「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2021年1/16分:荒木和博の巻)

大阪と東京、あと各地の違いなどについて(1月16日のショートメッセージ): 荒木和博BLOG

 令和3年1月16日土曜日のショートメッセージ(Vol.289)。東京人が大阪に行くと新幹線を降りて駅のエスカレーターに乗るときからアウェイ感を感じます。そんなところから地域の違いのお話しを。あまり真面目に聞いていただかなくて結構です。

 8分程度の動画です。
 「大阪のエスカレーター」云々は最近では「俺のような関東人も知ってる有名な話」ですが、大阪だと「エスカレーターの片側(左or右)に皆が寄って、空いた側を急いでる人間が歩く」んですよね。
 最近は関東でも「急いでる人間にとっては便利」ということで「増えてきたローカルルール」ですが実はこれ、近年、鉄道会社では「危ないから歩かないで下さい」「だから片側によらなくて結構です」という通知がされてますよね。
 なので、実は「ローカルルールの本場」大阪でもこのローカルルール、「衰退傾向にある」ようです。どっちにしろ、拉致の解決と何一つ関係ない。そういうどうでもいいことではなく「拉致に関わりのある有益なことを言えよ!」ですよね。

あまり真面目に聞いていただかなくて結構です。

て言えば何言っても良いと思ってるのか、ふざけんな、荒木!、て話です。
 まあ、大阪の「エスカレーター」云々に限らず、「他県の人間」と話をしたり、他県に行ったりすると「え?」つうことはいろいろありますよね。
 そうした「各県の違い」をかなり大げさに面白おかしく取り上げてるのが例の「秘密のケンミンSHOW - Wikipedia」ですが。

【参考:エスカレーターのローカルルール】

「エスカレーターでは歩かないで」は定着する? : 深読み : 読売新聞オンライン2019.1.21
 JR東日本が東京駅で2月1日まで、「エスカレーターでは歩かないで」と呼びかけている。立つ人の横を追い越す際、利用者同士がぶつかったり、転んだりする事故を防ぐためだ。同社を含む鉄道事業者なども、10年ほど前から同様のキャンペーンを展開している。急ぐ人のためにエスカレーターの片側をあける習慣は、半世紀ほどかけ、自然発生的に広がってきた。「歩かない」という新ルールは、すんなり定着するだろうか。
 「急ぐ人のため、エスカレーターの片側をあけるほうが合理的」との考えは、日本では半世紀の歴史がある。
 日本でこの習慣が始まった時期は不明だが、少なくとも阪急電鉄は1967年、大阪・梅田駅にエスカレーターを設置した際、片側をあけるよう呼びかける案内放送を始めた(98年まで)。過去の読売新聞記事などによれば、京阪電鉄(93年から2005年まで)やJR西日本京都市営・神戸市営地下鉄などでも同様の呼びかけが行われた。
 あける側は地域によって異なる。大まかに分けると、東京周辺では「立つ人=左側、歩く人=右側」、大阪周辺では左右が逆となっている。
 「片側あけ」のルーツは欧州のようだ。1978年の(ボーガス注:読売新聞投書欄の)紙面で48歳の男性会社員は、ロンドン訪問時の経験を踏まえ、「欧米では『エスカレーターの片側は、急ぐ人のために空けておく』のが、社会常識であることを知った」と述べている。
 ちなみに今はどうか。ロンドン、ロシア・サンクトペテルブルクでそれぞれ昨年、地下鉄を利用した知人に聞いたところ、両都市とも「片側あけ」の習慣は変わらずあるという。
 「ロンドンでは3年ほど前に歩行禁止が試みられたものの、うまくいかなかったと聞きました。急ぐ人は歩く一方、エスカレーターの乗り口で、ベビーカーを抱える人を見つけると進んで助けるなど、困っている人を思いやる習慣が浸透していると感じました」と昨年末、家族でロンドンを旅した男性(43)は話す。
 日本の多くの鉄道事業者は、エスカレーターでの片側歩行について、「利用者の自主的な判断に任せる」という立場を取ってきた。
 メーカーのスタンスはどうなのだろう。エスカレーター会社が加盟する一般社団法人・日本エレベーター協会(東京)は、一貫して「歩かないで」と呼びかけてきたという。その理由としてエスカレーターは、建築基準法上の階段の基準(1段あたりの高さ、幅、踊り場を3メートルごとに設けるなど)に当てはまらず、「ベルトにつかまって立つ」ことを前提に造られていることを挙げる。
 エスカレーターの想定実験で「2列に並んで立つほうが全体の移動時間は短い」という結論が出たと聞き、構造計画研究所(東京)を訪ねた。社会的な課題の解決を、コンピューターを使った想定実験で探るなどコンサルティング業務を行う会社だ。
 実験を担当したのは、同社MAS社会デザイン室の北上靖大(やすひろ)室長(43)。
(中略)
 北上さんは説明する。
 「個別にはもちろん、立つよりも歩いたほうが速いです。安全面を度外視すれば、2列とも歩くほうが速いわけですが、現実的ではありません。しかも、歩く時の間隔は、立つ時よりもあいてしまうため、人の流れとしては非効率ということを実験結果は示しています。体の不自由な人がエスカレーターを利用することや、安全面などを考え合わせれば、2列とも立つほうが合理的であると思います」


1月15日ライブ: 荒木和博BLOG
 約1時間というやたら長い動画です。以下、適当にコメントします。
 「朝銀信用組合在日朝鮮人関係の金融機関)」への公的資金投入について、不正があるかのように誹謗する荒木です。しかし、「不正がある」かのような荒木の誹謗中傷にもちろんまともな根拠があるわけでも無い。そしてそんなことは拉致被害者の帰国に何一つ関係ないわけです。
 なお、荒木が「朝銀信用組合」について「チョウギン」というので一瞬、「日本長期信用銀行?」と首をかしげましたが、こういうときにためらいなく「チョウギン」と言う辺りが荒木らしいですね。
 つまりは
1)荒木の動画なんか見てるのは荒木のお仲間ウヨしかいない
2)荒木は「チョウギン」と言った場合、多くの人間が「日本長期信用銀行と一瞬思う」ということに気づかないくらいアホ
ということですね。まあ、馬鹿馬鹿しい話です。
 荒木が小沢一郎*1について「拉致問題は経済支援などとのバーター取引でしか解決できないと思う、とアホなことを言った」と悪口雑言するのには呆れますね。
 小沢氏がそのような発言を本当にしたのか知りません。荒木やお仲間ウヨは平然と嘘をつくので、この発言も「そんな発言は無い」「小沢氏が『訪朝した金丸氏*2』の側近であることを理由に、小沢氏を敵視する荒木ら巣くう会による小沢氏誹謗のためのデマ」かもしれませんが、それはさておき。仮にそれが事実だとして何が問題なのか。
 「金丸訪朝による第18富士山丸船長、機関長帰国」にせよ「小泉*3訪朝による拉致被害者帰国」にせよ「国交正常化での経済支援」を約束したからこその帰国では無いか。荒木ら救う会の放言する経済制裁が帰国に何一つつながって無いことは確かです。また、「自民党幹事長や民主党幹事長時代の小沢氏」ならともかく、そして「将来的にはともかく」今の彼は「立憲民主党岩手県連代表」でしかありません。首相の菅*4や最大野党「立憲民主党」代表の枝野氏*5などならともかく今の小沢氏に悪口して何の意味があるのか。
 もちろん荒木が「金丸訪朝」を理由に金丸氏に「北朝鮮利権目当てに動いたのではないか」などと悪口することは言うまでもありません。金丸訪朝が無ければ「第18富士山丸船長、機関長帰国」はなかったでしょうが、そんなことは荒木ら救う会にとってどうでもいいわけです。
 「『(北朝鮮に現在住んでいて、拉致事件にも関与した疑いのある)よど号事件の容疑者』の子どもが現在、日本に住んでるそうだが、拉致被害者帰国に利用できないか。どうにかならないのか?、と言う質問がありました(荒木)」
 どうにもならないでしょうね。子どもだからと言って、親に対して何か出来るわけでもないでしょう。まあ、そもそも親たちもどれほど拉致被害者帰国に尽力できるか(北朝鮮に対して影響力があるか)わかりませんが。
 そもそも荒木ら救う会も、子どもたちを誹謗することはあっても彼らを通じて何か拉致被害者帰国のために動こうなんて考えは何一つないでしょうが。
 荒木曰く「昔は週刊少年マガジン週刊少年サンデーなどに連載されていた戦争物漫画が今はなくなった」。
 これについてはググれば、例えば

【戦後70年特別企画】元零戦搭乗員たちが見つめ続けた「己」と「戦争」【前編】() | 現代ビジネス | 講談社(1/6)2015.7.24
 漫画雑誌にも零戦ブームがあってちばてつやの『紫電改のタカ』とか、『ゼロ戦行進曲』(貝塚ひろし)、『0戦はやと』(辻なおき)、『あかつき戦闘隊』(相良俊輔原作、園田光慶作画)など、私が小学生のころには連載が終わっていたものが多かったんですが、コミックで読んだ記憶があります。
 『あかつき戦闘隊』といえば、「週刊少年サンデー」(小学館)に連載されていたんですが、読者懸賞でなんと日本の海軍兵学校の制服、短剣やナチスの軍服なんかを賞品にしちゃったんですよね(笑)。それで抗議が殺到したという事件があって、たぶんこれをきっかけに戦記漫画がなくなっていったように思います。

日本人は戦争をどのように「消費」してきたか〜注目すべきある変化(貞包 英之) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)2017.8.15
 1950年代なかば以降、戦争を扱うマンガは1957年には37件、1958年には132件と急増する。
 1960年代にも平均27.1件と、70年代なかばまでブームは続く。
 テレビでも、『0戦はやと』(1964)や『忍者部隊月光』(1964~66)、『コンバット!』(1962~67)など戦争を主題とするアニメやドラマが放送され、親たちに批判されつつも、子どもたちを熱狂させることになる。
 ただしそれをたんに復古的なブームとみなすことはできない。
 たしかに(ボーガス注:戦前から活躍する)小松崎茂の兵器画など、人的なかかわりでも、物語的にも、戦後の戦記物には戦前期と連続する部分がある。一方で、戦後の戦記物はそれに還元されないいくつかの特徴も持っていた。
 最大の違いは、戦記マンガに「戦争への反対」(中略)が拭いがたく刻まれていたことである。そもそも先の戦争を描けば、多くの死傷者を出す敗戦にたどり着く。単純にいってそのため戦後には、戦争(中略)を肯定的に描くことがむずかしくなった。
 たしかに戦記物である以上、主人公たちの活躍はかっこよく、成功したものとして描かれることが多い。ただし戦争が、だからといって肯定されるわけではない。
 たとえば初期の戦記物、ヒモトタロウの『死の戦車隊』(曙出版、1959)では、シンガポール攻略戦の活躍が描かれた後、「このようにおおくのぎせいをはらったおろかな戦争をわれわれは二度とくりかえしてはならない」と最後に訴えられる。

【還暦の少年週刊まんが誌 サンデー・マガジンの草創期】(5)バッシングとブーム 発行部数伸び、影響力増す(1/2ページ) - 産経ニュース2019.3.7
 戦争物の漫画や読み物についても、「軍国主義の復活だ」などと批判を浴びる。当時の誌面を見ると、作品のほかにも、戦車や戦艦、戦闘機の図解や模型の懸賞など、確かにミリタリー色が目立つ。(ボーガス注:昭和)38年から、サンデー編集部に在籍した大寄晋(おおより・すすむ)(83)は、特集記事を書くために防衛庁(当時)幹部にインタビューしたり、潜水艦の同乗ルポをやったりもした。
 「当時はまだ、戦争の実戦経験者が多く、話にも迫力がありましたね」
 (ボーガス注:昭和)43年には「あかつき戦闘隊事件」が起きた。サンデーに連載中だった同名の人気戦争漫画に合わせた読者懸賞として、旧日本軍やナチス・ドイツに関係する賞品を出したことから、「戦争を賛美するものだ」として児童文学者や女性団体らから猛抗議を受け、社会問題に発展したのである。当時の編集長は高柳だった。
 「確かに行き過ぎた面はあったと思う。ただ、(戦争物を取り上げるのは)先の大戦は科学力の差で負けたということを、ちゃんと子供たちに教えたいと思ったからですよ」

高度成長期に大ブーム…反戦平和教育と共存した「戦争漫画」の遺産(神立 尚紀) | 現代ビジネス | 講談社(1/9)2020.1.17
 かつて、1960年代をピークとして、少年漫画誌に太平洋戦争中の日本海軍の戦闘機「零戦」や陸軍の戦闘機「隼」が飛び交い、「紫電改」が乱舞する時代があった。
 少年漫画誌も、1960年代には中身の3分の1近くが読み物ページである。戦記本の出版で知られる潮書房光人新社の前身、潮書房光人社の元会長・故高城肇氏も、『週刊少年マガジン』(講談社)に「空の王者ゼロ戦」その他の連載を持っていて(中略)こんな本や雑誌にリアルタイムに胸を躍らせた子供たちの世代は、現在、還暦前後だろうか。ときを同じくして発売されるようになった軍用機や軍艦、戦車のプラモデルの人気も、ブームを後押しした。男の子なら誰でも日本陸海軍機や戦艦の名前、大戦中の主要作戦がすらすら言えた世代。実際、これぐらいの年配の人に、いまも熱狂的な軍用機、軍艦やプラモデルのマニアが多いようである。
 昭和30(1955)年、光文社の月刊誌『少年』で連載が始まり、のちにテレビアニメ化されたロボット漫画の嚆矢「鉄人28号」(横山光輝作)は、そもそもの設定が、太平洋戦争末期、日本陸軍が起死回生を期して開発していた秘密兵器である巨大ロボット「鉄人28号」が戦後に現れて活躍する話で、やはり戦争の影響は無視できない。
 飛行機がメインの「空戦漫画」にかぎって、どんな漫画があったかというと、代表的なものはまず「ゼロ戦レッド」(貝塚ひろし・『冒険王』秋田書店、1961年7月号~1966年1月号連載)、「0戦太郎」(辻なおき・『少年画報*6少年画報社、1961年9月号~)であろう。貝塚ひろし辻なおき*7は空戦漫画の二大作家と呼ばれ、その後も貝塚は「ゼロ戦行進曲」「烈風」「ああ、零戦トンボ」、辻は「0戦はやと」「0戦仮面」「0戦あらし」と、空戦漫画を描き続ける。
 「0戦はやと」は、昭和39(1964)年、脚本の一部と主題歌の作詞を「北の国から」などの作品で知られる倉本聰が担当し、テレビアニメ版がフジテレビから38話にわたって放映されている。
 ほかにも、月刊漫画誌『ぼくら』(講談社)に昭和38(1963)年10月号から39(1964)年8月号にかけ連載された、現代の天才パイロットが、父の形見の「ゼロ戦二十一世紀」と名づけた零戦を駆ってライバルや悪の組織と戦う「大空三四郎」(原作・高森朝雄梶原一騎〉、漫画・吉田竜夫タツノコプロ創始者〉)、『少年サンデー』に昭和37(1962)年から38(1963)年まで連載された、少年航空兵が陸軍の一式戦闘機「隼」を駆って活躍する「大空のちかい」(九里一平タツノコプロ第3代社長〉)など、この時代には星の数ほども戦争漫画が生まれ、それぞれに人気を得た。

ルポ:吉田裕・一橋大特任教授最終講義 軍事史、兵士の目線で 資料で解き明かした戦争の不条理 - 毎日新聞2020.2.13
 1959年、子ども向け週刊誌の『少年マガジン』『少年サンデー』が創刊された。吉田さん*8によれば、日本軍がいかに勇敢に戦ったかを強調する戦記物が「目玉商品」だった。吉田少年は「戦記物ブームに非常に強い影響を受け」、学校の図書室でも元海軍将官らが関わった子ども向けの戦争書籍を読みふけったという。小学3年生の夏休みの絵日記で戦艦「大和」や「一式陸上攻撃機」を描いた。

なんて記事もヒットします。
 いずれにせよ、そんなことと拉致問題と何の関係があるのかという話ですよねえ。何ら関係ない。まあ、これらの「1960年代の戦争物漫画」の多くは、神風特攻を批判的に描いた「紫電改のタカちばてつや)」など一部を除けば「右翼的」「戦前礼賛的」であり、だからこそウヨの荒木は残念がってるのでしょうが(そしてだからこそ現在は廃れたのでしょうが)。
 荒木が「社会党は『第二自民党』と長年、民社党を批判していたが、なら、社会党は何故自社さ連立政権なんかつくったのか?」てそれも何一つ拉致被害者の帰国と関係ない。荒木が「第二自民党」呼ばわりされてたことに相当不愉快だったと言うことはわかりますが。
 なお、自民と社会党が連立して良いとは言いませんが当時の自民は今の自民と違い「総裁・河野洋平*9」「政調会長加藤紘一*10」である種のリベラル性や常識性があったことは「社会党の名誉のためにも」指摘しておきます。さすがに当時の総裁が「安部晋三*11レベルのトンデモ極右&公私混同バカ」だったら、社会党も連立しなかったでしょう。
 「ツイッターがトランプのアカウントを停止したが言論弾圧じゃ無いか(荒木)」。
 それも何一つ拉致被害者の帰国と関係ない。かつ「トランプのツイッターでの上院襲撃扇動」を考えれば「アカウント停止」は当然の処分でしょう。まあ、荒木に限らず日本ウヨには何故かトランプ万歳、アンチバイデンが多いので荒木放言は実は意外ではないですが、こんな馬鹿なことを言えば、「良識派には呆れられる」という常識が荒木には無いわけです。
 荒木曰く「増元照明さんが次世代の党から参院選に出たときに選対本部長を私がやりました」。それも何一つ拉致被害者の帰国と関係ない。かつ「ウヨの荒木がそういうことをしても全く意外性はない」ですがこんなことを言えば、ドン引きされるという良識は荒木にはないわけです。
 荒木曰く「何故自民は増元さんを公認してくれなかったのか」。いやー、増元の極右性を考えれば「公認しなくて正解!」でしょうね。
 いずれにせよ、荒木も増元も「自民に公認してもらえれば当選できたかもしれない!」と未だに悔しくて仕方が無いようです。
 荒木曰く「以前、安明進が死んだと書いたのですが、今も生きてることが最近分かりました(安とも連絡が取れました)」「ただし安が情報公開を望んでいないのであまり宣伝する気はありません」「なお、韓国人ですらほとんどの人間が安が既に死んだ、と思っているようです」(荒木が以前書いた『安死亡説』については例えば過去の人間だが、安明進が死んだらしい - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)参照)。
 ホンマかいな?、ですね。まあ、荒木がそのように「主張している」という事実はここにメモっておきます。
 また、荒木発言については

過去の人間だが、安明進が死んだらしい - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
荒木曰く「安がまだ生きてることが最近分かった」 (bogus-simotukare)
2021-01-16 18:33:37
拙記事https://bogus-simotukare.hatenadiary.jp/entry/2021/01/16/084442で触れましたのでお読み頂ければ幸いです。

ということで過去の人間だが、安明進が死んだらしい - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)コメント欄にコメントしました。
 荒木の発言が事実だとして、安も「覚醒剤使用で逮捕されたこと」もあって、もう「過去の拉致問題での活動」は「思い出したくもない黒歴史」なんでしょうね。まあ、今後は人知れず、静かに暮らしていくことが安のためにもいいんじゃないのか。
 荒木曰く「金与正が最近の党大会で(事前の予想と異なり)特に昇格しなかった理由は何か?、と言う質問があった」
 荒木の回答は「分かりません」。無能な荒木には分からないでしょうね。そもそも知る気も無いんじゃないか。まあ、そもそもそんなことと拉致被害者の帰国と何の関係もないですが。
 荒木曰く『金賢姫の言う「横田めぐみ生存説」は信用できるのか、と言う質問があった』。
 信用できないでしょうねえ。何ら信用できる根拠は提出されてませんから。荒木ですら「現時点では信用できるかどうか、何とも言えない」と言わざるを得ません。
 荒木曰く『拉致解決のために九条改憲すべきだ、と言う意見があった』
 まあ、ばかばかしいですね。小泉訪朝による拉致被害者帰国を考えれば「改憲」など拉致被害者帰国に関係ないし、拉致をダシに改憲を主張してるだけです。だからこそ蓮池透氏は「拉致をダシに改憲を主張するな!」と救う会批判したわけですが、その彼を除名する家族会には心底呆れます。
 荒木曰く「女性の拉致被害者北朝鮮政府高官の妻になったケースもあるというが事実か?、と言う質問があった」
 そんなもん分かるわけがないでしょう(荒木も「分からない」と答えていますが)。つうか問題は「拉致被害者が無事で生きてるかどうか」であって、「政府高官の妻」かどうかとか全くどうでも良い。
 荒木曰く『藤本健二氏の消息が分からないか、と言う質問があった』。荒木の回答は「わかりません」。
 これまた「藤本氏を日朝交渉パイプに使う」事でもしない限り拉致被害者帰国には全く関係ない。そして日本政府はともかく荒木ら救う会は藤本氏をパイプに使う気は無いでしょう。
 荒木曰く『正論の小説「寒い国から来た工作員(スパイ)(荒木執筆)」のタイトルはやはりジョン・ル・カレ寒い国から帰ってきたスパイ - Wikipediaからとったのですか?』
 荒木の回答は「題名は正論編集部が付けたので知らない」。いや、荒木もそこは「その通りです!」と言えば良いでしょうにねえ。そこで「知りません」といって「何だよ、ル・カレの小説は映画化もされたし、有名じゃん?。それなのに知らないのか、荒木って本当に無知なんだな(苦笑)」と思われたら「恥ずかしい」と思う感覚は何故か荒木にはないようです。
 荒木曰く「北朝鮮ウオッチャーで荒木さんがライバル視している方は?」
 荒木曰く「特にいません」。まあ、荒木も下手なことは言えないでしょうねえ。
 どっちにしろ荒木が何言おうと誰も荒木なんかまともに相手にしていませんが。荒木も「私がライバル視しても向こうが相手にしてくれるかどうか」と自虐、自嘲発言をする滑稽さです。
 荒木曰く「拓殖大の武貞さんは先輩なので文句も言えませんが、武貞さんの意見には賛同しがたい」。そりゃそうでしょうねえ。武貞氏は荒木のような「北朝鮮早期崩壊論」には否定的ですからね。
 荒木曰く「自衛隊拉致被害者を軍事作戦で救出しないなら、ブラックウオーターのような民間軍事会社に救出を依頼してはどうか?、と言う意見があった」
 なお、これについては荒木ですら「一つの興味深い意見」というだけで「分かりました、我々、救う会民間軍事会社に依頼します!」、「我々、救う会民間軍事会社を設立します!」とは言わないわけです。
 荒木曰く「朴クネの懲役刑についてどう思うか?、と言う質問があった」。
 くだらないですね。拉致と何一つ関係が無い。
 荒木曰く「小泉jr(現在、菅内閣環境相)は親(訪朝した小泉元首相)の影響で拉致問題について動いてくれないのか、と言う質問があった」。
 動かないでしょうねえ。現時点で小泉元首相も小泉jrもどちらもどう見ても動いてないし、親に対して感謝するどころか、「たった五人か」などと悪口した救う会、家族会には「子どもとして」小泉jrも反感しかないでしょう。
 荒木曰く「パチンコ経営者に朝鮮・韓国人が多いそうですが、理由は何ですか?、と言う質問があった」
 ばかばかしいですね。拉致被害者の帰国と何一つ関係ない。
 荒木曰く「民社党(荒木が元職員)が再建できないか、と言う意見があった」
 ばかばかしいですね。拉致被害者の帰国と何一つ関係ない。なお、荒木ですら「激励のご意見、ありがとうございます」というだけで、「再建します!」とはいえないのが無様です。何せ「民社党の残党が主要メンバー」の「第二自民党」国民民主党は最大与党・自民、最大野党・立民どころか、公明、共産、維新すら下回る支持率ですからね。
 荒木曰く「日本人が自信を取り戻すために歴史教育を正常化すべきだという意見があった」
 ばかばかしいですね。拉致被害者の帰国と何一つ関係ない。しかも荒木らウヨの「正常化」って「南京事件否定論」「河野談話否定論」なんてデマですからね。話になりません。
 荒木曰く「何で栗栖弘臣が自民で無く、民社から参院選に立候補したのかという質問があった」。荒木の回答は「直接関わってないのでよく知らない」。
 ばかばかしいですね。拉致被害者の帰国と何一つ関係ない。つうか、「何の説明もなし」にいきなり「栗栖弘臣」なんて言ったって最近の若者は「はあ?」「誰ですか?」「拉致と何の関係があるんですか?」ですよねえ。
 まあ、荒木の動画を見るような連中は「栗栖弘臣」が誰かすぐに分かる上に、栗栖に共感しちゃうようなウヨ揃いの訳ですが。
 なお、幸いにも栗栖は落選しました。栗栖弘臣 - Wikipediaによれば2004年に死去しています。ちなみに単なる偶然ですが「いわゆる超法規的措置発言」を問題視して栗栖を更迭した当時の防衛庁長官が金丸氏です。
 「栗栖更迭」「訪朝」の二つで荒木が金丸氏を敵視していることは間違いないでしょう。まあ当時の政治状況では金丸氏以外の防衛庁長官でも栗栖を更迭したでしょうが。
 「鈴木史朗(元TBSアナウンサー)の南京事件否定論についてどう思うか?、と言う質問があった」。ばかばかしいですね。拉致被害者の帰国と何一つ関係ない。
 なお、荒木は「鈴木氏の発言について知らないので回答できません」。
 しかし、鈴木史朗も「そんな発言をするようなバカウヨだった」と知ったときは本当にがっかりしました。鈴木の暴言については
箸にも棒にもかからぬ「南京大虐殺は真実ではないと思う理由」 - Apeman’s diaryを紹介しておきます。
 荒木曰く

中井洽 - Wikipedia
 2010年(平成22年)11月30日、自由民主党逢沢一郎国対委員長みんなの党桜内文城が、11月29日に行われた議会開設120年記念式典において秋篠宮文仁親王と同妃が天皇・皇后の入場を起立して待っていたことに対し、民主党議員が野次を飛ばしたとして、名指しは避けながらも批判したことが報じられた。産経新聞は同日中に、「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と野次を飛ばしたとされる議員が中井だった旨を報じた。
 中井*12は11月30日、産経新聞の取材に対し、「『早く座らないと誰も座れないよ』と言ったかもしれないが、秋篠宮様に向けて言うはずがない。副議長らに言った」と反論し、翌12月1日には、国会内において記者団に「隣の人としゃべっただけだ。(着席されるよう)『宮様に伝えていないのかね』と申しあげた」と述べた(式典の進行予定では、秋篠宮と同妃、議員は一旦着席することになっていた)。
 民主党では岡田克也*13幹事長が、「私が知る限り、野次ったとか、そういうことではなかった」「10列ぐらい後ろにいたが、中井氏の声が響き渡ったとか、そういうことではない」と述べた。
 自由民主党は「懲罰の対象になりうる著しく品を欠く発言だ」と批判し、みんなの党渡辺喜美*14代表も、「まずは中井氏がおわびをすべきだ」と述べた。12月1日、自民、みんな両党はたちあがれ日本と共同で中井に対する懲罰動議を提出した。この問題に対し、全国の右翼団体が「国賊中井洽議員糾弾実行委員会」を結成し、2010年12月26日に約100台の街宣車、350人の運動員を集めて中井の選挙区である三重県伊賀市名張市で街宣デモ活動を行った。そのため、中井は予定していた新年会を断念した。

という中井氏(旧民社出身)の「不敬発言」についてどう思うかという質問があった」
 馬鹿馬鹿しいですね。これまた拉致被害者帰国と何一つ関係ない。荒木が中井氏について「故人だから悪口したくない」「発言が事実かどうか知らない(中井氏個人は否定していた)」と言い訳しながらも「旧民社出身だが主流派じゃない」「人間的、人格的に問題がある人だった」と悪口してるのには吹き出しました。おそらく中井氏の存命中にはそんなことは言ってないでしょうにねえ。大体、荒木のようなデマ屋のクズが「他人の人格」をあげつらうとは何の冗談なのか。
 荒木曰く「蓮池薫さんの救う会、家族会への協力が得られないか、と言う質問があった」
 まあ無理でしょうね。蓮池透氏の家族会からの除名なんてして、弟の薫氏が救う会や家族会に協力するわけもない。協力を得るには、まずは「除名撤回」が必要でしょうが、おそらく撤回する気は無いでしょうから話になりません。
 荒木曰く「特定失踪者問題調査会救う会で働きたいという希望があった」。荒木の回答は「給料が充分に出せないと思うので諦めた方が良い。拉致関係で働きたいなら政府の拉致対策本部なんかどうか」。吹き出しました。まあ、確かにそうなんでしょうが。ということでこれで終わりにします。


藤田進さん・水島慎一さん・屋木しのぶさん 新潟富山県境の失踪(1月15日のショートメッセージ): 荒木和博BLOG
 8分程度の動画です。全員「特定失踪者」であり北朝鮮拉致と見なすまともな根拠は何一つないので話になりません。

 昭和30年代後半に週刊誌に連載された水上勉推理小説『砂の紋章』には親不知を舞台として北朝鮮工作員が暗躍*15する様子が描写されています。ちなみに現在青海町糸魚川市になっていますが、糸魚川はいわゆる「大町ルート」の終点です。

 水上氏も、荒木に勝手に小説を使われて、まるで「荒木の主張の賛同者」であるかのように扱われるのは迷惑千万でしょう。
 大体『砂の紋章』なんて、水上氏の超有名作品である

◆映画化された『雁の寺直木賞受賞作)』、『飢餓海峡』、『はなれ瞽女おりん

などに比べれば明らかにマイナー作品ですし。
 なお、「大町ルート」などというのは荒木ら巣くう会が勝手に言ってるだけで、まともな根拠は何もないし、もちろん政府の公式見解でもありません。馬鹿馬鹿しい限りです。
 さて

水上勉推理小説『砂の紋章』

と書く荒木です。

水上勉 - Wikipedia
・1960年(昭和35年)、水俣病を題材にした『海の牙』を発表し、翌1961年(昭和36年)に第14回日本探偵作家クラブ賞(現在の日本推理作家協会賞)を受賞
・1961年(昭和36年)、自分がよく知る禅寺の人間たちを題材にしつつ推理小説の体裁を取り入れた『雁の寺』を執筆、同年に第45回直木賞を受賞。
・洞爺丸事故を題材にした社会派推理の大作『飢餓海峡』(1963年)も大きな話題を呼んだ。

というのが水上氏の初期代表作であり、いずれも「殺人事件が発生する社会派ミステリ」の形式であり、当初の水上氏は「松本清張のような社会派ミステリ作家」扱いされていました。
 しかし、

◆ノンフィクション作品『現代官僚論』、『古代史疑』、『昭和史発掘』、『日本の黒い霧』
◆評伝小説・歴史小説『或る「小倉日記」伝』(芥川賞受賞作)、『岸田劉生晩景』、『私説・日本合戦譚』、『小説東京帝国大学』、『小説日本藝譚』
◆自伝的小説『父系の指』
などもあるがメインは
◆『球形の荒野』、『黒革の手帖』、『けものみち』、『砂の器』、『ゼロの焦点』、『点と線』、『わるいやつら』などの社会派ミステリ

の清張とは違い「社会派ミステリ作家」扱いされることが「性に合わなかった」んでしょう。最終的には「社会派ミステリ的な作品も書く作家」に落ち着くわけです。


ドンチョル・キム博士との懇談について【調査会NEWS3384】(R03.1.15): 荒木和博BLOG
 その「懇談」とやらで「拉致被害者帰国」という成果が上がるのならいくらでもやれば良いでしょう。
 成果があるのなら「俺も含めて」誰も反対しない。しかし成果が上がらない*16上にこの種の「怪しげな反北朝鮮右翼分子」の「横田めぐみさんは生きてる」だのの「拉致被害者帰国に全く関係ない」上に「信用性の怪しい発言」を垂れ流すから、荒木は批判されるわけです。
 批判されても「批判者は北朝鮮シンパか!」などと居直って恥じないバカが荒木で、それを家族会が容認するので心底呆れますが。

*1:中曽根内閣自治相・国家公安委員長自民党幹事長、新生党代表幹事、新進党党首、自由党党首、民主党幹事長、「生活の党」党首などを歴任。現在、立憲民主党岩手県連代表

*2:田中内閣建設相、三木内閣国土庁長官福田内閣防衛庁長官自民党国対委員長(大平総裁時代)、総務会長、幹事長(中曽根総裁時代)、中曽根内閣副総理、自民党副総裁(宮沢総裁時代)など歴任

*3:宇野内閣厚生相、宮沢内閣郵政相、橋本内閣厚生相などを経て首相

*4:第一次安倍内閣総務相、第二~四次安倍内閣官房長官などを経て首相

*5:鳩山内閣行政刷新担当相、菅内閣官房長官、野田内閣経産相民主党幹事長(海江田、岡田代表時代)、民進党代表代行(前原代表時代)などを経て立憲民主党代表

*6:1971年に少年キングに合併という形で休刊。その少年キングも1988年に休刊(少年画報 - Wikipedia参照)

*7:梶原一騎原作の『タイガーマスク』の作者として知られる(辻なおき - Wikipedia参照)

*8:一橋大学名誉教授。東京大空襲・戦災資料センター館長。著書『昭和天皇終戦史』(1992年、岩波新書)、『日本人の戦争観』(2005年、岩波現代文庫)、『アジア・太平洋戦争』(2007年、岩波新書)、『日本人の歴史認識東京裁判』(2009年、岩波ブックレット)、『日本軍兵士:アジア・太平洋戦争の現実』(2017年、中公新書)、『兵士たちの戦後史』(2020年、岩波現代文庫)など

*9:新自由クラブ代表、中曽根内閣科学技術庁長官、宮沢内閣官房長官自民党総裁、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長などを歴任

*10:中曽根内閣防衛庁長官、宮沢内閣官房長官自民党政調会長(河野総裁時代)、幹事長(橋本総裁時代)など歴任

*11:自民党幹事長(小泉総裁時代)、小泉内閣官房長官などを経て首相

*12:羽田内閣法相、鳩山、菅内閣国家公安委員長民社党副委員長、自由党副党首、民主党副代表など歴任

*13:鳩山、菅内閣外相、民主党幹事長(菅代表時代)、野田内閣副総理・行革相、民主党代表代行(海江田代表時代)、民主党代表などを経て、現在、立憲民主党常任顧問

*14:第一次安倍、福田内閣で行革相

*15:暗躍と言っても勿論拉致では無く情報スパイや密輸などです。

*16:そもそも上げる気も無いのでしょうが