◆教育問題はいつも小川洋
◆「日本共産党への悪口雑言」はいつも阿部治平か広原盛明*2
◆中国問題(単なる中国政府への悪口雑言)はいつも阿部治平*3か田畑光永*4
◆中東問題はいつも坂井定雄*5
◆南米問題はいつも後藤政子*6
等という「顔ぶれの固定化(しかもその全てが高齢者で一番若い小川でも1948年生まれの75歳)」には心底呆れますがそれはさておき。
去る10月中旬、滋賀県東近江市の小椋正清*7市長(72歳)が、フリースクールについて、「国家の根幹を揺るがしかねない」、「不登校は親に責任がある」などと発言し、各方面から批判を浴びた。
しかし、氏のキャリアを考えると、その発言も不思議ではないのかもしれない。氏は大学卒業後、滋賀県警に就職し地方警察官僚一筋の人生を歩んできた。
リベラル21でうんざりするのはこうした「根拠レスの思い込み、偏見」が多いことです。
確かに「右翼的な警官OB」はいるでしょうが、警官OBが全て「右翼的」と果たして言えるのかどうか。
著名な警察幹部としては
◆後藤田正晴
元警察庁長官。政界入りし大平内閣自治相・国家公安委員長、中曽根内閣官房長官、総務庁長官、宮沢内閣法相など歴任
◆原文兵衛
元警視総監。政界入りし宮沢内閣環境庁長官、参院議長など歴任。また、アジア女性基金初代理事長を務めた。
などがいますが、彼らも小川にとっては「右翼的な人間」なのか?。小椋市長の右翼性は彼個人の性格が大きいのではないのか?
急増の原因や背景については、今後の十分な検討が必要だ。
しかし、(中略)不登校の急増の背景には、子どもたちの学校の意味や価値への疑問が一気に噴き出したという面があるのではないか。
卒業しても非正規雇用にしかありつけないかもしれない。首尾よく「有力企業」に就職できたとしても、(ボーガス注:山一証券(1997年倒産)のように倒産するかもしれず)その企業がいつまで存続するか、またその企業に居場所があるかも怪しい(ボーガス注:左遷されたり解雇されたりするかもしれない)。
子どもたちに学校に通う理由として、将来のより良い生活保障しか示してこなかった日本の学校が、現在の子どもたちから疑問符を突き付けられるのも当然ではないか。不登校児童・生徒の急増はそのことを示している。
「急増の原因や背景については、今後の十分な検討が必要だ。」としながら勝手に「子どもたちに学校に通う理由として、将来のより良い生活保障しか示してこなかった日本の学校が、現在の子どもたちから疑問符を突き付けられるのも当然ではないか。不登校児童・生徒の急増はそのことを示している。」と決めつけるのはまさに「根拠レスの思い込み、偏見」でしょう。
【1】数は今よりずっと少なかったとは言え、勿論「良い学校→良い企業」というストーリーにそれなりの説得力があった高度経済成長時代(池田*8内閣(1960~1964年)、佐藤*9内閣(1964~1972年)の1960~1970年代)にも不登校はいた
【2】現在も「不登校が増加した」とは言え文科省統計を信じれば「全体の3%」にすぎず大多数のこどもは登校している
【3】不登校とは性格が違うが「こどもの問題行為」と言う意味では共通点がある「開成高校生殺人事件 - Wikipedia(1977年)」「早稲田大学高等学院生殺人事件 - Wikipedia(1979年)」「神奈川金属バット両親殺害事件 - Wikipedia(1980年)」等を小川はどう理解するのか(不登校が『校内暴力*10』『開成高校生、早稲田高等学院生の事件』等とセットで注目されるようになったのは1970年代後半頃(開成高校生、早稲田高等学院生の事件を取材した本多『子供たちの復讐』(1979年、朝日新聞社→1986年、朝日文庫→『子どもたちの復讐』と改題して「本多勝一集、1996年、朝日新聞社」 )など)だと思いますが、この頃はまだ「良い学校→良い企業」というストーリーにそれなりの説得力があった。むしろ当時は『良い学校→良い企業』というストーリーについて行けないいわゆるドロップアウト組(学業が不振)が不登校と見なされる傾向があった)
と小川に突っ込みたくなります。
不登校理由はいろいろであり、小川のような「根拠レスの決めつけ」は「百害あって一利無し」でしょう。
なお、上記は小川記事に投稿しますが掲載拒否でしょう。批判意見は掲載拒否とは、自称「リベラル」が聞いて呆れます。
*1:1948年生まれ。著書『なぜ公立高校はダメになったのか』(2000年、亜紀書房)、『消えゆく「限界大学」:私立大学定員割れの構造』(2016年、白水社)、『地方大学再生:生き残る大学の条件』(2019年、朝日新書)
*2:1938年生まれ、京都府立大名誉教授。著書『観光立国政策と観光都市京都』(2020年、文理閣)、『評伝・西山夘三』(2023年、京都大学学術出版会)等
*3:1939年生まれ。著書『もうひとつのチベット現代史:プンツォク=ワンギェルの夢と革命の生涯』(2006年、明石書店)、『チベット高原の片隅で』(2012年、連合出版)等
*4:1935年生まれ。元TBS記者。神奈川大学名誉教授。著書『鄧小平の遺産』(1995年、岩波新書)等
*6:1941年生まれ。神奈川大学名誉教授。著書『キューバ現代史』(2016年、明石書店)等
*8:大蔵次官から政界入り。吉田内閣蔵相、通産相、石橋内閣蔵相、通産相、岸内閣蔵相、通産相等を経て首相
*9:運輸次官から政界入り。吉田内閣郵政相、建設相、自民党総務会長(岸総裁時代)、岸内閣蔵相、池田内閣通産相、科技庁長官等を経て首相
*10:TBS『3年B組金八先生』の第二シリーズ(1980年)で学校に警察隊が突入するのには当時としては一定のリアリティがありました。