新刊紹介:「歴史評論」5月号

★特集『再考・網野善彦*1
・詳しくは歴史科学協議会のホームページ(http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/)をご覧ください。興味がありかつ「無能な俺でもある程度紹介できそうな」内容のみオレ流に紹介しておきます。
■網野女性史再考:「聖なる性・女性」のゆくえ(服藤早苗*2
(内容紹介)
 網野の「遊女朝廷所属説」「遊女聖性説」(『中世の非人と遊女』(2005年、講談社学術文庫))を批判している。

参考
【服藤氏の網野批判】
■服藤早苗氏ブログ『『平安王朝の五節舞姫・童女天皇大嘗祭新嘗祭』が出ました!!』
(2015/04/10)

http://heian-nikki.at.webry.info/201504/article_1.html
 15冊目の単著『平安王朝の五節舞姫・童女天皇大嘗祭新嘗祭』塙選書、(定価2300円+税)がやっと刊行されました。
(中略)
 研究書にすると一部の方にしか読んで頂けないので、選書として刊行するために、書き下ろしました。さらに、学生さんにも読んでいただきたいので、年号までルビをつけました。最後には、舞姫を献上した受領や公卿、あるいは中宮彰子、皇后定子などの献上者一覧表を付けました。これはぜったい有用だと思います。
 また、五節舞姫に従う下仕に遊女が任命されることから、網野善彦氏は、「遊女朝廷所属説」や「遊女聖性説」などを提唱しましたが、まったく噴飯物です。下仕は、清涼殿の庭で、天皇や皇后、上層公卿などが見守る中、顔をさらすだけなのです。一言も発しません。童女は殿上で同様なことをおこないますので、童女よりも身分の下の成人女性の顔を見て、皆が喜ぶだけなのです。


■講演会『2012年度金大祭日本史研究室講演会(2012/11/04)「遊行女婦から傾城へ〜網野善彦批判〜」
講師 服藤早苗先生(埼玉学園大学教授)
http://nihonshigaku.w3.kanazawa-u.ac.jp/kagai/kagai.html

 私は女性史について興味があったので今回の講演を大変面白く聞かせていただきました。網野(ボーガス注:善彦)、後藤(ボーガス注:紀彦)両氏が主張した遊女、朝廷所属説・内教坊管轄説に対し、網野氏が根拠にされた五節舞姫の下仕に遊女が選ばれていたという点について、服藤早苗氏は史料をもとに批判的に再検討を加えられ、下仕としての遊女は臨時的なものであり、公的に奉仕しているものではないこと、またその職務についても儀式的なものではなく、当時の童女の顔の見られ方から特権的貴族層の娯楽にすぎないということを明らかにされ、朝廷所属説や「聖なる性」説は疑問であるという見解を示されました。
 講演を聞いて当時の童女、下仕たちの立場が鮮明に浮かび上がり、特に「ロリータ趣味」、「鑑賞者による視覚対象」という表現には衝撃を受け、当時のこういった女性たちの地位について考えさせられました。
末松英理(日本史3年)


【服藤氏に似た問題意識からの網野批判】

https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/personal/kazuto/shohyou/fujiwara.html
■書評:小谷野敦*3『日本売春史』(新潮選書*4)           
 評者:東京大学史料編纂所准教授(日本中世史) 本郷和人*5
 中味の詳細は、どうかご一読の上、ご確認下さい。どなたにもお勧めできる、それだけ素晴らしい本だと思っています。
(中略)
 網野銀行を経営する富裕な一族出身*6の彼が観念するマイノリティにいったいどれ程のリアリティがあるのか、わたしはいまなお疑念を抱かずにいられない*7のだが。
 マイノリティを代表する存在の一つが遊女である。中世において、天皇や上級貴族はしばしば芸能に長じた遊女を宴席に招き入れ、遊興の時を過ごした。寵愛を得て枕席に侍り、やがて子をなす遊女もあった。当時は先述の如く身分が絶対視されたにも拘わらず、その子が母の出自ゆえの差別を受けることはほとんどなかったようである。たしかにこれは注目すべき史実ではある。だからといって、またいつものように、至上と最下の結びつき、と(ボーガス注:網野が)勇躍獅子吼するのはいかがなものか。遊女は元来が芸能を以て神に仕える「聖なるもの」であり、神性を帯びた天皇と官能を紐帯として融合する。「遊女の聖性とその裏返しである卑賤視」。いかにももっともらしい解釈ととれるが、果たしてそれでいいのだろうか。
(中略)
 もともと、美しい女性が氏なくして玉の輿に乗るとは、古今東西の男性偏重社会にあまねく見られる事例ではないか。怪力乱神に頼らずに、研究者は真摯に事象に肉薄していくべきである。

 まあ、俺からすれば『禁煙ファシズムと断固戦う!』(2009年、ベスト新書)なんて本を書く小谷野は基本的に「I濱女史と同じ箱に入れて、低い評価をしてます(要するに学問的業績はともかく人格面でまともな人間だと少しも思ってない)」が、まあ、ここでの問題は「遊女理解」での網野批判ですのでね。


【ついでに】

https://togetter.com/li/1050068
丸島和洋*8 @kazumaru_cf  2016-11-17 08:58:47
 いわゆる「網野史学」が一世を風靡したことは記憶に新しく、僕が大学生の頃は大学生協に専用のコーナーがあったほど。しかしあれは網野さんが若狭太良庄における実証研究*9の蓄積の末に辿り着いたものだから、網野さんなりのバランスが辛うじてあったもので、それを無批判に継承するのは極めて危険。
■すぱろーほーく @sparrowhawk0426  2016-11-17 10:03:26
 そうか、「網野史学」は今や「主流」なのか。
丸島和洋 @kazumaru_cf  2016-11-17 10:30:33
 いや、逆です。まったく主流ではなく、ほとんどが「いきすぎ」と否定されています。「一世を風靡『した』」と過去形で書いたつもりです。


網野善彦:百姓論・平民論の軌跡(木村茂*10
(内容紹介)
 網野が著書『日本中世の民衆像:平民と職人』(1980年、岩波新書) において「百姓」概念に換えて「平民」「職人」概念を打ち出しながら、結局「平民」「職人」概念を放棄し、「百姓」概念を再度採用した事を指摘。網野の「平民」論の問題点を指摘し批判しているが、無能な俺には細かいところはさっぱりわからないのでこれ以上の紹介は省略します。


■私の歴史研究『85年の自分史抄録:「植民地二世」としての朝鮮・韓国・中国民衆への加害責任を背負って』(松尾章一*11
(内容紹介)
・『中国人戦争被害者と戦後補償』(編著、1998年、岩波ブックレット)、『関東大震災戒厳令』(2003年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)の著書がある松尾氏へのインタビュー。

参考

http://yamamoto-yoshihiko.at.webry.info/200912/article_1.html
■書評 松尾章一『関東大震災戒厳令吉川弘文館、2003年
 本書は、関東大震災朝鮮人虐殺を扱って、幾十年にも及ぶ周到な研究を実践してきた著者にしてはじめて作成可能な素晴らしい好著である。私は、研究の駆け出しの時期、1970年代初めに『日本史を学ぶ 4 近代』有斐閣に執筆する機会を得たときに、関東大震災の時期の経済と社会を構造的に学ぶ機会があった。そこで知り得たことは、首都圏衛戌令が発せられたのが、実は軍部の積極的な活動と思っていたところ、東京警視庁警視総監赤池*12、内務大臣水野錬太郎*13が、朝鮮総督府在勤時代の誼を通じて、軍部に働きかけて、公布させたことを知った。しかもこの首都圏衛戌令が範となって、その後の2・26事件での首都戒厳令を布いたと言うこと、また治安維持法制定の先導であったことを知ったのである。こうした状況が生まれる背景には、一つに、大正デモクラシーの澎湃として生まれた有権者拡大運動と社会運動諸組織に恐れをなした支配勢力が、不安定で短期的に交替を繰り返す政府の下で、とくに震災時期に政権交代が遭遇した権力空白の状況のために、危機感を燃やして、政治の軍部勢力依存姿勢を強めたこともあるという。まさに、本書で松尾氏が指摘しているのは、震災の危機に乗じて、陸軍のみならず海軍も、出動し、しかも朝鮮人騒ぎと称する諸事件に対しても、軍部がその騒ぎを静めるどころか、逆に容認すること、また軍部指導者自らが、右翼勢力と共同して、社会的騒動に荷担していた事実を、軍部資料を活用して、証明していることである。
 また興味深いのは、松尾氏が丹念に資料調査を行い、軍部が民衆内部の不安を利用して、時に「朝鮮人騒ぎ」なる噂を活用し、民衆にそのおそれを解くなどして、噂の正当化を図り、さらには民衆と協力して虐殺強行に及んだ事実さえ記録されている。
(中略)
 他方で、朝鮮人騒ぎとは一線を画して、日本人と朝鮮人が相互に助け合って、救援活動を行っていた事実も指摘し、ここに軍部や支配勢力、警察権力の動きとは異なった一面も指摘されている。


■科学運動通信『吉見裁判高等裁判所判決の不当性』(高田雅士)
(内容紹介)
 吉見氏*14を支援する市民団体の声明紹介で内容紹介に代替する。

http://www.yoisshon.net/2016/12/blog-post_16.html
 今回の高裁判決は、「これはすでに捏造である」(桜内発言)の「これ」の意味がさまざまな解釈が可能であるとし、「吉見さんという方の本」を指すとは認定できないとしました。したがって、名誉毀損は成立しておらず、吉見さんの請求は認められないとしたのです。しかも、このような判断をおこなった根拠は、何ら示されていません。しかし、桜内発言は、「吉見さんという方の本」を「捏造」であると断定したものであることは疑いがありません。高裁判決は非論理的であり、極めて不当です。
 吉見さんは丹念な資料調査と聞き取り等により日本軍「慰安婦」問題の実態解明に誰よりも大きく貢献し、日本国内外の歴史学界において高い評価を得てきました。地裁判決に対して、日本歴史学協会をはじめとした歴史学15団体が抗議声明を出したことはその証左です(2016年5月30日)。そして、吉見さんの研究成果は、「慰安婦」被害者に希望の光を与えてきました。高裁判決で、研究成果を捏造とする発言の問題性が認定されなかったことは歴史学界への全面的な挑戦であり、「慰安婦」被害者の名誉と尊厳をいっそう冒涜するものです。
 また、吉見裁判に対しては、日本国内はもちろん世界の市民から、あたたかいご支援をいただきました。私たちは「公正な判決を求める国際市民署名」の運動を展開し、今年12月12日までに「慰安婦」被害者を含む694筆の署名を集めることができました。今回の判決は、こうした世界の市民の声をも踏みにじるものです。
 私たちは、不当な判決に強く抗議するとともに、吉見さんの名誉回復と、日本軍「慰安婦」問題の真の解決に向けて、裁判闘争を続けていきます。吉見裁判をご支援いただいたみなさんにお礼申し上げるとともに、引き続きご協力をお願い申し上げます。

*1:著書『異形の王権』(1993年、平凡社ライブラリー)、『無縁・公界・楽:日本中世の自由と平和』(1996年、平凡社ライブラリー)、『海の国の中世』(1997年、平凡社ライブラリー)、『蒙古襲来』(2000年、小学館文庫)、『日本中世の百姓と職能民』(2003年、平凡社ライブラリー)、『海と列島の中世』(2003年、講談社学術文庫)、『里の国の中世:常陸・北下総の歴史世界』(2004年、平凡社ライブラリー)、『中世の非人と遊女』(2005年、講談社学術文庫)、『中世的世界とは何だろうか』(2014年、朝日文庫)、『日本中世に何が起きたか:都市と宗教と「資本主義」』(2017年、角川ソフィア文庫)など

*2:著書『家成立史の研究:祖先祭祀・女・子ども』(1991年、校倉書房)、『平安朝の母と子:貴族と庶民の家族生活史』(1991年、中公新書)、『平安朝の女と男:貴族と庶民の性と愛』(1995年、中公新書)、『平安朝の家と女性:北政所の成立』(1997年、平凡社選書)、『平安朝 女性のライフサイクル』(1998年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『平安朝に老いを学ぶ』(2001年、朝日選書)、『平安王朝の子どもたち:王権と家・童』(2004年、吉川弘文館)、『平安王朝社会のジェンダー:家・王権・性愛』(2005年、校倉書房)、『平安朝の父と子:貴族と庶民の家と養育』(2010年、中公新書)、『古代・中世の芸能と買売春』(2012年、明石書店)、『平安王朝の五節舞姫・童女天皇大嘗祭新嘗祭』(2015年、塙選書)など

*3:著書『夏目漱石を江戸から読む』(1995年、中公新書)、『日本の有名一族』(2007年、幻冬舎新書)、『恋愛の昭和史』(2008年、文春文庫)、『私小説のすすめ』(2009年、平凡社新書)、『大河ドラマ入門』(2010年、光文社新書)、『日本恋愛思想史』(2012年、中公新書)、『21世紀の落語入門』(2012年、幻冬舎新書)など

*4:2007年刊行

*5:著書『人物を読む日本中世史:頼朝から信長へ』(2006年、講談社選書メチエ)、『天皇はなぜ生き残ったか』(2009年、新潮新書)、『天皇はなぜ万世一系なのか』(2010年、文春新書)、『謎とき平清盛』(2011年、文春新書)、『戦いの日本史:武士の時代を読み直す』(2012年、角川選書)、『武士とはなにか:中世の王権を読み解く』(2013年、角川ソフィア文庫)、『戦国武将の明暗』(2015年、新潮新書)、『真説・戦国武将の素顔』(2017年、宝島社新書)など

*6:網野善彦は江戸時代から続く山梨県東八代郡御坂町(現在の笛吹市御坂町)の地主・網野家に生まれた。曾祖父の網野善右衛門は実業家で、山梨中央銀行の前身のひとつである網野銀行の創業者である。実父の勝丸は代議士・広瀬久政の次男として生まれ、網野家へ養子に入った人物である。久政の長男の広瀬久忠(善彦の実父・勝丸の兄、善彦の伯父)は戦前、山梨県初の大臣(平沼内閣厚生大臣)を務め、戦後には自民党参院議員となった。久政の三男(善彦の実父・勝丸の弟、善彦の叔父)の名取忠彦も戦後は山梨中央銀行頭取として山梨県政財界で影響力を持っていた人物で、善彦は山梨を代表する名家の一員だった」(以上、ウィキペ『網野善彦』参照)

*7:金持ちだと貧乏人のことが分からないという物言いははっきり言って不当だと思いますね。この理屈だとそもそも「現代人に江戸時代のことなんか分からない」つう事になって歴史研究の意義否定になりかねませんし。

*8:著書『戦国大名の「外交」』(2013年、講談社選書メチエ)、『真田四代と信繁』(2015年、平凡社新書)など

*9:『中世荘園の様相』(1966年、塙選書)のこと

*10:著書『日本古代・中世畠作史の研究』(1992年、校倉書房)、『ハタケと日本人:もう一つの農耕文化』(1996年、中公新書)、『「国風文化」の時代』(1997年、青木書店)、『日本初期中世社会の研究』(2006年、校倉書房)、『初期鎌倉政権の政治史』(2011年、同成社)、『戦後日本中世史研究と向き合う』(2012年、青木書店)、『日本中世百姓成立史論』(2014年、吉川弘文館)、『頼朝と街道:鎌倉政権の東国支配』(2016年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)など

*11:著書『中国人戦争被害者と戦後補償』(編著、1998年、岩波ブックレット)、『関東大震災戒厳令』(2003年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『歴史家・服部之總』(2016年、日本経済評論社)など

*12:静岡県知事、朝鮮総督府内務局長、警務局長や警視総監を歴任

*13:朝鮮総督府政務総監、寺内、加藤友三郎、清浦内閣内務大臣を歴任

*14:著書『従軍慰安婦』(1995年、岩波新書)、『毒ガス戦と日本軍』(2004年、岩波書店)、『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(2010年、岩波ブックレット)、『焼跡からのデモクラシー:草の根の占領期体験(上)(下)』(2014年、岩波現代全書)など