今日の産経抄(2023年7/18日分)(副題:戦災孤児を見捨てた戦後日本)(追記あり)

【産経抄】7月18日 - 産経ニュース

 昭和20年3月9日、小学3年生の金田茉莉(まり)さんは、宮城県内の集団疎開先の最寄り駅から夜行列車に乗り込んだ。翌朝、上野駅に着くと、東京大空襲により一面焼け野原になっていた。やがて母親と姉の遺体が隅田川で見つかる。妹は不明のままだ。父親は早くに病死していた。
▼孤児となった金田さんは、兵庫県に住む親戚に引き取られた。子供が7人もいる大家族の小間使いの扱いである。食事の支度から風呂たきまで家事を担いながら、「出ていけ」と言われ続けた。何度も考えた自殺は「天国にいるお母さんに会えなくなる」と思いとどまった。

 勿論、戦災孤児を引き取った家の中には「良心的な家もあった」でしょう。金田茉莉、海老名香葉子共著『戦争は弱者を犠牲にする』(2023年、くんぷる)の共著者で3代目三遊亭金馬に引き取られた「海老名香葉子東京大空襲戦災孤児)」などは比較的恵まれていたのではないか。しかし酷い家だとこうなるわけです。それでも「駅の子になって餓死、凍死するよりはマシ」でしたが。
参考

海老名香葉子 - Wikipedia
 生家は釣り竿の名匠「竿忠」。第二次世界大戦中、静岡県沼津市の叔母宅に疎開した。当時は国民学校の5年生だったが、その最中に起きた東京大空襲で、父、母、祖母、長兄、次兄、弟の家族6人を亡くす。唯一生き残った三兄「喜三郎」が4日後、ボロボロの姿で訪ねてきて「みんな死んじゃった。守れなかった。」と何度も泣きながら伝えられ、家族の死を知った。
 身寄りを亡くしたため、親戚をたらい回しにされるが、釣り好きで、釣りを通じて父の知人であった3代目三遊亭金馬*1に引き取られる。金馬家に七代目林家正蔵の妻が出入りしていた関係から、1952年、その実子であった初代林家三平と結婚し、以後三平の芸能生活を陰からサポートした。

 さて産経抄の紹介を続けます。

▼高校を卒業後、無一文で上京する。孤児とわかると採用されないから、就職先では「親はいる」と噓をついた。そのうち右目の視力を失う。成長期の栄養不足が原因だった。
▼結婚し2児の母親になった金田さんは、孤児だったことを隠して生きてきた。転機となったのは、40代後半に患った大病である。命のあるうちに戦争孤児の記録を残そうと思い立った。孤児たちを探し当て体験を聞いてまわった。
▼売春宿に売られた女児がいた。東京・上野の地下道では、浮浪児となった多くの孤児たちが、「おかあさーん」と叫びながら餓死、凍死*2した。行政の「狩り込み」によりトラックの荷台に乗せられそのまま山奥に捨てられる事例もあった。
▼20万人を超える戦争孤児たちに、国は一切救済の手を差し伸べてこなかった。それどころか、実態を隠してきた。
子どもの命より、国家復興、経済成長が一番大事だったのです」。
 今月10日に88歳で亡くなった金田さんは著書の『かくされてきた戦争孤児』に怒りをこめて記した。そんな国が今、少子化対策で「国民運動」に取り組むそうである。

 かなり長いですが全文引用しました。
 今回の「少子化対策」も、いかに「こどもまんなか社会」などのきれい事を掲げようとも「労働力不足克服」「年金財政維持」が目的であり「子どもの命より、国家復興、経済成長が一番大事だったのです」に「残念ながら違いはない」のでしょうね。
 「この記事が何処の記事だと思うか」と聞いたら「赤旗」「朝日新聞」「東京新聞」「北海道新聞」「神奈川新聞」「信濃毎日新聞」等の回答が返ってきそうな「珍しく自民党に批判的な産経」です(但し「自民党応援団」産経ではこんなことはほとんどない)。
 なお、ググったところ、戦争孤児については、金田氏の他にも、近年以下の著書があります。

【刊行年順(刊行年が同じ場合は著者名順)】
◆本庄豊*3『戦争孤児をしっていますか?』(2015年、日本機関紙出版センター)
◆浅井春夫*4沖縄戦と孤児院』(2016年、吉川弘文館
◆藤井常文*5『戦争孤児と戦後児童保護の歴史』(2016年、明石書店
◆本庄豊『戦争孤児:「駅の子」たちの思い』(2016年、新日本出版社
石井光太*6『浮浪児1945:戦争が生んだ子供たち』(2017年、新潮文庫)
◆浅井春夫編『戦争孤児たちの戦後史1~3』(2020~2021年、吉川弘文館
中村光博『「駅の子」の闘い:戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』(2020年、幻冬舎新書)
 著者はNHKディレクター。NHKスペシャル「『駅の子』の闘い:語り始めた戦争孤児」(2018年度ギャラクシー賞・選奨受賞)の書籍化
◆土屋敦*7『「戦争孤児」を生きる:ライフストーリー/沈黙/語りの歴史社会学』(2021年、青弓社
◆藤井常文『中込友美と戦争孤児施設・久留米勤労輔導学園』(2022年、けやき出版)

参考

金田茉莉さん死去 「戦争孤児の会」元世話人代表:東京新聞 TOKYO Web2022.7.17
 10日、くも膜下出血のため死去、88歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男正幸(まさゆき)さん。
 太平洋戦争で東京・浅草から宮城県疎開中に東京大空襲で母と姉、妹を亡くした。その後、証言や資料を基に戦争孤児の実態を伝え、19年に吉川英治文化賞を受けた。著書に「かくされてきた戦争孤児*8」、共著に「戦争は弱者を犠牲にする*9」。

戦争孤児の会元代表の金田茉莉さん死去 88歳 吉川英治文化賞 | 毎日新聞2023.7.14
 「戦争孤児の会」元代表で、戦争孤児の実態調査と記録に貢献した金田茉莉(かねだ・まり)さんが10日、くも膜下出血のため死去した。88歳。葬儀は近親者で営む。
 1945年3月10日の東京大空襲で母親と姉、妹を亡くした。自身は宮城県に集団疎開していて助かったが、9歳で孤児に。親戚に引き取られたが、虐待を受けた。高校卒業後に上京。就職でも苦労し家事手伝いや飲食店の店員など職を転々とした。長年孤児であることを隠していたが、50歳を前に大病をしたことから記録を残すことを決意。口をつぐみがちな戦争孤児たちを訪ね実態調査を進めた。公的な記録がほとんど無い中で貴重な資料となった。
 民間人空襲被害者が国に補償と謝罪を求めた集団訴訟では原告副団長を務めた。2019年、戦争孤児の実態を後世に伝えたことが評価され吉川英治文化賞。著書に「かくされてきた戦争孤児」「東京大空襲と戦争孤児 隠蔽(いんぺい)された真実を追って*10」など。

【追記】
 コメント欄に「はだしのゲン」の紹介がありますが今頃になって「あしたのジョー*11」を思い出しました。
 勿論全てが「戦争孤児」ではなく「親のいる子ども」もいたでしょうが、「ジョーを慕うドヤ街の子どもたち」の一部は「戦争孤児」だったでしょうし、ジョー自身も恐らく戦争孤児だったわけです。
 「戦争孤児だから」といってジョーの非行行為が許されるわけではないですが、彼の非行は明らかに「孤児であること」が助長してるでしょう。
 「あしたのジョー」のちばてつやも以下のように語っています。

不戦憲法への思いを語る/漫画家ちばてつやさんが講演 - 連合通信社2019.6.24
あしたのジョー』の舞台を日雇い労働者が多く集まる東京・山谷地区にしたのは、戦争孤児が多くいた街だから。東京大空襲で親を亡くした子どもや若者を描いてみたいと思っていた

<スポーツ探偵>ボクシング×漫画 「ジョー」に秘めた反戦魂:東京新聞 TOKYO Web2023.5.12
 この作品は「原作・高森朝雄梶原一騎の別名)、作画・ちばてつや」となっているものの、ちばさんがストーリーを決めた部分も多い。泪橋もその一つ。高森さんのシナリオでは、たばこの煙が立ち込めるボクシングジムのシーンから物語が始まっていたが、ちばさんが山谷のシーンに変えたのだという。
 理由を尋ねると、「たばこが少年漫画らしくなかったこともありますが、山谷に生きる子どもたちを描きたかったんです。ジョーに出てくる子どものほとんどが戦災孤児漫画の中で『歯を食いしばって、この泪橋を逆に渡っていこう』という台詞(せりふ)があるように、あの子たちがたくましく世の中を渡っていってほしいと橋を描いたんです」。
◆引き揚げの記憶
 週刊少年マガジンで連載が始まったのは、一九六七年十二月十五日のことだった。
「戦争が終わってまだ二十年くらい。あのころ、戦争の悲惨さを意識して描いたつもりはなかったけど、今思えば、無意識のうちに描いてしまっていたんですね。まだそういう時代でした」
 ちばさんは六歳のときに旧満州中国東北部)で終戦を迎え、家族とともに命からがら帰国した。八歳からは山谷近くの墨田区向島で過ごし、その日の食べ物にも困る子どもたちをたくさん見てきたという。

*1:1894~1964年。久保田万太郎やその弟子・安藤鶴夫とは不仲で、不当に低く評価された。久保田や安藤の影響が強かった演芸評論家の矢野誠一が1962年に精選落語会を発足させた時、参加メンバー(八代目桂文楽、八代目林家正蔵(後に林家彦六)、八代目三笑亭可楽、六代目三遊亭圓生、五代目柳家小さん)を文楽に見せた際、文楽から「この会に、金馬さんが入っていないのは、どういうわけです?」と問われ困ったという。古今亭志ん朝志ん生の次男)も金馬のその口調の素晴らしさを、「志ん生、金馬と並べると、わたしなんか好みからいくと志ん生なんですけど、本当にお手本にすべきはやはり金馬なんですね。だからたまにテープを聞いたりすると、『ああ、こういうふうにしゃべれないもんかなあ』と思いますね」と江國滋に語っている。趣味は釣りで、『江戸前つり師』(現在は徳間文庫)、『江戸前の釣り』(現在は中公文庫)という著書もある。スケジュールを本業の落語より優先させ、例えば禁漁解禁日などの釣りにおける重要な日には欠かさず釣り場に現れたという。三遊亭金馬 (3代目) - Wikipedia参照)。

*2:そうした「餓死、凍死」の一例が、ジブリ映画『火垂るの墓』の清太(神戸・三ノ宮駅で餓死)です(火垂るの墓 - Wikipedia参照)。

*3:著書『山本宣治』(2009年、学習の友社)、『テロルの時代:山宣暗殺者・黒田保久二とその黒幕』(2009年、群青社)、『魯迅の愛した内山書店』(2014年、かもがわ出版)、『「明治150年」に学んではいけないこと』(2018年、日本機関紙出版センター)、『優生思想との決別:山本宣治と歴史に学ぶ』(2019年、群青社)、『山本宣治に学ぶ』(2021年、日本機関紙出版センター)、『児童福祉の戦後史』(2023年、吉川弘文館)等

*4:立教大学名誉教授(社会福祉性教育が専門)。著書『子ども虐待と性教育』(1995年、大修館書店)、『社会福祉基礎構造改革でどうなる日本の福祉』(1999年、日本評論社)、『新自由主義と非福祉国家への道』(2000年、あけび書房)、『この国の子どもたちのゆくえ』(2000年、かもがわ出版)、『子どもの権利と「保育の質」』(2003年、かもがわ出版)、『子どもを大切にする国・しない国』(2006年、新日本出版社)、『脱「子ども貧困」への処方箋』(2010年、自治体研究社)、『「子どもの貧困」解決への道』(2017年、自治体研究社)、『包括的性教育』(2020年、大月書店)、『性教育バッシングと統一協会の罠』(2023年、新日本出版社)等

*5:著書『北海道家庭学校と留岡清男』(2003年、三学出版)、『留岡幸助とペスタロッチ』(2007年、三学出版)、『谷昌恒とひとむれの子どもたち:北海道家庭学校の生活教育実践』(2014年、三学出版)、『留岡幸助と自立支援』(2020年、玉川大学出版部)等

*6:著書『日本人だけが知らない 日本人のうわさ』(2011年、光文社新書)、『絶対貧困:世界リアル貧困学講義』(2011年、新潮文庫)、『ルポ・餓死現場で生きる』(2011年、ちくま新書)、『ニッポン異国紀行:在日外国人のカネ・性愛・死』(2012年、NHK出版新書)、『戦場の都市伝説』(2012年、幻冬舎新書)、『感染宣告:エイズウィルスに人生を変えられた人々の物語』(2013年、講談社文庫)、『僕らが世界に出る理由』(2013年、ちくまプリマ―新書)、『遺体:震災、津波の果てに』(2014年、新潮文庫)、『世界「比較貧困学」入門:日本はほんとうに恵まれているのか』(2014年、PHP新書)、『「鬼畜」の家:わが子を殺す親たち』(2019年、新潮文庫)、『43回の殺意:川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(2020年、新潮文庫)、『育てられない母親たち』(2020年、祥伝社新書)、『それでも生きる:国際協力リアル教室』(2020年、ちくま文庫)、『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』(2020年、平凡社新書)、『漂流児童:福祉施設に関わる子供たち』(2022年、潮文庫)、『本当の貧困の話をしよう』(2022年、文春文庫)、『こどもホスピスの奇跡』(2023年、新潮文庫)、『教育虐待:子供を壊す「教育熱心」な親たち』(2023年、ハヤカワ新書)等

*7:関西大学教授。著書『はじき出された子どもたち:社会的養護児童と「家庭」概念の歴史社会学』(2014年、勁草書房

*8:2020年、講談社

*9:2023年、くんぷる

*10:2002年、影書房

*11:1967~1973年まで週刊少年マガジンに連載。1970~1971年にフジテレビで、1980~1981年に日本テレビでアニメ化(あしたのジョー - Wikipedia参照)