「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2021年10/29日:荒木和博の巻)

まもなく発売の月刊「正論」12月号に寄稿しました: 荒木和博BLOG
 保守系の雑誌なら「極右系の産経・正論」でなくても「月刊文春」「月刊中央公論(読売の子会社・中央公論新社)」があるところ荒木には「正論のような極右雑誌」からしかお呼びがかからないわけです。そのこと自体が「荒木ら救う会」が極右にしか相手にされてないという悲惨な状況を証明しています。


拉致被害者救出のため今までと違うツッコミ方を発信する10.21札幌ハイブリッド集会[R3/10/28・チャンネル桜北海道]: 荒木和博BLOG
 タイトルだけで動画を見る気が無くなりますし、実際見ていません。何せ「1時間25分」と無駄に長い。
 「拉致被害者帰国」のために必要なことは「北朝鮮との外交交渉」であって「ツッコミ」ではないでしょう。
 かつ荒木ら救う会の方こそ「国内で40人も発見された特定失踪者を未だに北朝鮮拉致と強弁」「国内で遺体で発見された特定失踪者・山本美保さんについて、『山梨県警の捏造鑑定、黒幕は首相官邸』と強弁」というツッコミどころしかない「トンデモ集団」です。


拉致問題を忘れないようにするために(R3.10.29): 荒木和博BLOG

 令和3年10月29日金曜日のショートメッセージ(Vol.573)。
(中略)
 問題は社会全体の記憶から拉致問題が消えていくこと。そうしないためにどうするか、お話ししました。

 8分35秒の動画です。
 動画タイトルと説明文だけで呆れ果て、見る気が失せます。実際見る価値はないですが。
 まず「拉致問題を解決するためには」「拉致被害者帰国を実現するためには」ではなく「拉致問題を忘れないようにするために」と言うのが酷い。荒木は「拉致の風化」を事実上認めています。
 そもそも2002年の小泉訪朝から「19年も経っても」進展がなければ風化するのは当たり前でしょう。拉致解決の見込みが出てくれば嫌でも「関心は高まります」。
 「例は何でもいい」ですが、この点、わかりやすいのは「冤罪事件」ですね。
 「足利事件」でも「袴田事件」でも何でもいいですが「再審開始決定」や「その結果の無罪判決」といった動きが出れば、その時点で関心が高まる。
 正直、「再審開始決定」や「その結果の無罪判決」が出るまでは「足利事件」でも「袴田事件」でも何でもいいですが

◆被告人が被差別部落出身で「警察の部落差別」が疑われた狭山事件(現時点では再審が認められていない)

など一部の例外を除いて「多くの冤罪事件」は世間に知られていません。
 例えば大森勝久氏の新しい論文です: 荒木和博BLOGで荒木が紹介する「大森氏の北海道庁爆破事件」などは「日弁連アムネスティが支援している(つまりかなり冤罪の疑いが強い)」とはいえ、知ってる人間は少ないでしょう。それは「足利事件」や「袴田事件」と違い「再審開始決定」や「その結果の無罪判決」がないからです。
 北海道庁爆破事件も「再審開始決定」や「その結果の無罪判決」があれば「急激に注目が集まる」でしょう。
 そもそも拉致だって「小泉訪朝による5人帰国」という「新たな動き」によって注目されたのであってそれ以前は大して注目もされてない。
 しかし、荒木ら救う会には「拉致を解決する展望」がない。「それ以前に解決する意思」すらない。
 単に「拉致を口実に日朝国交正常化交渉を妨害している」だけの話です。だから「制裁を続けろ」としかいわない。
 それでは「拉致の風化」が止まらないのは当たり前の話です。
 「ブルーリボン着用」、「アニメ『めぐみ』の上映」だの、啓発活動でどうこうなる話ではない。風化するのは当たり前です。
 荒木曰く

◆『忠臣蔵』など昔から語り継がれてる話もある。なのになぜ小泉訪朝から19年しか立ってない拉致が風化するのか(なお、こうした文章は荒木の発言と一言一句同じ訳ではなく、俺が要約しています)

 「はあ?」ですね。
 「忠臣蔵」などは「娯楽作品」として語り継がれてるのであって、政治がどうこう言う話ではない。
 しかも

◆『忠臣蔵』では大石らが耐えて吉良に復讐した。ああいうことがなぜ拉致でできないのか?

て「はあ?」であり「語るに落ちています」ね。
 なお、忠臣蔵において大石らの「当初の希望」は「吉良への復讐」ではなく、「浅野家再興(浅野内匠頭の弟を旗本にしようと運動)」です。その見込みがなくなったから吉良に復讐した(なお、皮肉にも吉良邸討ち入り後、内匠頭の弟が旗本となり、浅野家再興が実現します)。
 で拉致ですがこの場合、荒木も含めて「建前上の目的」は「拉致被害者帰国」です。「北朝鮮への復讐」ではない。
 「忠臣蔵」云々言い出す荒木はどう見ても拉致被害者帰国を目指していません。