アヤソフィアでイスラム教礼拝 85年ぶりに「モスク」本格運用 - 産経ニュース
アヤソフィアは6世紀にビザンツ帝国がギリシャ正教の聖堂として建設し、内部にはキリスト教のモザイク画やフレスコ画が残っている。イスラム教は偶像崇拝を禁じているため、これらの絵画は礼拝中、カーテンなどで覆われる。トルコ政府は「モスク化」の後も外国人や観光客の立ち入りを認める方針を示しており、礼拝以外の時間帯は観覧できる。
モスク化によってモザイク画などの破壊が危惧されましたが、それをやると
1)観光資源としての価値がなくなる(観光客が来なくなる)
2)欧米との関係が回復不能なまでに悪化しかねない
ということで破壊が回避されたことは何よりです。
藤井棋聖、竜王戦決勝T初戦で敗退 - 産経ニュース
対戦相手は
ということなので敗戦もやむを得ないでしょう。むしろ現時点(18歳)で棋聖を獲得し、王位戦も現王位との対局にまで進み、竜王戦も決勝トーナメント初戦までは進んでいることの方が驚くべき事ではあります。
石破氏「7条解散」封印宣言 首相就任なら足かせ懸念 - 産経ニュース
「7条解散」には首相が野党を牽制(けんせい)したり、政権に対し不穏な動きを見せる与党を引き締めるといった運営上の効果もある。
そもそもそう言う手法自体が「政治手法として邪道」であり、「重要な国政争点を解散総選挙で問う」以外には「党利党略で解散すべきで無い」というのは充分筋の通った考えです。そもそも石破*1も「仮に私が首相になったとして、首相在任中は絶対に7条解散しない」とは一言も言ってない。
「コロナが終息してない今、解散するには、通常よりも高い『解散の必要性』が求められるがそんなものがあるとは私は思ってない」「当面、コロナ終息の見込みが無い以上、解散の話など今すべきで無い。コロナ終息後の話はコロナが終息してからすればいい」と言ってるだけです。石破発言には「コロナが深刻な今」という前提条件がついています。
「コロナが終息していなくても解散(あるいは解散するかのような態度)をしていい」と思う産経の方がおかしいでしょう。
記者会見の場で質問に丁寧に応じることは重要だが、時間無制限を保証しながら実行しない場合、言行不一致との批判を招くことになる。
やれやれですね。実際には石破発言は「安倍さんはすぐ『時間の制限があるから』といって自分に都合の悪い質問を逃げる(どう見ても時間の制限などあるとは思えない場合でも)。仮に私が首相になったら、そんなことはしない。都合の悪い質問でもきちんと答える」程度の話でしょう。本当に文字通り「無制限で3時間でも4時間でも質問を受ける」なんて話のわけがない。
そこは昭和天皇では無いですが「言葉の綾」と言う奴です。
いくら時間無制限と言ったからと言って、首相相手に「3時間も4時間も質問しようとする記者」はいないでしょうし、そこまで行ったら石破も質問を「次の機会にお願いします」「後で質問書を提出して下さい、後日回答します」などというでしょう。それで言行不一致と言う奴は普通いないでしょう。
石破に対し「言行不一致」と言う批判が飛ぶとしたら、「石破が批判していた安倍の態度」と全く同じ態度で質問を逃げたときだけでしょう。とはいえ、石破が実際に首相になったとしてそうした言行不一致をやるのかどうかは現時点では分かりませんが。
石破氏は報道機関の世論調査で「次の首相にふさわしい政治家」として軒並みトップを走る。しかし、石破氏をよく知る党ベテラン*2は「自分で自分の手足を縛っている。首相になった後の戦略が全くないのだろう」と語り、理想と現実との見極めを求めた。
やれやれですね。「首相になった後の戦略が全くないのだろう」は「首相になったら尖閣に自衛隊を置く」「靖国参拝する」「河野談話を撤回する」などと支持層のウヨ相手に無責任に吹きまくったあげく「靖国参拝以外は全てやらず、靖国参拝も首相就任1年目に1回やっただけ。米国から批判されるや翌年からは中止」の安倍の方では無いのか(もちろんやってほしいわけではないのでそれで一向に構いませんが)。
あれだけ吹いていた九条改憲も未だに手が付けられず*3、むしろ手を付けたのは野党時代には何ら口にしていなかった「米国の要望があった安保関連法(集団的自衛権容認)と特定秘密保護法」「財界の要望があった入管法改定(移民受け入れの方向に舵を切った)と働き方改革法(高度プロの導入)」「人気取りの思いつきで始めた日露交渉(事実上、挫折しましたが)」です。そんな安倍のどこに「首相になった後の戦略」があったのか。
そもそも「質問時間は原則無制限として都合の悪い質問からも逃げない」「党利党略と非難されるような解散はしない。そもそもコロナが収束しない限り解散の必要性も乏しい。コロナ有事において解散による政治空白など作れない」のどこが「現実無視の理想主義」なのか。
「時間制限を口実に都合の悪い質問から逃げる」「党利党略での解散を躊躇無くする」のが現実主義なんてのは産経の「個人的見解」にすぎません。
いずれにせよ石破がこういうことを言い出すとは「もはや安倍四選などありえない」と言う点については自民党内に「共通認識が出来てる」のでしょう。そしてその場合「世論調査を信じればポスト安倍の最有力候補は俺だ」「国民世論は必ずしも党内世論とは違うが、自民党員も世論調査を完全無視は出来ないはずだ」という石破の自信の表れでしょう。
立民・枝野代表、国民・玉木代表に不快感 合流「まとめる気あるか」 - 産経ニュース
記事が事実なら枝野*4には「何だかなあ」ですね。
「統合交渉をまとめる気があるのか」も何も「統合すること」を前提にする枝野の方がおかしいでしょう。立民と国民民主が統合することが正式に決まったわけでも何でもないのに。
かつ「一方的に立憲民主党という党名を押しつけないで欲しい」「せめて選挙で決めるべきだ」という玉木*5発言の何が問題なのか。
玉木が仮に「合同をぶち壊そうという意図がある」にせよ、主張自体は正論です。
「立憲民主党という党名」を一方的に玉木ら国民民主党が呑ませられるいわれは無い。玉木発言は「不当な因縁」とはとてもいえない。
そこで「分かりました、選挙で決めます」「立憲国民党ではどうですか?」などと言えない枝野ら立民の方が「まとめる気があるのか」でしょう。
「国民民主の方が立場が弱いのだから、わがまま言うな」なんて態度のどこが「まとめる気があるのか」。
「野党共闘でも、共産や社民相手に『共闘を続ける気があるなら最大野党の立民に「ハイ」で従え』なんて態度をとるのかよ、お前は」「そのお前の態度の方が共闘破壊だろ」と今から枝野・福山一味(立民)への不快感が強まっています。
国民の平野博文*6幹事長は22日、新党名を民主的な手続きで決めるべきだとの考えを立民の福山哲郎*7幹事長に伝達。福山氏は「しこりは残したくない」として投票以外の方法を模索する意向を示した。
以前も今日の産経ニュース(2020年7月22日分) - bogus-simotukareのブログで書きましたが、「しこりを残したくない」と福山が本気で考えるのなら
◆自由党(吉田茂*8総裁)と日本民主党(鳩山一郎*9総裁)の合同で自由民主党(鳩山一郎総裁)
◆明治生命保険と安田生命保険が合併した明治安田生命保険
のような「両方の党名を残す形」の「立憲国民党」でも提案すべきでしょう。
「現時点において」何故それをしないのか、出来ないのか
◆日産自動車とプリンス自動車が合併した日産自動車(経営難で倒産の危機に直面したプリンスを吸収合併)
◆自民党と保守党が合同して自民党(2003年)
◆民主党と自由党が合同して民主党(2003年)
のような「片方の名前だけがそのまま残る形なのか」と言えば「国民民主の方が格下だ」という思いがあるからでしょう。それで「選挙ではしこりが残る」とはよくもいえたもんです。「党名決定選挙で立民側が勝利できるか分からない」からそう言ってるのでしょうに。
首相、緊急事態宣言を否定 「あのときと異なる」 - 産経ニュース
東京での感染者数の異常な増加を考えれば「全国では出さない」にしても「東京限定」「首都圏限定」で出すことは充分合理性があると思いますけどねえ(経済への影響などを考えれば、積極的に「出して欲しい」「出すべきだ」とまでは言いませんが)。
そもそも感染者数を考えれば「緊急事態宣言」を出したときより今の方が少なくとも「東京においては状況は深刻」ではないのか。
結局、緊急事態宣言など出してしまえば「go toトラベルなどやっていいのか」という話に当然なるので「絶対に出さない」と安倍が決めてるだけの話でしょう。
*1:小泉内閣防衛庁長官、福田内閣防衛相、麻生内閣農水相、自民党政調会長(谷垣総裁時代)、幹事長(第二次安倍総裁時代)、第三次安倍内閣地方創生担当相を歴任
*2:名前を出せない点が滑稽です。これでは石破本人も誰のことだかさっぱり分からず、石破への牽制にも何にもなってないと思います。
*3:もちろんやってほしいわけではないのでそれで一向に構いませんが
*4:鳩山内閣行政刷新担当相、菅内閣官房長官、野田内閣経産相、民主党幹事長(海江田、岡田代表時代)、民進党代表代行(前原代表時代)などを経て立憲民主党代表
*5:民主党政調副会長、民進党幹事長代理、希望の党代表などを経て国民民主党代表
*6:鳩山内閣官房長官、民主党国対委員長(野田代表時代)、野田内閣文科相、国民民主党総務会長などを経て国民民主党幹事長
*7:鳩山内閣外務副大臣、菅内閣官房副長官、民主党政調会長(海江田代表時代)などを経て立憲民主党幹事長
*8:戦前、天津総領事、奉天総領事、駐スウェーデン公使、外務次官、駐伊大使、駐英大使などを歴任。戦後、東久邇宮、幣原内閣外相を経て首相