■産経新聞『【2020年の世界と日本】櫻井よしこ氏に聞く(上)「中華思想に凝り固まった中国*1が動きを活発化」』
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140102/plc14010207000000-n1.htm
東京で五輪が開催される2020(平成32)年には、日本と世界はどうなっているだろうか−。産経新聞の長期連載「2020年」に合わせ、ジャーナリストの櫻井よしこ氏に聞いた。
・東京五輪開催が決まったから始まった連載なんでしょうね。「2020年」ってのは書くのには中途半端な気がしますよ。
・「よしこに聞いたって寝言しか言わないだろ」と思いますがそれはさておき。よしこの肩書きが「ジャーナリスト」のみで「国家基本問題研究所理事長」がないことが興味深い。内心では「右翼活動家なんて事を公言したくない、世間にドンビキされたくない」という気持ちがよしこにも産経にもあるんでしょう。隠したって知ってる人は知ってるんですが。産経の愛読者なんて多くはよしこの「右翼活動家としての顔」を知ってるでしょう。
アメリカの人種構成は、いわゆるホワイト・アングロサクソン・プロテスタント*2が徐々に少数派になって、ヒスパニック、中国系、韓国系や、アフリカ系の人たちが比率として多数を占めるというふうに変化しています。するとアメリカの価値観も変わっていくことでしょう。
よしこでなくても言えることだとは思いますが意外とまともです。ただここから「アメリカは内向き→中国と対決できるのは日本」という無茶苦茶な「中国敵視」の極右路線に行くところは所詮よしこです。
今のまま中国はずっと膨張し続けていくという前提で考えた方がいい。革命が起きるかもしれない。けれども、そのように望むことは、中国の力が殺がれればいいという希望的観測のひとつの形でしかない。私たちはそんな希望的観測に基づいて考えるよりも、中国は崩れないという前提で、その中国に如何に対処するかを考えるのがよいと思います。
「膨張」云々はともかく「今から6年後の2020年までに中国が崩壊することなどない」というのはその通りでしょう。
すぐにでも中国が崩壊するかのように放言する島田洋一よりはまともと言えるでしょう。
まあ、変な崩壊されても周辺国(日本を含む)が困りますが。
ただそこから持ち出される結論が「巨大化する中国への対決」という無茶苦茶な「中国敵視」の極右路線であるところは所詮よしこです。
■【2020年の世界と日本】櫻井よしこ氏に聞く(下)「日本ってすごくいい国。庶民を大御宝とずっと呼んできたんです」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140102/plc14010212000001-n1.htm
王岐山*3は今の中国共産党ではもう国民がついてこないということをよく知っている人です。だから2012の12月に全共産党員8200万人に対してフランスの思想家のトクヴィルの『旧体制と革命』*4という本を読めと指示をした。
ググったらそういう事実は確かにあるようです。
が、よしこのいうような深い意味(「中国の体制変革(民主化?)」云々)はなくて単に「深刻化する汚職への批判の意図」に過ぎないようです。で、そういう「汚職撲滅主張」だったら別に王氏に限らないわけです。
中国の経済が2020年になっても今のような勢いを保っているという見方は私は疑っています。
まあ、実際どうなるかはわかりませんがよしこの場合、まともな分析と言うより「中国に衰退して欲しい」という願望が強いでしょう。
日本が自国の領土・領海は断固として守るというふうに気概を示さなければ、中国に手を出させる隙間を与えます
「尖閣が奪われる」とでも言いたいんでしょうが、そういう無謀なまねは中国もしないと思いますね。
北朝鮮有事は間近だと思いますよね。
全然そうは思いませんね。北朝鮮にも周辺諸国(韓国、中国、ロシア、日本)にも有事を起こす動機がないでしょう。
「反政府暴動で政権転覆(例:チャウシェスク*5のルーマニアなど)」「軍部クーデター」と言う「内部からの有事」の可能性はゼロではないでしょうが、可能性は低いように思いますし、「そうした事態が周辺諸国にとってメリットになる」とは限りませんから積極的にそれを希望する気にはなりませんね(特にタカ派政権が誕生しかねない軍部クーデターは)。
つうか有事なんか起こしたらダメでしょう(特に北朝鮮と周辺諸国との戦争、それもこちらから仕掛ける戦争なんか起こしたらダメでしょう、「反政府暴動で政権転覆」はある意味仕方がないですが)。近隣諸国は「開城工業団地」など、「有事を起こさない方向」で動いてるわけです。
日本と朝鮮半島の歴史を振り返ってみると、過去1000年間、あまり良い時期はなかったのです。
びっくり仰天ですね。ぶっちゃけ「豊臣秀吉の侵略」「明治以降の侵略」を除けば過去1000年間でそんなに悪い時期はないんじゃないですかね。徳川時代の朝鮮通信使なんて別に悪い時期ではないでしょう。
現在日韓関係がいろいろあるのも「明治以降の侵略」をきちんと清算できてないことが原因でしょう。
日本人は日本人で一生懸命韓国のために努力したという気持ちがどこかにある。
植民地支配をそういう風に正当化しようとすればそりゃぎくしゃくするでしょうね。当たり前の話です。韓国が悪いわけでも何でもない。
何がどう捏造なのかって話です。もちろん「慰安婦は合法」だの「日韓併合は合意の元に行われた」だのそれこそよしこの言い分の方が捏造ですが。
日本の国益のためには朝鮮半島が中国の支配を受ける反日親中的な国であるよりは自由や民主主義、法の支配を基盤とする国家として、日本に対する受容性を高めてくれることが望ましい。
北朝鮮ならまだしも、別に韓国が反日親中国だとも思いませんが。
しかも『自由や民主主義、法の支配を基盤とする国家』云々って中国や韓国に失礼すぎでしょう。
戦後ずっと日本の歴史を、日本人がないがしろにしてきました。
単に「つくる会教科書万歳」「自虐史観反対」という極右的なくだらない話です。
日本が中国と距離を置き始めた聖徳太子の頃の歴史
やれやれですね。遣隋使、遣唐使などを考えれば到底「日本が中国と距離を置いていた」とは言えないでしょうに。
例の「日出る国の天子」云々は「中国側の反発を買った」とはいえ「主観的には」別に故意に喧嘩を売ってるわけではありませんし。
そもそも「距離を置くこと」が何でいいことだと思えるのかもよくわかりませんが。今の中国なら「私(よしこ)は右翼だから共産国は嫌い」というのもわかりますが、「昔の中国」を嫌う理由は何なんでしょうか?
日本ってすごくいい国です。庶民を大御宝(オオミタカラ)とずっと呼んできたんです。
それは、あくまできれい事の世界の話でしょうよ。「民主主義」なんて概念のない江戸時代以前において実態がそうだったとはとても言えないでしょうね。
中国人は紙に書けばそれが歴史になると思って、実態といかに離れていてもいいという考え方です。
よしこにマジレスしても仕方ないですが何を根拠にそういう失礼なことを言うんですかね。
なお、「時の権力者が自分に都合のいいことしか記録に残そうとしない」なんてのは中国限定では勿論ありません。
五箇条の御誓文は、『広ク会議ヲ興シ 万機公論ニ決スベシ』から始まります。これは広く会議を興してみんなで議論して決めなさいと。そこに庶民も入っています。
日本で「庶民*6が選ぶ議会」が誕生したのが明治22年で「五箇条のご誓文(明治元年)」よりずっと後だったこと、明治新政府は議会開設に乗り気でなかったことを考えればご誓文の「会議」には明らかに庶民は入ってないでしょう。「庶民が選ぶ議会」が誕生する前にも「元老院(貴族院の前身)」や「参議」という「維新の志士ら有力者による合議体」は存在したのでそのことと見るべきでしょう。まあ、ウィキペ「五箇条のご誓文」が指摘するように板垣退助*7(自由党)、大隈重信*8(立憲改進党)らが自由民権運動の根拠を「五箇条のご誓文」として正当化したことは事実ですが。
『智識ヲ世界ニ求メ 大ニ皇基ヲ振起スベシ』というのが(注:五箇条のご誓文の)一番最後なんですけど、日本だけに凝り固まっていたらだめですよと。世界に知識を求めて、大いに皇基、日本は神話の時代から皇室を中心に国が成り立っていて、この皇室は権力じゃなくて権威であり、国民のために神に祈る存在ですよ。その人たちを支える権力を持っているのは、時代によって武士であり、貴族でした。今は官僚・政治家なわけです。ご皇室が中心でその下に権力構造があってこの2つが一緒になって国民、大御宝を守るというのが皇基だと思うのです。そのような価値観を世界に広げなさいと書いてあるんですよね。
げんなりですね。他の条文はともかく『大ニ皇基ヲ振起スベシ』なんて理念が今時通用するとか、通用させるべきとか本気で思ってるんでしょうか。