立候補記者会見の動画(要約版)をアップ | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
不愉快になるだけだと思うので動画は見ません。松竹の文章にのみコメントします。
「毎日新聞」の2面右肩の山田孝男さんのコラム「風知草」です。この全体が私の本の論評になっているのですね。「国防リアリズム元年」と題されていますが、国防がリアリズムをもって議論されるきっかけになってほしいと願っていたので、ありがたい論評でした。
山田の「国防リアリズム元年」とは「岸田の安保政策」を評価する立場*1ですが、そんな右翼ライターから評価されて喜んでるのだから、松竹には心底呆れます。
「松竹の主張する安保政策」の右翼反動性が改めて証明されたわけです。
大体、山田と言えば赤旗根拠ない断定で、日本共産党を叩く異常/――「毎日」コラム「風知草」を批判するとして過去に共産党から批判されてるのに、1)新聞コラムで松竹に一番好意的だったのが山田コラムだったのか、2)党執行部への故意の挑発行為かはともかく、良くもそんな反共ライターを松竹も持ってきたもんです。
それにしても
国防がリアリズムをもって議論されるきっかけになってほしい
とは(呆)。
党の国防施策を「リアリズムでない」と暗に言ってるわけでもはやこの男に党員の資格はないでしょう。即刻、除名すべきではないか。そして松竹もそんなことを言うなら
日本の政党一覧 - Wikipedia参照
◆共産党を離れて「日本のこえ」を結成した志賀義雄*2、日本共産党(左派)を結成した福田正義
◆社会党を離れて、社会革新党を結成した平野力三*3、労働者農民党を結成した黒田寿男*4、民社党を結成した西尾末広*5、社民連を結成した江田三郎*6、新社会党を結成した矢田部理
◆自民党を離れて新自由クラブを結成した河野洋平*7、新生党を結成した小沢一郎*8、新党さきがけを結成した武村正義*9、新党日本を結成した荒井広幸*10、みんなの党を結成した渡辺喜美*11、たちあがれ日本を結成した平沼赳夫*12、国民新党を結成した亀井静香*13、維新の会を結成した松井一郎*14
◆民主党を離れて「国民の生活が第一」を結成した小沢一郎
等のように離党して新党結成でもしたらどうなのか(これらの新党は新社会党(事実上、地方政党化)、維新を除いて消滅し、メンバーの中には『自民党に復帰した河野洋平(新自由クラブ)』『社会党に復帰した黒田寿男(労働者農民党)』など、元の所属政党に復党した人間もいますが)。
そして別記事でも書きましたが「物価高が世間の話題になる」「岸田が『異次元の少子化対策』をぶち上げた(岸田ですら人気取りには国防なんぞではなく少子化対策をアピール)」のに何で「安保バカ」松竹は安保政策にしか興味が無いのか。
正直「党勢拡大」と言う意味でなら生活に密着した話である「物価高対策」「少子化対策」の方がよほど貢献するでしょう。生活に密着しない外交安保など選挙(特に地方選挙)での投票基準には明らかになっていない。
なお、「俺の批判意見」の掲載を拒否しまくってきた松竹ですが、俺の批判「松竹は俺のコメント掲載拒否をして恥ずかしくないのか?」「何が自由な言論だ、ふざけんな!」を少しは気にしてるのか、珍しく
fuwa64105
松竹氏の思想の根底がよくわからないですが、ソ連崩壊後の日本共産党はどうなるか、対する質問への答えを松竹氏は「普通の共産党になる」と答えたそうですが、イタリヤ共産党、フランス共産党のように党の社民化、瓦解を望んでいるように思います。
と言う批判意見を掲載しています。「批判意見は掲載してる」というためのアリバイ作りでしょうが、fuwa64105氏には全く同感ですね。
また今まで俺のコメントを掲載拒否してきたくせに今回は俺のコメントを
それいけ、ワンタン麺*15(俺のことです)
>「毎日新聞」の2面右肩の山田孝男さんのコラム「風知草」です。この全体が私の本の論評になっているのですね。「国防リアリズム元年」と題されていますが、国防がリアリズムをもって議論されるきっかけになってほしいと願っていたので、ありがたい論評でした。山田の「国防リアリズム元年」とは「岸田の安保政策」を評価する立場ですが、そんな右翼ライターから評価されて喜んでるのだから心底呆れます。
「松竹の主張する安保政策」の右翼反動性が改めて証明されたわけです。
「公選制」を理由に松竹を評価する人間には「松竹の右翼的安保政策も評価するのか?」と聞きたいですね。
「松竹の安保政策」を評価しないのなら「公選制」を理由に奴を評価すべきではない。
として掲載しています。「批判意見は掲載してる」というためのアリバイ作りでしょうが、こういう姑息な*16行為によってむしろ松竹の言い訳「俺ではなく、運営が掲載の可否を判断している」が「嘘であることがモロバレ」と言っていいでしょう。
何で今まで掲載されてこなかった俺のコメントが今回、突然掲載されてるのか。俺の批判を気にした松竹が「批判コメントも掲載している」と「アリバイ工作している」以外に「理解は無理」でしょう。そんなアリバイ工作したところで1)松竹が長い間俺のコメントを掲載拒否してきたこと、2)しかもそれを正当化するために「コメント掲載は運営が判断してるから俺は関係ない」と嘘をつき続けたことは何らチャラにならないのですが。
なお、「安保政策を右に移す(日米安保の容認)→普通の共産党」という松竹の考えには1)そんなことが普通なら普通にならなくていい、2)松竹の言う「普通」が自民党支持層への迎合なら奴はいずれ「原発の容認」「天皇制の容認」「消費税増税の容認」「政党助成金や小選挙区制の容認(共産はいずれも廃止を主張)」等とどんどん「政策の右傾化」を主張する(口にしないだけで松竹や松竹シンパ「紙屋」は既に現時点でそこまで目指してる)のではないかと思いますね。
1)についていえば「普通の共産党」という松竹の物言いからは「(九条改憲して)普通の国」という右翼改憲派の物言いを連想しました(実際、松竹の安保論も右寄りですが)。
2)について言えば、そんなことをすればもはや共産党の自己否定でしかないし、むしろ党の衰退を招くでしょう。
*1:読売、産経だけでなく毎日もそのように右傾化しているわけです。毎日はさすがに社全体が産経、読売並みに右傾化してるとは言えませんが
*3:1898~1981年。1926年に全日本農民組合同盟を結成して会長に就任。また、日本農民党幹事長(1926~1928年)、日本大衆党書記長(1928~1929年)などを歴任。戦後、片山内閣で農林相。1947年11月の農林相更迭、1948年1月の平野事件 - Wikipedia(GHQの公職追放判断を片山内閣が容認)で片山社会党委員長(当時、首相)に反発し、離党し社会革新党を結成。1950年に追放が解除されると、社会革新党を社会民主党に改名し平野が党首に就任し、平野自身も衆院議員に復帰。しかし選挙で苦戦したために1952年に右派社会党に復帰(復帰当時は社会民主党は協同党に改名していた)。しかし、1953年の保全経済会事件 - Wikipedia で疑惑の政治家として名前が出たことで右派社会党を離党。1955年衆院選、1956年参院選、1958年衆院選では無所属で出馬するがいずれも落選し、政治家引退に追い込まれる。政界引退後は、日刊農業新聞社長(平野力三 - Wikipedia参照)
*4:1899~1986年。社会党が参加していた芦田内閣の予算案に反対票を投じたことを理由に、党から除名され、1948年に労働者農民党を結成。しかし選挙の苦戦から1957年に社会党に復帰。日中友好協会会長を務めるなど親中派として活躍(黒田寿男 - Wikipedia参照)
*5:社会党書記長、片山内閣官房長官、芦田内閣副総理、民社党委員長を歴任
*7:中曽根内閣科学技術庁長官、宮沢内閣官房長官、自民党総裁、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長などを歴任
*8:中曽根内閣自治相・国家公安委員長、自民党幹事長(海部総裁時代)、新生党代表幹事、新進党党首、自由党党首、民主党幹事長など歴任
*12:村山内閣運輸相、森内閣通産相、小泉内閣経産相、たちあがれ日本党首、維新の会代表代行、次世代の党党首など歴任
*13:村山内閣運輸相、橋本内閣建設相、自民党政調会長(小渕、森総裁時代)、国民新党代表代行、代表、鳩山、菅内閣金融担当相など歴任
*15:元ネタはそれいけ!アンパンマン|日本テレビ
*16:誤用(とはいえ広く普及していますが)である「卑怯な」にも、もともとの意味である「その場しのぎ(その場しのぎは、今回の松竹のように、多くの場合卑怯な行為なので誤用が生まれた)」のどちらの意味にも松竹の行為は該当する「姑息な」行為だと思います。