「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2020年11/21日分:荒木和博の巻)

◆民主社会主義の話(令和2年11月22日日曜日のショートメッセージ)

https://twitter.com/ARAKI_Kazuhiro/status/1330320280254894083
 令和2年11月22日日曜日のショートメッセージ(Vol.134)。昨日の続きみたいなものですが、民主社会主義の話。「社会主義」とつくとマルクス・レーニン主義と混同されがちですが、私たち(ボーガス注:旧民社党関係者)の考える社会主義は全く別物です。

 9分30秒程度の動画です。私と民社党との出会い(11月21日のショートメッセージ): 荒木和博BLOGの続きです。
 今回も完全に「荒木和博(元民社党職員)のファンクラブ動画」と化してますね。拉致問題とはまるきり関係なく「民社党の宣伝」ですから呆れます。
 「民社党拉致問題に一番熱心だった」という拉致と関係づける「こじつけ」すらしない。
 なお、以前も荒木は「民社党は民主社会主義だ」という話を
民社党の話(9月19日のショートメッセージです): 荒木和博BLOGなどでしており、それについては
「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年5/14分:荒木和博の巻) - bogus-simotukareのブログ
「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2020年9/19日分:荒木和博の巻) - bogus-simotukareのブログで突っ込んでいます。しかし、荒木ら旧民社はなぜか「俺たち旧民社党はドイツ社民党とかの仲間だ、自民党とは違う。だから『民社党』という党名なんだ。そもそも我々のルーツは社会党だ(初代委員長の西尾末広は元社会党書記長)。有力支持組織も右派とは言え同盟という労組だった」「極右政党で自民党と似たようなもん=旧民社党という人間は誤解している」と言いたくて仕方が無いようです。
 社民連社民党が「我々は方向性としてドイツ社民党を目指してる」つうならわかりますが、あんな極右政党の元メンバー・荒木やその類友連中がこんなことを言うのは本当に理解が出来ません。荒木なんか自ブログで「福祉重視」「労働法規制」なんて社民主義的な話をしたことは全くなく、「北朝鮮と中国への悪口」「首相靖国参拝支持」など「右翼的な話」しかしてないのに。
 それにしても「マルクス・レーニン主義共産主義)と混同」て「誰が旧民社をそんなもんと勘違いするんだ?。お前ら反共右翼じゃん。ピノチェトクーデターを賛美した前科があるじゃん。栗栖弘臣なんか参院東京選挙区に立てるお前らのどこが左翼なの?」て話です。大体、民社党について誤解がありうるとしたら「民社」党なんだから、「ドイツ社民党のお仲間」「社民連(あるいは今の社民党)のお仲間」つう誤解でしょうに(もちろん民社党は極右政党であり「ドイツ社民党のお仲間」「社民連(あるいは今の社民党)のお仲間」では全くありません)。
 以前も別記事(例えば「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2019年5/14分:荒木和博の巻) - bogus-simotukareのブログ)に書きましたが、旧民社の連中が社会党に「社会党右派」として居た頃は「三輪寿壮社会党右派の幹部。初代民社党委員長・西尾末広*1の親分に当たる人物。旧民社が出来る前に病死。岸の東大時代の学友で、岸がA級戦犯容疑者として巢鴨プリズンに勾留されたときは岸の弁護人を務めたほどの親友)を通じて岸信介*2社会党右派として出馬しようとしたところ、社会党左派から「戦犯容疑者の岸なんか擁立できるか!」と反対されたために、岸は自民党から政界入りしたという逸話があります。
 ちなみに三輪が死んだときは岸が友人として弔辞を述べています。なお、『いくら友人の三輪(社会党右派)が所属していたとは言え、何故、万年野党の社会党から岸が?』と思う方も居るでしょうが、それは後知恵であってこの頃の社会党は「万年野党扱い」はされていません。
 吉田*3内閣農林相を務めた和田博雄*4社会党から政界入りしているし、短期間&連立とはいえ1940年代に片山*5内閣、芦田*6内閣で社会党は政権入りしています。岸が社会党入りを目指しても全然おかしくない。もしそうなったら岸が旧民社党の一員におそらくなったでしょうが。
 また、これまた別記事で書きましたが安保闘争の時は、岸は政権維持のために一時は「旧民社を抱き込んだ自民・民社連立」を画策もしています(ただし当時の民社側が連立で乗り気でなかったことや、自民党内の反発で挫折)。
 あるいは鈴木善幸*7のもともとの所属政党は「社会党右派」でした(途中で自民に移籍)。
 あるいは、中曽根*8内閣の頃の「二階堂擁立工作(挫折しますが)」に絡んでいたのは旧民社と「現在の自民党の連立相手・公明」です。
 なお、話が脱線しますが二階堂擁立構想 - Wikipediaも指摘していますが、二階堂擁立工作には
1)いわゆる反共・社公合意(1980年)からの「社公民路線」がこれを契機に「自公民路線」に切り替わる
2)工作の挫折により、二階堂*9擁立に「世代交代が遅れる」として反対したいわゆる「安倍晋太郎*10、竹下*11、宮沢*12」のいわゆる「ニューリーダー」の発言力が高まる一方で、「反中曽根」の立場から二階堂擁立を画策した福田赳夫*13元首相や鈴木善幸元首相の政治力が衰退した
などの影響があったといわれます。
 話を元に戻します。
 つまり、旧民社なんてマルクス・レーニン主義共産主義)どころか「社民主義政党ですらねえだろ?」「左翼ですらねえだろ?」「右翼だろ?」「自民党と同じだろ?(塚本三郎*14民社党解散後に自民から出馬しただろ?)」て話です。「英国労働党やフランス社会党、ドイツ社民党」と日本の旧民社が一緒だと思う奴がどこに居るのか。
 福祉充実にせよ、労働法規制(解雇規制など)にせよ、とにかく『社民主義的なこと』を何一つ主張しない『ただの右翼政党』旧民社のどこが社民主義なのか。
 むしろ「あくまでも右翼政党・民社党との相対的な意味」ですが社会党共産党の方がよほど「社民主義的」でした。
 だからこそ旧民社は消滅して、社民党共産党は残っている。
 それにしても荒木が「旧民社が1960~1994年まで34年間続いたことはそれなりに誇れることだと思う(俺の要約)」と言ったのには吹き出しました。
 確かに

新自由クラブ(1976~1986年、10年間)
社民連(1978~1994年、16年間)
日本新党(1992~1994年、2年間)
新党さきがけ(1993~2002年、9年間)
みんなの党(2009~2014年、5年間)
たちあがれ日本(2010~2012年、2年間)

などよりは長いですが、「その理屈なら戦前(1922年)に結党して今も続く共産党(現時点で98年間)なんか民社党よりもっとスゴイよね」「自民党(1955年結党、現時点で65年間)も公明党(1964年結党、現時点で56年間)も民社党より歴史が長いから民社党よりもっとスゴイよね」つう話でしょうに(苦笑)。
 ちなみに旧民社については「旧民社とかけてダイコンとかけます、その心は?」という「謎かけの形を取った嫌み、皮肉」があることを思い出しました。
 ちなみに「その心」は「すればするほど小さくなる」。
 「ダイコンは大根おろしですればするほど小さくなる」と「旧民社は選挙をすればするほど落選者が出て党勢が小さくなる」をかけています。
 実際には「34年続いてる」ので「選挙すればするほど小さくなった」わけではない(本当にすればするほど小さくなったのならもっと早く解散していた)。「盛り返したこともある」ものの、傾向としては「選挙すればするほど小さくなる」方向でした。
 「減少して増加」、「減少して増加」を繰り返しても、長期傾向としては「選挙すればするほど小さくなった」からこそ「寄らば大樹の陰」で旧民社は解散して新進党に合流したわけです(新進党解散後は、旧民社グループは一時、新党友愛となるが結局、民主党に合流)。
 なお、今、民社党の流れをくむ政党と言えばたぶん「共産党と共闘したくない」として立民合流を拒否した「玉木、前原*15らの国民民主党」なんでしょうが支持率が低迷して酷い状態であることは言うまでも無いでしょう。早晩、自民か維新に合流することが予想される。既に長島昭久*16細野豪志*17鷲尾英一郎*18など「元民主党自民党議員」は山ほど居るので、玉木らが自民入りしても全然不思議ではない。
 まあ、立民にも「反共ウヨ・福山*19」が幹事長としているので「共産支持者」の俺は立民もそれほど評価はしていませんが。


私と民社党との出会い(11月21日のショートメッセージ): 荒木和博BLOG

 令和2年11月21日土曜日のショートメッセージ。自分と民社党との出会いについてお話ししました。民社党のファンになったのが昭和46年(1971 )、入党したのが昭和54年(1979)、その後専従になりましたが、若い時代を民社党の活動で過ごしたのは自分の原点でもあると思っています。その頃の昔話です。

 7分程度の動画です。
 完全に「荒木和博(元民社党職員)のファンクラブ動画」と化してますね。拉致問題とはまるきり関係なく「民社党の宣伝」ですから呆れます。
 「民社党拉致問題に一番熱心だった」という拉致と関係づける「こじつけ」すらしない。
 そんなことより拉致についての動画を流したらどうなのか。これは「拉致問題解決のための動画配信」のはずではなかったのか。
 しかし荒木(1956年生まれ)が中学三年生(1971年)の時から「旧民社支持」てのには呆れますね。まともな人間はあんな非常識な極右政党なんか中学三年生で支持しないと思うんですが。
 それにしても「民主社会主義」つまり「英国労働党やフランス社会党、ドイツ社民党の仲間」を自称しながら、自民党よりも極右とは仰天ですね。もちろん欧州社民主義も「反共」ではありますが彼らの反共は旧民社のような極右ではない。当たり前ですが、ドイツ社民党はネオナチなどとは違う。
 「社民を看板にした極右政党」は世界広しといえども民社党しか多分ない。「社民」を政党名に入れている『江田三郎、五月親子の社民連』や『現在の社民党』は勿論ですが、日本社会党(その後、社民党に改名し名実ともに社民政党を目指す)や共産党ですら、民社党よりずっと社民主義的だったと言っていいでしょう。何せ、共産党は1970年代には民主連立政権構想を表明していますし、1980年代には「1980年代から増加傾向にあった無党派層の取り込み」を狙った『全国革新懇』を創設しています。その時点で日本共産党は明らかに「従来型のマルクス・レーニン主義政党ではなくなっている」(なお、ここでは民主連立政権構想や全国革新懇への肯定的評価も否定的評価もしていません。あくまでも「従来型のマルクス・レーニン主義政党ではなくなっている」という指摘をしているにすぎません)。
 だからこそ、社民党共産党は今も残り、旧民社は消滅したといっていいでしょう(もちろん社民党は存亡の危機にあるし、共産党だって「左うちわで万々歳」ではないですが)。どこの世界に「自民党よりも極右の政党」なんか支持したがる人間がいるのかと言うことです。
 正直、俺的には「旧民社が、英国労働党、フランス社会党やドイツ社民党のようなまともな民社政党だったら」支持しても良かったんですがね。どうみてもまともではない。何で「ああいう非常識な代物になったのか」旧民社関係者に聞きたいくらいです。
 まだ「自民党の方がまし」でしょう。ただしここで俺が言う自民党とは清和会(岸信介など)のような極右系ではなく宏池会池田勇人*20大平正芳*21など)や三木武夫*22のようなリベラル系ですが。
 俺は荒木とは逆で「中学時代から旧民社のようなウヨは大嫌い」ですね(もちろんそれはマルクス主義支持、左翼支持という意味ではありません)。だって南京事件否定論だの河野談話否定論だの、旧民社のようなウヨ連中の言ってることは「デマと差別」じゃないですか。まともな保守政党ならまだしも、そんなごろつき右翼政党なんか評価できませんよ。
 人間として、まともな常識があれば、およそ支持できる政党ではない。しかも今の荒木は「特定失踪者」「山本美保さんDNA鑑定捏造事件」などというモロバレのデマまで垂れ流すのだから「人間として下の下の下」「最低のクズ」「頭がおかしい人格破綻者」ですよねえ。
 川人博も良く荒木のようなクズと付き合えるもんです。 

*1:社会党書記長、民社党委員長など歴任

*2:戦前、満州国総務庁次長、商工次官、東条内閣商工相を歴任。戦後、日本民主党幹事長、自民党幹事長(鳩山総裁時代)、石橋内閣外相などを経て首相

*3:戦前、天津総領事、奉天総領事、駐スウェーデン公使、外務次官、駐伊大使、駐英大使など歴任。戦後、東久邇宮、幣原内閣外相を経て首相

*4:社会党政策審議会長、副委員長など歴任

*5:日本社会党書記長、委員長、首相、民主社会党常任顧問などを歴任

*6:幣原内閣厚生相、日本自由党政調会長民主党総裁、片山内閣副総理・外相、首相など歴任(芦田均 - Wikipedia参照)。

*7:池田内閣郵政相、官房長官、佐藤内閣厚生相、福田内閣農林相、自民党総務会長(佐藤、田中、大平総裁時代)などを経て首相

*8:岸内閣科学技術庁長官、佐藤内閣運輸相、防衛庁長官、田中内閣通産相自民党幹事長(三木総裁時代)、総務会長(福田総裁時代)、鈴木内閣行政管理庁長官などを経て首相

*9:佐藤内閣科学技術庁長官、田中内閣官房長官自民党幹事長(田中、鈴木総裁時代)、総務会長(鈴木総裁時代)、副総裁(中曽根総裁時代)などを歴任

*10:三木内閣農林相、福田内閣官房長官自民党政調会長(大平総裁時代)、鈴木内閣通産相、中曽根内閣外相、自民党総務会長(中曽根総裁時代)、幹事長(竹下総裁時代)など歴任

*11:佐藤、田中内閣官房長官、三木内閣建設相、大平、中曽根内閣蔵相、自民党幹事長(中曽根総裁時代)などを経て首相

*12:池田内閣経済企画庁長官、佐藤内閣通産相、三木内閣外相、福田内閣経済企画庁長官、鈴木内閣官房長官、中曽根、竹下内閣蔵相、自民党総務会長(中曽根総裁時代)などを経て首相。首相退任後も小渕、森内閣で蔵相

*13:大蔵省主計局長から政界入り。岸内閣農林相、自民党政調会長、幹事長、佐藤内閣蔵相、外相、田中内閣行政管理庁長官、蔵相、三木内閣副総理・経済企画庁長官などを経て首相

*14:民社党書記長、委員長を歴任

*15:鳩山内閣国交相菅内閣外相、民主党政調会長(野田代表時代)、野田内閣国家戦略担当相、民進党代表などを経て現在、国民民主党代表代行

*16:鳩山、菅内閣防衛大臣政務官、野田内閣防衛副大臣希望の党政調会長地域政党未来日本」代表など歴任

*17:野田内閣環境相民主党幹事長(海江田代表時代)、政調会長岡田代表時代)、民進党代表代行(蓮舫代表時代)など歴任

*18:野田内閣で農水大臣政務官。現在、菅内閣外務副大臣

*19:鳩山内閣外務副大臣菅内閣官房副長官民主党政調会長(海江田代表時代)などを経て立憲民主党幹事長

*20:大蔵次官から政界入り。吉田内閣蔵相、通産相、石橋内閣蔵相、岸内閣蔵相、通産相などを経て首相

*21:池田内閣官房長官、外相、佐藤内閣通産相、田中内閣外相、蔵相、三木内閣蔵相、自民党幹事長(福田総裁時代)などを経て首相

*22:国民協同党書記長、委員長、片山内閣逓信相、改進党幹事長(重光総裁時代)、鳩山内閣運輸相、自民党幹事長(石橋総裁時代)、政調会長(岸総裁時代)、岸内閣科学技術庁長官(経済企画庁長官兼務)、池田内閣経済企画庁長官、自民党政調会長、幹事長(池田総裁時代)、佐藤内閣通産相、外相、田中内閣副総理・環境庁長官などを経て首相