新刊紹介:「歴史評論」9月号

特集『「過去の克服」と日本の市民社会
興味のある論文だけ紹介する。
詳しくは歴史科学協議会のホームページをご覧ください。
http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/

■「南京大虐殺をめぐる歴史修正主義歴史学者」(笠原十九司*1
(内容要約)
・笠原氏は南京事件否定論デマゴギー性については『南京大虐殺否定論13のウソ』(笠原氏もメンバーの南京事件調査会編、柏書房)や、笠原氏の諸著書(『南京事件』(1997年、岩波新書)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書)など)を参照して欲しいとしている。ページ数が少ないので詳述なんか出来ないと言うことですね。否定派の著作名はそう言う意味で裁判となった松村俊夫『「南京虐殺」への大疑問』(1998年、展転社)、東中野修道『「南京虐殺」の徹底検証』(1998年、展転社)、百人斬り裁判についての稲田の自画自賛本『百人斬り裁判から南京へ』(2007年、文春新書)ぐらいしか名前は出てきません。
・笠原氏も指摘しているように遅くとも、笠原『南京事件』(1997年、岩波新書)、ラーベ「南京の真実」(邦訳、1997年、講談社)などさまざまな資料が発掘されると同時に、研究書も刊行されるようになった1990年代後半には学問的決着がついたと言えるだろう。
・また
1)松村俊夫『「南京虐殺」への大疑問』(1998年、展転社)で偽被害者呼ばわりされた李秀英氏が松村と出版社を名誉毀損で訴えた訴訟で李氏が勝訴
2)東中野修道『「南京虐殺」の徹底検証』(1998年、展転社*2)で偽被害者呼ばわりされた夏淑琴氏が東中野名誉毀損で訴えた訴訟で夏氏が勝訴。
3)本多勝一『中国の旅』(朝日文庫)での「百人斬り競争」記述を名誉毀損として訴えた事件での右翼側の敗訴、で法的にも決着したといっていいだろう。
・にもかかわらず何故「河村名古屋市長が南京事件否定論の暴言を吐き、しかも政治的に失脚しない」「百人斬り訴訟の原告側弁護士である稲田が入閣する(笠原氏は、稲田の存在から安倍政権が南京事件否定論流布に荷担する危険性があると見ている)」といった異常な事態が発生するのか。
 笠原氏は「研究成果が充分、国民に知られていないこと」「政権与党自民党や大手メディア(産経や文春など)に有力な南京事件否定論者がいること」「こうした否定論について批判すべきメディア(例:朝日新聞)が萎縮してまともな批判をしていないこと」が大きい、とするとともに、
1)国民一人一人がこうした歴史捏造主義を許さない運動を行うことが必要である。
2)その運動においては歴史学者やメディアの責任が極めて大きい
3)自らも一歴史学者として今後も南京事件否定論への批判を行う決意である、としている。


■「 日本の市民社会と『慰安婦』問題解決運動」(金富子*3
(内容要約)
慰安婦問題については1990年代以降研究や運動が進展し、その結果として河野談話アジア女性基金などの一定の成果があった。また賠償請求訴訟では「日韓間の条約で解決済み」などとして請求が残念ながら認められなかったものの、「日本軍の違法行為それ自体」は事実として裁判所に認定された。
・近年、安倍政権の誕生を契機に右翼は「河野談話否定論」の巻き返しをねらっている(例:橋下大阪市長の暴言)。こうした事態はいささかも軽視できないが、一方でこうした動きに対し「米国でのさまざまな批判(地方議会での日本批判決議の可決、慰安婦記念碑の建設など)」「国連拷問禁止委員会による『河野談話否定論横行を撲滅すべし』との勧告」がでていることは研究や運動の一定の成果と言っていいだろう。もはや海外においては「慰安婦違法性否定論」は全く通用しないことが改めて明確になったと言える。なお、慰安婦違法性否定論に対抗するため、今後もさまざまな活動を続けていく決意である。


参考
【金氏の活動について】
朝鮮新報『日本軍「慰安婦」webサイト「FIGHT FOR JUSTICE」開設 、正確な資料、証言を提供』
http://chosonsinbo.com/jp/2013/08/ianhuwebsite/

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2013080101001720.html?ref=rank
中日新聞『学者ら慰安婦問題のサイト開設 「まず事実知って」』
 旧日本軍の従軍慰安婦問題を研究している学者らが1日、「資料や証言など確かな根拠に基づく事実関係を知ってもらおう」とウェブサイト「FIGHT FOR JUSTICE 日本軍『慰安婦』―忘却への抵抗・未来の責任」(http://fightforjustice.info/)を開設したと発表した。
 吉見義明中央大教授や林博史関東学院大教授らが同日、東京都内で記者会見した。サイト作成に携わった金富子東京外国語大教授は会見で、インターネットに「慰安婦問題は捏造」などのバッシングがあふれていると指摘。「責任を回避するために問題をゆがめて忘却を強いる勢力に抵抗し、未来に事実を伝えたい」と話した。


■「日本社会の戦後補償運動と『加害者認識』の形成過程―広島における朝鮮人被爆者の『掘り起し』活動を中心に」(本庄十喜)
(内容要約)
・日本においては慰安婦問題について河野談話がでたのが1993年であることでわかるように長い間、加害者「日本」としての認識は右派は当然だが、左派も弱かった。
 日本の加害者性を追及する過去の運動として「広島における朝鮮人被爆*4の『掘り起し』活動」、具体的には
1)中国新聞記者・平岡敬*5(後に広島市長)による朝鮮人被爆者問題の追及(平岡著『偏見と差別:ヒロシマそして被爆朝鮮人』(1972年、未来社)、『無援の海峡:ヒロシマの声、被爆朝鮮人の声』(1983年、影書房)など)
2)平岡が関わった孫振斗(日本に密入国した韓国人被爆者)訴訟支援運動
を紹介している。


参考
中国新聞『前広島市長 平岡敬さん(1927年〜):<9> 在韓被爆者取材 日本人の責任見つめる』
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/ikite/ik091014.html
長崎新聞『流転:外国人被爆者手帳「1号」・3/402号通達、背景に韓国人切り捨て』
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/k-peace/2012/08/02091812.shtml
シリーズ<平岡敬インタビュー「平岡敬ヒロシマの思想」>『第2回:韓国人(朝鮮人被爆者問題と歴史に対する責任』
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/hiraoka/2/2.html


■「比較史研と『過去の克服』」(齋藤一晴*6
(内容要約)
 筆者がメンバーである「比較史・比較歴史教育研究会(比較史研)」の成果である
・『自国史と世界史:歴史教育の国際化をもとめて』(1985年、未来社
・『アジアの「近代」と歴史教育:続・自国史と世界史』(1991年、未来社
・『黒船と日清戦争歴史認識をめぐる対話』(1996年、未来社
・『帝国主義の時代と現在:東アジアの対話』(2002年、未来社)の紹介。
 なお、筆者はこうした比較史研の取り組み(対話という著書名から想像がつくが、著書の刊行においては中国、韓国の研究者との対話が行われている)が後の同様の対話の試み、
歴史教育者協議会・全国歴史教師の会編集『向かいあう日本と韓国・朝鮮の歴史:前近代編*7(上)、(下)』(2006年、青木書店)
・日韓歴史共通教材『朝鮮通信使』(2005年、明石書店)、『日韓交流の歴史』(2007年、明石書店)、『学び、つながる 日本と韓国の近現代史』(2013年、明石書店
日中韓3国共通歴史教材『未来をひらく歴史:東アジア3国の近現代史(2版)』(1996年、高文研)、『新しい東アジアの近現代史(上)(下)』(2012年、日本評論社
などにつながったと見ている。


■「『過去の克服』と日本の市民社会―東京朝鮮高級学校との交流から」(魚山秀介)
(内容要約)
帝京高校教諭である筆者による帝京高校と東京朝鮮高級学校の交流の報告。


参考(帝京と朝鮮学校との交流)
朝鮮新報
『〈民族教育を守る「差別を許さない」②>:朝高生の想い「朝鮮学校を知らせたい」』
http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=25959
『北海道初中高の日本人教員・藤代隆介さん 自分の意見持つ生徒育てたい』
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/07/0607j1110-00003.htm
『朝高卒業生と監督』
http://chosonsinbo.com/jp/2013/06/skst-8/


■歴史の眼『知的基盤を奪われた武雄市民:武雄市図書館歴史資料館*8問題』(井上一夫)
(内容要約)
 タイトルからも想像がつくが筆者は武雄市図書館の現状に批判的である。うまく要約できないので、同様に批判的な方のブログや赤旗記事を紹介してお茶を濁しておく。


参考
武雄市図書館への批判】
赤旗『ツタヤに図書館委託計画、個人情報もれの恐れ、佐賀・武雄』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-06-14/2012061414_01_1.html


日本共産党多賀城市議団長(藤原益栄) からのお知らせ
『6/18 「武雄市の図書館は真似するべきではない」と主張』
http://tagajou-giin-masuei.blogspot.jp/2013/06/618_21.html
『高さ3メートルのところに児童書がずらり』
http://tagajou-giin-masuei.blogspot.jp/2013/07/blog-post_28.html


【樋渡・武雄市長一派のキチガイじみた反共姿勢について】
赤旗
『佐賀・武雄 米海兵隊批判の共産党議員出席停止、沖縄県民への「懲罰」、演説会 赤嶺衆院議員が批判』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-04-10/2012041015_01_1.html
『米海兵隊批判の党市議に懲罰、武雄市議会議長が辞任、佐賀』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-04-25/2012042504_02_1.html


■書評:石井寛治*9著『帝国主義日本の対外戦略』(2012年、名古屋大学出版会)(武田晴人*10
(内容要約)
まずはアマゾンの内容紹介を見てみましょう。

日本の経済人はなぜアジア太平洋戦争を阻止できなかったのか。植民地帝国の形成から、在華紡路線・満鉄路線の成立と対抗をへて、盧溝橋事件へと至る歴史を丹念に跡づけ、新たな全体像を描いた碩学による日本帝国主義史の決定版。

これと武田氏の書評を組み合わせて、俺がない知恵を振り絞ると次のようなことが石井著の言いたいことのように思います。
1)阻止できなかった理由は「経済人が阻止する必要はないと考えたからだ」。
ま、これは何となくわかります。今の財界だって「経済的利益を考えたら」安倍の対中国、韓国外交での暴走を止めるべきでしょうが、「元中国大使・丹羽氏(元伊藤忠会長)など一部を除いて」アベノミクス万歳で何もしないわけですからね。彼らにとってはアベノミクス万歳こそが合理的判断なんでしょう。財界人が常に合理的であるという保障はないわけです。
2)アジア太平洋戦争の勃発は「在華紡路線=軍事的ハト派英米協調路線」「満鉄路線=軍事的タカ派英米との対決路線」のうち後者が選ばれたからだ。後者の選択が戦争を不可避にした。
 この点を毎日新聞に載った加藤陽子*11の書評で見てみましょう。

http://mainichi.jp/feature/news/20120826ddm015070022000c2.html
 1920年代には、日本から中国へ向けた直接投資としては、満州への満鉄投資と上海への在華紡(内外綿などの紡績会社)投資の2大潮流があった。1931年の満州事変は、満鉄と在華紡、どちらの利害を選択するかを政府に迫る事件に他ならなかった。
 経済合理的には、在華紡の利益が追求されるべきだったが、そうはならない。

ただ小生のようなバカでもすぐ気付くことは

アジア太平洋戦争の勃発は「在華紡路線=軍事的ハト派英米協調路線」「満鉄路線=軍事的タカ派英米との対決路線」のうち後者が選ばれたからだ。後者の選択が戦争を不可避にした

と言う認識は正しいのか、とか正しい、正しくないはともかく何でそう考えるのか、ってことですね。
 満鉄に投資したら戦争は不可避なのか?。在華紡投資なら戦争は避けられるのか?
 たとえばウィキペ「在華紡」が指摘する

 中国系民族資本は在華紡に対抗するのが困難であった。それが日中間の様々な摩擦を引き起こすことにもなり、1923年の旅大回復運動をきっかけに断続的に続いた日貨排斥運動の主要標的となり、1925年の五・三〇事件も上海在華紡労働者のストライキをきっかけとしたもので、最終的には日本の要請による張作霖政権の軍事弾圧に至った。更に満州事変・上海事変日中戦争と展開するにつれて日貨排斥の動きは激化していった。1938年の青島攻防戦では、在華紡地域が戦場となり青島の在華紡は事実上潰滅した。
 だが、中国における関税自主権回復、金融恐慌・世界恐慌による日本国内市場の崩壊の流れの中で、日本の紡績業は中国での低価格での現地生産による中国市場の確保によって活路を見出す以外にはなかった。更に中国本土を占領した日本陸軍の保護を受ける形で在華紡の進出が進み、青島に代わって天津に新たな拠点が形成され、更に敵対行為を理由に中国民族資本家から接収した紡績工場が在華紡の委任経営下に入り、中国紡績業は在華紡の支配するところとなった。

と言う問題を石井氏はどう理解するのか。ウィキペ「在華紡」は明らかに石井氏のような見解とは180度逆です。「在華紡を中国サイドの攻撃から守ることを口実に日本軍の侵攻が進んだ」という見解に立っている。
 武田氏は「何で石井氏がそのように考えるのかがこの本を読んでもよくわからない」と言う趣旨の指摘をしています。加藤氏にはわかったんでしょうか?


■東京都教育委員会による高校日本史教科書採択への不当な介入に抗議する歴史研究者・教育者のアピール
(内容要約)
 このアピールについては「日本史研究会」サイト(http://www.nihonshiken.jp/activities/statement/348-2012-12-19-03-29-10.html)で全文読めるので紹介しておく。
 またこのアピールの原因となった都教委の不当介入については以下の記事を紹介しておく。

赤旗
『都教委の教科書採択介入、抗議賛同者311人に』
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-17/2013011714_02_1.html
『都教委の特定教科書排除、教科書全国ネットが抗議』  
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-06-29/2013062915_01_1.html


■日本軍「慰安婦」問題に関する声明(日本の戦争責任資料センター)
(内容要約)
 この声明はセンターのサイト(http://space.geocities.jp/japanwarres/center/hodo/hodo37.htm)で全文読めるので紹介しておく。

*1:著書『南京事件』(1997年、岩波新書)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書)など

*2:松村本、東中野本の版元がどちらも展転社なのは勿論偶然ではない。展転社は札付きの歴史捏造主義出版社である

*3:著書『「慰安婦」問題 Q&A』(共著、1997年、明石書店)、『歴史と責任:「慰安婦」問題と一九九〇年代』(共著、2008年、青弓社)など

*4:原爆投下による被爆それ自体は米国の罪だが「強制連行した」「日本人被爆者との扱いが違うのは民族差別」といった非が日本にはある

*5:著書『希望のヒロシマ:市長はうったえる』(1996年、岩波新書)、『時代と記憶:メディア・朝鮮・ヒロシマ』(2011年、影書房

*6:著書『中国歴史教科書と東アジア歴史対話:日中韓3国共通教材づくりの現場から』(2008年、花伝社)

*7:現時点では前近代編しかないが将来的には近代編も発刊予定とのこと

*8:「歴史資料館」とは藤原益栄氏のエントリ『6/18 「武雄市の図書館は真似するべきではない」と主張』(http://tagajou-giin-masuei.blogspot.jp/2013/06/618_21.html)が紹介する、ツタヤスペースにされてしまった「蘭学館」の事

*9:著書『日本の産業革命:日清・日露戦争から考える』(2012年、講談社学術文庫

*10:著書『シリーズ日本近現代史8:高度成長』(2008年、岩波新書

*11:著書『シリーズ日本近現代史5:満州事変から日中戦争へ』(2007年、岩波新書