新刊紹介:「歴史評論」2025年7月号(その2)(副題:ニューカレドニアの独立運動)

 かなり長くなったのでこの部分だけ別に書きます。
◆歴史の眼「ニューカレドニアの独立問題」(平野千果子*1
(内容紹介)
 フランスによる「植民地ニューカレドニアの支配(例えば「ミッテラン大統領、シラク首相時代のウベア島虐殺事件」「マクロンによる住民投票の前倒し(完全な党利党略)」など)」を批判的に論じていますが、小生の無能のため詳細な紹介は省略します。
参考

「天国に一番近い島」で起きた暴動、フランスがニューカレドニアを是が非でも手放せない理由 暴動の影響を真っ先に受けたのはニッケル相場。低迷していた価格が急騰 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)2024.6.22
 ニューカレドニアのドニアンボとコニアンボ鉱山にある2つの大規模なニッケル製錬所は、ステンレス鋼の生産に欠かせないニッケル鉄合金の供給で世界シェアの4分の1近くを占める。
 フランスが何としてもこの島を手放すまいと、独立の動きを必死で抑え込むのもそのためだろう。
 「フランス政府が暴動の激化に即座に対応したのは、この島のニッケル資源の戦略的重要性のためでもある」と、ピーターソン国際経済研究所の上級研究員、カレン・ヘンドリックスは言う。ニューカレドニアの独立を阻止しようとしたのは「そのためでもある」と、ヘンドリックスは言う。

 ということで「ニッケル利権」のためにどうしても独立を認めたくないフランスです。

取り残された「天国にいちばん近い島」 21世紀になぜ植民地問題が:朝日新聞2024.7.5
 日本では「天国にいちばん近い島」と親しまれる、南太平洋のフランス領ニューカレドニアで大規模な暴動が起きた。引き金となったフランス政府の施策は、独立派の先住民から「植民地主義」と批判された。多くの旧植民地が独立を果たした現在に、なぜこのような事態が起こるのか。フランスの植民地史に詳しい武蔵大学平野千果子教授に聞いた。
ニューカレドニア〉 
 南太平洋に位置する四国とほぼ同じ大きさの島。人口約27万人。5月、フランスからの独立を目指す住民のデモをきっかけに、死傷者が多数発生する暴動が発生した。日本では、ベストセラーとなった森村桂さんの旅行記、それを監督・大林宣彦さん、主演・原田知世さんで映画化した「天国にいちばん近い島」の舞台となったことで知られる。
◆記者
 (ボーガス注:暴動という)時代錯誤にも思えるようなことがなぜ現代に起きたのでしょうか。
◆平野
 直接的なきっかけは、フランス政府が進める憲法改正ニューカレドニアの選挙で投票権を入植者に拡大する動きがあることに、先住民のカナクを中心とする独立派が抗議したことです。ただ、問題がここまで大きくなった前段に、2021年に行われた独立の賛否を問う住民投票があります。
 ニューカレドニアでは1970年代後半から独立運動が活発になりました。独立派と反独立派の間で流血の事態が起き、1989年には独立を目指すカナク社会主義民族解放戦線(FLNKS)の議長が暗殺*2されるなど、事態は混乱をきわめました。そのため1998年に独立派、反独立派、フランス政府の間で、独立を問う住民投票*3が最大3回までできる協定が結ばれます。
 2018年にあった初回の住民投票では賛成43.3%に対して反対56.7%で独立否決、2回目の2020年も賛成46.7%に対して反対53.3%で独立は否決されたものの、独立派が勢いを伸ばしました。このため3回目が注目されましたが、協定では2年後(2022年)としていたものが1年前倒し*4となる2021年に、コロナ禍の中で強行されました。票の掘り起こしの時間を奪われた独立派は反対して投票をボイコットし、過去2回は8割超だった投票率は4割台に。結果として独立が見通せなくなったことが、今回の事態につながっています。
 ニューカレドニアの人口のうちカナクは約4割。フランスを中心とするヨーロッパ系の住民が約3割で、他に様々な地域からの入植があります。カナクの中にも独立反対派はいるのですが、基本的に白人が上位を占める植民地型の社会です。反独立派にとっては今の社会の方が好ましいですし、分断は埋めがたいものがあります。フランスは現在もニューカレドニアへの入植を推進していて、憲法改正案では10年間定住すれば投票権を与える方向です。カナクからすると、このままでは独立がさらに遠のくとの危機感があります。

「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト(六辻彰二)2024.5.22
 大林宣彦監督、原田知世主演の映画「天国にいちばん近い島」(1984年)*5と聞いてピンとくる人は筆者*6と同様50代か、それ以上の年代に多いだろう。美しい海と空の映像が印象的だったが、その舞台になったニューカレドニアは今や天国からほど遠い。
 カナックはニューカレドニアにもともと暮らしていた人々の子孫で、かつては人口の大半を占めていたが、現在では全人口の約4割程度にとどまる。
 この地に19世紀からフランス人をはじめヨーロッパ人が数多く移り住み、さらに20世紀初頭にはニッケル鉱山などの開発のため近隣アジア諸国から労働者が移住したからだ。
 それと入れ違いにカナックには土地の多くを奪われ、狭い居住区に閉じ込められた歴史がある。
 このフランスの手法は、ニューカレドニアの歴史に詳しい江戸淳子*7教授の言い方を借りれば「英国がオーストラリアのアボリジニーに、アメリカがインディアンにとった政策や、南アフリカアパルトヘイト政策に等しい」
 カナックに独立派が多いのは、文化的アイデンティティだけが理由ではない。
 法的には移住者と対等の権利が与えられていても、経済的・社会的にカナックはニューカレドニアの傍流に置かれている。その所得水準はカナック以外の住民と比べて平均32%低い。
 また、ニューカレドニア大学の調査によると、カナックの高等教育(大学など)就学率は3%程度で、移住者の1/7以下の割合だ。逆に、失業率は38%で移住者の4倍以上の水準にあたる。
 つまり、カナックはニッケル鉱山などの権益を握るヨーロッパ系富裕層、中間層を形成するアジア系の下に位置づけられやすいのだ。 
 「この構造を打破するには独立しかない」となっても不思議ではない。
 ニューカレドニアでの騒乱が激しさを増すなか、国際的にはフランスとアゼルバイジャンの対立も目立つようになっている。
 フランス政府が「アゼルバイジャンニューカレドニア問題に干渉し、独立派を支援している」と非難し、アゼルバイジャンの背後には(ボーガス注:アゼルバイジャンと親しい関係にあるとされ、また、人権問題などでフランスと対立することが少なくない)中国やロシアがあると指摘しているからだ。
 アゼルバイジャン政府は直接の関与を否定している。しかし、アゼルバイジャン政府は2023年、ニューカレドニアだけでなくマルチニーク、仏領ギアナ仏領ポリネシアなど、各地のフランス海外領土の独立派を招いた国際会議を開催し、「植民地主義の完全なる廃絶」を掲げた*8
 こうした経緯から、独立派のなかにはアゼルバイジャンの国旗を掲げるデモ参加者もある。
 もともとフランスは、アゼルバイジャンとの関係が悪化している。(ボーガス注:アゼルバイジャンアルメニアの領土紛争「ナゴルノ・カラバフ紛争」で)アゼルバイジャンと関係の悪い隣国アルメニアをフランスが支援している*9からだ。
 そのため、(ボーガス注:中国やロシアの関与があるかどうかはともかく)アゼルバイジャンの干渉も全く事実無根とはいえないだろう。
 とはいえ、それがニューカレドニア騒乱の根本的な理由とまではいえない。むしろ、独立派の不満を増幅させてきたのはフランスの植民地主義*10だからだ。
 つまり、アゼルバイジャンはフランスの“敵失”に乗じているのにすぎず、逆にフランスがアゼルバイジャンを大声で非難するのは自らの失態を覆い隠すものともいえる。ニューカレドニア騒乱の問題は単なる「外国の干渉」ではないのだ。

ニューカレドニア - Wikipedia
 1988年4月22日、独立過激派が27人のフランス国家憲兵隊員と1人の裁判官を人質にとってロイヤルティ諸島ウベア島の洞窟に監禁し、4人を殺害した事件が最大の政治的危機となった。この事件は5月、海軍特殊部隊、国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN)、国家憲兵隊空挺介入中隊(EPIGN)などによる突入で過激派を殺害することで解決したが、特殊部隊側にも犠牲者が出た。なお、GIGNの隊長が1990年に発表した手記によれば、制圧後に無抵抗だった過激派は射殺され、その事実をフランス政府は隠蔽したという(「天国にいちばん近い島」で起きた事件を映画化 監督に聞く - 日本経済新聞参照)。

「天国にいちばん近い島」で起きた事件を映画化 監督に聞く - 日本経済新聞2012.11.22
 サスペンス映画「クリムゾン・リバー」などフランス映画界の鬼才として活躍するマチュー・カソヴィッツ監督が10年の月日をかけて映画化した「裏切りの戦場・葬られた誓い」が24日から全国で公開される。1988年にフランス領ニューカレドニアで起きた「ウベア島事件」の真実を描いた。フランス政府から作品の内容自体が認められず、犠牲となった人の遺族感情を巻き込み賛否両論となった問題作だ。
 1988年4月22日、「天国にいちばん近い島」といわれるニューカレドニアのウベア島で、独立を狙うカナック族の過激派がフランスの憲兵隊宿舎を襲撃し4人の警官を殺害、多数を誘拐する事件が起こる。事件は5月、軍やフランス国家憲兵治安部隊(GIGN)などによる突入で過激派を殺害することで解決したが、特殊部隊側にも犠牲者が出た。だが、政府の報道の矛盾をマスコミが追及、また制圧部隊の中で交渉役となっていたGIGNの隊長が1990年に手記を発表したことで真実が明らかになった。制圧後に無抵抗だった過激派を暴行のうえ射殺していたことを、フランス政府は隠ぺいしていたのだ。
 カソヴィッツ監督はこの「ウベア島事件」に興味を持ち映画化に着手、10年を費やし製作した。自身で監督と脚本、編集、そして主演までを演じている。監督としてだけでなく、出演した「アメリ」等のヒット作で俳優としても有名なカソヴィッツ監督。事件の入念な調査に加えフランス政府、ニューカレドニアと、事件に関わった関係者各位に映画化の許可を得るために奔走し、本作品を作り上げた。だが、その内容をフランス政府は否定し、両サイドの遺族感情をも巻き込んだ賛否両論の問題作となった。
【あらすじ】
 フランス国内で社会党ミッテラン*11大統領と国民運動連合*12シラク*13首相が大統領選挙最後のアピールを繰り広げていた1988年4月22日、遠く離れたフランス領ニューカレドニアのウベア島で、カナック族の独立派によってフランス憲兵隊官舎が襲われ、警官が4名死亡、30名が誘拐される事件が起きた。政府は、フランス国家憲兵治安部隊(GIGN)の隊長であるフィリップ・ルゴルジュ大尉(マチュー・カソヴィッツ)を交渉役として任命し、彼は平和的解決を模索するが、国内では政治家たちによる対話路線と強硬路線で意見が対立していた。ルゴルジュ大尉は独立派を説得し国家への忠誠と解放を約束したが、彼の尽力虚しく政府からの攻撃命令が下った。
◆記者
「フランスの歴史の汚点ともいわれる1988年のウヴェア島事件。この題材を選んだ理由は。」
◆監督
「この事件の事実・真実を知った時に受けた衝撃のせいです。こんなひどいことを、僕らの政府が……!。みたいな感じでした。自分でも事件に関して調査しましたが、友人が事件に関わったカナック族と知り合いだったので、現地に行き彼らの話を聞いているうちに、これは絶対映画にすべきだと思ったのです。10年の歳月をかけて映画化することができましたが、政府の残虐行為を暴くという内容もあり、政治家やメディアにはかなりの反響がありました。残虐行為を促した人々の名前もそのままにしましたので、当人から『お前の話は嘘ばかりだ!』とののしられ、そこからフランスメディアでは大論争になりましたが、意義のある映画ですし、自分はこの映画を撮れたことを誇りに思っています」
◆記者
「映画をみた人に一番伝えたい点は。」
◆監督
「政府が人間の権利を蹂躙したという事実は、描いていかなければならないことだし、また伝えていかなければならないことだと思います。自分が正しいと思うことを全うするには犠牲がつきものです。政府は真実を隠しますが、彼らは1%の存在で、99%の我々こそが声を上げていかなければならないのです」

第36回 ニューカレドニアとルワンダ | 福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」 | web ふらんす(初出=『ふらんす』(白水社)2019年3月号)
◆クニー(國枝孝弘*14
 ♪いつも私のことだけずっと~思っててくれなくていーの~♪
◆ヨシ(福島祥行*15
 ナニ、その曲?
◆クニー
 原田知世の「天国にいちばん近い島」(1984)に決まってるじゃないか。
◆ヨシ
 いやいや、決まってへんがな。
◆クニー
 ニューカレドニアが、日本で一躍有名になったのは?
◆ヨシ
 (ボーガス注:1984年に原田知世主演で映画化もされた)1966年に出た森村桂の『天国にいちばん近い島』のおかげやがな。
◆クニー
 映画のなかのヌーヴェル・カレドニー(ボーガス注:ニューカレドニアのフランス語読み)は、のどかな楽園だけども、映画撮影中から、独立運動が高まりはじめてて、剣呑な雰囲気があったらしい。
◆ヨシ
 1984年のヌーヴェル・カレドニーには、夜間外出禁止令couvre-feu が出されてるしね。ほんで1988年4月22日から5月5日までの悲劇的な「ウヴェア人質事件」が発生してもうた。
◆クニー
 先住民カナックKanak の独立派とFLNKS( Front de libération nationale kanak et socialiste カナック社会主義民族解放戦線) のメンバーが、ウヴェア島 Île dʼOuvéa のファイヤウエ Fayaoué にあった憲兵隊宿舎を襲撃した事件だね。
◆ヨシ
 政府はGIGN(Groupe dʼintervention de la Gendarmerie nationale 国家憲兵隊治安介入部隊)たちを送り込んで、奪還作戦を決行、独立派を襲撃して人質を解放したわけやけど、独立派は投降したのちに殺害されたんやないかとされとる。
◆クニー
 そのことは、事件を描いた2011年の映画 L’Ordre et la Morale で描かれてたね。海外領土担当大臣のベルナール・ポンスが、主人公のフィリップにたいし、lʼordre et la morale っていうシーンがあるけど、タイトルはそこから。寺尾次郎さんの字幕では「秩序(オルドル)と理念(モラル)は守られねば」となってるけど、これは「命令(オルドル)と士気(モラル)」との掛詞だね。
◆ヨシ
 1995年の名作La Haine(憎しみ)の監督であり、『アメリ』では相手役の青年を演じてたマチュー・カソヴィッツMathieu Kassovitz の監督作やね。主演もカソヴィッツ
◆クニー
 日本でも『裏切りの戦場・葬られた誓い』って題で公開されてるんだけど、GIGN の指揮官だったフィリップ・ルゴルジュPhilippe Legorjus が書いたLa Morale et l’Action (1990) が原作で、カソヴィッツは、このルゴルジュを演じてる。この映画では、事件発生2日後に第1回投票*16が、5月7日に第2回投票のあった大統領選の影響が描かれてる。
◆ヨシ
 現役大統領やったフランソワ・ミッテランと、現役首相やったジャック・シラクの戦いのヤツやね。ミッテラン社会党が、2年前の総選挙でシラクひきいる右派の共和国連合に負けて、保革共存政権(コアビタシオン)やったときの選挙。けっきょく、ミッテランが勝って、2期目を務めることになってんな。直後の総選挙でも社会党が勝って、保革共存も解消や。
◆クニー
 対話による解決を主張するミッテランにたいし、「国内*17」の事件は首相の担当だし、「手柄」を選挙戦に利用しようとするシラクは強硬派。
◆ヨシ
 さいごは、もうちょっとで穏便に解決しかけたのに、首相の強攻策に(ボーガス注:過激派に甘いと言われ、決選投票でシラクに負けることを恐れ)大統領がゴーサインを出してまうんやな。
◆クニー
 この映画にたいして仏軍は協力を拒み、カナックの人たちも、いまだ癒えざる傷口を開くとして批判的だった。おかげで、ヌーヴェル・カレドニーでの上映に時間がかかったほど。しかも、賞レースでもパッとしなかったせいで、カソヴィッツがキレて、「フランス映画なんてクソ食らえ」Encule le cinéma français. ってtweet してた。あとで撤回してたけどね。

フランス騒然の衝撃実話!「天国に一番近い島」で一体何が…『裏切りの戦場 葬られた誓い』劇場鑑賞券を3組6名様にプレゼント♪parL*C北山裕子 – 調布FM
 今(2012年)から24年前の1988年、「天国に一番近い島」ことフランス領ニューカレドニアウベア島で起きた、現地の独立派によるフランス憲兵隊宿舎の襲撃事件。
 フランス人警官4人を殺害、30人を誘拐という大惨事は、武力介入により10日後解決するが、実は一連の報道には偽りがあった…。
 フランス政府が長年隠ぺいするも、後にこの事件の制圧に加わった治安部隊長が手記を発表した事で明るみに出た一大スキャンダルを、『アメリ』『クリムゾン・リバー』の鬼才マチュー・カソヴィッツが監督・脚本・主演で描く社会派の衝撃作です。

裏切りの戦場 葬られた誓い(ネタバレ) | 三角絞めでつかまえて22012.12.10
 ニューカレドニアと言えば、日本人的には「天国にいちばん近い島」という認識の人が多いと思うのですが、この映画は、1988年にウベア島で起きた虐殺事件を題材にした作品でして。もうね、ブラックコーヒーで煮しめたゴーヤをスティック感覚でボリボリ食べる級に苦い。
 憲兵30人を人質にとったカナック族の独立派とルゴルジュ大尉が交渉し、そこそこ仲良くなって、「後は記者団を連れて行けば、人質を解放してくれるッス!ヘ(゚∀゚*)ノ ヤッタネ!」ということになったのに、数日後に(ボーガス注:大統領)選挙*18を控えた(ボーガス注:シラク首相という)クソ政治家どもは「強い政府を見せて、民衆のハートをゲットだぜ!(`∀´)」と総攻撃を決定。ルゴルジュ大尉も「オレの部下も人質になってるから…」と渋々攻撃に参加し、結果、死なずに済んだハズの人たちが殺されたというね… ( ;Д;) ヒドイハナシダナー 
 最後、「2014年に独立投票が行われる」というテロップが出た時は、「えっ、今もまだ植民地なの!? Σ(゚д゚;)」と超ビックリ。さらに、最近の実話ベース系映画では、エンドクレジットで本人映像が出るのがお約束ですが、この映画でも「木に繋がれている村長」とか「虐殺された死体」とか、「本当にあったイヤな写真」が出てきまして。見終わった後は、凄まじくブルーな気持ちで劇場を出ましたよ…。

超映画批評『裏切りの戦場 葬られた誓い』70点(100点満点中)
 ときは1988年。ミッテラン大統領とシラク首相の熾烈な大統領選のまっただ中。フランス領ウヴェア島で、カナック族の独立派から仏憲兵隊宿舎が襲撃される事件が起きる。人質解放の交渉人となった憲兵隊治安部隊のルゴルジュ大尉(マチュー・カソヴィッツ)は、犯人グループとも親交のある現地出身の兵士の意見を聞き入れ、穏便な解決へと話を進めていくが、事件の早期解決を選挙戦に利用しようとする候補者(ボーガス注:である現職首相シラク)の意を受けた強硬派の陸軍は、敵殲滅作戦を着々と準備していくのだった。
 いかなフランスとて強硬な意見ばかりではない。この映画の主人公のように、できるなら血を流さず解決したほうがいいと思っている人間も、特に現場では少なくない。だが上層部の身勝手な政治的理由ひとつで、そうした平和的かつ論理的なやり方は簡単に握りつぶされる。本作はそうした現実を前に、必死に抗う男の奮闘を描いたサスペンスでもある。
 多くのフランス人、とくにシラク支持者にとっては不愉快な史実だろうが、ミッテランの側近だった現在のオランド大統領の当選前*19(ボーガス注:つまりシラクの流れをくむサルコジが大統領の時代に)に本作を作ったカソヴィッツ監督は、なかなか気骨ある人物なのかもしれない。
 この映画が優れているのは、われわれにとって「得体のしれない山賊みたいな過激派」以上に、「民主主義*20」の恐ろしさを指摘している点である。

【参考:森村桂天国にいちばん近い島』】
 実のところ小生(1970年代生まれ)は、年代的に、さすがに「原田知世の初期の出演映画(1984年公開)&その原作小説(初版は1966年、学習研究社、後に1969年、角川文庫)」として名前を知ってはいる物の、小説は未読、映画も未見です。

森村桂さん、浅間山麓に眠る|トピックス|軽井沢新聞【軽井沢ウェブ】2024.8.28
 「天国にいちばん近い島」で知られる作家、森村桂さんの納骨式が7月19日、西軽井沢の向原霊園で行われた。森村さんが亡くなったのは平成16年9月だが、夫の三宅一郎さんが身近に置きたいと遺骨を自宅に持ち続けていた。三宅さんが亡くなった後、親族は長く生活していた軽井沢で二人を眠らせてあげたいと考えて場所を探し、樹木に囲まれたこの環境を選んだ。墓石には二人の名を刻み、その横には森村さんが描いた自画像とアリスの丘の文字、猫のプーさんのイラストを彫刻した石が置かれている。親族の犬伏雅士さんは「長年の読者やファンの方にも来て偲んでいただけたらと思っています」。ギタリストの原荘介さんが9月に東京で加藤登紀子さんとの「偲ぶ会」を企画している。

「天国にいちばん近い島」の著者 森村桂さんの思い出を振り返る 命日の27日に武蔵野公会堂でコンサート:東京新聞デジタル2024.9.23
 ベストセラーの旅行記天国にいちばん近い島」の著者で2004年に64歳で亡くなった森村桂さんをしのぶコンサートが命日の27日、東京都武蔵野市の武蔵野公会堂で開かれる。ギタリスト原荘介さんの演奏を中心に、ゲストの加藤登紀子さんらも交え、ゆかりの曲を披露する。(稲熊均)
(この記事は会員限定です。)

「天国にいちばん近い島」 森村 桂 - 父と娘の日記2020.10.21
【あらすじ】
 桂木万里*21は、ドジで根暗な高校生。彼女は5歳の時、南太平洋に浮かぶ小さな島・ニューカレドニアの名を、父・次郎*22がしてくれたおとぎ話で知った。そこは、神さまのいる天国から、いちばん近い島だという。万里にとって“天国にいちばん近い島”は父と一緒に行く約束の場所だったが、突然、その父が亡くなった。“天国にいちばん近い島”を自分の目で確かめてみたいと思った万里は、冬休みのニューカレドニア・ツアーに参加する。島に着いた彼女は、一人自転車でヌメアの街に出、すみずみの景色を見て回るが、何か違うように思えた。
【あらすじ終わり】
 1966年に出版され、200万部を超えるベストセラーになった作品。1969年に書かれたこの文庫本の解説によれば、当時、書店に作品コーナーがあるのは川端康成とこの人くらいであったらしい。
 幼い頃の父親の言葉を心に温め続けていた主人公は、ある日、ニューカレドニアという島の話を聞き、その島こそ、亡父の言っていた「天国にいちばん近い島」にちがいないと思い込む。ニューカレドニアといえば、いまでこそずいぶんリゾート化され、日本人観光客にも人気らしいが、当時、日本からの交通手段はニッケル鉱石の運搬船しかない島だった。主人公は、その島に行きたいという虚仮の一念で鉱石運搬船の船主会社の社長宛に手紙を書き、親戚や友人から借金をして、その船に乗る。
 しかし、実際に到着したニューカレドニアは、期待していたような島ではなかった。
 夢に描いてきた姿とはまったく異なる赤い山、これがニューカレドニアなのか。
 こういうのはここだけなんでしょ、やっとの思いで尋ねる主人公に、無線局長は、みんなこんなものだと答える。この赤土こそが、この島の主要な産物たるニッケルなのであり、これを目指して世界各地から船が通っているのだ、それ以外の用事でこの島を訪れる者はいない。
 (ボーガス注:首都)ヌーメアの町でも、主人公の期待は裏切られ続ける。到着当日のレセプションでこそちやほやされるが、それはすべて社交辞令であり、翌日以降、誰も声をかけてくれない。世話をしてくれるはずだった商社の青木氏からは産業スパイの疑いをかけられ疎まれる。一泊三千円のホテル(消費者物価指数でいえば、当時の三千円はいまの一万二千円くらいにあたるようだ)の部屋で、残っているお金を計算しながらフランスパンをかじる生活。ホテル住まいを脱するためにヌーメア在住の日本人を訪ねても冷たくあしらわれる。
 主人公を救ったのは、「ムスメ」という日本語を知る女性との出会いだ。主人公は、その女性の肩でさんざん泣いた揚げ句、彼女が日本人ではなくベトナム移民であることを知る。しかし、その女性は、言葉が通じないながらも、主人公の窮境をさとり、自分の店でオムレツとスープをご馳走してくれる。
 日仏混血の林氏と出会ってホテル暮らしを脱し、林家の流しを修理しにきたやはり混血のワタナベ氏の知遇を得る。ワタナベ氏が吞ませてくれたヤシの実に主人公が喜んでみせると、ワタナベ氏は毎日まいにち林家にヤシの実を届けに来る。おかげで、林家では水もお茶も禁じられ、ただひたすらヤシの実を吞まねばならないというありがた迷惑。しかし、それが評判になったことで、「ヤシの実ならばウベア島*23がいちばん」とウベア島の酋長の息子レモが百個ばかりのヤシの実とともに、主人公の前に現れるのだ。
 日本人の父とフランス人の母との間に生まれたワタナベ氏は、幼い頃に両親と離れ、現地人に育てられた。助けてくれたのは、現地人であり、フランス人も、日本人の二世も、誰も助けてくれなかった。自分にボンジューと挨拶してくれた日本人は主人公だけだ、という。その感激だけで、ワタナベ氏は主人公にヤシの実を毎日届ける。虫垂炎で入院した主人公を毎日見舞い、十二万円という主人公の有り金全部にあたるような入院費用も負担してくれる。
 そして、レモに招待されたウベア島で、主人公は、ついに夢に描いた光景をみた。

 ああ、この青い色。十二日間の船の上からは見られなかった色。こんなに底ぬけに明るく、しかも静かな、澄みわたった青さ。
 「お父さん、来たわよ、ここに」
 この海のむこうに天国がある。ここがいちばん天国に近いところなのだ。

 学生の頃、初めて読んだ時から、行ってみたいと思っていて、未だ行けていません。いつか行くその日を夢見て、今日もお仕事、頑張ります。

「憧れ」こそ生きる力——森村桂『天国にいちばん近い島』【書評】|既視の海2023.2.1
 古書店に注文しました。しかし、なかなか届かない。じれったく待つ間に、原田知世主演の映画も観てみました。1984(昭和59)年の公開当時、とても話題になったのは知っていますが、上の世代のことなので、原作も映画も今回が初めてです。
 「ずっとずっと南の地球の先っぽに、神さまのいる天国からいちばん近い島がある。」
 筆者が幼い頃に、亡き父親に語ってもらった島の話。どの島だという名前すら教えてくれなかった*24けれど、ずっと胸に残ります。本当は全文引用したいくらい。まるでダイヤモンドのようにきらめく話です。筆者はたまたま耳にした南太平洋の島々、フランス領ニューカレドニアがその島だと直感します。それがすべての始まりでした。
 本書が世に出たのは1965(昭和40)年。まだまだ海外旅行も一般化していない時代で、ましてや20代前半の女性*25が観光地でもない南の島へ一人旅をするなんて、まったく理解されないご時世だったはずです。そこを好奇心と行動力で切り拓いていく。当時は青春のバイブルだったと語られていたというのも分かる気がします。
 映画の『天国にいちばん近い島』は原作から20年近く後のものなので、ストーリーもまったく異なります。原田知世を前面に出すという意図もあり、原作と映画はまったくの別作品といえます。
 映画で感心したのは、太平洋戦争下のニューカレドニアで、旧日本軍の潜水艦が沈没した史実に言及し、ドラマ化していることです。現地の日系人が二つの祖国の間でどのような扱いだったのか。原作ではワタナベさんが無国籍になった事情が触れられていた程度です。映画では戦争を悲劇として描くのでも、美談として飾り立てるのでもなく、そうやってニューカレドニアと日本は関わりが存在していたのだと描く大林宣彦監督の手腕に深く感じ入りました。

*1:武蔵大学教授。著書『フランス植民地主義の歴史』(2002年、人文書院)、『フランス植民地主義歴史認識』(2014年、岩波書店)、『アフリカを活用する:フランス植民地からみた第一次世界大戦』(2014年、人文書院)、『人種主義の歴史』(2022年、岩波新書

*2:ググったところ、「独立反対派による暗殺」ではなく、議長の穏健路線を「フランスに対して生ぬるい」と見なす「独立過激派による暗殺」のようです。

*3:歴史評論論文で平野氏も書いているが【1】独立派の反発を抑え込むにはもはや住民投票するしかないところにフランス政府が追い込まれた、【2】一方で長年の「外部からの移住」により「独立反対の移住住民が増えており僅差であっても反対派が勝利できる」と言う見込み(実際に第1回、第2回投票ではその見込み通り僅差だが、反対派が勝利)がフランス政府にあったからであり、あまり高く評価できないとされる。

*4:勿論「前倒しして、今(2021年)やれば勝てる(歴代自民党政権衆院解散のような物)、何故前倒ししたという反対も力で抑え込めばいい」というフランス政府(当時は今と同じマクロン大統領)の完全なご都合主義で、平野氏も厳しく批判してるが、独立派の投票ボイコット運動で投票率が低投票率になった上、「前倒す正当な理由がない」として独立急進派による暴動を招くこととなった。なお、2022年の投票で独立派が勝てたかどうかは勿論分かりません(過去の2回では独立派が負けてるため)。平野氏は「1977年生まれと若いマクロン(2021年当時で44歳)」が歴代政権と比べても強権的措置を執ったことを嘆いています。

*5:大林監督、原田主演映画では他に『時をかける少女』(1983年、原田の初主演映画、この作品で原田は日本アカデミー賞新人俳優賞、ブルーリボン新人賞、報知映画賞新人賞受賞)がある。

*6:六辻氏は1972年生まれ

*7:著書『ニューカレドニア:カナク・アイデンティティの語り』(2015年、明石書店

*8:まるで「中国叩きのためにウイグルチベットの支援を表明する日本ウヨ」のようであり、平野氏も「アゼルバイジャンニューカレドニア支持表明」を「敵(アルメニア)の味方は敵(フランス)、敵(フランス)の敵は味方(ニューカレドニア)という党利党略で信用に値しない」と低い評価をしています。

*9:なお「ナゴルノ・カラバフ紛争」では、ロシアがアルメニアを、トルコがアゼルバイジャンを支援しているとされる。

*10:とはいえ平野氏も嘆くようにフランスと友好的関係にある「G7諸国(勿論日本含む)」「NATO諸国」はこうしたフランスの植民地主義を容認しており、ニューカレドニア独立について、「NATOウクライナ支援」等のような好意的態度は期待できません。

*11:1916~1996年。内務相(1954~1955年)、司法相(1956~1957年)、社会党第一書記(1971~1981年)、大統領(1981~1995年)を歴任

*12:原文のまま。国民運動連合に改名したのはこの事件より後のことで事件当時は、共和国連合。現在は共和党に改名

*13:1932~2019年。内務相(1974年)、首相(1974~1976年、1986~1988年)、パリ市長(1977~1995年)、大統領(1995~2007年)を歴任

*14:1965年生まれ。慶應義塾大学教授。NHK教育テレビの語学番組「フランス語会話」(2003年~2005年)、「テレビでフランス語」(2008年、2010年、2011年)、NHKラジオ第2放送の語学番組「まいにちフランス語」(2011~2013年)で講師を務めた(國枝孝弘 - Wikipedia参照)

*15:1964年生まれ。2025年現在、大阪公立大学教授(2019年当時は大阪市立大学教授)

*16:社会党ミッテラン大統領34%、共和国連合のシラク首相20%、フランス民主連合(保守政党)のバール元首相16.5%、極右政党「国民戦線」創設者のルペン14%、フランス共産党候補6%で、1988年大統領選挙は【1】前回の1981年大統領選挙(当時のフランスは任期7年、現在は5年に変更)では15%を獲得した共産党が6%と大幅に落ち込んだこと、【2】一方で1981年選挙に出馬しなかったルペンが出馬し14%も獲得したことで知られる。その後、ルペンはシラクに破れた物の、2002年大統領選挙では決選投票に進出。また、2017年大統領選挙、2022年大統領選挙ではルペンの娘で彼から「国民戦線」を引き継いだマリーヌ・ルペンマクロンに敗れた物の決選投票に進出。「フランスにおける極右勢力の政治進出」は極めて深刻と言える。

*17:ニューカレドニアは海外領土(植民地)なので国内に当たる。

*18:なお、現職のミッテランシラクを破り再選された。

*19:但し、当初は「シラクの強攻策に反対した」とはいえ最終的には容認してるのでこの映画はミッテラン支持者にとっても愉快な物ではない。

*20:というかポピュリズム(大衆扇動、大衆迎合)でしょう。トランプはそのわかりやすい例です。

*21:勿論、森村桂がモデル。映画では原田知世が演じた

*22:森村桂の父である作家・豊田三郎(1907~1959年)がモデル(豊田三郎 (小説家) - Wikipedia参照)。映画では高橋幸宏(1952~2023年)が演じた。

*23:勿論、1988年に虐殺事件が起こった島です。

*24:但し映画では父親自身が「ニューカレドニアだ」と生前語っていた設定に変わっているそうです。

*25:森村氏は1940年生まれ(2004年死去。なお、彼女の夫である三宅一郎の『桂よ。 : わが愛・その死』(2005年、海竜社:俺は未読ですが、例えばショック過ぎた日~読書記録91~|かおり(2022.5.6)参照)によれば晩年、鬱病を患い、不幸にも自殺されたようです)で本が刊行された1965年当時は25歳