新刊紹介:「歴史評論」2021年4月号

 小生がなんとか紹介できるもののみ紹介していきます。正直、俺にとって内容が十分には理解できず、いい加減な紹介しか出来ない部分が多いですが。
特集「戦国史研究入門」
戦国大名と国衆(山田邦明*1
(内容紹介)
 「国衆」は「国人 - Wikipedia」あるいは「国人領主」などとも言いますが、平たく言えば「戦国大名の家臣」です。
 「国衆」でググる

【発行年順(発行年が同じ場合は著者名順)】
黒田基樹*2『戦国期東国の大名と国衆』(2001年、岩田書院
◆大石泰史*3『全国国衆ガイド 戦国の‘‘地元の殿様’’たち』(2015年、星海社新書)
黒田基樹『増補改訂 戦国大名と外様国衆』(2015年、戎光祥出版
◆鈴木将典*4『国衆の戦国史』(2017年、洋泉社歴史新書y)
戦国史研究会編『戦国時代の大名と国衆』(2018年、戎光祥出版
◆平山優*5戦国大名と国衆』(2018年、角川選書)
黒田基樹『戦国期関東動乱と大名・国衆』(2020年、戎光祥出版

歴史/中世/論集 戦国大名と国衆岩田書院
①武蔵大石氏
北条氏邦と武蔵藤田氏
北条氏邦と猪俣邦憲*6
④武蔵三田氏
⑤甲斐小山田氏
尾張織田氏
⑦武蔵成田氏*7
遠江 天野氏・奥山氏
玉縄北条氏
⑩阿波三好氏
備前宇喜多氏
⑫岩付*8太田氏*9
信濃真田氏
⑭真田氏一門と家臣
⑮武蔵上田氏
⑯美濃斎藤氏
⑰安芸毛利氏
⑱伊予河野氏
⑲北条氏房
織田氏一門
真田信之・信繁

と言った著書がヒットします。
 重要なのは「江戸時代の大名家臣」と違い国衆は「独立性が強い」ということですね。従って下克上で戦国大名を倒して自らが戦国大名に成り上がる国衆(例:大内義隆を打倒した家臣・陶晴賢)もいたし「戦国大名A」から「戦国大名B」に乗り換える国衆もいた。大河ドラマ真田丸」において武田氏国衆であった小山田氏や穴山氏が武田氏を裏切るのも、武田氏国衆だった真田氏が、武田氏滅亡をきっかけに戦国大名に成り上がるのも何ら不思議な話ではない。
 そのような国衆の独立性の強さから、戦国時代においては江戸時代のような「参勤交代(大名が江戸屋敷に長期間滞在)」などとても出来る話ではない。
 織田信長など一部の有力大名でもなければ、国人領主の下克上が怖くて「京都に上洛」などとても出来る話では無いわけです。
 そう言う意味では佐久間信盛 - Wikipediaの失脚劇などは「織田信長が国衆である佐久間の力を巧みに奪っていき、信長に刃向かえない存在にしてしまった(信長は江戸時代の大名に近い存在になりつつあった)」と言う意味で非常に「衝撃的出来事」ではあります。
 一方で国衆を押さえ込めないと、観音寺騒動 - Wikipedia戦国大名六角氏の内紛、これを契機に六角氏は衰退)、「新発田重家の乱(最終的には上杉景勝が重家を自害に追い込む)のような厄介なことになります。
 あるいは「国衆」が「地域密着」であり、大名からかなり自立しているが故に、戦国時代には豊臣政権や江戸幕府での「国替え(転封)」なんてことはおよそ考えられない(まあ、豊臣政権や江戸幕府においても島津氏がずっと薩摩藩だったように好き勝手に転封できたわけではないですが)。
 さてタイトルは「戦国大名と国人」ですが論文内容は実はそれに限定されていません。
 個人的にはタイトルが「国衆」である以上「国衆と関係ない話は書くべきではない」、「国衆オンリーでは原稿が規定の分量だけ書けないというなら人選ミスでは無いのか(あるいは逆に『国衆という表題』は論文内容とのズレがあり、不適切では無いか)」と思いますが。
 山田論文は興味深い資料として『元亀元年十月八日』の徳川家康起請文(上杉家文書)という上杉謙信上杉輝虎)に家康が宛てた書状を紹介しています(ただし既に述べたようにこれは国衆云々とはあまり関係ない話です)。

武田信玄の天下人への戦略とその後 :: 紙本墨書生島足島神社文書
 永禄11年(1568)年2月、武田氏は徳川氏と同盟を結び、駿河遠江を東と西から攻め取る約束を交わしました。
 永禄12年(1569)から天正元年(1573)年にかけての丸4年間、信玄の精力的な駿河遠江三河方面への侵攻が続けられました。執拗ともいえる攻勢に音を上げた今川・北条氏は、越後の上杉謙信信濃に兵を出し、信玄の動きを牽制するようという要請を何回もしました。

ということで当初は武田信玄と同盟を結び「今川、北條、上杉」と対決した家康ですが、次第に家康は信玄との利害関係の違いから

武田信玄の天下人への戦略とその後 :: 紙本墨書生島足島神社文書
 元亀元年(1570)10月、徳川家康は信玄との同盟関係を破り、謙信と同盟関係を結ぶようになります。

ということで、結局は家康は「信玄と対立し、上杉と同盟する道」を選びます。この時に家康が謙信に送った書状が『元亀元年十月八日』の徳川家康起請文(上杉家文書)のわけです。
 なお、後に武田勝頼を滅ぼす「家康の同盟者」信長はこの時期は

武田信玄 - Wikipedia
 永禄8年(1565年)には東美濃の国衆である遠山直廉の娘(信長の姪にあたる)を信長が養女として武田家の世子である武田勝頼に嫁がせることで友好関係を結んだ。その養女は男児(後の武田信勝*10)を出産した直後に死去したが、続いて信長の嫡男である織田信忠と信玄の娘である松姫の婚約が成立している(ただし後に織田と武田が敵対関係に入ると松姫は信忠から離縁される)。

ということで武田氏と同盟関係にありました。家康としては信玄と対決するために頼れる相手は上杉謙信しかいなかったわけです。
 家康としては「上杉と同盟を結ぶと共に、信長に武田との同盟を破棄するよう働きかけ」、結局は信長は家康を選び武田を滅ぼすわけです。
 つまり戦国時代とは「昨日の敵は今日の友」「今日の友は昨日の敵」「仁義なき戦い」のわけです。


室町幕府・朝廷:織田信長の上洛以前(水野智之*11
(内容紹介)
 「応仁の乱以降、信長の上洛以前」は従来は「幕府や朝廷の権威は衰退する一方」と理解される傾向にあったが近年の研究でそうした見方は一面的であると評価されていることが指摘されます。
 参考文献として

【戦国期の室町幕府:発行年順(発行年が同じ場合は著者名順)】
今谷明*12『戦国期の室町幕府』(1975年、角川書店→2006年、講談社学術文庫
◆山田康弘『戦国期室町幕府と将軍』(2000年、吉川弘文館
◆西島太郎『戦国期室町幕府と在地領主』(2006年、八木書店
◆山田康弘『戦国時代の足利将軍』(2011年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)
◆木下昌規*13『戦国期足利将軍家の権力構造』(2014年、岩田書院
◆山田康弘『足利義稙*14』(2016年、戎光祥出版
◆山田康弘『足利義輝*15・義昭*16』(2019年、ミネルヴァ日本評伝選)
◆木下昌規『足利義晴*17畿内動乱』(2020年、戎光祥出版
◆山田康弘編『戦国期足利将軍研究の最前線』(2020年、山川出版社
【戦国期の朝廷:発行年順】
今谷明『言継卿記:公家社会と町衆文化の接点』(1980年、そしえて→後に『戦国時代の貴族:「言継卿記」が描く京都』と改題し、2002年、講談社学術文庫
今谷明戦国大名天皇』(1992年、福武書店→2001年、講談社学術文庫
◆湯川敏治『戦国期公家社会と荘園経済』(2005年、続群書類従完成会
◆神田裕理『戦国・織豊期の朝廷と公家社会』(2011年、校倉書房
◆末柄豊*18『戦国時代の天皇』(2018年、山川出版社日本史リブレット)
◆神田裕理『朝廷の戦国時代』(2019年、吉川弘文館
◆神田裕理編『ここまでわかった戦国時代の天皇と公家衆たち: 天皇制度は存亡の危機だったのか?』(2020年、文学通信)

などが紹介されています。


◆織豊権力論へのガイド(堀新*19
(内容紹介)
 近年の「織豊権力論」についての著書として

織豊政権:発行年順(発行年が同じ場合は著者名順)】
◆三鬼清一郎*20『織豊期の政治構造』(2000年、吉川弘文館
◆池亨*21『戦国・織豊期の武家天皇』(2003年、校倉書房
◆池上裕子*22織豊政権江戸幕府』(2009年、講談社学術文庫)
◆池亨『東国の戦国争乱と織豊権力』(2012年、吉川弘文館
◆竹井英文『織豊政権と東国社会』(2012年、吉川弘文館
◆三鬼清一郎『織豊期の国家と秩序』(2012年、青史出版)
◆金子拓*23『戦国おもてなし時代 信長・秀吉の接待術』(2017年、淡交社
◆竹井英文『東日本の統合と織豊政権』(2020年、吉川弘文館
織田信長:発行年順(発行年が同じ場合は著者名順)】
◆金子拓『織田信長という歴史:『信長記』の彼方へ』(2009年、勉誠出版
◆池上裕子『織田信長』(2012年、吉川弘文館人物叢書
◆金子拓編『『信長記』と信長・秀吉の時代』(2012年、勉誠出版
◆金子拓『織田信長 <天下人>の実像』(2014年、講談社現代新書)
◆神田千里*24織田信長』 (2014年、ちくま新書
◆金子拓『織田信長権力論』(2015年、吉川弘文館
◆金子拓『織田信長 不器用すぎた天下人』(2017年、河出書房新社
◆金子拓編『長篠合戦の史料学』(2018年、勉誠出版
◆金子拓『長篠の戦い』(2019年、戎光祥出版
豊臣秀吉:発行年順】
◆中野等*25『豊臣政権の対外侵略と太閤検地』(1996年、校倉書房
◆中野等『秀吉の軍令と大陸侵攻』(2006年、吉川弘文館
◆三鬼清一郎 『豊臣政権の法と朝鮮出兵』(2012年、青史出版)
跡部*26豊臣秀吉大坂城』(2014年、吉川弘文館
跡部信『豊臣政権の権力構造と天皇』(2016年、戎光祥出版
◆中野等『太閤検地』(2019年、中公新書
◆藤井讓治*27『天下人秀吉の時代』(2020年、敬文舎)

などが紹介されています。


戦国史研究における地域社会の描き方(湯浅治久*28
(内容紹介)
 戦国時代というと素人、一般人は「大河ドラマ的な方向(信長、秀吉など有名な戦国武将)」に着目しがちだが、何も戦国時代はそうした「有力武将の政治的行動」だけで形成されていたわけではないという指摘がされています。
 具体例としては惣国一揆地下人(地域の有力農民のこと)などについて簡単に触れられています。


◆戦国時代都市史研究入門(仁木宏*29
(内容紹介)
 戦国時代都市史研究の成果として

【発行年順】
鹿毛敏夫*30編『戦国大名大友氏と豊後府内*31』(2008年、高志書院
◆仁木宏編『守護所*32・戦国城下町の構造と社会:阿波国勝瑞*33』(2017年、思文閣出版

などが紹介されます。なお、筆者は「個別の城下町研究が進む」一方で、いわゆる「研究のたこつぼ化」が起こり、「個々の城下町の共通点と相違点」「なにゆえそうした共通点と相違点が生じるのか」といった「大きな研究につながっていない」嫌いがあるとしてそうした「大きな研究」をどう行っていくかが今後の課題としています。


◆戦国期宗教史研究入門(安藤弥*34
(内容紹介)
 近年の「戦国期宗教史研究」についての著書として

【発行年順】
◆湯浅治久『戦国仏教:中世社会と日蓮宗』(2009年、中公新書)
◆神田千里『宗教で読む戦国時代』(2010年、講談社選書メチエ)
◆神田千里『蓮如』(2012年、山川出版社日本史リブレット人)
◆河内将芳*35日蓮宗と戦国京都』(2013年、淡交社
◆神田千里『戦国と宗教』(2016年、岩波新書)
◆河内将芳『戦国仏教と京都:法華宗日蓮宗を中心に』(2019年、法蔵館
◆神田千里『顕如』(2020年、ミネルヴァ日本評伝選)

などが紹介されています。なお、評者である安藤氏は神田『宗教で読む戦国時代』(2010年、講談社選書メチエ)、『戦国と宗教』(2016年、岩波新書)は日蓮宗法華宗)についての言及が少ない(もっぱらキリスト教一向宗浄土真宗)について言及)という問題があり、日蓮宗については湯浅『戦国仏教:中世社会と日蓮宗』(2009年、中公新書)など、他の本で補う必要があるとしています。
 なお、安藤氏は「厳しいことを言うようだが、神田本を読んで『日蓮宗に対する言及が少なすぎる』と疑問を感じないようでは学部生としても勉強が足りない(ましてや院生や助教などのレベルには達していない)」「本を読むときには懐疑的精神が必要だ」と述べています。
 まあ、なかなか「言うは易く行うは難し」という話ではあります。

【参考:戦国仏教】

日蓮宗の位置付けは戦国仏教が正確か? 『戦国仏教と京都』(法藏館)より | 文化時報プレミアム
 法華宗日蓮宗)や浄土真宗は仏教界では鎌倉仏教の範疇に数えられているが、教線拡張し、組織として確立されたのは織田信長豊臣秀吉がいた戦国時代であったことから、「戦国仏教」と位置付けるのが正確ではないかと、歴史学者の間で研究が進んでいる。
 『戦国仏教―中世社会と日蓮宗』(湯浅治久著・中公新書)に続いて、このほど法藏館から河内将芳著『戦国仏教と京都―法華宗日蓮宗を中心に』が刊行された。
 応仁の乱直後は、「法華宗繁昌」「京中充満」の勢力を有し、その勢いが「天文法華の乱」を招いたとされる。近江方の大名と連合を組んだ山門延暦寺大衆に敗れ、京都から退転。その後帰還を果たし、信長の延暦寺焼き打ち後は、その影響下から解放され、権力者らと直接対峙。ついには秀吉の大仏千僧会に出仕し、「国家」の一翼を担う「宗」の一つとして認識されていく。

湯浅治久『戦国仏教』(中公新書) 6点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期
 この本の主な主張を列挙すると、
1、鎌倉時代に新しい仏教が誕生したが、鎌倉時代に力を持っていたのは、あくまでも古い仏教である顕密仏教であった。
2、しかし、鎌倉時代には都市化も始まっており、新しい仏教はそういった都市の下層民に食い込んだ。
3、鎌倉から室町そして戦国時代は都市化と飢えや飢饉の時代であり、日蓮宗は都市のネットワークあるいは有力御家人の領地のつながりなどを利用して、社会不安の時代の中で広がっていった。
4、さらに室町時代には有徳人と呼ばれる金持ちが出現し、その庇護を受け新仏教は力を伸ばした。
5、また、室町時代になると旧来の荘園制度が崩壊し、一揆と呼ばれる村落の結合体など生まれるが、そこでも新仏教が大きな役割を果たした。
といったようなところでしょうか。
 これを見てもわかるように、この本の主張は多岐にわたっており、なかなか簡単にはまとめられない本になっています。
 ただ、「戦国仏教」というこの本のテーマからすると、顕密仏教と戦国仏教の違い、同じ戦国仏教である日蓮宗浄土真宗の共通する部分と違う部分、日蓮宗の改革運動をになった日親の位置づけなど、やや消化不良の部分もあります。

「戦国仏教」読了 - 読書日記 とその他ちょっと
 戦国仏教とは聞き慣れない言葉であるが、従来の鎌倉仏教といわれる鎌倉時代に生まれた新宗教である浄土宗、浄土真宗日蓮宗、などは当時は勢力のない異端に過ぎず、それが本当に開花するのが戦国時代であることから、鎌倉仏教というよりも戦国仏教という方が正しい、というのである。
 鎌倉時代の主要な宗教勢力は護国宗教としての比叡山高野山などの顕密仏教であった。これらは荘園制に基づき大量の荘園を所有することにより政治的権力と密接につながっていた。
 しかし、土地制度が鎌倉の終わり頃から崩壊するにつれて、新しい富裕層(有徳人)や悪党が現れ始め、特に前者の有徳人が新宗教の保護者としての側面を持つ。
 その後、新宗教は葬式仏教としての役割を果たすことにより一般庶民への布教を開始する一方、諸大名や侍をつなぐ役割も持つようになる…
というまとめでいいと思う。
 だが、瑣事、といっていいのかどうか、細かいことを書きすぎていて戦国仏教なるものの全体像がすごいわかりにくい。
 あまりに具体的な事例ばかり挙げていて、それが一般的なことなのかどうかも判断できないし。
 もうちょっと量的な面での説明があってもよかった。
 ○○の時代は顕密仏教が80パーセントだったが、50年後には60%まで減っているとか。もちろん、こんな具体的に示すのは無理だろうけど。
 テーマはおもしろいので、もう少し全体像を示してくれた方がよかったかな。
 取り上げてるのが日蓮宗のみってのもね。戦国時代はどちらかというと一向一揆みたいな浄土真宗の活躍が印象にあるのでそっちも知りたかった。


◆戦争・城郭研究の手引き(竹井英文*36
 戦争研究として

【発行年順】
藤本正行*37『信長の戦争:『信長公記』に見る戦国軍事学』(2003年、講談社学術文庫)
藤木久志*38『【新版】 雑兵たちの戦場:中世の傭兵と奴隷狩り』(2005年、朝日選書)
盛本昌広*39『軍需物資から見た戦国合戦』(2008年、洋泉社新書y)
藤本正行桶狭間の戦い』、『長篠の戦い』(以上、2010年、洋泉社歴史新書y)
久保健一郎*40『戦国時代戦争経済論』(2015年、校倉書房)、『戦国大名の兵粮事情』(2015年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)
◆川戸貴史*41戦国大名の経済学』(2020年、講談社現代新書)

 城郭研究として

【発行年順(発行年が同じ場合は著者名順)】
◆白峰旬*42『日本近世城郭史の研究』(1998年、校倉書房
◆中澤克昭*43『中世の武力と城郭』(1999年、吉川弘文館
千田嘉博*44『織豊系城郭の形成』(2000年、東京大学出版会
◆松岡進『戦国期城館群の景観』(2002年、校倉書房
◆白峰旬『豊臣の城、徳川の城』(2003年、校倉書房
千田嘉博『戦国の城を歩く』(2003年、ちくまプリマーブックス→2009年、ちくま学芸文庫)
千田嘉博『信長の城』(2013年、岩波新書)
千田嘉博真田丸の謎 戦国時代を「城」で読み解く』(2015年、NHK出版新書)
◆松岡進『中世城郭の縄張と空間』(2015年、吉川弘文館
◆中井均*45『信長と家臣団の城』(2020年、角川選書)
千田嘉博『城郭考古学の冒険』(2021年、幻冬舎新書)

などが紹介されています。
 なお、盛本氏、川戸氏、久保氏の問題意識が俺的には興味深いですね(川戸氏については以前今日の産経ニュース(2020年7月18日分) - bogus-simotukareのブログで紹介しました)。
 「話が脱線しますが」、今日の産経ニュース(2020年7月18日分) - bogus-simotukareのブログでも触れましたが「戦争は金食い虫」です。「戦争に勝利して利権(日清戦争での台湾割譲、日露戦争での南樺太割譲など)を手に入れない限り」戦争それ自体は何の利益も生み出さない。
 そして「経済力イコール軍事力」といってもいい。戦国時代において、鉄砲などの武器を調達するにしても、兵糧を調達にするにしても金がかかる。
 特に現代戦のように「兵器の性能で全てが決まる」ようになってくると、「北朝鮮のような貧乏国(軍事小国)」が「経済大国(軍事大国)」である韓国や日本に侵攻するなんて事は到底出来る話ではありません。

【参考:城ブーム】

NHK NEWS WEB ネット News Up 「お城ブーム」に意外な背景2017.3.7
 「去年の大河ドラマ(ボーガス注:真田丸)の影響かどうか、全国的にお城の入場者数が増えているらしい」とデスクに言われた記者。「だいぶ前から『お城ブーム』はあったのでは?」と懐疑的になりつつ調べたところ、「お城SNS」や「城アプリ」など、ソーシャル時代ならではの要因が分かってきました。
 一方で関係者からはブームに当惑の声も上がっています。
 まずは全国49のお城の管理団体が加盟する「全国城郭管理者協議会」に問い合わせたところ、姫路城や名古屋城など加盟するお城の総入場者数は平成27年度で約2200万人でした。この5年で約600万人増加、去年と比べても約300万人増えています。
 増加の要因は何か、「日本100名城」を選定している日本城郭協会を訪ねました。事務局長の加藤良明さんによりますと、今は「第2次お城ブーム」で、平成18年に「日本100名城」を発表したあと全国でお城巡りがブームになり、それまであまり知られていなかった城にも注目が集まったといいます。
 例えば「天空の城」として有名な兵庫県朝来市竹田城です。
 平成18年度の来場者数は2万人
 平成18年に「日本100名城」に選ばれたことをきっかけに、雲海に浮かぶ城跡の幻想的な写真がネットで拡散、映画やCMでの紹介も相次ぎました。
 入場者は、平成24年度には23万人、25年度、26年度には連続で50万人を突破しました。
 まさにお城版「シンデレラストーリー」です。
 一方で加藤さんは「ブームは困るんです」とも語ります。竹田城では、急増した観光客に対応しきれず、史跡の損傷や車の渋滞が問題になったこともありました。

【話題の本】『城郭考古学の冒険』千田嘉博著 城の姿から歴史の流れ読み解く - 産経ニュース2021.2.20
 「お城ブーム」が言われて久しい。かつては城といえば天守ばかりが注目されていたが、近年はファン層の広がりとともにより深い知識を求める熱心な愛好家も増え、石垣や堀などを含めた城郭全体への関心が高まっている。
 その牽引(けんいん)役の一人である著者は、弊紙連載「千田嘉博のお城探偵」やテレビの歴史番組でもおなじみ。城の発掘調査を中心に、文字史料や絵図なども用いて往時の全体像を提示する城郭考古学の開拓者だ。


◆戦国時代の多様な対外関係(伊川健二*46
(内容紹介)
 他論文が「入門」ということで「入手しやすく読みやすい文庫や新書、選書、講座物」などを複数紹介しているのに、そうした紹介があまり無く、「入門」のはずなのに「入門性を感じない」のが何だかなあと言う論文です。
1)暦の照合問題
 何のことかというと現代は「基本、世界中同じ暦」なのに対し、戦国時代は「ユリウス暦(スペインなどヨーロッパ)」「宣明暦(日本)」「大統暦(中国、朝鮮)」と暦が違うので「日付のずれが生じてることに注意する必要がある」話です。
2)「国王」の意味
 勘合貿易関係(日明関係)の文書において「国王」とある場合は「足利将軍」である事が多いのに対し、九州で布教していたイエズス会の資料で「国王」とある場合は、キリシタン大名である有馬晴信大友義鎮を意味するなど「国王」と言う言葉は戦国時代においては「多義的な意味」だったと言う話です。
3)様々な資料
 資料として

【日明関係】
明実録 - Wikipedia
◆戊子入明記(戊子入明記とは - コトバンク参照)
【日朝関係】
◆『蔭涼軒日録』(蔭涼軒日録とは - コトバンク参照)
海東諸国紀 - Wikipedia
善隣国宝記 - Wikipedia
朝鮮王朝実録 - Wikipedia
イエズス会関係資料】
◆『イエズス会日本年報』、『イエズス会日本通信』(雄松堂出版
◆『十六・七世紀イエズス会日本報告集』(同朋舎出版
◆『聖フランシスコ・デ・サビエル書翰抄』(岩波文庫
◆『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』(平凡社東洋文庫
ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫)、『日本史』(中公文庫、平凡社東洋文庫

などが紹介されています。


◆歴史のひろば・リレー連載『人類は感染症といかに向き合ってきたか?②』『神観念の変容と近世の高い宗教性:ペスト期における西欧社会の『峻厳な神』の支配』(石坂尚武*47
(内容紹介)
 Q&A形式(架空問答形式)で書いてみます。
Q(俺)
 先日、新型コロナについて触れたある新聞記事を読んでいたら『中世の黒死病(ペスト)大流行』によって『この世に神などない』という考えが広まった、今回の新型コロナでも同様のペシミズムが生まれるかもしれないと書いてあったのですが?
A(石坂氏)
 実はそうした考えは「新型コロナについても、ペストの蔓延した中世西欧についても」事実では無く「誤った偏見」でしかありません。たとえば「引用が長くなりますが」新型コロナ関係の以下のNHK記事を見てみましょう。

WEB特集 新型コロナは“神が与えた罰”? せめぎあう科学と宗教 | NHKニュース2020年5月7日
 感染症が広がり多くの人が亡くなってきた歴史の中で、人類はたびたび宗教に救いを求めてきました。しかし、一部の国では、今、宗教が新型コロナウイルスを拡散させるリスクとなっています。(エルサレム支局長・澤畑剛)
◆宗教行事が感染拡大のリスクに
 ことし4月から5月にかけては主要な宗教行事が続いています。ユダヤ教の過越祭(ペサハ)、キリストの復活祭(イースター)、そしてイスラム教の断食月ラマダン)です。
 こうした宗教行事では大勢の人が密集して祈りをささげます。韓国では新興宗教団体の教会で起きた集団感染が初期の感染者増加につながりました。マレーシアでも3月初めのイスラム教の宗教行事がきっかけとなり、感染が広がったと見られています。
 神経をとがらせる各国は宗教界と緊密に連携して、教会やモスクなどの祈りの場を閉鎖する措置などを打ち出しています。宗教を通じた感染拡大を防ぐことができるのか。この課題に直面した国の1つが中東のイスラエルでした。
◆スピーディーだった隔離政策
 イスラエル新型コロナウイルスへの対応は世界を見渡しても迅速かつ強力です。国内の死者がゼロだった3月9日にはすべての海外からの渡航者に隔離措置を義務づけ、その後、すべての外国人の入国を拒否。さらに、ふだんは敵に用いるサイバー技術を使い、感染者や感染疑いがある人を徹底的に追跡しました。
 それにもかかわらず、イスラエルでは感染の拡大が4月中旬まで続きました。5月5日現在、確認された感染者の数は1万6000人以上、亡くなった人は230人を超えました。イスラエルの首相みずから「やりすぎなくらいの対策」と語る強硬策をとったにもかかわらず封じ込めができなかったのは、そこに「宗教」の壁が立ちはだかったからです。
◆ウイルス拡散は“人間の行動の報い”
 感染者の増加は「超正統派」と呼ばれる敬けんなユダヤ教徒のコミュニティーで起きました。黒い衣服に身を包み、ユダヤ教の戒律を厳格に守る超正統派は、ほとんどの人が仕事をせず、宗教学校で教えを学ぶことにいそしみます。テレビやインターネットは所有や使用が禁止されているため、多くの情報から切り離された人々です。
 イスラエルの超正統派の間では、非科学的な考えや偏見が広がっていました。それを支えたのが著名な聖職者たちが示した見解です。新型コロナウイルスは、神が自然の摂理に逆らう同性愛者に与えた罰だ」「ウイルス拡散は、人間が野獣のような行動を取った報いだ」といった内容でした。
 これらの発言からは感染症を「神罰」だと見なす風潮が伺えます。「科学を拒否する」態度は、教えに忠実な自分たちにとってウイルスの感染は無縁の出来事だという油断を生んでいました。
◆宗教学校の閉鎖は「神が許さない」
 3月15日、イスラエル政府は宗教学校とシナゴーグユダヤ教の礼拝所)を閉鎖するよう指示。さらに、それまで宗教界に配慮して認めていた10人以上の集団礼拝の禁止に踏み切りました。
 これに公然と異を唱えたのが、超正統派で最も権威のある聖職者のひとり、カニエブスキー氏です。宗教学校の閉鎖は「神が許さない」、「絶対してはいけない」と明言したのです。
 イスラエルの超正統派の人々はこの見解に従い、政府の対策を無視して集団礼拝を続けました。
 感染は急速に拡大しました。商業都市テルアビブ近郊にある超正統派の町、ブネイブラクで確認された感染者は2800人を突破。町の人口が20万人なので、100人に1人以上の割合です。
 慌てたイスラエル政府はカニエブスキー氏の説得を開始。本人や周囲の聖職者のもとに警察幹部らを派遣し、政府の対策への理解と協力を呼びかけました。
◆集団礼拝のユダヤ教徒検挙に動き出す警察
 「命を守るために集団礼拝はやめるべきだ」
 政府のおよそ2週間にわたる説得を受け、カニエブスキー氏がようやく見解を改めたのが3月28日。ここから政府の「反転攻勢」が一気に始まります。
 有力な聖職者の「お墨付き」を得たイスラエル政府は、ブネイブラクエルサレムで超正統派の居住区の完全封鎖に踏み切りました。それと同時に、集団礼拝の禁止を無視し続ける超正統派の一斉検挙に乗り出したのです。
 超正統派を追いかける武装警官。それに対して「政府はゲットーを復活させるつもりだ!」「ナチスだ!」と罵声を浴びせ、意図的に近づいてせきをする超正統派の少年。異様としか言いようのない光景です。
 一連の取締りの結果、超正統派のなかでの感染拡大には歯止めがかかり、イスラエル新型コロナウイルスの抑え込みに成功しつつあります。
◆宗教に期待される役割とは
 パンデミックという人類の危機に、宗教はどんな役割を果たすべきなのでしょうか。イスラエルの事例は、心のよりどころであるはずの宗教が、聖職者が科学を無視して判断を誤れば、集団感染のリスクを招く怖さを突きつけました。

 実は中世西洋でも、実際に「神観念」について起こったことはこの「イスラエルの超正統派」と似たり寄ったりでした。「神など居ない」どころか「神罰黒死病」として理解されたのです。
 中世西欧においても

黒死病は、神が自然の摂理に逆らう不信心者に与えた罰だ」「黒死病拡散は、人間が野獣のような行動を取った報いだ」

と見なす風潮の方が強かったのです。
 そして「不信心者を野放しにする行為=不信心者の共犯として自分たちも神罰黒死病の罰)を受ける」と言う論理から「防疫措置」として「不信心者狩り」がされるという皮肉な事態も発生します。なお、中世西欧においては「ユダヤ教の超正統派」と同様に、同性愛者は典型的な「神の摂理」に反する「不信心者」ですし、つい最近まで同性愛が西欧において刑事罰対象だったことは例えばオスカー・ワイルド - Wikipediaアラン・チューリング - Wikipediaイミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 - Wikipediaを参照して下さい。またカトリックは未だに同性愛を「教義に反する行為」として認めていません。
 何せ、中世西洋は今と違って科学的認識も弱いですしね。結局「人間とは見たい物、聞きたい物しか見ない、聞かない」といういわゆる「認知的不協和」「正常性バイアス」を持っていると言うことに我々は注意する必要があるかと思います。

【参考】


外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(28) 欧州のペスト禍は社会や文化をどう変えたか: J-CAST ニュース【全文表示】2020年12月12日
 欧州のペスト禍はどのように歴史を変えたのか。12月6日、同志社大名誉教授の石坂尚武さん(73)にZOOMでお話をうかがった。
 石坂さんはまず、高校の教科書などに書かれたルネサンスの記述は誤解もしくは誤った俗説だという。俗説とは次のようなものだ。
 「ペストによる破滅的な打撃によって強制的に中世の終焉を迎えたヨーロッパに、ルネサンスはようやく自由や開放的な気運をもたらした」(あるウィルス研究者の著書*48より)
 疫病による人間への影響は、時代の状況や文化によって受け止め方がかなり異なる。その時代の反応を把握するには先入観や俗説を振り払い、虚心にその時代に入り込む必要があると、石坂さんはいう。ペストの流行で人間は神から離れたと見るのは、安易に自己の価値観を歴史の対象に投影させる日本人的な発想という見方だ。
 15、16世紀イタリアのルネサンス期を含め、ペストに襲われた欧州は、むしろ人々の宗教的改心が刺激され、人々はある意味で高い宗教性を獲得した。人々の間では黒死病はただの自然現象の「災害」ではなく、宗教的な意味を帯びて理解された。つまり「神の怒り」「神の罰」とみなされた。疫病や飢饉はまさに「宗教的な事件」だったのである。だから、この災禍に対して人々は宗教的行動をもって対応した。そう石坂さんはいう。
 1300年以降、次々に襲いかかるペスト・飢饉による災禍を目の当たりにしてから、人びとは「神が怒っておられる。これは神罰だ」と認識するようになり、教会への絵画や建築資金等の寄進、巡礼、集団による信仰活動(信心会)、貧民救済などの慈善活動が活発になった。政府の打ち出す政策・条例も宗教的要素を強く帯びるようになり、「高利」という、聖書で神が禁止した行為に対して積極的に取り締まるようになり、悪徳行為である奢侈行為に対しても政府は奢侈禁止令を繰り返し発布していく。特に「自然」に反し神の怒りを招くとされた「同性愛」(ソドミー)や神を冒とくするとされた魔女はしばしば神の摂理に反するとして摘発・迫害されるようになった。近世に「魔女」として処刑された人の数は3万人以上ともいわれる。苦難のペスト期に「スケープゴート」とされた面もあるが、基本的にそれは、特に神の摂理を損なう存在だと理解されたからだ。この時代は、自ら信じる宗教的信念を絶対と信じて、宗教的「非寛容」の精神から、各派、各地域で宗教的争いが熾烈化した。こうしてペスト期の特徴は宗教戦争の多発・激化ということになった。魔女はカトリックプロテスタントいずれからも迫害される存在だった。そして、ペスト期が過ぎると魔女の処刑はぴたりと止んだ。石坂さんはそう指摘する。
 この時代には、12、13世紀のように温暖な気候から作物が豊かに取れて、人口が急増した時代の「善き神」のイメージは消え去り、1300年頃以後、繰り返される災禍とともに、堕落した人間を罰する神、「峻厳な神」のイメージが強まった、と石坂さんはいう。この時代の人々の考え方や行動は「峻厳な神」のイメージで理解できる。
 フィレンツェの都市政府の為政者や協議会議員は当時、繰り返されるペスト禍を前に、どうにかしてこの「峻厳な神」の怒りをなだめ、できれば喜んでもらえるような措置を講じようと腐心した。フィレンツェの場合、為政者や協議会の議員は、いずれも市民の代表であった。国家の現世の平和と個人の来世の救済をみな願っていた。
 その一人は1413年の議事録によれば、こう発言したという。
 「失政をおこなえば、その結果、神の激怒や偶発事件がもたらされ、それによって我々は破滅しかねないと思う。私は、神の激怒を引き起こしかねない我々の行動を熟慮している」
 そこで取られた措置は、「人間の視点」というより、まさに神のご機嫌を気にして「神の視点」「神の法理」を意識して取られたものだった。こうして、「峻厳な神」を意識した心性、すなわち「ペスト的心性」は、「神の法の支配」を導く。
 15世紀は一般にルネサンスたけなわと見られているが、この時期の為政者や市民は、神から離れるどころか、神にすがっていたのである。ペスト期において法令や判決の核心部にいわば神が「君臨」していた、と石坂さんはいう。
 この問題に対する施策は、一見相互に無関係と思われる次のような法令、政策、判決だった。

 1 ソドミー(同性愛)取締令の発布(1418年)
   女子修道院への男子の立ち入り禁止令の発布(1435年)
   キリスト教徒の女性と肉体関係をもったユダヤ人の処刑(1434、1435年)
   近親相姦の罪を犯した者の処刑1413年)
   魔女の処刑(1427年)
   賭博行為者への処罰の執行(1435年)
   奢侈禁止令の発布(1434年ほか)
 2 インノチェンティ捨子養育院の設立(1419年~1421年)
   疫病病棟の設立(1440~50年頃)
   嫁資公債制度の設置(1425年)

 一見脈絡がないように見えるが、実は、これらの措置の核心部に「峻厳な神」がいた、と石坂さんはいう。ここで分類した「1」は「神を怒らせまいとする措置」(消極的措置)であり、「2」が「神を喜ばせる措置」(積極的措置)であるという。
 第一の措置で、異教徒のユダヤ人がキリスト教徒の女性と性交する行為は。キリスト教の侮辱やカトリック信仰の冒とくにあたる、とされた。近親相姦は「神の威厳」の冒とくであり、キリストと結婚した修道女の住む女子修道院に立ち入ることは、神の摂理への攪乱行為にほかならない。魔女は災厄をもたらし、賭博行為は疫病や害悪をもたらす危険な行為とみなされ、奢侈は「自然に反する」傲慢の罪にあたる、とされた。
 これらの行為は、神の視点から見て、どれも神の怒りを招くがゆえに罰せられた。事実条文では、それで疫病が引き起こされるとはっきり記載されている。
 石坂さんは、こうした措置に「共同責任」の考え方が導入されていることに着目する。都市の誰かが冒とく行為をすれば都市全体が、大量死をもたらす疫病や災害によって罰せられる。都市からひとりでも冒とく者を出せば、それは都市全体の共同責任で神罰を受けるのだ。ドイツにおいてもウルムの参事会(1508年)はペストの大量死を念頭に、「全能なる神はただその罪人個人だけでなく、都市参事会とそれを許した都市全体にも怒りを発し、罰する心配がある」と述べ、ソドミーなどの神の冒とく者を罰することの正当性を主張した。近世に多い迫害、すなわち神の摂理に反した者たち(ソドミー・魔女・ユダヤ人など)の迫害を正当化する論理が、ここにある。石坂さんは、民衆もまた、こうした論理を共有していたという。
 「神の視点」で制定された典型的な法令は反ソドミーの法令だ。誰にも知られない密室においてふつう合意でなされるソドミーは、殺人や傷害など、善良な市民に対して直接危害を加える反社会的な犯罪とは違う。人に迷惑をかける性質のものでない。しかし当時、問題にされたのは、「人間に直接危害を加える反社会性の度合い」ではなく、神の法に対する冒とく、つまり「神に対する冒とく性の度合い」だった。
 たとえ他人に直接的には無害でも、「自然の法」(男と女、雄と雌の交わりなど)に反し、神を冒とくし、神を怒らせ、それによって天災や疫病を引き起こし、大量の人びとの命が奪われる。そうした見地から、「重大な反社会的行為」と考えられたのである。
 「1」の「神を冒とくする行為を罰する法令」が、ただ神を恐れておこなう消極的な行為とするなら、「2」の「神を喜ばせる措置」は、キリスト教的な隣人愛の実践として捨て子を保護し、疫病患者を手当てする施設を建設する「積極的な措置」だ。それを国家レベル(都市集団)でおこなうことは、神を喜ばせるものと考えられた。また、未婚の女性が結婚しやすいように嫁資を援助することも、国家的な慈善行為といえた。


◆歴史のひろば『伊勢湾台風へのまなざし:名古屋歴史科学研究会2019年度大会(テーマ:伊勢湾台風現代社会)を中心に』(鈴木雅*49
(内容紹介)
 まとめづらいのですが伊勢湾台風について「歴史研究の対象に今まであまりなってこなかったこと」、また、「政府追悼行事の実施」「テレビ、ラジオ番組、新聞記事の作成」など、国民的追悼行事と化している「関東大震災(死者・行方不明者推定10万5000人)」「東日本大震災(死者・行方不明者約2万2000人)」「阪神大震災(死者・行方不明者6437名)」と違い、伊勢湾台風(1959年、死者・行方不明者5098名)が「その犠牲の大きさ」にもかかわらず「名古屋ローカルな出来事」扱いしている事への反省の弁が語られています。
 とはいえ

伊勢湾台風 - Wikipedia
 人的被害は、紀伊半島和歌山県奈良県、伊勢湾沿岸の三重県、愛知県、日本アルプス寄りの岐阜県を中心に犠牲者5,098人(死者4,697人、行方不明者401人)・負傷者3万8,921人(「消防白書」平成20年度版)にのぼる。犠牲者を3,000人以上出した台風として、室戸台風枕崎台風とあわせて昭和の三大台風に挙げられ、その中でも最悪の被害をもたらした。その犠牲者の数は、第二次世界大戦後の自然災害では、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)、1995年1月17日の兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)に次ぐ規模で、台風災害としては最多である。
 また、ほぼ全国に及んだ経済的被害は莫大なものとなり、GDP比被害額は阪神・淡路大震災の数倍、関東大震災に匹敵し、東日本大震災との比較対象に達するものであった。
 災害対策について定めた災害対策基本法は、この伊勢湾台風を教訓として成立したものである。また、2013年に気象庁が運用を開始した特別警報も、台風については伊勢湾台風クラスを基準としている。
 また、東京をはじめとする全国各地の防潮堤・堤防の建設や改修も伊勢湾台風を基準とし、伊勢湾沿岸では特に地元三重選出の佐藤内閣建設政務次官田村元*50主導のもとで国や県が協力して防潮堤や堤防を完成させた。
伊勢湾台風を題材とした作品
・『赤い運命』(1976年、TBS・大映テレビ製作の赤いシリーズ連続ドラマ。伊勢湾台風によって家族が行方不明となったという設定)
・『伊勢湾台風物語』(1989年公開のアニメーション映画)
・『川のある街:伊勢湾台風物語』(清水義範の小説。2009年6月2日から同年10月まで中日新聞朝刊にて連載)
・『嵐がくれたもの』(2009年、東海テレビ放送制作の昼ドラ。伊勢湾台風で生き別れた家族を描いた)
・『はこぶね〜伊勢湾台風・開拓者の60年〜』(2019年、東海テレビ放送制作のドキュメンタリー)

ということで伊勢湾台風が当時社会に影響を与えなかったわけでは全くない。
 なお、伊勢湾台風ググる

【発行年順(発行年が同じ場合は著者名順)】
三輪和雄*51『海吠える:伊勢湾台風が襲った日』(1982年、文藝春秋
◆伊藤安男*52『台風と高潮災害:伊勢湾台風』(2009年、古今書院
◆岡邦行*53伊勢湾台風:水害前線の村』(2009年、ゆいぽおと)
中日新聞『忘れない伊勢湾台風50年』(2009年)
◆辻井英夫『吉野・川上の源流史:伊勢湾台風が直撃した村』(2011年、新評論
◆水出幸輝『〈災後〉の記憶史:メディアにみる関東大震災伊勢湾台風』(2019年、人文書院

と言った著書がヒットしますので、この機会に紹介しておきます。

参考

「〈災後〉の記憶史」書評 なぜ台風は忘れ去られたのか|好書好日2019.11.2
 15号、19号と東日本一帯に未曽有の被害をもたらした今秋の台風。地震対策に比べ、台風に対する備えは十分だったのだろうか。期せずして、本当に期せずしてそんな疑問にヒントを与えてくれたのが『〈災後〉の記憶史』である。
 新聞などの災害報道や記念日報道を丹念にたどりながら、著者は被災や防災に対する人々の意識を変えた二つの大災害に着目する。ひとつは10万5千人余の犠牲者を出した関東大震災(1923年)である。今日でこそ歴史に残る大災害として知られる大震災はしかし、「帝都復興」を期した発生後の10年弱を除くと、戦中、戦後を通じて急速に忘れ去られていく。
 戦後、かわってメディアが注目したのが台風、とりわけ5千人余の犠牲者を出した伊勢湾台風(1959年)だった。翌60年に「防災の日」が制定されたのも、防災対策が不十分だった伊勢湾台風への反省がキッカケという。ところが防災の日はなぜか、伊勢湾台風の日(9月26日)ではなく関東大震災の日(9月1日)に設定された。何があったのだろうか。
 一度は風化した関東大震災が「ナショナルな記憶」として1960年代以降に再浮上し、伊勢湾台風が東海エリアの「ローカルな記憶」として忘却されたのは偶然ではないと著者はいう。ほぼ毎年列島を襲い、規模やコースが予想できる台風に対し、地震は科学的予知の可能性が絶えず語られ、将来必ず来ると予告されることで「特別な災害」に位置づけられた。犠牲者の数があまり変わらない阪神・淡路大震災伊勢湾台風の扱いの差を見れば一目瞭然。
〈台風ではなく、地震であるということが重要なのだ〉。〈日本社会は台風を忘れることで地震の記憶を再構築し、起こり得る地震への想像力を育んできた〉のだと。
 今年は伊勢湾台風からちょうど60年。豪雨被害を伝えるニュースの中で本書を読み、深く納得した。台風も忘れまいと思った。

【書評】『〈災後〉の記憶史 メディアにみる関東大震災・伊勢湾台風』 - 産経ニュース2019.11.17
 毎年、(ボーガス注:終戦記念日)8・15や(ボーガス注:東日本大震災)3・11はニュース番組を見ずに過ごすようにしている。毎年繰り返される画一的な周年報道にうんざりするからだ。そんなことを口にしても「非国民」となじられることがない現代人は、やはり幸せかもしれない。
 そう実感したのは本書を読了したからだ。本書によれば、戦前の震災記念日は来るべき空襲に備えて国民が訓練に動員される日とされていた。見方を変えれば、戦時動員こそ関東大震災の記憶を下支えしていたというのである。「忘れてはいけない」を連呼する昨今の人道的な周年報道に居心地の悪さを感じるのは、手法的な面で戦時動員と通底しているからだろう。
 本書は災害自体ではなく、こうした災害の記憶を扱った歴史研究である。災害の記憶はどのような要因で継承され、あるいは忘却されるのか。新聞報道を丹念にひもとくことで著者が見いだしたのは、被害規模とは無関係に地震被害だけが繰り返し強調される報道のアンバランスさだった。
 単純に(ボーガス注:死者数や経済的打撃という)被害の大きさでいえば、1995年(ボーガス注:に阪神大震災の被害が戦後最悪の被害となる)まで戦後最悪の災害は1959年の伊勢湾台風だった。しかし、伊勢湾台風を契機に「防災の日」が制定されて間もない時期の社説ですら、全国紙は台風ではなく、地震への備えを強調する。迫りくる大地震地震予知の可能性ばかりが語られる科学信仰の時代にあって、台風の記憶はついに国民的記憶とはなりえなかったのである。
 本書の最大の特徴はこうした記憶のダイナミズムを時間と空間の両面から検証していることだ。直接損害を受けた地域とそうでない地域の間にある歴然たる記憶の格差。それは、均質な時間と均質な空間を想定するわれわれの国家観を激しく揺さぶる。のみならず、「忘れてはならない」とされる国民的記憶の裏には必ず国民的忘却が横たわっていることをも雄弁に語っているのだ。
 天災は忘れた頃にやってくる。この言葉は不意に襲ってくる災害の恐ろしさに言及しているようにみえる。しかし、この警句の比重はむしろ「忘却」の方にあるのではなかったか。人は忘れる生き物である。だからこそ、本書の問いは普遍性を帯びているといえよう。

伊勢湾台風物語 - Wikipedia
◆キャスト
 名古屋市が舞台ということもあり、メインの声優陣には愛知県出身者が多く起用されている。
・津島ひかり:小山茉美*54(愛知県出身)
・西沢利夫:戸田恵子*55名古屋市出身)
・津島猛(ひかりの父):戸谷公次(愛知県出身)
・津島千代(ひかりの母):山口奈々名古屋市出身)
・西沢竜一(利夫の父):堀秀行
・西沢梅子(利夫の母):鈴木富子(愛知県出身)
・西沢渚(利夫の妹):杉山佳寿子*56名古屋市出身)
・徳三 - 滝雅也(名古屋市出身)

嵐がくれたもの - Wikipedia
 東海テレビが制作し、フジテレビ系列のテレビ局で2009年8月31日から10月30日放送された昼ドラである。
 この作品の中心となる出来事は、1959年の伊勢湾台風。2009年がちょうど半世紀となることから選ばれた。この台風の被害で生き別れになってしまった母子のヒューマンドラマに仕上げている。
 オープニングのタイトルバックでは、当時東海テレビが取材した伊勢湾台風の資料映像をバックに「昭和34年の伊勢湾台風で犠牲になった方々に、心から哀悼の思いを込め、再び、同じような災害が繰り返されないことを祈って、このドラマをお送りします。」というテロップが表記されている。当時子どもであった被害者がドラマに出演しており、撮影の合間に、被害を語り継ぐ活動が行われている。


◆科学運動通信「奈良県ウワナベ古墳限定公開参加記」(森田喜久男*57
(内容紹介)
 ネット上の記事紹介で代替。

奈良・ウワナベ古墳の周濠で初の発掘調査へ 橿考研など - 産経ニュース2020.9.18
 奈良県橿原考古学研究所奈良市は18日、宮内庁が陵墓参考地に指定している同市の大前方後円墳「ウワナベ古墳」(5世紀中ごろ)の周濠(しゅうごう)を、来月から初めて発掘調査すると発表した。橿考研の調査地は周濠の北東部で、墳丘に渡るための陸橋などの存在が推定されている。宮内庁が管理する大王(天皇)墓級の古墳が調査されるのは極めて珍しい。
 被葬者は仁徳天皇の皇后・八田皇女との説もある。
 ウワナベ古墳の墳丘は、皇族の墓である可能性が高い「陵墓参考地」として宮内庁が管理しているが、周濠部分は奈良市と同市法華寺町の共有地。今回は奈良市が後円部の周濠3カ所を調査するほか、宮内庁も墳丘裾(すそ)部で葺石(ふきいし)や埴輪(はにわ)の状況を調べる予定で、3者による同時調査となる。
 橿考研の川上洋一調査部長は「調査によって、墳丘の正確な規模が分かる可能性がある。(陸橋などの)新たな施設が見つかり、古墳の構造が判明すれば有意義な調査になるだろう」としている。
 調査期間は10月2日~11月30日。現地説明会は11月21~23日で、定員は3日間で計1680人。希望者は11月2日(必着)までに「ウワナベ古墳発掘調査現地公開受付事務局」(0742・36・0007)にネットかはがきで申し込む。応募者多数の場合は抽選。

三者連携を評価 - 現地公開に考古・歴史学16団体参加 「同時調査の成果」意義/宮内庁と橿考研、奈良市教委のウワナベ古墳調査|奈良新聞デジタル2020.11.21
 公開には考古・歴史学16団体の代表者40人が参加。調査で見つかった葺石(ふきいし)や埴輪(はにわ)列などを熱心に観察した。
 古代学研究会陵墓委員の今尾文昭*58関西大学非常勤講師(考古学)は「本来の後円部の墳丘裾が確定したのは大きな意味がある。三者の同時調査により、陵墓の範囲と古墳の範囲が違うことを目で見て確認することができた」と意義を述べた。
 日本考古学協会理事の滝沢誠筑波大学准教授(考古学)は「三者が同時に調査し、調査区も接続するように調査しているのは非常に画期的なこと」と指摘。県と市が21~23日に開く一般公開についても、「墳丘には立ち入れないが、宮内庁側の調査も見ることができる。陵墓公開の一つの重要な前進と考えられる」と評価した。

間近で古墳「感無量」 ウワナベ現地公開 奈良市:朝日新聞デジタル2020年11月22日
 墳丘の規模が従来の想定より一回り大きくなることが判明した奈良市のウワナベ古墳(5世紀)の現地公開が21日、始まった。参加者たちは発掘調査の現場を巡り、巨大な前方後円墳を間近で体感した。23日まで公開するが、参加申し込みは既に終了している。
 県立橿原考古学研究所や同市教委の調査で、これまで255メートルと考えられていた墳丘の長さが、270~280メートルになる可能性があることが分かった。大型前方後円墳が集まる佐紀古墳群の中で最大の前方後円墳になるという。
 現地公開では、調査で明らかになった本来の墳丘裾や葺石、周濠(しゅうごう)(堀)の底に人工的に敷き詰められた可能性がある大量の石などを、わかりやすく見せた。参加者は写真に撮るなどして、貴重な機会を満喫。埼玉県から訪れた男性(75)は「奈良に赴任していた時、朝夕、目にしていたウワナベ古墳の地を踏めた。感無量です」と話した。


◆紹介『朝鮮戦争70年』(和田春樹*59他、2020年、かもがわ出版
(内容紹介)
1)朝鮮戦争が南北の分断を固定化し、また日米安保体制を固定化した
2)こうした南北緊張関係を「南北宥和」「日朝宥和」の方向で打開しようとしたのが「金大中政権以降の太陽政策(韓国)」「金丸訪朝や小泉訪朝(日本)」だが、現時点では十分な成果を上げてない
と言う認識の元に「どう南北、日朝宥和を達成していくか」という視点から論じられているようです。


◆紹介『パレスチナイスラエル論』(早尾貴紀*60、2020年、有志舎)
(内容紹介)
 ネット上の記事紹介で代替。
『パレスチナ/イスラエル論』早尾貴紀|Naoto Nishiwaki|note

*1:愛知大学教授。著書『鎌倉府と関東』(1995年、校倉書房)、『戦国のコミュニケーション』(2002年、吉川弘文館)、『戦国の活力』(2008年、小学館)、『室町の平和』(2009年、吉川弘文館)、『日本史のなかの戦国時代』(2013年、山川出版社日本史リブレット)、『戦国時代の東三河:牧野氏と戸田氏』(2014年、あるむ)、『鎌倉府と地域社会』(2014年、同成社)、『享徳の乱太田道灌』(2014年、吉川弘文館)、『関東戦国全史』(編著、2018年、洋泉社歴史新書y)、『上杉謙信』(2020年、吉川弘文館人物叢書)など

*2:駿河台大学教授。著書『戦国大名北条氏の領国支配』(1995年、岩田書院)、『中近世移行期の大名権力と村落』(2003年、校倉書房)、『百姓から見た戦国大名』(2006年、ちくま新書)、『戦国関東の覇権戦争』(2011年、洋泉社歴史新書y)、『古河公方と北条氏』(2012年、岩田書院)、『戦国期山内上杉氏の研究』(2013年、岩田書院)、『戦国大名』(2014年、平凡社新書)、『真田信之』、『羽柴を名乗った人々』(以上、2016年、角川選書)、『近世初期大名の身分秩序と文書』(2016年、戎光祥出版)、『井伊直虎の真実』(2017年、角川選書)、『関東戦国史:北条VS上杉55年戦争の真実』、『戦国大名の危機管理』(以上、2017年、角川ソフィア文庫)、『羽柴家崩壊』(2017年、平凡社)、『北条氏康の妻 瑞渓院』(2018年、平凡社)、『北条氏政』(2018年、ミネルヴァ日本評伝選)、『北条氏康の家臣団』(2018年、洋泉社歴史新書y)、『戦国大名・伊勢宗瑞』(2019年、角川選書)、『戦国北条五代』(2019年、星海社新書)、『今川氏親と伊勢宗瑞』(2019年、平凡社)、『戦国大名北条氏直』(2020年、角川選書)、『戦国北条家の判子行政』(2020年、平凡社新書)、『北条氏綱』(2020年、ミネルヴァ日本評伝選)、『今川のおんな家長 寿桂尼』(2021年、平凡社)など

*3:著書『井伊氏サバイバル五〇〇年』(2016年、星海社新書)、『今川氏滅亡』(2018年、角川選書)、『城の政治戦略』(2020年、角川選書)など

*4:著書『戦国大名武田氏の領国支配』(2015年、岩田書院)、『戦国大名武田氏の戦争と内政』(2016年、星海社新書)など

*5:著書『戦国大名領国の基礎構造』(1999年、校倉書房)、『山本勘助』(2006年、講談社現代新書)、『武田信玄』(2006年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『検証長篠合戦』(2014年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『真田信繁』(2015年、角川選書)、『武田氏滅亡』(2017年、角川選書)など

*6:北条氏邦の国衆。天正17年(1589年)、真田昌幸の家臣・鈴木重則が守る上野名胡桃城を攻め落とすが、これが豊臣秀吉の発令した惣無事令違反として小田原征伐の理由となってしまう。邦憲は小田原城落城後、豊臣氏の厳しい探索によって捕捉され磔に処されたとも、北条氏邦や弟・富永勘解由左衛門助重と共に前田氏に仕えたともいわれる(猪俣邦憲 - Wikipedia参照)

*7:例の「のぼうの城」で一躍有名になったのがこの成田氏(北条氏の国衆)です。

*8:今の埼玉県さいたま市岩槻区

*9:江戸城築城で知られる太田道灌が岩付太田氏です。

*10:国衆・小山田氏の裏切りにより、父勝頼と共に自害している。

*11:中部大学教授。著書『室町時代公武関係の研究』(2005年、吉川弘文館)、『名前と権力の中世史:室町将軍の朝廷戦略』(2014年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)など

*12:国際日本文化研究センター名誉教授。帝京大学特任教授。著書『室町の王権:足利義満の王権簒奪計画』(1990年、中公新書)、『武家天皇』(1993年、岩波新書)、『歴史の道を歩く』(1996年、岩波新書)、『象徴天皇の発見』(1999年、文春新書)、『戦国の世』(2000年、岩波ジュニア新書)、『信長と天皇』(2002年、講談社学術文庫)、『籤引き将軍足利義教』(2003年、講談社選書メチエ)、『京極為兼』(2003年、ミネルヴァ日本評伝選)、『近江から日本史を読み直す』(2007年、講談社現代新書)、『戦国三好一族:天下に号令した戦国大名』(2007年、洋泉社MC新書)、『天文法華一揆武装する町衆』(2009年、洋泉社MC新書)、『中世奇人列伝』(2019年、草思社文庫)など

*13:大正大学准教授

*14:室町幕府第10代将軍

*15:室町幕府第13代将軍。松永久通と三好三人衆三好長逸三好宗渭岩成友通)によって暗殺された。

*16:室町幕府第15代将軍。信長によって京都を追放され室町幕府が滅びた。

*17:室町幕府第12代将軍

*18:東京大学教授

*19:共立女子大学教授。著書『信長公記を読む』(編著、2009年、吉川弘文館)、『天下統一から鎖国へ』(2009年、吉川弘文館)、『織豊期王権論』(2011年、校倉書房)、『消された秀吉の真実:徳川史観を越えて』(編著、2011年、柏書房)、『偽りの秀吉像を打ち壊す』(編著、2013年、柏書房)、『豊臣政権の正体』(編著、2014年、柏書房)、『秀吉の虚像と実像』(編著、2016年、笠間書院)、『信長徹底解読:ここまでわかった本当の姿』(編著、2020年、文学通信)など

*20:名古屋大学名誉教授。著書『大御所 徳川家康』(2019年、中公新書)など

*21:一橋大学名誉教授。著書『大名領国制の研究』(1995年、校倉書房)、『知将・毛利元就』(2009年、新日本出版社)、『戦国大名一揆』(2009年、吉川弘文館)、『日本中近世移行論』(2010年、同成社)、『戦国期の地域社会と権力』(2010年、吉川弘文館)、『毛利領国の拡大と尼子・大友氏』(2020年、吉川弘文館)など

*22:成蹊大学名誉教授。著書『戦国時代社会構造の研究』(1999年、校倉書房)、『中近世移行期の土豪と村落』(2006年、岩田書院)、『日本中近世移行期論』(2012年、校倉書房)、『北条早雲』(2017年、山川出版社日本史リブレット人)など

*23:東京大学史料編纂所准教授。著書『記憶の歴史学:史料に見る戦国』(2011年、講談社選書メチエ)、『鳥居強右衛門』(2018年、平凡社)、『信長家臣明智光秀』(2019年、平凡社新書)、『中世武家政権と政治秩序』(2020年、吉川弘文館)など

*24:著書『宗教で読む戦国時代』(2010年、講談社選書メチエ)、『蓮如』(2012年、山川出版社日本史リブレット人)、『戦国と宗教』(2016年、岩波新書)、『島原の乱キリシタン信仰と武装蜂起』(2018年、講談社学術文庫)、『顕如』(2020年、ミネルヴァ日本評伝選)など

*25:九州大学教授。著書『立花宗茂』(2000年、吉川弘文館人物叢書)、『石田三成伝』(2016年、吉川弘文館)など

*26:大阪城天守閣研究副主幹

*27:京都大学名誉教授。著書『江戸幕府老中制形成過程の研究』(1990年、校倉書房)、『徳川家光』(1997年、吉川弘文館人物叢書)、『江戸時代の官僚制』(1999年、青木書店)、『幕藩領主の権力構造』(2002年、岩波書店)、『徳川将軍家領知宛行制の研究』(2008年、思文閣出版)、『江戸開幕』(2016年、講談社学術文庫)、『天皇と天下人』(2018年、講談社学術文庫)、『徳川家康』(2020年、吉川弘文館人物叢書)など

*28:専修大学教授。著書『中世後期の地域と在地領主』(2002年、吉川弘文館)、『中世東国の地域社会史』(2005年、岩田書院)、『戦国仏教:中世社会と日蓮宗』(2009年、中公新書)、『蒙古合戦と鎌倉幕府の滅亡』(2012年、吉川弘文館)、『中世の富と権力:寄進する人びと』(2020年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)など

*29:大阪市立大学教授。著書『空間・公・共同体:中世都市から近世都市へ』(1997年、青木書店)、『戦国時代、村と町のかたち』(2004年、山川出版社日本史リブレット)、『京都の都市共同体と権力』(2010年、思文閣出版)など

*30:名古屋学院大学教授。著書『戦国大名の外交と都市・流通』(2006年、思文閣出版)、『アジアン戦国大名大友氏の研究』(2011年、吉川弘文館)、『大航海時代のアジアと大友宗麟』(2013年、海鳥社)、『アジアのなかの戦国大名:西国の群雄と経営戦略』(2015年、吉川弘文館)、『戦国大名の海外交易』(2019年、勉誠出版)、『大友義鎮』(2021年、ミネルヴァ日本評伝選)など

*31:今の大分県大分市にあたる。

*32:守護が居住した館の所在地のこと

*33:戦国大名・三好氏の居城があったが長宗我部氏によって滅ぼされた(勝瑞城 - Wikipedia参照)

*34:同朋大学教授、同朋大学仏教文化研究所所長。著書『戦国期宗教勢力史論』(2019年、法蔵館

*35:奈良大学教授。著書『祗園祭と戦国京都』(2007年、角川叢書)、『秀吉の大仏造立』(2008年、法蔵館)、『祗園祭の中世:室町・戦国期を中心に』(2012年、思文閣出版)、『絵画史料が語る祇園祭:戦国期祇園祭礼の様相』(2015年、淡交社)、『落日の豊臣政権:秀吉の憂鬱、不穏な京都』(2016年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『宿所の変遷からみる信長と京都』(2018年、淡交社)、『室町時代祇園祭』(2020年、法蔵館)、『信長が見た戦国京都』(2020年、法蔵館文庫)など

*36:東北学院大学准教授。著書『織豊政権と東国社会』(2012年、吉川弘文館)、『最上義光』(編著、2017年、戎光祥出版)、『戦国の城の一生:つくる・壊す・蘇る』(2018年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『戦国武士の履歴書』(2019年、戎光祥出版)、『東日本の統合と織豊政権』(2020年、吉川弘文館

*37:著書『武田信玄像の謎』(2005年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)など

*38:立教大学名誉教授。著書『戦国の村を行く』(1997年、朝日選書)、『飢餓と戦争の戦国を行く』(2001年、朝日選書)、『刀狩り』(2005年、岩波新書)、『天下統一と朝鮮侵略』(2005年、講談社学術文庫)、『土一揆と城の戦国を行く』(2006年、朝日選書)、『戦国の作法:村の紛争解決』(2008年、講談社学術文庫)、『中世民衆の世界』(2010年、岩波新書)、『城と隠物の戦国誌』(2021年、ちくま学芸文庫)など

*39:著書『贈答と宴会の中世』(2008年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『中近世の山野河海と資源管理』(2009年、岩田書院)、『中世南関東港湾都市と流通』(2010年、岩田書院)、『戦国合戦の舞台裏:兵士たちの出陣から退陣まで』(2010年、洋泉社歴史新書y)、『境界争いと戦国諜報戦』(2014年、洋泉社歴史新書y)など

*40:早稲田大学教授。著書『戦国大名と公儀』(2001年、校倉書房)、『中近世移行期の公儀と武家権力』(2017年、同成社)、『享徳の乱と戦国時代』(2020年、吉川弘文館)など

*41:千葉経済大学准教授。著書『戦国期の貨幣と経済』(2008年、吉川弘文館)、『中近世日本の貨幣流通秩序』(2017年、勉誠出版

*42:別府大学教授。著書『幕府権力と城郭統制』(2006年、岩田書院)、『江戸大名のお引っ越し』(2010年、新人物往来社など

*43:上智大学教授。著書『肉食の社会史』(2018年、山川出版社

*44:奈良大学教授

*45:滋賀県立大学教授

*46:早稲田大学教授。著書『大航海時代の東アジア:日欧通交の歴史的前提』(2007年、吉川弘文館)、『世界史のなかの天正遣欧使節』(2017年、吉川弘文館

*47:同志社大学名誉教授。著書『ルネサンスヒューマニズムの研究』(1994年、晃洋書房)、『地獄と煉獄のはざまで:中世イタリアの例話から心性を読む』(2016年、知泉書館)、『どうしてルターの宗教改革は起こったか:ペストと社会史から見る』(2017年、ナカニシヤ出版)、『苦難と心性:イタリア・ルネサンス期の黒死病』(2018年、刀水書房)

*48:歴史評論の石坂記事に寄ればこれは山本太郎感染症と文明』(2011年、岩波新書

*49:名古屋市博物館学芸員

*50:田中内閣労働相、福田内閣運輸相、中曽根、竹下内閣通産相衆院議長など歴任

*51:著書『人工臓器の時代』(1983年、講談社ブルーバックス)、『夢の科学』(1984年、新潮選書)、『いのちある限り:ある脳神経外科医の記録』、『空白の五分間:三河島事故・ある運転士の受難』(以上、1985年、講談社文庫)、『総理の病室』(1985年、新潮文庫)、『騎手福永洋一の生還:脳障害との闘い』(1986年、文春文庫)、『脳外科医の幕間』(1988年、朝日文庫)、『小さな生命(いのち)燃え尽きて:少年と脳外科医の記録』(1988年、講談社文庫)、『羽田沖日航機墜落事故』(1993年、朝日文庫)、『過労死』(1993年、徳間文庫)、『猛医 武見太郎』(1995年、徳間文庫)など(三輪和雄 (医師) - Wikipedia参照)

*52:1929~2015年。花園大学名誉教授。著書『治水思想の風土:近世から現代へ』(1994年、古今書院)、『洪水と人間:その相剋の歴史』(2010年、古今書院)など(伊藤安男 - Wikipedia参照)

*53:著書『池永正明と、その時代』(1996年、三一書房)、『野球に憑かれた男』(2000年、報知新聞社)、『素晴らしき野球小僧:白球を追い続ける男たちの詩』(2006年、ぶんか社)、『大島鎌吉の東京オリンピック』(2013年、東海教育研究所)、『南相馬少年野球団:フクシマ3.11から2年間の記録』(2013年、ビジネス社)、『中村裕:東京パラリンピックをつくった男』(2019年、ゆいぽおと)、『東京オリンピックへの鎮魂歌』(2021年、ゆいぽおと)

*54:代表作として『Dr.スランプ アラレちゃん』(則巻アラレ)、『ニルスの不思議な旅』(ニルス)、『あんみつ姫』(あんみつ姫)、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(ミンキーモモ)など(小山茉美 - Wikipedia参照)

*55:1977年、19歳の時に野沢那智主宰の「劇団薔薇座」へ研究生として入団。劇団の看板女優として活躍した(1989年に退団)。声優としては『ゲゲゲの鬼太郎(第3作)』(鬼太郎)、『きかんしゃトーマス』(トーマス)、『それいけ!アンパンマン』(アンパンマン)などで知られる。(戸田恵子 - Wikipedia参照)

*56:1974年に『アルプスの少女ハイジ』で主人公のハイジを演じて一世を風靡、自身の代表作となった(杉山佳寿子 - Wikipedia参照)。

*57:淑徳大学教授。著書『日本古代の王権と山野河海』(2009年、吉川弘文館)、『古代王権と出雲』(2014年、同成社)など

*58:著書『律令期陵墓の成立と都城』(2008年、青木書店)、『古墳文化の成立と社会』(2009年、青木書店)、『ヤマト政権の一大勢力・佐紀古墳群』(2014年、新泉社)、『天皇陵古墳を歩く』(2018年、朝日選書)など

*59:東大名誉教授。朝鮮半島関係の著書として『金日成満州抗日戦争』(1992年、平凡社)、『北朝鮮:遊撃隊国家の現在』(1998年、岩波書店)、『朝鮮戦争全史』(2002年、岩波書店)、『これだけは知っておきたい日本と朝鮮の一〇〇年史』(2010年、平凡社新書)、『北朝鮮現代史』(2012年、岩波新書)、『慰安婦問題の解決のために』(2015年、平凡社新書)、『アジア女性基金慰安婦問題:回想と検証』(2016年、明石書店)『米朝戦争をふせぐ:平和国家日本の責任』(2017年、 青灯社)、『安倍首相は拉致問題を解決できない』(2018年、青灯社)、『韓国併合110年後の真実:条約による併合という欺瞞』(2019年、岩波ブックレット)、『慰安婦問題の解決に何が必要か』(2020年、青灯社)

*60:東京経済大学准教授。著書『ユダヤイスラエルのあいだ』(2008年、青土社)、『国ってなんだろう?』(2017年、平凡社)、『希望のディアスポラ:移民・難民をめぐる政治史』(2020年、春秋社)