大河ドラマ「どうする家康」(1/22放送)の感想(2023年1月23日記載)(追記あり)

 「変わる徳川家康像」の赤旗記事 - 紙屋研究所に絡めて書いてます。
 但し、別記事でも書いたように「松竹に同調する紙屋」については政治的にはほとんど俺は評価していません(特に彼らの右翼的な安保政策は)。
 なお、松竹伸幸『シン・日本共産党宣言』 - 紙屋研究所では「善意の第三者ぶる紙屋」ですが実際は、松竹の文春新書原稿執筆に協力するなどの「共犯者(?)」ではないかと俺は疑っています。
 何せ紙屋は手放しで松竹を褒め称えてますからね。

 1560年の桶狭間合戦今川義元織田信長に敗死してからも、当初は今川方として織田方に抗戦していたらしい。しかし上杉謙信の大軍が関東に侵攻。今川氏と同盟関係にあった北条氏が存亡の危機の事態となったため今川氏は家康を支援できず、織田方の攻勢の矢面に立たされた家康はついに織田信長と和睦し、今川氏から独立したとしています。

 本日夜の「どうする家康」はここらあたりの話だから、それが生かされている可能性があるわけですなー。それは楽しみの一つである。

 この辺りは確かにいかされていましたね。
 大河において、最後まで「今川から織田に寝返ること」を躊躇する家康ですが、今川の支援が来ず、織田相手に苦戦する中、「部下や実母」から寝返り論が公然と主張される中、彼は当初は「今川の人質となってる妻子を見殺しにしろというのか」「信長がそこまで信用、評価できるのか」等と部下らに憤慨しますが、最終的には寝返りを余儀なくされます。実際がどうかはともかく、ドラマにおいて彼は一面識もない信長という男に寝返っていいのか、相当に悩んでいます。「これを機会に今川から独立しよう」等と素直に喜んではいない。

 最近の研究によると、信玄の手紙をみると、家康を「三河殿」とか「三河守殿」ではなく、単に「岡崎」と呼び捨てているそうです。つまり、家康を、三河の支配権を確立した、独立した国主としてはみなしていないわけです。かなり後になっても、信玄が家来にあてた手紙の中にも、「家康はもっぱら信長の意見にしたがっている人物だ」と書かれています。信玄は家康を対等の交渉相手とはみなしていませんでした。

 この点も大河にいかされていました。
 今川の支援が来ない中、家康は「苦肉の策」として「今川・武田の同盟」を理由に、信玄に「是非、今川配下の自分に援軍を送って欲しい」と要請しますが「今川からの要請ならともかく、格下の分際で何様か」と相手にもしません。その結果、家康は寝返りの方向に追い込まれていきます。

【追記】
 「どうする家康」が視聴率で苦戦してるようですが、これは「脚本がつまらない」「松本潤の演技がまずい」というより「家康がかっこよくないこと」が大きいのではないか。
 過去の家康モノと違い、家康はまだ「未熟な存在」として描かれていますが、それが多くの視聴者にとって魅力的ではないのではないか。
 とはいえ、ドラマや原作小説がどこまで事実にそっているかはともかく、実際、家康は「次第に成長していった」のでしょう。
 この点は「共産のレジェンド宮本*1や不破*2」「創価学会のレジェンド池田(第三代会長)」なども同じでしょう。「どうする宮本(不破)(池田)」だったわけです。公式ではその辺りはあまりアピールされませんが。

*1:書記長、委員長、議長を歴任

*2:書記局長、委員長、議長を歴任