィギュアスケート男子シングルのギリス・グラフストローム*13フィギュアスケートペアのイリーナ・ロドニナ*14ノルディック複合個人のウルリッヒ・ベーリンク*15、スピードスケート女子500メートルのボニー・ブレア*16、スピードスケート女子5000メートルのクラウディア・ペヒシュタイン*17リュージュ男子1人乗りのゲオルク・ハックル*18、そしてソニア・ヘニーの7人だけである。

とのこと。まあ、「選手時代の人気をもとに芸能界進出したわけで」プロの女優と言える人では到底ありません。「フィギュア女子金メダリストが芸能界進出」という話で小生が浅田真央を連想したのは「ライプツィヒの夏」の浅田エントリの影響でしょう。浅田、浅田しつこくてサーセン(苦笑)。もちろん半分おちゃらけています。小生はそういう不真面目な人間です。

*1:ベンスン殺人事件 (1926年) 、カナリヤ殺人事件 (1927年) 、グリーン家殺人事件 (1928年)、僧正殺人事件(1929年) 、カブト虫殺人事件 (1930年) 、ケンネル殺人事件 (1931年)

*2:というより7作以降は入手自体が困難なようです。

*3:ドラゴン殺人事件 (1933年) 、カジノ殺人事件 (1934年) 、ガーデン殺人事件 (1935年) 、誘拐殺人事件 (1936年) 、グレイシー・アレン殺人事件 (1938年) 、ウインター殺人事件 (1939年)

*4:ただし、石上氏の書評やhttp://www1.jcn.m-net.ne.jp/rays_room/Critique/Van_dine/van_dine_11.htmlはアレンを「少女」と書いてるのでこれはこのエントリ主が「実在の女優アレン(ググったところ、こちらは40代のおばさんです)」と「小説のアレン(小学生?)」をごちゃにしたことによる誤解と思われる。少女相手に「いい年して小学生なみの知性しか持ち合わせていないようなキャラクター」というのはおかしいですからね。小説のアレンの知性が高いか低いかどうかはともかく。要するに名前を借りただけで最初から「実在のアレンが小説のアレンを演じる予定はなかった」のでしょう。

*5:ググったところ40代のおばさんなので「新人」というのは事実誤認と思われる。

*6:オリエント急行殺人事件(1934年)、ABC殺人事件(1936年)など

*7:「Xの悲劇」「Yの悲劇」(1932年)、「Zの悲劇」(1933年)など

*8:つうかググった限りでは映画が作られたかどうかすら怪しい

*9:まあ、元フィギュアスケーターですから。

*10:スイスの都市

*11:米国の都市

*12:ドイツの都市

*13:1920年アントワープ(ベルギー)、1924年シャモニー(フランス)、1928年サンモリッツ(スイス)

*14:1972年札幌、1976年インスブルックオーストリア)、1980年レークプラシッド(米国)

*15:1972年札幌、1976年インスブルックオーストリア)、1980年レークプラシッド(米国)

*16:1988年カルガリー(カナダ)、1992年アルベールビル(フランス)、1994年リレハンメルノルウェー

*17:1994年リレハンメルノルウェー)、1998年長野、2002年ソルトレイクシティ(米国)

*18:1992年アルベールビル(フランス)、1994年リレハンメルノルウェー)、1998年長野