新刊紹介:「前衛」2月号(追記あり)

「前衛」2月号の全体の内容については以下のサイトを参照ください。
http://www.jcp.or.jp/web_book/cat458/cat/
 以下は私が読んで面白いと思った部分のみ紹介します。(詳しくは2月号を読んでください)

■「スターリン秘史――巨悪の成立と展開」(不破哲三*1
 新連載第1回。まだ話が始まったばかりでスターリンの悪事にまで話が行ってない。
・話の流れは以下の通り。
1)スターリンの悪について本格的に不破が取り組んだ初めての作品が『スターリン大国主義』(1982年、新日本新書)であった。
2)その後、ソ連崩壊時、「ソ連秘密資料」を手に入れた反共週刊誌・週刊文春による「野坂参三*2スパイ疑惑攻撃」が行われる。不破ら党執行部は調査の結果、「野坂が党に秘密裏にソ連と内通していた」と認定し、野坂を党から除名処分するとともに、この件についての反論文を発表する。
 それが後に、本となった不破『日本共産党に対する干渉と内通の記録』(1993年、新日本出版社)である(ただしこの本では野坂の内通だけでなく、志賀義雄*3、鈴木市蔵*4神山茂夫*5中野重治*6ら「日本のこえ」グループについても書かれている)。
3)その後、不破は栗原浩英「コミンテルン・システムとインドシナ共産党」(2005年、東大出版会*7に「1941年4月にスターリンがディミトロフ*8コミンテルン解散を示唆した、根拠はディミトロフ日記*9だ」と言う指摘があることを知り驚く。というのもコミンテルン解散(1943年)とは一般に独ソ戦の開始によって米英の支持を得る必要が生まれたスターリンが解散させたと理解されており、不破もそのように理解していたからだ(こういう不破の理解が栗原本が刊行された2005年当時においてどれほど問題があるのかは知らん。党幹部の不破がそれでええのかと言う問題はともかく独ソ戦前からコミンテルン解散画策してたというのは知らない人が多いのではないかと思う。俺は知らなかった)。
 しかし栗原本の指摘が正しければスターリンは「独ソ戦開始(1941年6月)」よりも前にコミンテルン解散を画策していたことになる。「何故スターリンコミンテルン解散を画策したのか」「それはともかくコミンテルン最高幹部ディミトロフの日記があるのならば、それを子細に分析することでスターリンによるコミンテルン支配の実態がかなりわかるのではないか」と考えた不破は早速分析を始め、今回連載が開始されるに至ったわけである。つうことで不破の言う「スターリンの悪」とは今回、ソ連国内政治よりも、もっぱら「ソ連共産党下部組織ではないはずのコミンテルンを如何にスターリンが下部組織化、私物化して世界各国の共産党運動をゆがめたか」という所に、もっぱら「ディミトロフ日記」を材料にスポットが当たるらしい。
4)まず今回は、ディミトロフが有名な「国会議事堂放火事件」での法廷闘争で無罪判決を勝ち取ったことが紹介される。
 なお、「スターリンの悪」をただすというこの連載の本筋には関係ないが、不破が1932年のドイツ総選挙結果を紹介しているのが興味深い。
ナチス:196議席(改選前230議席
社会民主党:121議席(改選前143議席
共産党:100議席(改選前89議席

不破は
A)ナチスは第一党ではあるが社会民主党共産党議席をあわせればナチスを上回っていること
B)共産党議席を伸ばし、ナチス議席を減らしていること
に注意するよう指摘している。つまり「ナチスは民主主義から生まれた」のは事実だがそれを強調するのは間違いと言うことだ。反ナチス勢力は無視できない政治力を持っており、今後の政治展開によってはナチスが敗北する可能性があったということだ。しかし共産党の躍進に恐怖を抱いたヒンデンブルク大統領ら保守派は「毒を制するに毒をもってする」という考えの基にヒトラーを首相にすると言う最悪の選択をしてしまう。
 そしてヒトラーが「ナチにとって無視できない脅威となった」共産党潰しのために発動したのが「国会議事堂放火事件」という謀略だったわけだ。
 その後も、ヒトラーは「長いナイフの夜事件(1934年)」でレーム(突撃隊最高幹部)、シュトラッサー(ナチ左派の大物)、シュライヒャー(前首相)らを暗殺している。ナチの政権掌握は暴力とワンセットだったと言うことに注意が必要だろう。
5)話を連載に戻す。1934年、無罪判決を勝ち取ったディミトロフだが一体、今後どこに行くのかと言う問題があった。彼はブルガリアの政治活動で「欠席裁判で死刑判決」を受けており、無罪判決を得たとは言えブルガリアからの身柄引き渡し要求で死刑になる危険性があった。が、幸か不幸かソ連ブルガリアと話をつけ、彼はモスクワへ向かうこととなる。当時、コミンテルンを差配していたのは、マヌイルスキー、ピアトニツキー、クーシネン*10、クノーリンの4人の幹部だった。しかし、ディミトロフ日記からはスターリンが、4幹部に失望を感じ、「国会議事堂放火事件での無罪判決獲得」で一躍時の人となったディミトロフをコミンテルン最高幹部にしたい旨、早い段階でディミトロフに伝えていたことが読み取れる。
 何故スターリンは4幹部に失望したのか、ディミトロフ担ぎ出しで何をねらっていたのか、そしてスターリンから失望されていた4幹部が今後どうなっていくのか*11という説明は来月号に続く。しかし他の人間が書いたら「スターリンコミンテルン支配?。どうでもええわ」とか思ってしまいそうだが、不破が書くと何故来月号以降が待ち遠しいのか。「お前が不破ファンなだけだろ」ですか、そうですか。

参考
赤旗
『「スターリン秘史」―巨悪の真相に迫る(上):『前衛』新連載 不破社研所長に聞く』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-24/2012122405_01_0.html
『「スターリン秘史」―巨悪の真相に迫る(下):『前衛』新連載 不破社研所長に聞く』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-25/2012122510_01_0.html

【追記】
 マヌイルスキーについてはウィキペディアに説明があったので引用する(ウィキペディアでは「マヌイリスキー」だが)。

マヌイルスキー(1883年9月21日〜1959年2月22日)
 1903年ロシア社会民主労働党に入党。1906年、スヴェアボルグとクロンシュタットの兵士の武装蜂起を組織したことにより逮捕され、ヤクーツク追放5年を宣告されたが、ヴォログダ中継刑務所から脱獄した。
 1917年5月、ロシアに帰国し、ボリシェヴィキに入党する。十月革命時、ペトログラード軍事革命委員会委員となり、ケレンスキー・クラスノフ軍との戦闘時、クラースノエ・セロー軍事委員として赤衛隊を指揮した。同年12月から食料人民委員部参事会参事、1918年2月から副人民委員となり、食料部隊を組織した。
 1918年、全ウクライナ革命委員会委員としてウクライナに派遣され、1919年からウクライナ農業人民委員となる。1919年初め、赤十字使節団長としてフランスに派遣される。1920年7月〜8月、コミンテルン第2回大会に参加。1921年12月、ウクライナ共産党ボリシェヴィキ)中央委員会第一書記に選出。1920年〜1923年、1929年〜1952年、ウクライナ共産党中央委員会政治局員。1922年から党中央委員会委員候補、1923年〜1952年、中央委員。
 1922年からコミンテルンで働き、1924年7月にコミンテルン執行委員会幹部会議員となる。1928年〜1943年、執行委員会書記となり、コミンテルンにおいて全連邦共産党ボリシェヴィキ)を代表した。ニコライ・ブハーリン*12、アレクセイ・ルイコフ*13問題の審議の際、彼らの除名、銃殺に賛成した。
 独ソ戦勃発後、1942年〜1944年、労農赤軍政治総局で働く。1944年7月からウクライナソビエト社会主義共和国人民委員会議(閣僚会議)副議長(副首相)兼外務人民委員(外務大臣)となり、サンフランシスコ講和会議とパリ講和会議ウクライナ代表団を率いた。国連総会の最初の4回の会議に参加。
 第12〜第18大会において、党中央委員会委員、中央執行委員会委員。第2〜第3期ソ連最高会議代議員。


■「なぜ、「集団的自衛権」、「国防軍」なのか」(山根隆志)
(内容要約)
 何故かと言えばそれは「米国が第三次アーミテージ・ナイ報告でそれを要求しているから」だ。
 もちろんそれを強調しすぎるのも「日本右翼の自主性(日本右翼は日本右翼で集団的自衛権行使で行いたいもくろみがあるから)」を軽視する危険性があるが、「あくまでも集団的自衛権アメリカの決めた枠内でしか行使できないことは日本右翼も自覚している」「アメリカ保守の同意がある以上、最終的にはアメリカとの対決も覚悟する必要がある」と言う意味で山根論文の指摘は重要と言えるだろう。


■「金融の量的緩和では、不景気からは脱出できない」(山家悠紀夫*14
(内容要約)
・安倍政権が金融緩和を主張しているのは「金利引き下げ」と「量的緩和による大量の資金供給」で、成長分野企業が低利で資金を借り景気回復という筋道を描いているからだろう。
・しかし現在、日本の「金利引き下げ」や「量的緩和」が欧米諸国に比べ、劣ってると言った事実は認められないと考える。
・そもそも現在、内需が冷え込んでいるのであり、である以上、金融緩和してもその金は銀行による国債購入など財テク的な使われ方しかしないだろう。「成長分野に金が貸し出されて」云々というシナリオは成り立たないと考える。むしろ「累進課税強化により消費税増税を避ける」「最低賃金を上げる」など社民主義的政策で、一般国民の懐を温かくし購買意欲を高めることが「内需増による景気回復」という意味で重要と考える。
・また安倍の主張する日銀の国債引受は財政規律を失わせ赤字財政を悪化させる危険性がある。
・金融緩和すれば円安になり輸出企業に有利という見方もあるが短期的にはともかく、長期的にはそれは無理だと考える。日本の金利は現在、欧米と比べ非常に高いという事実はなく、円高原因はどう見ても金利が主たる原因ではないからである。


■「生活保護基準切り下げは日本社会に何をもたらすか」(吉永純*15
(内容要約)
・現在の日本において生活保護は「十分足りている」どころか全く足りていないのであり、保護基準切り下げ論は全くの暴論である。
・また現在、生活保護基準を斟酌して決定しているもの(例:住民税の課税最低限)があるので、生活保護基準切り下げは生活保護だけでなく国民生活に広範に影響する。そうした意味でも切り下げ論は支持できない。


■「保育要求、保育の現場から何が見えるか:新システムを実施させず、要求実現を求めて」(実方伸子*16
■「子ども・子育て関連三法では問題は解決できない:児童福祉の理念に立った制度こそ」(村山祐一*17
(内容要約)
「新刊紹介:「経済」12月号」(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20121115/5421309876)で紹介した「子ども子育て新システム」批判とだいぶかぶるのでそのとき紹介した赤旗の批判記事を改めて紹介。

参考
赤旗
主張『保育「新システム」、自公民の強行許さず、廃案へ』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-08/2012070802_01_1.html

『どうみる? 修正 保育「新システム」(1)』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-18/ftp2012071810_01_0.html

『どうみる? 修正 保育「新システム」(2)』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-19/ftp2012071910_01_0.html

『どうみる? 修正 保育「新システム」(3)』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-21/ftp2012072109_01_0.html

『どうみる? 修正 保育「新システム」(4)』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-25/ftp2012072510_01_0.html

『どうみる? 修正 保育「新システム」(5)』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-26/ftp2012072610_01_0.html

自治体義務後退する、子育て新システム 田村氏が批判』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-27/2012072702_02_1.html

『子ども・子育て新システム関連法案、「廃案まで頑張る」、国会要請・集会』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-02/2012080204_03_1.html

『子育て新システム、市町村の義務後退、滞納すれば保育所退所、田村議員追及で浮き彫り』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-04/2012080404_01_1.html

『新システムNO 保育充実を、東京で大集会』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-11-04/2012110401_02_1.html


■「サッカーくじがゆがめた日本のスポーツ振興」(広畑成志*18
(内容要約)
・まずサッカーくじ(トト)の歴史を振り返る。
 サッカーくじは「スポーツ振興の財源」を理由に導入*19されたが、当初赤字事業であった。例えば赤旗サッカーくじ・トトに「税金」投入、スポーツ振興基金 借金返済で26億円」(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-11-15/2006111501_02_0.html)参照。
 こうした事態を打開するために政府が乗り出したのが「買いやすくすること」「射倖性を高めること」であった。
具体的には
 1)インターネット販売可能とする(ただしこれは導入当時の国会答弁「対面販売を基本とする」に反する)
 2)キャリーオーバーで当選金最高金額6億円のビッグ導入(ただしこれは導入当時の国会答弁「射倖性を高めない」に反する)
 3)自分が予想しないでコンピューターに予想をゆだねるランダム方式の採用(ただしこれは導入当時の国会答弁「購入者が予想する」に反する)
である。こうしたことが「功を奏し(?)*20」、今やサッカーくじは赤字事業どころか年間287億円の売り上げを上げる一大ギャンブルに成長した。
事業仕分け民主党が「トトがあるのだから」と政府のスポーツ振興補助金を削減しようとしたことを考えると果たしてトトがスポーツ振興に役立っているかは疑問に思う。
サッカーくじの収益を分配する団体は特定のスポーツ団体(例:日本体育協会加盟の競技団体、法人格を持つスポーツクラブ)に限定されている。むやみに広げることも好ましくないであろうが、現状は対象が狭すぎるのではないか検討が必要。
サッカーくじの収益は現在「既存スポーツ施設の改修」には使えても「施設新設」には使えない。しかも国の予算でも「地方のスポーツ施設新設は地方の役目」として「新設への補助金」は認められていない。国の予算ないしサッカーくじの収益で「新設補助」を行うべきである。
サッカーくじを認めるにせよ認めないにせよ、日本のスポーツ予算は諸外国と比べ低く、かつその格差をサッカーくじで埋めることは不可能と思われる。国がきちんとスポーツ予算をつけることを求める。
 

■「よみがえる1950年代の前衛芸術と社会運動:砂川闘争から60年安保闘争へ」(武居利史)
(内容要約)
 近年行われている「1950年代の前衛芸術」を取り上げた展覧会、具体的には
東京国立近代美術館「実験場1950s」(http://buru60.jp/highlight.html
国立新美術館『「具体」−ニッポンの前衛 18年の軌跡』(http://www.nact.jp/exhibition_special/2012/gutai/index.html
東京都現代美術館「クロニクル1947-1963:アンデパンダンの時代」を紹介し、1950年代前衛芸術の再評価を主張。掲載誌が前衛と言うこともあって読売アンデパンダンへの言及は少なく*21、主として「日本アンデパンダン展」及びそれに出品した芸術家(井上長三郎*22、新海覚雄*23など)について述べられている。

参考

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120707/art12070718000003-n1.htm
産経新聞「「『具体』 ニッポンの前衛18年の軌跡」」
 具体とは前衛美術集団の「具体美術協会」のこと。昭和29年、前衛画家、吉原治良(じろう)(1905〜1972年)をリーダーに関西在住の若いアーティストが集まり結成された。フランスの高名な美術評論家ミシェル・タピエ(1909〜1987年)が高く評価したこともあり、ヨーロッパでは「GUTAI」として知られている。天井からつるされたひもにぶら下がり、足でキャンバスに抽象画を描いた白髪一雄(1924〜2008年)、木枠に張った紙を突き破る“紙破り”のパフォーマンスで知られる村上三郎(1925〜1996年)ら、昭和47年に解散するまで個性的な人材が奇想天外な発表を行った。

日本アンデパンダン展(ウィキペ参照)
 1947年、フランスの無審査・自由出品の美術展アンデパンダン展を模倣して、東京都美術館日本アンデパンダン展を開催し、美術界に新風を巻き起こした。現在も日本美術会の主催で毎年3月前後に東京で開催されている(http://www.nihonbijyutukai.com/参照)。
 1950年前後から1960年代前半は、様々な流派の美術家の結集を目指しながらも、ソ連東ドイツキューバなどの芸術家との交流を強化し、社会主義リアリズムを讃美する傾向が強い時期もあり、イデオロギー対立の結果、若手を育成する土壌にならなかったとの指摘(http://artscape.jp/dictionary/modern/1198705_1637.html参照)もある。

読売アンデパンダン展(ウィキペ参照)
 1949年〜1963年まで、読売新聞社の主催で行われた無審査出品制の美術展覧会。
 1949年に「日本アンデパンダン展」の名称でスタート。東京都美術館で、毎年春に開催された。日本美術会による同名の展覧会がすでに存在していたため、同会から再三の抗議を受け、1957年(第9回展)に「読売アンデパンダン展」に改称。
 日本の美術界に前衛的な潮流を巻き起こし、当時の美術雑誌においても大きな論争を巻き起こした。
 一方で1961年(第13回展)の吉岡康弘による女性器を接写した作品や、1963年(第15回展)の赤瀬川原平による千円札を精密に模写した作品など、出展作品はどんどんエスカレートし、主催者の読売新聞社東京都美術館側から見ると前衛芸術どころかエロ・グロ・ナンセンスの無法地帯以外の何者でもなく、トラブルも続出した。
 1962年12月、東京都美術館は「陳列作品規格基準要項」を制定。
(1)不快音または高音を発する仕掛けのある作品
(2)悪臭を発しまたは腐敗のおそれのある素材を使用した作品
(3)刃物等を素材に使用し、危害をおよぼすおそれのある作品
(4)観覧者にいちじるしく不快感を与える作品などで公衆衛生法規にふれるおそれがある作品
(5)砂利、砂などを直接床面に置いたり、また床面を毀損汚染するような素材を使用した作品
(6)天井より直接つり下げる作品
の出品を拒否するとした。この条文は、同年の読売アンデパンダン展の作品状況を物語っている。
 しかし1963年(第15回展)においてもネオダダの作家たちは全く自重せずに異様な作品を出品し続け、さらに時間派のメンバーが美術館前で騒いで警察に連行される、グループ音楽のメンバーが美術館前で演奏を始めて係員ともめるなど、さらにカオスと化した。主宰者は相次ぐトラブルに手を焼き、1964年の第16回展直前、突然開催中止をアナウンスし、その歴史に幕をひいた。
【参考文献】
赤瀬川「反芸術アンパン」(1994年、ちくま文庫


■「労教協創立60年を考える:戦後労働運動の展開との関わりで」(山田敬男*24
(内容要約)
 労働者教育協会(労教協:http://www.jah.ne.jp/~gakusyu/)の歴史の振り返り。

参考
労働者教育協会のブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/gakusyu_1

労働者教育協会(ウィキペ参照)
 科学的社会主義に基づく労働者向け教育・学習に取り組む日本の労働運動関連組織である。全国労働組合総連合(全労連)関連団体。学習協会・学習協議会等の名称で都道府県単位学習組織が存在する。
・事業
 学習会や労働学校の主催・講師派遣、通信教育、雑誌・書籍の編集・出版などの事業を行なっている。
・勤労者通信大学
 名称は「大学」であるが、学校教育法の定める大学ではない。科学的社会主義の基礎を学ぶ「基礎コース」、労働者の権利などを学ぶ「労働組合コース」、日本国憲法を詳しく学ぶ「憲法コース」の三科があり、誰でも受講できる。
・出版
 出版部門は学習の友社。月刊学習誌『学習の友』や『国民春闘白書』等を刊行。


■「中等教育*25・高等教育*26における「無償教育の漸進的導入」:日韓の動向から」(渡部昭男)
■「「中等・高等教育の段階的な無償化」条項の留保撤回と日本共産党」(宮本岳志、小野川禎彦)
(内容要約)
 日本政府の高校・大学無償に関する「国際人権規約」の留保撤回を評価するとともに、早急な無償化実現を求めている。
 渡辺論文は「韓国での無償化の動向(日本同様無償化されておらず運動が行われてる)」について、宮本、小野川論文においては無償化運動での日本共産党の果たした役割についてスポットが当たっている。

参考
赤旗「高校・大学無償 留保を撤回、国際人権規約 日本政府が通告」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-14/2012091401_01_1.html
日本共産党衆議院議員・宮本たけしの日記
「外務省、ついに国際人権規約の大学無償化条項、留保撤回の方針固める! 」
http://www.miyamoto-net.net/column2/bustle/1332060876.html
「兵庫の候補者会議で国会報告、無償化条項留保撤回を巡る手続き」
http://www.miyamoto-net.net/column2/diary/1347544265.html



■論点
【COP18 交渉の足をひっぱる日本政府(早川光俊)】
(内容要約)
 COP18での日本の姿勢は消極的であったという批判。

参考
赤旗

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-10/2012121001_02_1.html
COP18 ドーハ合意採択、京都議定書8年延長 日本は不参加
 カタールの首都ドーハで開かれていた国連気候変動枠組み条約第18回締約国会議(COP18)は8日、閉会総会を開き、温暖化対策での新たな枠組みでの作業計画を盛り込んだ最終文書(ドーハ合意)を採択して閉幕しました。
 文書では、今年末で期限切れとなる京都議定書の第1約束期間を引き継ぎ、第2約束期間を来年1月から2020年までの8年間とすることを決めました。しかし、日本は第2約束期間不参加表明を変えず、温暖化対策で指導性を発揮すべき先進国としての責任を放棄することになりました。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-10/2012121010_01_1.html
COP18成果と課題
 8日に閉幕した国連気候変動枠組み条約第18回締約国会議(COP18)は温室効果ガス削減の法的枠組みを空白なく継続するなどの成果を生みました。一方、今後の課題も残しました。
(中略)
 予定閉幕日の7日夜、数多くの相違点は閣僚級の徹夜の折衝に委ねられました。しかし日本の長浜博行環境相は同日未明に帰国の途に。
(中略)
 会議に参加したNGO・気候ネットワークの伊与田昌慶研究員は「各国が長期的な視野を持って困難な交渉に入ろうという時に、日本は身を引いてしまった。積極的な役割を果たさなかったのは残念」と語っています。
 交渉後半に大きな焦点となったのが、先進国から途上国への資金援助、技術移転でした。
 経済力の弱い途上国にとって、海面上昇や災害に対応しつつ排出削減を実現するには先進国からの援助が「死活的に重要」(NGO関係者)。先進国は2009年、長期資金として20年までに毎年1000億ドルを用意すると約束しましたが、具体化は進んでいません。
 さらにその手前の13〜15年の資金について先進国が拠出を約束しないことに、途上国の態度は硬化。後発途上国代表は会場内でのイベントで「手ぶらで帰国するわけにいかないんだ」と訴えました。終盤になって英国やドイツなどが拠出を表明しましたが、結局、最終文書には額などの明確な記述はなく、議論を13年以降に持ち越しました。


【国公法弾圧事件最高裁判決の意義(加藤健次)】
(内容要約)
 事件、判決について詳しくは後で紹介する赤旗記事を参照。猿払事件判決を事実上変更し、堀越氏を無罪にしたことを評価しながらも、宇治橋氏の有罪は維持したことを「論理的でない」と批判。またこの判決を足がかりに「国家公務員法人事院規則」の不当性を訴え、改廃を最終的には目指したいとしている。一部に民主党をやれ、左派だの公務員労組がどうだの言うバカがいてうんざりするがこの件で民主党国家公務員法改正等という方向に動かないだけでもそうした言論が如何に馬鹿げてるかわかるだろう。

参考
赤旗
主張「国公法2事件最高裁判決、国民の基本的人権を保障せよ」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-08/2012120801_05_1.html
「国公法弾圧事件、堀越さん 無罪確定」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-08/2012120801_01_1.html


パレスチナ「国家」格上げ決議が示したもの(小泉大介)】
(内容要約)
 決議の可決を評価するとともにパレスチナの国連加盟を妨害するイスラエルアメリカを非難。

参考
赤旗
主張『パレスチナ「国家」決議、国連が認めた大義を実現せよ』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-02/2012120202_02_1.html


■暮らしの焦点
【全国で障害児学校の増設・設置基準策定を(土方功)】
(内容要約)
赤旗の記事紹介で代替する。

赤旗
「障害児学校、450人超も、宮本議員 教育条件の改善迫る」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-04-22/2010042202_01_1.html


■文化の話題
【演劇:鬼から人間への重い証言(鈴木太郎)】
(内容要約)
京浜協同劇団(http://www.kinet.or.jp/keihin/)の公演『人のあかし〜ある憲兵の記録から〜』(http://www.keihinkyoudougekidan.com/history/2010-2019/2012/hitonoakashi-review)の紹介。
なお、この作品は朝日新聞山形支局『聞き書き ある憲兵の記録』(1991年、朝日文庫)をもとにしている。


【映画:二つの国際映画祭から(児玉由紀恵)】
(内容要約)
東京国際映画祭」(http://2012.tiff-jp.net/ja/)と「東京フィルメックス」(http://filmex.net/2012/)の紹介。
なお、児玉氏がこの文章において紹介している映画は以下の通り。もちろんこれ以外にもある。

・「東京国際映画祭
  「もう一人の息子」(http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=21
    イスラエルパレスチナ問題がテーマ。
  「NO」(http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=19
    パブロ・ラライン監督のピノチェト軍事独裁政権*273部作の最終作。第1作が「Post Mortem」、第2作が「トニー・マネロ」。

・「東京フィルメックス
  今回、日本・イスラエル国交樹立60周年を記念し、イスラエル映画特集が組まれた。
  「アバンチ・ポポロ」(http://filmex.net/2012/is04.html
   公式サイト曰く「第三次中東戦争の末期、スエズ運河を目指してシナイ半島を敗走する二人のエジプト兵の視点を通して反戦のメッセージを打ち出した戦争映画の傑作」だそうだ。「イスラエル万歳!」と言う映画ではないらしい。
  「エルドラド」(http://filmex.net/2012/is01.html
   公式サイト曰く「真っ当な生活を送ろうと努力するものの、過去のしがらみに巻き込まれてゆく男をテルアビブのヤッファ地区を舞台に描いた暗黒街ものの傑作」。 
  「エピローグ」(http://filmex.net/2012/fc02.html
   これはイスラエル映画だが、イスラエル映画特集ではなく、フィルメックスコンペティション・最優秀作品賞。何つうか公式サイトに寄れば「子どものため、社会のため、国のため自分なりに働いてきたが成長した子どもはアメリカに行ったきりほとんどイスラエルに帰ってこないし、国の年金はバカ安だしわしら何のために今まで生きてきたんや」というイスラエル人老夫婦というなんか見たら号泣しそうな映画らしい。
  
参考

http://filmex.net/dailynews2012/2012/11/qa-5.html
『エピローグ』アミール・マノール監督Q&A
 11月27日(火)、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門の『エピローグ』が上映され、終映後のQ&Aにアミール・マノール監督が登壇した。長編デビュー作となる本作は、イスラエル建国に携わった世代が感じている無力感と絶望を描いた作品。マノール監督は、「60年前にすべてを捧げて新しい国を作り上げた人々が、今は社会から尊厳を奪われて生きている」と述べ、人々の価値観が変わってしまったというイスラエルの現状に触れながら、熱心に観客の質問に答えた。
(中略)
 客席からは、「イスラエルは戦争に関するニュースが多いという印象があり、建国当初と比べて、社会もこの映画のように変わってしまったのか?」という質問が寄せられた。マノール監督は、「建国当初は社会民主主義を信じている国で、自由・平等・平和を愛する国だったと思いますが、80年代半ば*28から、資本主義国家、そして戦争好きの国に変わってしまった」と答えた。
(中略)
 さらに監督は、2003年にイスラエルの有力紙に掲載された現首相でベンヤミン・ネタニヤフ(当時、財務相)という人物のインタビューに言及し、現在の国のあり方を痛烈に批判した。
 「ネタニヤフは、イスラエル建国の父といわれるダヴィド・ベン=グリオン*29と、ベレル*30のモデルになった労働運動のリーダーの二人が大きな間違いを犯したと言ったのです。イスラエル社会民主主義国家としたのは誤りで、その間違いを正さなければいけないという話でした。建国に携わった人々の尊厳に対する冒涜だと思いました。ネタニヤフはアメリカ主義を推進し、資本主義、市場の自由化、また公共福祉は不要だと主張する政治家です。60年前にこの国を作った人々は、すべてを捧げて新しい国を作り上げたのに、今では政府から無視され、年金も削除され、社会から疎外されているのです」
 2008年の経済危機では、160人という多くの老人が自殺するという出来事があり、監督はどうにかしてこの話を人々に伝えなければいけないと思ったという。
「脚本を書きながら祖母と話をしたのですが、彼女は自分たちがまるで存在しないかのように社会からみなされ、お金を持っていない人間は価値がないという社会*31に耐えられないと言っていました。彼女たちはたくさんの知恵を持っていて、歴史的な経験をしているのに、社会から疎外されているということが信じられないし、認められません。そのためにこの映画を作りました」


■スポーツ最前線
フィギュアスケート 新旧世代が世界で活躍(辛仁夏)】
(内容要約)
 男子フィギュアでは主として高橋大輔と羽生弓弦(あと、簡単に小塚崇彦町田樹にも触れている)が、女子フィギュアでは浅田真央鈴木明子が取り上げられている。しかしタイトルに偽りありだな。羽生、町田を取り上げた男子はともかく、女子は旧世代というかベテランしか取り上げてない。浅田達ベテランが強すぎるのか、新世代がふがいないのか、単に辛氏が取り上げるべき女子若手を取り上げなかっただけなのか。


■メディア時評
【新聞:2012年、政治の問題をどうとりあげたか(金光奎)】
(内容要約)
消費税増税問題、原発再稼働問題、憲法九条問題、オスプレイ配備問題、どれをとっても全国紙は「右翼的立場から積極支持(産経、読売、日経)」か「積極的ではないものの結局容認(朝日、毎日)」しかなくおよそジャーナリズムといえない惨状を呈している。地方紙の方に見るべき記事があるという指摘。


【テレビ:オスプレイ報道に見る沖縄と本土の落差(沢木啓三)】
(内容要約)
琉球朝日放送製作のドキュメンタリー「標的の村:国に訴えられた東村・高江の住民たち」(公式サイト:http://www.qab.co.jp/village-of-target/)がテレビ朝日で全国放送されたことは評価したいが、本土において、沖縄基地問題がとりあげられることは全くない。「視聴率」「スポンサー」を口実に沖縄報道をしないジャーナリズムを失った中央マスコミと、それを容認し沖縄を無視する本土人は批判されてしかるべきである。


■グラビア「歪な被爆者認定地域と『被爆体験者』」(黒崎晴生)
参考
長崎新聞原爆・平和連載企画
被爆者を撮る 黒崎晴生の半生(上)』
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2010/kikaku/11/01.html
被爆者を撮る 黒崎晴生の半生(中)』
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2010/kikaku/11/02.html
被爆者を撮る 黒崎晴生の半生(下)』
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2010/kikaku/11/03.html
赤旗
被爆者援護法改正を、国に償いなど求める、日本被団協が署名行動』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-12-07/2011120705_01_1.html
『「黒い雨」被ばく援護を、石村・仁比氏 連絡協と懇談、広島』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-01-06/2012010604_02_1.html
被爆者認定見直しを、井上議員 民主党政権で却下増大』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-03-22/2012032202_02_1.html
主張『「黒い雨」、被爆者差別する線引きやめよ』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-06-10/2012061002_01_1.html
『指定地域拡大へ協力を、「黒い雨」連絡協が党本部訪問、市田書記局長らに要請』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-03/2012070304_01_1.html
主張『広島・長崎67年、国は被爆者救済の義務果たせ』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-06/2012080602_01_1.html

*1:著書『スターリン大国主義』(1982年、新日本新書)

*2:衆院議員、参院議員、日本共産党議長などを歴任

*3:日本共産党衆院議員

*4:日本共産党参院議員

*5:日本共産党衆院議員

*6:作家、日本共産党参院議員

*7:赤旗の記事にもこの指摘はあるが前衛と違い何故か著書名までは書いてない

*8:コミンテルン書記長、戦後、ブルガリア首相

*9:ただし邦訳はないらしく、不破も取り寄せた洋書を党の機関に翻訳してもらったそうだ

*10:もともとはフィンランド出身。いわゆる32年テーゼの作成に関わったことでも知られる

*11:ただし不破に寄ればマヌイルスキーはディミトロフ体制においてもコミンテルン幹部であり続けたようだ

*12:党機関紙「プラウダ」編集長、コミンテルン議長などを歴任

*13:内務人民委員(内務大臣)、人民委員会議議長(首相)などを歴任

*14:著書『「構造改革」という幻想』(2001年、岩波書店)、『「痛み」はもうたくさんだ!―脱「構造改革」宣言』(2007年、かもがわ書店)、『暮らしに思いを馳せる経済学』(2008年、新日本出版社)、『暮らし視点の経済学』(2011年、新日本出版社)、『消費税増税の大ウソ:「財政破綻」論の真実』(共著、2012年、大月書店)

*15:著書『生活保護の争点』(2011年、高菅出版)、『生活保護「改革」ここが焦点だ!』(共著、2011年、あけび書房)

*16:著書『保育をつくる運動と希望の実現』(共著、2009年、新日本出版社

*17:著書『たのしい保育園に入りたいー子どもの視点をいかした保育制度改革への提言』(2011年、新日本出版社

*18:著書『終戦ラストゲーム―戦時下のプロ野球を追って』(2005年、本の泉社)

*19:共産は「税金できちんと振興すべき。ギャンブルの売り上げに頼るのはよろしくない」と導入に反対

*20:規制を撤廃し射倖性を高めたことを評価しない共産の立場に立てば功ではないが

*21:全くないわけではない

*22:日本美術会委員長

*23:日本美術会事務局長

*24:著書『新版・戦後日本史』(2009年、学習の友社)

*25:高校教育のこと

*26:大学教育のこと

*27:もちろんピノチェト批判の立場

*28:いや建国の最初から問題だらけと違うのか?。最近は特に酷いのかもしれないが。

*29:イスラエル初代首相(国防相兼任)

*30:映画の主人公である老夫婦のうちの夫

*31:ワタミのことですね、わかります