カルト宗教物のミステリ

一連の統一教会問題の報道を受けて、Twitterに「#がんばれTBS」のタグが現れた - kojitakenの日記

 上流階級や中流階級に属する人が宗教にはまって、という構図は20世紀のイギリスのミステリ作家アガサ・クリスティの小説などにしばしば出てくる。カルト宗教に大金を注ぎ込んだあげくに殺人を犯すという作品は知らない。

 小生もミステリにそんなに詳しくありませんが「カルト宗教絡みの殺人事件が起こるミステリ(大金を注ぎ込んだあげく殺人、ではないですが)」で俺が知ってる物として

松本清張の短編『密宗律仙教』(松本『証明』(1976年、文春文庫)収録)
◆「十津川警部シリーズの一作品」である西村京太郎『黙示録殺人事件』(1983年、新潮文庫)
井上ひさしの短編『岩手山麓殺人事件』(井上『犯罪調書』(1984年、集英社文庫→2020年、中公文庫)や井上『井上ひさし短編中編小説集成』第9巻(2015年、岩波書店)に収録)
◆未完に終わった松本清張の遺作『神々の乱心』(2000年、文春文庫)

を紹介しておきます(井上作品だけは「カルト宗教殺人モノ(それも実録モノ*1)らしい」と聞いており、機会があれば読みたいと思っているが未読。他は斜め読みしたことがあります)。途中からトラベルミステリーがほとんどになってしまった「十津川警部シリーズ」ですが初期には「トラベルミステリー」でないものもあります。

 政治家に姉が見殺しにされたために政治家を銃殺しようとした犯人なら東野圭吾が描いているが、東野は「リアリズム」とやらに基づいてかどうか、結末では犯人に政治家を殺させなかった、というかヒーロー役が犯人を止めてしまった。この結末について東野を称賛する読者が多かったようだが、大のアンチ東野である私は強く反発した。そんな犯行を現実にやってはならないが、フィクションで悪玉の政治家になんのお咎めもなしという結末は、かえって社会にとって有害だと思ったのだ。

 まあ、その辺りは趣味の問題ですね。
 俺の知ってるのでは「詐欺の片棒を担いだ悪徳代議士を射殺」という雷鳥九号殺人事件 - Wikipedia(1983年に光文社から刊行、1987年にテレビ朝日でドラマ化)のがありますが、そういうのがkojitakenのお好みなんですかね(ただし十津川警部モノなので、巧妙なアリバイトリックで罪を逃れようとする犯人(代議士射殺犯)が逮捕されるわけですが)。

【参考:密宗律仙教】

『密宗律仙教』(松本清張著、文藝春秋社刊『証明』収録): ミステリ通信 創刊号
 松本清張先生作品の多くにみられる「犯罪行為を用いた立身出世とそれに伴う破滅」を描いた作品の1つ。
 尾山定海の成功と、それゆえに破滅するであろう様が丁寧な筆で描かれています。
<ネタバレあらすじ>
 印刷工として働いていた男は、このまま働いていたところで先はないと見切りをつけ宗教に注目する。
 妻・ヤスに暫しの別れを告げると御山に入り、修行を重ねた彼は様々な出会いを経て、独自の教義に到達。
 尾山定海を名乗り「密宗律仙教」を興す。
 これは「立川流」を定海なりに翻案したもので「男女の和合により現世利益を得ることが出来る」とのものであった。
 つまりは、男女間で睦み合うことで上手く行くと説いたのである。
 だが、何事を為すにも金が要る。
 「密宗律仙教」と雖も、それは同じ。
 中小企業の経営者、その妻たちを取り込み、彼女たちの中でも特に数人と定海自身が関係を結ぶことでパトロン兼幹部にした。
 これから資金を供給して貰うことで、運営に充てたのだ。
 教団の立ち上がりは上々であった。
 だが、信者が200人を超えたあたりで成長がピタリと止まってしまった。
 なんらかの形で「現世利益」を形に示さなければならない。
 定海が困り果てていたところに、幹部の夫が病に倒れたとの報が。
 定海は特別な呪法で病から快復させようと、ヤスが保管していた豚の脂に注目する。
 腐ったそれを注射すればどうだろうか。
 どう考えても危険としか思えないが、定海はこれを実行に移す。
 そして幹部の夫は血栓を起こし、死亡してしまう。
 だが、解剖しても特に不審は発見されなかった。
 幹部の夫には多額の保険金がかけられていた。
 受取人は定海である。
 これに味を占めた定海は同じことを繰り返し、教団を拡大して行く。
 そろそろ、地元経済を牛耳る大手をバックにつけたいと定海が考え始めた頃。
 待っていたように、条件を満たす社長が信徒になる。
 社長にはある目論見があった。
 彼は定海の力で病身の妻を殺害して欲しいと依頼する。
 社長には愛人が居たのである。
 定海は例の方法で殺害、今度は肺炎に偽装するのだが……。
 解剖が行われることになった。
 この最中に、主治医は奇妙な血栓の存在に気付く。
 それと共に、最近の奇妙な死についても関連付けた。
 定海が快癒祈祷を行っていたことにも注目した。
 結果、これを警察に報告することに。
 まだ定海の殺害法には辿り着いてはいない。
 だが、それも時間の問題であろう。エンド。

【参考:岩手山麓殺人事件】

①井上ひさし「岩手山麓殺人事件」, in:『井上ひさし短編中編小説集成』,第9巻,2015,岩波書店,pp.200-206。
 ①は、『犯罪調書』という、日本と世界の殺人事件に取材した短編集の1篇です。この小説集は、完全なノンフィクションなのか、創作が入っているのかわかりませんが、どの篇も、たんなる猟奇趣味ではなく、各時代とその社会を浮き彫りにする事件を叙述しており、それぞれに奥行きのある作品になっています。
 「岩手山麓殺人事件」は、宮沢賢治の時代に、岩手県の山奥で起きた連続殺人事件です。宗教団体の布教をしていた村会議員が、布教の邪魔になる親族をつぎつぎに殺害してゆくが、村人はみな、犯人の布教師が、「陸羽132号」という水稲品種を村に広めた“恩人”であったことから、犯人を知りながら口をつぐんでしまいます*2。そのため、警察も検察も、まったく手が出せなくなってしまう。
 ところが、ある年に深刻な冷害になり、「陸羽132号」は冷害に弱いことが露呈します。この山奥の村では、稲が全滅という大被害になります。それというのも、村の稲は全部「陸羽132号」だったからです。
 収穫期を迎えると、村人たちは、来年から稲の品種を元に戻すことを決めたうえで、警察署に駆け込み、布教師は殺人を暴露されて逮捕、死刑になる、という話です。
 「陸羽132号」と言えば、宮沢賢治も奨励したと言われている品種です。「陸羽132号」への期待を詠った詩もあります。そして、布教師が殺人犯として逮捕された1931年には、賢治も病で倒れているのです。賢治の奨励した(?)「陸羽132号」も、山沿いでは冷害で全滅したのでしょうか?。おそらく、そうでしょう。しかし、数ある賢治伝記にも、そこまではっきりと書いたものはないようです。
 この小説に宮沢賢治は出てきませんが、井上ひさしが賢治を意識して書いているのは、間違いないでしょう。

*1:つまりは「一部創作がある」としても「全くの虚構」ではない

*2:関係者が全員「共犯」という設定はアガサ・クリスティオリエント急行殺人事件』を連想させます。あと、岡本喜八映画『大誘拐』の原作者として知られる推理作家・天藤真の短編『多すぎる証人』(天藤真『遠きに目ありて』(創元推理文庫)収録)がこれに似たようなトリックです(証人全員が犯人をかばう為に、わざとデタラメな証言をして警察を攪乱しようとし、警察側が当初それに気づかず混乱する:例えば天藤真「遠きに目ありて」(創元推理文庫):論理が着地することの楽しさ。 - けろやん。メモ参照)。