「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2023年3/20日分:荒木和博の巻)

◆荒木ツイート

 令和5年3月20日月曜日「荒木和博のショートメッセージ」第1070号。ミサイルを乱射して軍事パレードをやる北朝鮮ですが、(ボーガス注:2010年の
天安沈没事件 - Wikipedia延坪島砲撃事件 - Wikipedia等の)局地的な戦闘ならともかく、もはや全面的な南侵はできません。そうなったのはいつからなのか、というお話しです。

 7分40秒の動画です。そんなことが荒木の建前である「拉致解決」と何の関係があるのかと心底呆れます。
 なお、そうした「全面的な侵攻の脅威」が表面化した最後は1968年の青瓦台襲撃未遂事件 - Wikipediaでしょうね(とはいえこの事件は朝鮮戦争とは違い、大規模侵攻ではなく少数精鋭部隊による朴正熙暗殺計画ですが。成功すれば大規模侵攻があり得たのかもしれませんが、結局、暗殺は失敗し侵攻はありませんでした)。
 その後は文世光事件 - Wikipedia(1974年、朴正熙大統領暗殺未遂、背後関係は不明だが北朝鮮の関与が当然疑われる)、ラングーン事件 - Wikipedia(1983年、全斗煥大統領暗殺未遂)等のテロ行為はあっても「侵攻がなかった」のは「侵攻する能力が恐らくなかったこと」も大きいでしょう。勿論これは「北朝鮮の体力」と言う意味だけでなく「朝鮮戦争ではあった中ソの軍事支援が、中ソ対立や、文革による中国の混乱などで期待できない(むしろ中ソはそうした侵攻には否定的で、反対していたのでは?)」という問題もある。
 実際

文世光事件 - Wikipedia参照
 事件後、日韓関係は日韓国交正常化後当時、最悪の状態に陥った。韓国側の主張によれば、朝鮮総連の関与は明白であったにも関わらず、日本側がそれを認めなかったこと、文が所持していた拳銃が大阪府内の派出所より盗まれたものであったことによる。
 謝罪のない日本側に対し、朴大統領は「日本は本当に友邦なのか?」と問いただし、ついには「(1972年に日本が国交正常化した)中共だけが(日本にとって)一番なのか。(日本と断交しても)安保、経済に問題はない」、「日本は赤化工作の基地となっている」という言葉まで出た。しかし、朴大統領の側近が「このまま断絶してしまえば、今までの苦労が水の泡になってしまう」と説得し、日韓双方で、
・日本政府が遺憾の意を表明する。
・事件の再発防止。
・捜査についての日本政府の協力。
・日本から特使派遣をすること。
という内容で合意し、最悪の事態はまぬがれた。
 事件から4日後の1974年8月19日に執り行われた葬儀(国葬)に日本からは田中角栄*1首相が出席した。その際、田中首相の「えらい目に遭われましたね」という言葉に朴大統領はかえって「言葉が軽すぎる」と憤慨したと言われている。
 加えて、8月29日に木村俊夫*2外相が国会答弁の中で「客観的に見て、韓国には北朝鮮による脅威はない」と述べたことで、かねてからKCIA(韓国中央情報部)が実行した金大中事件に対する日本からの非難を受けたことにより鬱積していた反日感情が一気に爆発、連日、日本大使館前には抗議のデモ隊が押し寄せ、9月6日には群衆が日本大使館に乱入し日章旗を焼き捨てる事態にまで発展した。
 事態を見かねた日本政府は9月19日に「池田、佐藤内閣外相として日韓国交正常化交渉に関与」し、自民党親韓派の重鎮として、韓国国内でも評価の高かった椎名悦三郎*3自民党副総裁を政府特使として訪韓させ、日韓の友好関係を改めて確認することによって両国間での問題決着がはかられた。朴大統領は椎名との面談の席上で、「日本が引き続き、こんな風な姿勢を取れば、友邦とは認められないのではないか」、「(日本の姿勢は)政治と外交、法律に関係なく、東洋の礼儀上、ありえないこと」、「日本外務省には秀才やエリート官僚が集まっていると聞いたが、どうやってこのような解釈ができるのか」など、激しい言葉で日本を糾弾した。退出した椎名は「長い公職人生でこれほど罵倒されたことはなかった」と憤懣やるかたない表情で語り、付き添っていた金鍾泌首相があわててなだめる一幕もあったという。

だそうですし。朴正熙が激怒しようが木村答弁は全く正論でしょう。
 そして韓国も軍事政権末期ですでに、北朝鮮をさしたる脅威と考えていなかったのではないか(何をいまさらながら、拉致被害者家族会の安倍傾倒に心底から呆れかえる) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)(2022.7.28)と言う指摘通りでしょうし、今や完全に
もはや韓国(人)にとっては、北朝鮮は「脅威」「打倒の対象」よりもメロドラマのネタ程度のものなのだろう(たぶん日本も同じ 関川某も自分の書いたことを撤回しろとおもう) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)2020.5.18
つまりは、韓国大統領にとっても大した脅威ではないということだ - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)2022.6.15
のわけです。
 「金大中太陽政策」は偉大だと思いますがそれはこうした「北朝鮮の衰退」が背景にあるわけで、北朝鮮が「中国のように経済発展」していればああした施策は採りづらいでしょう。

 令和5年3月18日土曜日「荒木和博のショートメッセージ」第1068号文在寅政権の時に比べればはるかにましてすが、日韓関係は「永遠に不安定*4」です。

 6分55秒の動画です。
 韓国と良好な関係を保てないで、拉致問題解決や対北朝鮮対応などできるわけもない - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)(2019.1.22)が書くように荒木が本気で「拉致解決」を願うのなら「日韓関係改善」を展望すべきでしょうに「徴用工や慰安婦の違法性を否定するデマ右翼」である荒木は勿論そんなことはしません。ただ韓国に悪口するだけです。
 日本が韓国に恨まれるのは

ソ連フィンランド戦争でソ連に侵攻されたフィンランド
◆強制併合されたバルト三国(なお、韓国併合も同様の強制併合)
カチンの森事件ポーランド
ハンガリー動乱でナジ首相をモスクワに連行され処刑されたハンガリー
◆「プラハの春」弾圧のチェコスロバキア
北方領土問題、シベリア抑留問題の日本(抑留経験者や元島民)

といった東欧諸国等が「今もロシアに憎悪の念を持つ」のと似たようなもんでしょうに、よくも韓国(特に太陽政策金大中盧武鉉文在寅*5北朝鮮の手先呼ばわり)に悪口できたもんです。
 なお全斗煥ですら「韓国併合正当化発言の藤尾*6文相」については中曽根首相に抗議しました(その結果、中曽根が藤尾を更迭)。
 朴正熙ですら上海天長節爆弾事件上海派遣軍司令官・白川義則*7が死亡、第9師団長・植田謙吉*8、第3艦隊司令長官・野村吉三郎*9、在上海公使・重光葵*10、在上海総領事・村井倉松*11が負傷)の実行犯「尹奉吉(1932年に死刑執行)」に対し1962年に建国勲章大韓民国章(1等級)を贈り、独立運動の義士として顕彰しました(尹奉吉 - Wikipedia参照)。
 朴正熙全斗煥だって「荒木の定義する反日」では立派に反日政治家です。
【追記】

荒木和博
 令和5年3月21日火曜日「荒木和博のショートメッセージ」第1071号。家内*12草思社から『韓国の「反日歴史認識」はどのように生まれたか』という本を出しました。税別5200円の本なのでおいそれと「買って下さい」とは言えませんが家庭内での地位向上のため宣伝します。

 5分26秒の動画です。上に書いた通りで韓国が日本の植民地支配に批判的なのは当たり前でしょう。
 何処の世界に自国に対して「侵略や植民地支配をした国」に対して「寛大な国」があるのか。
 それを「反日呼ばわり」する荒木等ウヨのクズさには心底呆れます。その理屈なら荒木等ウヨは「反ロシア(北方領土問題やシベリア抑留)」「反北朝鮮(拉致)」でしょうがそう言ったら「ロシア(旧ソ連)や北朝鮮を擁護するのか」というのが荒木等ウヨでしょう。大体そんな「韓国への悪口」が「拉致解決」と何の関係があるのか。むしろ韓国と良好な関係を保てないで、拉致問題解決や対北朝鮮対応などできるわけもない - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)が指摘するように拉致解決に逆行するでしょう。


「めぐみへの誓い」製作委員会提供のラジオ番組スタート【調査会NEWS3709】(R5.3.17): 荒木和博BLOG

 新潟県新発田市のFM局「エフエムしばた」

 ラジオ番組といってももはや荒木は「ローカルFM」でしかないわけです。

*1:岸内閣郵政相、池田内閣蔵相、佐藤内閣通産相自民党政調会長(池田総裁時代)、幹事長(佐藤総裁時代)などを経て首相

*2:佐藤内閣官房長官として沖縄返還交渉に関与。

*3:戦前、『岸信介商工次官の下で商工省総務局長』『(商工次官から昇格した)岸信介商工相(東条内閣)の下で商工次官』を務めた岸の側近。戦後、岸の誘いで政界入り。岸内閣官房長官、池田、佐藤内閣通産相、外相、自民党政調会長(池田総裁時代)、総務会長(佐藤総裁時代)、副総裁(田中、三木総裁時代)など歴任。三木をポスト田中に指名した椎名裁定は「椎名が岸の最側近であること」から「椎名裁定の本当の計画者は岸(総裁選だと『岸が支援する福田』が『田中が支援する大平』に敗北する恐れがあるため。岸と考えが違うハト派の三木を推薦したのは『中曽根など、岸に考えが近いタカ派だと、岸寄りでお手盛りだと田中らに反対されるから』『少数派閥の三木なら首相になっても怖くない』と言う判断であえて三木にしたとされる)」と言うのが通説。

*4:勿論元ネタは長島の「巨人軍は永遠に不滅」

*5:盧武鉉政権大統領秘書室長、「共に民主党」代表を経て大統領

*6:鈴木内閣労働相、自民党政調会長(中曽根総裁時代)、中曽根内閣文相を歴任

*7:関東軍司令官、田中内閣陸軍大臣など歴任

*8:朝鮮軍司令官、関東軍司令官(戦前)、日本郷友連盟会長(戦後)など歴任

*9:横須賀鎮守府司令長官、阿部内閣外相、駐米大使(戦前)、自民党参院議員会長(戦後)など歴任

*10:東条、小磯内閣外相(戦前)、改進党総裁、日本民主党副総裁(総裁は鳩山一郎)、鳩山内閣外相(戦後)など歴任

*11:上海総領事、シドニー総領事(戦前)、八戸市長(戦後)など歴任

*12:荒木信子のこと