今日の産経ニュース(8/16分)(追記・修正あり)(副題:江戸川乱歩『蜘蛛男』、小栗虫太郎『完全犯罪』の一部ネタばらしあり)

【話の肖像画】史家・渡辺京二(2) 失われた「内発的維新」(1/2ページ) - 産経ニュース*1

 国連に協力するために自衛隊を海外に派兵するのは当然だと思います。それを拒否するのは、エゴイズムにほかなりません。

 おいおいですね。今更言うのも馬鹿馬鹿しいですが「国連への協力」には非軍事的協力もあり得ます。


【話の肖像画】史家・渡辺京二(3) 「西郷どん」たちが見た夢(1/2ページ) - 産経ニュース

 常にその生涯は敬愛と一種の不可思議さをもって語られてきた。

 西郷*2征韓論では「倒幕の盟友だったはずの同郷(薩摩)の大久保」と袂を分かち、そもそもは盟友ではなかった土佐の板垣、佐賀の江藤らとともに下野するほど征韓論にこだわります。あげく様々な事情はあったのでしょうがその後、内乱をおこし戦死という悲劇の死を遂げる。
 「そこまでして征韓論にこだわる必要があったのか」と考えれば確かに不可思議さを感じざるを得ません。まあ、その政治判断が合理的かどうかはともかく西郷ら征韓論派にはそこまでこだわる必要があったのでしょうが。

 明治政府という近代国家が誕生し、四民平等をうたいながら国民一人一人を把握してゆくとともに、徴兵令や地租改正といった施策を次々と−農民たちの目からすれば強権的に−施行してゆきました。加えて、利害を異にする個人や法人が、合法的な競争のもとに決着や妥協を図る近代社会は、うまく立ち回った者が得をし、正直者は損をするという、それまでとは打って変わった神も仏もない世の中と映ったことでしょう。明治初期に多発した「農民騒擾(そうじょう)」にはそんな背景があります。こうした農民たちの心情を彼らの目線で理解していたのが西郷でした。
 こういったまなざしは、たとえ政治家として非常に優秀であっても、同じ元勲の大久保利通(としみち)や木戸孝允(たかよし)にはなかったものでした。

 何でそういう認識になるのかさっぱりわかりません。征韓論論争で大久保*3、木戸*4、岩倉*5らと対立し、結局、敗北、他の征韓論高官(土佐の板垣退助*6後藤象二郎*7、佐賀の江藤新平*8副島種臣*9など)とともに下野する西郷ですが、下野するまでに彼もメンバーだった明治新政府によって、「渡辺が批判するところ」の「伝統軽視施策」地租改正や徴兵令などの近代化施策が実行されたわけです。そして農民騒擾(新政反対一揆)も西郷が新政府メンバーだったときから存在した。
 普通に考えれば「明治新政府メンバー」西郷も地租改正などの近代化施策を支持していたとしか理解できないでしょう。下野理由は征韓論であってそれ以外の話ではありませんし。
 西郷が地租改正その他の近代化施策に反対だったなどという根拠を一つでも渡辺は提出できるんでしょうか?。「近藤勇土方歳三のような百姓出身ならまだしも」下級とは言え一応武士であり、島津久光によって「大久保とともに上級武士に取り立てられた」西郷がどうして農民の心情が持てたというのか。そのようなことを示す根拠を一つでも渡辺は提出できるんでしょうか?。
 俺はそんなことは無理だと思いますし、少なくともこの記事においてそんな根拠を渡辺は何一つ提出していません。端的に言って「価値観の問題ではなく」、事実認識の問題として、渡辺の西郷理解は間違っていると思います。というか渡辺による故意のデマ垂れ流し、歴史修正主義(歴史捏造主義)じゃないか。


【話の肖像画】史家・渡辺京二(4) 堕落した善の追求は最悪を招く(1/2ページ) - 産経ニュース
【注記】
 「完全な脱線ですが」、以下、文章の途中で、江戸川乱歩『蜘蛛男』、小栗虫太郎『完全犯罪』の一部ネタばらしがあります。

 戦後、「自虐史観」が幅をきかせてきた

 学会はともかく日本社会においては幅など聞かせていませんし、だからこそ吉見義明氏や笠原十九司氏らを反日自虐呼ばわりする安倍が首相になるし、そうした安倍を支援する極右組織・日本会議神社本庁が無視できない政治力を持っているわけですが、それはさておき。
 この渡辺なる男をなぜ産経が持ち上げるのかがよくわかる渡辺発言です。
 そしてこの渡辺発言から、渡辺が「つくる会理事という歴史修正主義極右・三浦小太郎」に自らの評伝『渡辺京二』(三浦小太郎著、2016年、言視舎)を書かせたのかも理解できます。
 歴史家を自称する渡辺も「南京事件否定論慰安婦違法性否定論」のつくる会と同レベルの歴史修正主義右翼、バカ右翼なんだと。今までこの男の本を一度も読んだことがなかったのです*10が、もはや渡辺の本を俺は読むことはないでしょう。渡辺と生前、親密な交際があったという、石牟礼道子*11(故人)という人間にも疑問を感じざるを得ません。
 しかし、この渡辺に

「あんたのいう自虐史観とは何か?。笠原十九司*12南京事件研究か?。林博史*13沖縄戦研究(集団自決研究を含む)か?。吉見義明氏*14慰安婦研究か?。731部隊インパール作戦の研究は自虐史観なのか?」
「あんたは自虐と言うが、それは歴史的事実に合致していても国の恥は暴くなという意味なのか。そのあんたの理屈では、例えばドイツではホロコースト研究、ロシアではスターリン粛清研究、中国では文革研究、韓国では光州事件研究はしてはいけないのか?」
教科書検定での沖縄集団自決記述削除に対し、大規模な県民の抗議運動が起こったことはあんた的には自虐史観なのか?(これについては例えば、赤旗主張/沖縄県民大会/「集団自決」検定を撤回せよ教科書検定意見撤回のとき/「集団自決」軍命記述戻せ/沖縄で県民集会参照)」<<参照)」

などと聞いたらなんと答えるんですかね。
 というか俺に言わせれば「戦前は素晴らしかったのに戦後は反日左翼のせいで」云々と言い出す産経や渡辺の方がよほど自虐だと思いますが。

 日本の悪口を言うことによって自分が偉くなったような気になったり、喜々としていたりする態度には嫌悪感を覚えます。

 いったいいつ吉見義明氏や笠原十九司氏らがそんな態度をとったんでしょうか。というか問題は「吉見氏や笠原氏らの指摘(南京事件慰安婦の違法性についての指摘)が事実なのか」「事実とするならば*15、その事実について我々日本人はどう考え、どう今後対応すべきなのか」という話であって、「自虐史観の連中の態度が気にくわない」と言い出す渡辺はバカでしかありません。
 渡辺はそんなことを言う前に「元慰安婦など日本の戦争被害者(なくなった方もいますが、今も生存者はいます)の前で、日本人である自分に何が語れるのか」を真摯に考えるべきでしょう。
 彼ら戦争被害者の前でもこんなくだらないことを言う気なのか。というか渡辺が「自虐史観論者ガー」としかいわず故意に「今も生存している戦争被害者にどう向き合うか」を語らないのは俺のような突っ込みから逃げたいからでしょう。呆れたバカであり卑怯者です。そんな渡辺の何が歴史家か。
 笑わせるな、て話です。俺からすれば、今後渡辺を評価する奴は「人を見る目がないバカ」と判断できるので助かります。例えば高世仁(たとえば渡辺京二が語る人生の目的 3 - 高世仁のジャーナルな日々参照)とか(例はもちろん高世でなくてもいいですが)。まあ渡辺を評価するしないにかかわらず「安田純平氏身柄拘束事件での高世の過去言説(日本政府は安田氏を救出しなくていいと放言)」や「特定失踪者を根拠レスで拉致扱い」ということで高世はどうしようもないクズですが。
 渡辺と親密交際してたという石牟礼道子もバカだったんでしょうね。

「実現すべき目的の超越的絶対性、組織の大目的への献身、そのための自己改造、目的のためには強弁も嘘も辞さぬ点」で、近世の日本に宣教師を派遣した当時のイエズス会と「二〇世紀の共産主義政党」とは驚くほど性格・手法が一致している−と渡辺さんは近著『バテレンの世紀』で指摘している。

 唖然呆然ですね。時代状況の違いなどを全く無視して「イエズス会共産党が似てる」とはどうしようもないバカです。そんなことを言うことに何か意味があるのか。
 こんなでたらめな議論をしていいのなら、

江戸川乱歩『蜘蛛男』の殺害方法*16ナチスガス室が似てる。蜘蛛男の方がナチスガス室の『発明』より先*17だから、ナチスは『蜘蛛男』を読んだんじゃないか」
小栗虫太郎『完全犯罪』*18の殺害方法*19と殺害理由*20ナチス*21(以下略)」

とか何でも言えます(ちなみに乱歩『蜘蛛男』、小栗『完全犯罪』は読んだとき「ナチガス室ぽいなあ(小栗の場合は殺害動機も)」と思ったのでそこだけはよく覚えています)。
 まあマジレスすれば『実際にやるかどうかはともかく』毒ガス大量殺人だの「劣悪遺伝子の持ち主は抹殺していい」なんてことは思いつきだけなら誰でも文章に書けるし、乱歩や小栗も『まさかマジでやる奴がいるとは思ってない*22ので』、49人の少女を拉致して毒ガス室で一挙に殺人(乱歩『蜘蛛男』)だの、劣悪遺伝子を受け継ぐ呪われた一族を絶滅させるためにはその一族のメンバーを毒ガスで殺していい(小栗『完全犯罪』)、つう与太を、割と気軽にかけたつうだけの話です。
 乱歩『蜘蛛男』の場合、このガス室殺人計画、明智の活躍で失敗に終わり、追い詰められた蜘蛛男は自決します。
 一方、小栗『完全犯罪』の場合、犯人は皮肉にも「後に自分自身も、別の悪性遺伝を持つ家系に属していることを知り、自らの信念に従い」毒ガスで自決します。この犯人は

◆コロナを馬鹿にするようなことを言いながら自分は喉が痛いだけでPCR検査を受けた「平熱パニックオジさん」橋下徹
イラク日本人人質事件では自己責任論をぶちながら自分は無謀ヨットをやったあげく海保の救援を呼んだ辛坊治郎けっきょく辛坊治郎は、自分がその立場になったらどうなるという想像力が欠けていたのだと思う - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)参照)

等とは違い「私は死にたくない!」ではなく自分の信念「悪性遺伝を持つ劣等家系は死ぬべき(だから私も死ぬべき)」を貫いたわけです(間違った信念ですが)。
 なお、乱歩『蜘蛛男』、小栗『完全犯罪』は面白いと思うので一読をお勧めします。
 さて話を元に戻します。以前、三浦小太郎もhttp://miura.trycomp.net/?p=4675でこの本を取り上げて

カトリックの戦闘的布教集団、イエズス会に属していた宣教師たちは、キリスト教による世界の一元的支配を目指し、その為には手段を択ばない、後のマルクス主義前衛党同様の信念に導かれていた。

と書いたのを小生、過去記事「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート145(追記・訂正あり) - bogus-simotukareのブログで「さすがにこれは三浦の曲解じゃないか。ここまでバカなことを渡辺も書かないんじゃないか」「まあ曲解じゃないとしたら、渡辺て明らかに頭がおかしいよね」と言う趣旨のことを書いたのですがなんと曲解ではなかったわけです。つまり渡辺は明らかに頭がおかしい。こんなんと親しくつきあってたという石牟礼道子て頭は大丈夫だったんでしょうか?(多分大丈夫でない)
 少なくとも「日本の宝」石牟礼道子さんを送る - 高世仁のジャーナルな日々が言うような「日本の宝・石牟礼」でなかったことは確かだと思います。「日本の汚点・石牟礼」「石牟礼の死は社会への奉仕(元老・山県有朋*23死亡時の石橋湛山*24風に)」といっていいんじゃないか。
 そして「日本の宝」石牟礼道子さんを送る - 高世仁のジャーナルな日々によれば石牟礼なんぞ尊敬してるらしい美智子皇后の頭は(以下、自主規制)。
 まあ、それはともかく。「イエズス会共産党が似ている」と時代状況を無視して言い出すこと自体が異常ですが、しかもそう決めつける理由が「イエズス会は時に侵略を行いそれを詭弁で正当化した、また時に残虐な行為も辞さなかった」、「共産党*25も時に侵略を(以下略)」てそんなんで似てると言っていいなら「アジア解放の戦争と詭弁で侵略戦争を正当化したあげく、時に731部隊などの残虐行為も辞さなかった」戦前日本、あるいはそうした戦前日本をイデオロギー面で支えた「国家神道」だって、「共産党イエズス会と似てる」ことになるでしょう。
 つうか「手段を選ばず目的を達しようとする人間がいる」なんてのは何もイエズス会スターリン共産党に限った話じゃない。古今東西、いくらでも存在する話です。
 戦前日本の731部隊だってそうした「目的のためには手段を選ばない蛮行」の一つです。
 もちろん「だからスターリン共産党イエズス会が問題がない」という話ではありません。
 「スターリン共産党イエズス会以外にそうした問題がないかのように言う渡辺はおかしい」「それは日本が歴史上やらかした目的のために手段を選ばない愚行(その一例は既に指摘したように731部隊です)を見逃すことになりかねない」つう話です。
 いずれにせよこんなんは単に渡辺が「異常な反キリスト教反共主義」であることを暴露してるだけです。俺だったらこんな本を読んでも「バカか」と呆れるだけですが、世の中には評価する人もいるし、渡辺本人も「俺はすごいこと書いた」と思ってるらしいのは実に滑稽です。
 しかも

日本の悪口を言うことによって自分が偉くなったような気になったり、喜々としていたりする態度には嫌悪感を覚えます。

という渡辺が「産経記事を読む限り」共産党イエズス会への悪口を「産経の取材に対して嬉々として、やっている」のも実に滑稽です。
 「日本への悪口を言うことに嫌悪感を覚える」つう人間が「他人(イエズス会共産党)への悪口を嬉々として言う」。
 単に渡辺が「日本への悪口が嫌いなだけ」「ただし自分の嫌いな相手(イエズス会共産党)へは嬉々として悪口を言う」というクズなだけじゃないですか。
 渡辺のでたらめさ、腐った人間性には全く嫌悪感を覚えざるを得ません。
 まるで「自分が嫌いな他人への悪口は嬉々として言うくせ」に「自分が好きな人間への悪口(例:小生のダライラマ批判)は一切認めようとしない」id:Mukkeのようです。まあ「id:Mukkeと同レベルの身勝手なクズ」、それが渡辺なのでしょう。なお、古今東西、この種のクズはいくらでもいると思います。
 ちなみにこのクズ本の版元は「あの右翼出版社」新潮社だそうです(苦笑)。


【正論】戦後73年に思う 明治の意義顧みるメッセージを 国学院大学名誉教授・大原康男(1/3ページ) - 産経ニュース
 何も左派(あるいは明治維新批判派。以下面倒なのですべて左派としますが)は明治維新の「近代化実現」という価値を否定しているわけではない。
 また人にもよるでしょうが左派は必ずしも「明治維新以外の現実的な道があった」といってるわけでもないでしょう。
 ただ現代において民主主義、人権の観点から問題がある明治維新を手放しでたたえることは「近代化、経済発展のためには今後も、未来も民主主義や人権を軽視していい、と考えてる」と認識されても文句は言えない、つう話です。
 現代の視点から見て問題があるもんは何も明治維新に限らず批判せざるを得ない。仮に批判しないにしても最低限、手放しでたたえるべきではない、つう話です。
 これは欧米の植民地支配だって原爆投下でも何だって同じ話です。
 「欧米がアジア、アフリカを植民地支配したことで欧米は経済的に発展したし、アジア、アフリカも一定の近代化をした、当時においてそれ以外の道は現実性が乏しかった」と仮にして、ならば「現在の視点において植民地支配が全面肯定できるのか」といったらそういう話ではないわけです。
 あるいは原爆投下しなければ日本が降伏しなかった、降伏させるためには原爆投下は仕方がなかったと仮定したとして今の視点で原爆投下が全面肯定できるのか。これまたそういう話ではないでしょう。
 そんなことをしたら「今後も植民地支配や原爆投下のような人権侵害行為を近代化や経済発展のためにはやっていいと思ってる」と疑われても文句は言えないでしょう。

 とりわけ注目すべきなのは朝日新聞による「明治100年か、戦後20年か」という問いかけが大きな論争を生んだことである。60年安保で敗北した左派が70年安保を視野に入れた新たな闘争の一つとして提起したのであったのか。

 「60年安保敗北」「70年安保」云々つう話では全くないですね。
 「日本の敗戦によって、明治からの流れにいったんリセットがされたんじゃないのか。明治からの流れに一定の反省がされたんじゃないのか」「それなのに明治100年と言っていいのか。むしろ戦後20年じゃないのか」そういう話です。
 日米安保を支持するかどうかとは全く関係ないし、そもそも日米安保明治維新とはむしろ真逆ではないのか。攘夷派によって実行されたのが維新の訳ですから。


【主張】韓国「慰安婦の日」 関係改善に逆行するのか(1/2ページ) - 産経ニュース
 「慰安婦の日、つくったぐらいで発狂するなよ、みっともない」「日本の公式見解は河野談話だから何の問題もないだろ」「島根県竹島の日なんぞつくったことはどう思ってるのかね?。安倍が靖国玉串料を(以下略)」ですね。


【政界徒然草】首相を目指す石破茂氏に意外な「応援団」 国民民主党など野党勢がエール、敵の敵は味方?(1/4ページ) - 産経ニュース
 「石破*26にへいこらする野党」として野党各党を小馬鹿にしたいのでしょう、「など」と書く産経ですが、そんなんは「玉木*27国民民主党代表」を除けば「野党幹部と呼べる議員」ではない。
 かつ、そんなんがいるのは「石破にスタンスが近い」国民民主など保守系野党だけです。
 まあ、まともな野党議員なら「石破と安倍とどっちがまともと思うか」とでも聞かれない限り「石破と連立でもする」というのでない限り保守系でも、自分の方から「石破にエール」なんぞ送らないでしょう。

*1:渡辺の著書としては『逝きし世の面影』(2005年、平凡社ライブラリー)、『北一輝』(2007年、ちくま学芸文庫)、『維新の夢』(2011年、ちくま学芸文庫)、『日本近世の起源』、『神風連とその時代』(2011年、洋泉社新書y)、『ドストエフスキイの政治思想』(2012年、洋泉社新書y)、『もうひとつのこの世:石牟礼道子の宇宙』(2013年、弦書房)、『近代の呪い』(2013年、平凡社新書)、『私のロシア文学』(2016年、文春学藝ライブラリー)、『死民と日常:私の水俣病闘争』(2017年、弦書房)、『幻影の明治:名もなき人びとの肖像』(2018年、平凡社ライブラリー)など

*2:参議、陸軍大将、近衛都督

*3:参議、大蔵卿、内務卿を歴任。紀尾井坂の変で暗殺される。

*4:参議、文部卿、内務卿を歴任

*5:右大臣(外務卿兼務)

*6:参議、第1次大隈、第2次伊藤、第2次松方内閣内務相など歴任

*7:参議、黒田、第1次山県、第1次松方内閣逓信相、第2次伊藤内閣農商務相など歴任

*8:参議、司法卿を歴任。下野後、佐賀の乱を起こし処刑

*9:参議、外務卿、第1次松方内閣内務相を歴任

*10:単に興味を引かれなかっただけで、意図的に避けていたわけではないですが、今後は意図的に忌避することにします。

*11:著書『十六夜橋』(1999年、ちくま文庫)、『新装版 苦海浄土』(2004年、講談社文庫)、『妣たちの国』(2004年、講談社文芸文庫)、『西南役伝説』(2009年、洋泉社MC新書)、『食べごしらえおままごと』(2012年、中公文庫)、『椿の海の記』(2013年、河出文庫)など

*12:著書『アジアの中の日本軍:戦争責任と歴史学歴史教育』(1994年、大月書店)、『南京事件』(1997年、岩波新書)、『日中全面戦争と海軍:パナイ号事件の真相』(1997年、青木書店)、『南京事件三光作戦』(1999年、大月書店)、『南京事件と日本人』(2002年、柏書房)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書)、『「百人斬り競争」と南京事件』(2008年、大月書店)、『日本軍の治安戦:日中戦争の実相』(2010年、岩波書店)、『海軍の日中戦争』(2015年、平凡社)、『日中戦争全史(上)(下)』(2017年、高文研)など

*13:著書『沖縄戦と民衆』(2001年、大月書店)、『BC級戦犯裁判』(2005年、岩波新書)、『シンガポール華僑粛清』(2007年、高文研)、『戦犯裁判の研究』(2009年、勉誠出版)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』(2009年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『沖縄戦が問うもの』(2010年、大月書店)、『米軍基地の歴史』(2011年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『裁かれた戦争犯罪:イギリスの対日戦犯裁判』(2014年、岩波人文書セレクション)、『暴力と差別としての米軍基地』(2014年、かもがわ出版)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(2015年、花伝社)、『沖縄からの本土爆撃:米軍出撃基地の誕生』(2018年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)など

*14:著書『草の根のファシズム』(1987年、東京大学出版会)、『従軍慰安婦』(1995年、岩波新書)、『毒ガス戦と日本軍』(2004年、岩波書店)、『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(2010年、岩波ブックレット)、『焼跡からのデモクラシー(上)(下):草の根の占領期体験』(2014年、岩波現代全書)など

*15:というかもちろん事実ですが

*16:殺害方法は毒ガスです。

*17:蜘蛛男 - Wikipediaによれば、『蜘蛛男』は講談社の雑誌『講談倶楽部』に1929年8月から1930年6月まで連載された。一方、ナチスガス室絶滅収容所 - Wikipediaによれば1942年以降に実用化された。なお、乱歩作品は光文社文庫の乱歩全集で読むことができます。

*18:この『完全犯罪』、現在では『日本探偵小説全集6 小栗虫太郎集』(1987年、創元推理文庫)、『怪奇探偵小説名作選6 小栗虫太郎集』(2003年、ちくま文庫)で読むことができます。また「完全犯罪」以外の小栗作品で現在入手が容易なものとしては『黒死館殺人事件』(2008年、河出文庫)、『二十世紀鉄仮面』(2017年、河出文庫)、『人外魔境』、『紅殻駱駝の秘密』(以上、2018年、河出文庫)があります(小栗虫太郎 - Wikipedia完全犯罪 (小栗虫太郎) - Wikipedia参照)。

*19:殺害方法は毒ガスです。

*20:殺害理由は『犯人は人種改良学の信奉者であり、被害者を殺害したのは、合衆国のジューク家、カリカック家と同様の悪性遺伝を持つミュヘレッツェ一族を断絶させるためであった』というナチスユダヤ人虐殺に似た動機です(なお、現在ではジューク家、カリカック家についての言説はえせ科学であると評価されています)。小生もあまりよく知りませんが、小栗とはこうしたトリッキーな作品で知られる作家のようですね。当時はもちろん現在においてもこういうトリッキーな小説はあまりないんじゃないか。

*21:ウィキペディア『完全犯罪』によれば、『完全犯罪』は『新青年』(博文館)1933年(昭和8年)7月号に掲載された。一方、ナチスガス室ウィキペディア絶滅収容所』によれば1942年以降に実用化された。

*22:もちろん乱歩も小栗もネタとして書いていてそんなことを是としていません。だからこそ犯人たちは作品において自滅します。

*23:陸軍卿、内務卿、第1次伊藤、黒田内閣内務相、第2次伊藤内閣司法相、首相、枢密院議長、参謀総長など歴任。元老の一人。

*24:戦前、東洋経済新報主幹。戦後、政界入り。吉田内閣蔵相、鳩山内閣通産相などを経て首相

*25:といってもそれはスターリンソ連などに限定されると思いますが。すべての共産党がそうだとか、今もそうだとかはとても言えないでしょうね。言ったらそれこそ日本共産党などへの名誉毀損です。とはいえ渡辺のような狂信的右翼の輩は日本共産党など相手にそういう暴言を吐きそうですが

*26:小泉内閣防衛庁長官福田内閣防衛相、麻生内閣農水相自民党政調会長(谷垣総裁時代)、幹事長(第二次安倍総裁時代)、第三次安倍内閣地方創生担当相など歴任

*27:民主党政調副会長、民進党幹事長代理、希望の党代表などを経て国民民主党代表