■埼玉知事選 上田氏が4選確実
http://www.sankei.com/politics/news/150809/plt1508090027-n1.html
「予想はしていましたが」実際にそうだと聞くとアンチ上田としては心底げんなりです。
地元の自民系政治家(首長や県議、市町村議)が「自民党埼玉県連、中央」を無視して公然と上田を応援してるんだからどこまで麻生らが本気だったか、はなはだ疑わしい話です。本気なら「地元の連中を自民党ががっちり締め上げて上田応援なんかさせない」位でなきゃダメでしょう。
大体「埼玉と岩手と両方知事候補をたてて負けたら責任問題になる」と「岩手で立てることをあきらめてしまうていたらく」ですから(ただ今回の敗戦結果によっては「埼玉県連会長辞任」なんてことくらいはあるのかも知れません)。
とはいえ上田に「一時期の橋下ほどの人気はないこと」もまた事実です。上田が「埼玉版維新」を狙って「非自民・非民主系の保守」をかき集めて作った某政治団体は県議選において橋下維新のようなブームは起こせず「可もなく不可もなく(大惨敗したわけでもないが躍進したわけでもない)」という中途半端な戦績しか出せませんでした。
個人的には共産党に善戦して欲しいところですがどうなるか。
■「頼むからオウンゴールやめてくれ!」 高村*2自民副総裁が若手議員に苦言
http://www.sankei.com/politics/news/150809/plt1508090017-n1.html
産経記事を読む限り「自民もレベルが落ちた」とがっくりですね。少なくとも建前では「表現の自由を否定していて問題」「議員の品位を汚していて問題」つう話じゃないんですかね。
「野党に攻撃材料にされて自民の支持率や評判が落ちてる、オウンゴールはやめてくれ」てじゃあ、攻撃材料にされなければ、あるいはされても「別にかまへん」と国民や自民支持者があの暴言を容認すれば無問題なのか。そう言う話じゃないでしょうよ。
■二階氏*3、小泉龍司氏の自民復党*4を主張 「次は自民公認*5で」
http://www.sankei.com/politics/news/150809/plt1508090021-n1.html
この小泉某てのは相当の極右ですからね。親中派と言われる二階氏ですが「ハト派でも何でもなくて単に中国ビジネスという金儲けのことしか考えてないんだろう」と思える話です。まあ、産経とか安倍の場合「中国ビジネスのことを考えてるかどうかすら疑わしい反中国」だからもっと問題ですが。
■【名古屋「正論」懇話会詳報】東京基督教大学教授・西岡力氏「拉致被害者、10月10日までに大きな動きある」
http://www.sankei.com/west/news/150808/wst1508080025-n1.html
まあ、今さらながら「何が根拠よ?」「その大きな動きって何よ?」て話ですよねえ(苦笑)。
しかし一方では荒木和博なんかは「交渉は無意味だ」とか言ってるし巣くう会は本当に何が何だか訳がわかりませんね。
■【歴史戦】中国、上海ユダヤ難民資料を記憶遺産申請へ 旧日本軍が保護の史実を隠蔽 「抗日戦勝70年」の一環に
http://www.sankei.com/world/news/150809/wor1508090004-n1.html
もう産経は「中国批判出来れば批判内容が論理的かどうかどうでもいい」路線に突入してるんじゃないか。大体「日本が設置した物(ユダヤ人保護区)」からどうすれば「日本の存在を隠蔽できる」のか。できるわけないでしょう。仮にできたとしてそんなもんをユネスコが登録してくれるわけもない。
単に「中国国内にある戦争遺産を、中国が申請してるだけ」じゃないのか。
それになんか産経は「申請それ自体に反対みたいな書き方」ですが一方では「ユダヤ人保護区(?)は日本の誇りであるかのような書き方」です。一体産経は何がしたいのか。申請には賛成だが申請内容に問題があるとして日本政府の介入を求めてるのか?
日本がユダヤ難民を保護した理由として、上海社会科学院歴史研究センターの王健副所長は、「旧日本軍がユダヤ難民を当時の満州などに移住させて利用しようとした『河豚(ふぐ)計画*6』が背景にある」とみている。
つう王副所長の発言から見て
1)日本の態度は「フグ計画がバックにある」ので人道的行為と手放しで評価できない
2)日本はドイツとは縁切りせず、結局つきあい続けた
と言う説明付で日本の行為を紹介する形になるんじゃないですかね。まあ、そう言う紹介が産経の希望する内容かどうかは知りませんが。
元駐リトアニア領事代理の杉原千畝(ちうね)氏が人道的な見地から発給し続けた「命のビザ」を手に、日本を経由して、当時は世界でも限られた難民受け入れ地だった上海に向かったユダヤ難民も少なくなかった。
42年、ナチス・ドイツが日本に「最終解決」と称してユダヤ難民の殺戮(さつりく)を迫ったが、旧日本軍はこれを拒否。43年に「無国籍難民隔離区」を置き、許可なく域外に出られない制限を加えてナチス・ドイツに説明する一方、ユダヤ人の生命を守った歴史がある。
こういう詐欺的な文章はいい加減にして欲しいですね。まるでこれじゃ杉原の行為は「日本政府の方針」のようですが実際は違います。
ウィキペ「杉原千畝」
・(「ユダヤ人難民にビザを発給するな」という)外務省本省と、(ビザ発給を望む)杉原との間のビザ発給をめぐる齟齬は、間近に日独伊三国軍事同盟の締結を控えて、杉原からの電信を重要視していない本省と、生命の危機が迫る難民たちの切迫した状況を把握していた出先の杉原による理解との温度差に由来している。
杉原は、苦悩の末、本省の訓命に反し、「人道上、どうしても拒否できない」という理由で、受給要件を満たしていない者に対しても独断でビザを発給した。
日独伊三国軍事同盟を締結も間近な時期に、条件不備の大量の難民を日本に送り込んで来たことに関して、「貴殿ノ如キ取扱ヲ爲シタル避難民ノ後始末ニ窮シオル實情ナルニ付」(昭和15年9月3日付)と本省は怒りを露わにし、さらに翌年も「『カウナス』本邦領事ノ査證」(2月25日付)云々と、千畝は名指しで厳しく叱責された。
・「杉原はユダヤ人に金をもらっていたのだから、外務省を退職*7しても金には困らないだろう」という悪意に満ちた中傷が出ても放置するなど、旧外務省関係者の杉原に対する敵意と冷淡さは、河野洋平外務大臣による名誉回復がなされるまで一貫していた。こうした外務省の姿勢に真っ先に抗議したのは、ドイツ人のジャーナリスト、ゲルハルト・ダンプマンだった。ダンプマンは、杉原への献辞の付いた著書『孤立する大国ニッポン』のなかで、「戦後日本の外務省が、なぜ、杉原のような外交官を表彰せずに、追放してしまったのか、なぜ彼の物語は学校の教科書の中で手本にならないのか、なぜ劇作家は彼の運命をドラマにしないのか*8、なぜ新聞もテレビも、彼の人生をとりあげないのか、理解しがたい」と批判した。それは、杉原がまだヤド・バシェム賞を受賞 (1985年) しておらず、幸子夫人による回想録「命のビザ」の初版 (1990年) も出版されていない、1981年(昭和56年)のことであった*9。
1985年(昭和60年)1月18日、イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救出した功績で日本人でとしては初で唯一の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞。杉原の名前が世に知られるにつれて、賞賛とともに、政府の訓命に反したことに関して、「国賊だ、許さない」など中傷の手紙も送られるようになった。
同年11月、エルサレムの丘で記念植樹祭と顕彰碑の除幕式が執り行われるも、心臓病と高齢は杉原の海外渡航を許さず、四男・伸生(のぶき)が出席した。1986年(昭和61年)7月31日、86歳でその生涯を閉じた。
・日本政府による公式の名誉回復が行われたのは、21世紀も間近の2000年10月10日になってのことだった*10。これまでに外務省と故杉原氏の御家族の皆様との間で、色々御無礼があったこと、御名誉にかかわる意思の疎通が欠けていた点を、外務大臣として、この機会に心からお詫び申しあげたいと存じます。
(中略)
日本外交に携わる責任者として、外交政策の決定においては、いかなる場合も、人道的な考慮は最も基本的な、また最も重要なことであると常々私は感じております。故杉原氏は今から六十年前に、ナチスによるユダヤ人迫害という極限的な局面において人道的かつ勇気のある判断をされることで、人道的考慮の大切さを示されました。私は、このような素晴らしい先輩を持つことができたことを誇りに思う次第です。
2000年10月10日の河野洋平*11外相(森内閣)による演説(詳しくは、『 「杉原千畝氏・顕彰プレート除幕式」における河野大臣挨拶』(http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/12/ekn_1010.html)参照)
■悪質な派遣会社は“退場” 厚労省、雇用安定措置逃れ許さず 労働者派遣法改正案
http://www.sankei.com/economy/news/150809/ecn1508090009-n1.html
まあどこまで本気か分かったもんじゃありませんし、「衆院で可決する前にやれよ」つう話ですが「世論の批判」の前に安倍政権側も焦りを見せてるようです。「『少数野党でも問題ない』などと言う過大評価は禁物」ですし「今の野党少数議席でいい訳でもない」が、「自民は巨大与党だからといって」過剰に悲観的になる必要はないとは言えるでしょう。共産などの追及にも意味はあったわけです。
*1:橋本内閣経済企画庁長官、森内閣経済財政担当相、小泉内閣総務相、第一次安倍内閣外相、自民党幹事長(福田総裁時代)など歴任。
*2:村山内閣経済企画庁長官、小渕、福田内閣外相、森内閣法相、第一次安倍内閣防衛相などを歴任
*3:小渕、森内閣運輸相、小泉、福田、麻生内閣経産相などを経て現在、自民党総務会長
*4:自民に復党してないのに二階派に所属というのも無茶苦茶ですが
*5:既に小泉の選挙区には自民公認(比例で復活当選)がいるので「それをどうするか」と言う問題が当然あります。
*6:ゴルゴ13にこの計画をネタにした『河豚の季節』という作品があるのでこの計画の「詳細はともかく」存在自体はご存じの方も多いかと思います。
*7:戦後の退職も自発的退職ではなく杉原を敵視する外務省による勧奨退職だったとする説が有力。
*8:その後、1992年に杉原幸子夫人の著書にもとづくドラマ『命のビザ』が、フジテレビ系列で放映。2005年には『日本のシンドラー杉原千畝物語:六千人の命のビザ』が、「終戦60周年記念ドラマ」として読売テレビ系列で放送。2015年には東宝映画『杉原千畝』が公開予定(ウィキペ『杉原千畝』参照)。
*9:つまり杉原は30年前(1980年代)は日本ではまるきり無名な存在だったわけです(ヤド賞受賞時期を考えるとイスラエルですら無名だったのかも知れません)。それが1990年代に入ってフジのドラマなどで有名になり、それまでは「杉原の存在を黙殺していた外務省」も2000年の河野演説で事実上の謝罪をするわけです。
*10:ただし『1991年(平成3年)10月に、鈴木宗男・外務政務次官(当時)が幸子夫人を外務省に招き、杉原氏の人道的かつ勇気ある判断を高く評価し、氏の行動を日本人として誇りに思っているとし、併せて、半世紀にわたり外務省と氏の家族との間で意思の疎通を欠いていた無礼を謝罪した。』(ウィキペ「杉原千畝」参照)