事大主義は国を滅ぼす(戦前日本のドイツ事大主義)

事大主義は国を滅ぼす: 白頭の革命精神な日記
 以下の記事は「白頭先生の文章」に触発されて書いた物の、彼の文章内容(ロシア、ウクライナ云々)とは全く関係ないこと、当然、彼の主張を支持していないことをお断りしておきます。
 「事大主義(自分より大きな存在に事(つか)える、奉仕する)」とは平たく言うと「虎の威を借る狐」「ジャイアンスネ夫の関係」という奴です。
 「強いから事える」、つまり「強者のおこぼれ狙いで事える」のであってそこには理念のような高尚な物は何もない。「弱かったら事えない(おこぼれが期待できないので)」わけですから。
 俺が「事大主義は国を滅ぼす」といった場合に思いつくのは戦前の「ドイツ事大主義」とそれによる「1945年の日本敗戦」ですね。
 「ドイツという虎」の威を借りた狐「戦前日本」は愚かにも「俺にはフランスやオランダを降伏させたドイツという虎がついている。いずれドイツは英国やソ連も降伏させるだろう。米国という虎など怖くない」という「ドイツ事大主義」で対米開戦を実行しました。
 さすがに「ドイツへの過信」がなければ日本も対米開戦はしなかったでしょう。
 「ハニートラップ」なんてことで、そのような歴史の話を解釈するのはよろしくない(半藤一利氏って、こんなトンデモだったのという気がする)(下) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)半藤一利を批判するように「ハニートラップ」などで日本はドイツに肩入れしたわけで勿論ありません。
 「対米開戦」に反対する良識派は「米国事大主義(米国という虎にへいこらする腰抜け)」と罵倒されました。
 その「ドイツ事大主義」がいかに愚かだったかは今更言うまでもないでしょう。
 「ドイツという虎」は日本政府の楽観的予想に反し、「英米ソ連の連合国」に敗れ、「ドイツという虎」を失った狐「日本」は独力で米国に勝てるわけもなく、当然敗戦せざるを得ませんでした。
 結局「事大主義」とは「ご主人様」が元気でかつ「子分の期待通りに動いてくれれば」なら「弊害は表面化しない」ものの「ご主人様が崩壊すれば」、あるいはご主人様が元気でも「子分のお前が、俺に了解もなしに勝手にやってることにまで責任がとれるか。お前一人で責任をとれ」と子分を見捨てたら、その時点で「自滅する」わけです。
 しかし今の日本を見ていると「ドイツ事大主義」が「米国事大主義」に変わっただけのようでげんなりします。
 「拉致被害者家族会の米国大統領詣で」「日本ウヨの中国、韓国敵視(米国という虎がいるから中国、韓国など怖くない)」も「悪しき米国事大主義の一例」といっていいでしょう。
 但し「ドイツ同様」に米国が崩壊しない、あるいは「日本を見捨てない」保障はどこにもありません。