今日の産経ニュース(2019年12月7日分)(注:清張『砂の器』『けものみち』のネタバレがあります)

【昭和天皇の87年】「俺も後から死ぬ」 闘将、山口多聞の猛反撃 米軍に一矢を報いたが… - 産経ニュース

 敗因は、上層部の油断と慢心に尽きる。開戦初期の連戦連勝に浮かれ、明らかに米軍を侮っていた。どうせ大した敵はいないだろうと、連合艦隊司令長官山本五十六*1が出撃直前、愛人に「多分あまり面白いことはない」と手紙につづったことはすでに書いた通りだ。

 確かに「慢心していた」のかもしれませんが基本的にそれは本質的な問題ではないでしょう。
 本質的な問題、それは「国力があまりに違いすぎて日本に勝ち目などない」という問題です。慢心というならそもそも「勝ち目がある」と考えて開戦したことそれ自体が慢心でしょう。国力の差は精神論でどうにかなる話ではない。


【昭和天皇の87年】悪夢のミッドウェー 空母3隻が一瞬にして火だるまとなった - 産経ニュース

 空母赤城で指揮をとる第1航空艦隊司令長官、南雲忠一*2は勝利を疑わなかっただろう。当時、太平洋で活動する米空母は計3隻。艦載機パイロットの技量も日本軍が米軍を凌駕(りょうが)している。海戦となれば負けるはずがない。
 だが、南雲は知らなかった。米海軍が日本海軍の暗号を解読し、万全の態勢で待ち構えていることを。

 前半の文章が事実ならそれこそがまさに南雲あるいは日本海軍全体の「慢心」「過信」でしょう。日米のパイロットに果たしてそれほどの差が本当にあったのかどうか?
 後半の文章について言えば「日本海軍の暗号を解読し」だけで勝敗が決まったわけではないでしょう。また「暗号文の解読(日本は米国側に解読され、一報、日本は解読できず)」というのも「国力の差」の証明の訳です。ここで「暗号文さえ解読されなければ勝てた」と理解したら大間違いでしょう。

 7時15分、南雲は第二次攻撃に向け、空母各艦で待機していた残存機の兵装を、対艦用の魚雷から対地用の爆弾に切り替える命令を出す。近くに米空母はいないと判断したからだ。
 ところが13分後の7時28分、味方索敵機から「敵らしきもの10隻見ゆ」の打電があり、南雲は7時45分、兵装を魚雷に戻すよう指示した。この措置に、空母飛龍に座乗する第2航空戦隊司令官山口多聞*3は「現装備ノママ攻撃隊直チニ発進セシムルヲ至当ト認ム」と信号を送ったが、南雲司令部は耳を貸さなかった。爆弾の命中率は10%前後、魚雷なら60%以上だ。飛ばせる攻撃機から「現装備ノママ」出撃させても、小兵力では効果が期待できまい。「若干攻撃隊の発進を遅らせても、大兵力が整うのを待つ方が有利であると考えた」と、司令部参謀の吉岡忠一が述懐する(※1)。
 この判断が、南雲艦隊に重大な危機をもたらす。すでに艦隊は敵機に発見されており、早くも7時すぎから空襲を受けていた。

 そもそも日米では国力の差が歴然としていますからね。
 「兵站を無視して餓死者続出のインパール作戦」のような明らかな「無謀な作戦」ならともかく、この件では「(勝てるかどうかはともかく)山口の言うとおりにすれば被害が少なかった」といえるかどうかはわからないように思います。


【主張】「記述式」の混乱 無理ある制度は中止せよ - 産経ニュース
1)自民党支持層にすら評判が悪い
2)その上、「加計学園認可」などと違い、安倍にもこのテストに思い入れがない*4らしい(まだ延期や白紙撤回などの表明はされてないが早晩される見込み)
ということでためらいなく批判する産経です。とはいえ批判が「文科省(萩生田文科相も含む?)」にとどまり絶対に安倍批判しない辺り所詮、産経ですが。


【産経抄】12月7日 - 産経ニュース

・昨年5月に亡くなった食漫画の巨匠、土山しげるさんの絶筆『勤番グルメ ブシメシ!』の第3巻が3日に刊行され、早速手に取った。
・ところが、この『ブシメシ』をNHKが平成29年にテレビドラマ化した番組はいただけなかった。リアルさを重視した原作は荒唐無稽でおちゃらかした設定に置き換えられ、味わいも何もない。
・作品は作家にとって、子供のような存在だという。同じく漫画家のきくち正太さんの代表作で、伝統文化を守る老舗料亭の若女将(おかみ)が主人公の『おせん』が、20年に民放でドラマ化された際にはこんなこともあった。原作とのあまりの落差にショックを受けたきくちさんが突然、雑誌連載を休載したのだった。
「いっときは本気でまんが家をやめようと思いました」。きくちさんは『おせん』16巻のあとがきで心情を吐露している。テレビにはテレビの事情も手法もあろうが、原作とそこまでかけ離れた脚色が必要になるのなら、初めからオリジナル作品で勝負すべきだろう。
・独断と偏見で言えば、原作付きドラマは原作に忠実な方が断じて面白い。

 「産経のあげた例はともかく」、「俺の独断と偏見で言えば」『原作付きドラマは原作に忠実な方が断じて面白い』なんてことはないですね。
 問題は「作品の本質を理解しているかどうか」です。難しいことですし、実際、酷い改変ドラマはありますが、改変自体に罪はない。
 「作品の本質」さえ理解していれば、作品を面白くするために、いくらでも作品を改変していいし、実際改変されている。
 たとえば『天知茂の美女シリーズ』なんて江戸川乱歩原作とは大分違います。それでもアレはアレで面白い(なお、乱歩は1965年死去、美女シリーズは1977年開始なのでもちろん乱歩本人の了承は得られていません。著作権継承者(おそらく遺族)の了承になります)。
 あるいは、以前、今日の産経ニュース(2019年5月17日分)(松本清張「駅路」「一年半待て」のネタばらしがあります)(追記あり) - bogus-simotukareのブログで「最後の自画像」という松本清張原作のドラマを取り上げましたが、このドラマにおいては原作では病死していた「被害者の愛人」は生きている設定になっています。
 そして清張原作ではなかった「妻と愛人のぶつかり合い」なども描かれていますが、それで何の問題も無いと小生は思いますね。
 あるいは「砂の器」。
 原作では和賀英良の父親は死亡しています。しかし映画では生きてることになっている。
 つまり映画での

「砂の器」(映画版 1974年)名台詞集
捜査一課長(内藤武敏
 「和賀英良としては順風満帆、まさに輝くような人生の途上にある。その前に思いもかけない三木謙一が現れた。殺しの動機としては自分の生い立ちや戸籍詐称までばれる、とそういうことだね」
今西刑事(丹波哲郎
 「いえ、その点は和賀の自供に待つより他はありませんがこういう推測が成り立ちます。三木は軽々しく和賀の前身を口外するような男じゃあない。しかし彼としましてはどうしても過去の重要な問題に触れざるを得なかったはずです」
 「三木は余命幾ばくもない秀夫の父親・本浦千代吉に会うことを(和賀に)強く希望、いや主張してやまなかったのであります」
捜査一課長
 「なに、本浦千代吉が生きている?」
今西
 「はい」
(ボーガス注:回想シーンへ)
今西
 「本浦千代吉さんですね」
千代吉(加藤嘉
 「は、はい」
今西
 「突然お邪魔したのは他でもありません。こういう人をご存じないかと思いまして」
(ボーガス注:回想シーンが終わり)
捜査一課長
 「で、本浦千代吉ははっきりと和賀を秀夫だと認めたのかね?」
(ボーガス注:再び回想シーンへ)
今西
 「こんな顔の人は知らない」
千代吉
 「は、はい」
今西
 「では、見たことも会ったこともないんですね?」
千代吉
 「は、はい」
今西
 「それじゃあ、あなたがよくご存知の人で、五つか六つの子供をこの青年にしてみたとしたら、それでも心当たりはありませんか」
千代吉 
 「知らねぇ!!そんな人知らねぇ!!ぅわ~!!」
(ボーガス注:別の回想シーンへ)
三木謙一・元巡査(緒形拳
 「なぜだ秀夫、どげんしてなんだ。会えばいまやりかけちょう仕事がいかんようになるなんてなしてそげな事いうだらか。たった一人の親、それもあげな思いをしてきた親と子だよ!!秀夫、わしゃ、お前の首に縄かけてでも引っ張ってくから!い、一緒に来い、秀夫!!」
(ボーガス注:回想シーンが終わり)
今西
「主任看護婦、および担当医師立会いの下に、千代吉の私物を点検しましたところ来信が約50通出てまいりまして、これらを押収いたしました。それは全て三木謙一よりのもので、千代吉にとりましては三木謙一だけがこの世で通信を交わしておったたった一人の人間でございます。そしてその内容は、ほとんど千代吉の一子、秀雄に終始しておりまして、秀雄は今どこにいるんだ、死ぬまでに会いたい、一目だけでもいいから会いたい。千代吉はただただそれだけを書き綴り、三木は、あなたの息子は見所のある、頭のいい子だから、きっとどこかで立派に成長しているだろう、そしてその内に必ず必ず、きっと会いに来るに相違ないと繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返しこのように慰めてます」
吉村刑事(森田健作
 「今西さん、和賀は父親に会いたかったんでしょうね」
今西
 「そんなことはきまっとる。今彼は父に会っている。彼にはもう、音楽、音楽の中でしか父親に会えないんだ」

というのは完全な映画オリジナルです。原作では、千代吉は和賀の犯行当時、すでに死んでいるのだから、原作にはこんな台詞は何一つ出てこない。
 あるいは

「砂の器」(映画版 1974年)名台詞集
今西刑事(丹波哲郎
 「この親と子が、どのような旅を続けたのか、それはこの二人にしかわかりません」

なんて台詞は原作では何一つ出てこない。また原作では和賀は「宿命」なんて音楽はつくりません。
 それでも別に問題は無いと思います。
 あるいは清張原作で「疑惑」つう映画があります。
 これは、原作では弁護士が男性ですが、映画では女性弁護士に変更され、岩下志麻がやっています。
 で岩下志麻の弁護士と、桃井かおりの被告人の「女性二人のぶつかりあい」がいい味出してます。これは「原作通りの男性弁護士にしなくて良かった」と思いますね。
 あるいは、清張原作のNHKドラマ「けものみち」。
 清張原作では主人公「成沢民子」は彼女が愛人を務めていた大物右翼フィクサー「鬼頭」の病死後、「裏を知りすぎた女」として、彼女が「鬼頭死後、自分を守ってくれる」と信頼していた「肉体関係もあった」小滝なる「鬼頭一派の一人」である人物の保身(小滝も「鬼頭の後継者」に殺害を命令されたのであって進んでやってるわけではない)によって殺害されます。
 小生見てはいませんが、確か1965年の東宝映画版でも民子は小滝に殺される(映画版では民子が池内淳子、小滝が池部良、鬼頭が小沢栄太郎)。
 しかしNHKドラマでは殺害を命令された小滝(山崎努)は「秘密(?)の愛人関係」にある民子(名取裕子)を殺すことが出来ずに民子とともに逃亡を企てる(失敗する可能性が高そうだが)つう落ちになっています。
 「けものみち」を担当したNHKプロデューサー(当時)の和田勉氏(脚本はジェームス三木)は「民子が小滝に殺されない救いのある落ちにしたかった」と確か言っていたと思いますが、まあ小生は「原作を改変したそう言う落ちもあっていいんじゃないか」と思います(この辺りは価値観で評価が変わってきますが)。
 なお、これらの原作改変は全て清張の生前ですので、清張の了解は勿論取れています。NHKドラマ『最後の自画像』『けものみち』にいたっては、清張自らカメオ出演していますし。

【参考:清張のNHKドラマ・カメオ出演

土曜ドラマ『最後の自画像』(1977年) | NHK名作選(動画他)
 『最後の自画像』で松本清張さんが演じたのは、失踪した小塚(山内明)の行方を捜す警視庁の刑事・呼野(内藤武敏)が手がかりをたどって広島まで訪ねた先の老主人だ。小塚と関わりがあると考えた女性・福村慶子(いしだあゆみ)の下宿先の老主人役だが、原作には出てこない人物で脚本のト書きには“恍惚の人らしい”と書かれていた。そこで、要領を得ない会話の末に呼野に鍵となることを教えてしまうという重要な役。清張さんは、呼野役の内藤武敏さんと同郷(小倉出身)ということもあり、内藤さんとの共演をとても喜んでいたという。現場ではひとつひとつの演技に「これでいいのかな」と、演技指導を求め、扮装にも大変な凝りようだった。実は、内藤さんが病気を押しての出演だったこともあり、いっそう熱意を込めて演じられたということだ。
向田邦子が書いた松本清張ドラマ
 銀行を定年退職した翌日、趣味にしていた一人旅に出た小塚(山内明)がそのまま失踪した。呼野刑事(内藤武敏)と北尾刑事(目黒祐樹)には実直な男が美人妻(加藤治子)との家庭を捨てる理由がわからない。やがて浮かび上がる男の「もうひとつの顔」。さらに大金もからみ、事件は意外な結末へと続く。
 カギは小塚家に飾られたゴーギャンの絵と呼野・北尾の世代ギャップだ。ベテラン呼野は、妻と仕事を捨てて絵に生きたゴーギャンから、小塚の心理を読み解く。一方、独身の北尾は小塚の行動が理解できない。
 脚本は向田邦子
 また、原作者の松本清張ご本人が面白すぎる役で出演。乙羽信子ににらまれるシーンも見ものだ。
 当時*5は55歳定年*6、女性行員も早々の結婚退職が幸せと言われた時代。こどもの犠牲になった人生を、路線変更しようとした男の末路から、幸せとは何かを考えさせられる。

土曜ドラマ 『松本清張シリーズ けものみち』 (1982年) | NHK名作選(動画他)
 ドラマで西村晃さん*7が演じた政財界のフィクサー・鬼頭の家の庭や門、外観などは松本清張さんのご自宅で撮影された。松本清張さんといえば、この一連のシリーズの多くにご本人が何らかの役で出演してきたが、『けものみち』では解説者として登場しファンを喜ばせた。


【参考:砂の器

砂の器 −SummaArs 藝術大全
・「砂の器」とは、水の粘着力のみで砂を固めて作られた偽りの器である。もしその中に水を入れようとしたならばその瞬間に砕け散る脆さの象徴でもあり、自然に砕け散るいつかは本質が露呈することの象徴でもある。それは、英良の不安定な人生を意味し、彼の孤独で不毛な精神状態も意味しているのである。そして、何よりも彼の偽りの身分と天性の才能が生み出した音楽家としての名声が、賞賛と喝采を生み出しているのだが、少年時代の多くを罵倒と蔑みの中で過ごしてきた彼は、そういった賞賛と喝采という感情自体を「砂の器」的なものと考えていることを意味しているのである。
 彼は徹底的に人間の善良なる心に対して不信感を持つ男だった。だからこそ、三木謙一の情愛を受け止めずに去っていき、高木理恵子(島田陽子)という自分の子を産みたがる愛してくれる女をいとも簡単に捨て去り、(この理恵子の死に様。まさに彼の父と本人の境遇そのものではないか?)政治家の娘婿に納まろうと取り入る俗物ぶりを生み出しているのである。
・さすが野村芳太郎監督だけあり、キャスティングには当時の東宝がよく使うような、一人でも観客を集める為にと当時売れてるアイドルを無理やり登場させるようなことはしていない(例:『悪魔の手毬唄』の北公次)。こういった姿勢がどれだけ作品に品格を与えるかということはこの作品を見れば良く分かるだろう。
・もし、私たちがこういう二人を見たならばどういう反応を取ってしまうのだろうか?と考えるとぞっとする瞬間である。ほとんどの人が緒形拳が演じた巡査ではなく、浜村純が演じた巡査のような感情を持ってしまうのではないだろうか?。間違いなく私は恥ずべきことだが、後者だろう。
 そんな身につまされる描写の中、印象的な父と子の表情が所々映し出される。ただ黙々と目をうるうるさせながら子を見つめる千代吉。ある村の運動場で体育の授業をしている同世代の子達を眺める息子。そして、二人で粥をすする愛情に満ちた瞬間。春日和秀に至っては本作中一言も話さないのだが、見終わった後は何百もの言葉を発していたように感じるのである。これこそが映画的な名演なのだろう。
 この作品を鑑賞した松本清張をして、小説よりも素晴らしい出来であると言わせしめたのはやはりこの回想シーンの描写の素晴らしさにあったのではないだろうか?
・「彼にはもう音楽 音楽の中でしか父親に会えないんだ!」
 今西が言うこの一言が全てを物語っている。彼は彼自身がお遍路の時に、自分自身を蔑んでいた人々の立場に立ってしまっていたのだ。
加藤嘉の慟哭の凄まじさ
 「あぁぁぁぁぁ~!そんな人知らねえぇ!」
 今西から息子の写真を見せられた千代吉が嗚咽をあげながら否定するその声音。これほど悲しげな叫びを聞いたことがない。まさに魂が揺すぶられる声とはこういう声を言うのだろう。自分が愛し続け死ぬまでに一目でいいので会いたいという気持ちだけで数十年生き続けてきた千代吉が、その息子を「そんな人知らねぇ!」と言わなければならない悲しすぎる現実。この老人は孤独の中生きて尚幸せな一時さえも許されなかったのである。
 このシーンは、あの佐分利信山口果林演じる政治家父娘の親子関係と対比してみると、さらにやりきれなく瞬間である。それにしても「あぁぁぁぁ~!」という慟哭の凄まじさ。

*1:海軍航空本部長、海軍次官連合艦隊司令長官など歴任

*2:第一航空艦隊司令長官、第三艦隊司令長官、第一艦隊司令長官、中部太平洋方面艦隊司令長官兼第十四航空艦隊司令長官など歴任。サイパンの戦いで自決。

*3:第五艦隊参謀長、第二航空戦隊司令官など歴任。ミッドウェー海戦で戦死

*4:つうと誰が思い入れがあるんですかね?。文科官僚なのか、自民の文科族議員なのか?

*5:ドラマの放送は今から約40年前の1977年(横田めぐみ氏が拉致された年ですね)。

*6:何度も今日の産経ニュース(2019年5月17日分)(松本清張「駅路」「一年半待て」のネタばらしがあります)(追記あり) - bogus-simotukareのブログなど、別記事で書いていますが、時代を感じさせます。特に「ゴーギャンは55歳で家族を捨てて移住したタヒチで死んだ、小塚さんも55歳で定年退職後は、家族を捨てて新しい人生を歩もうとしていた」とドラマでは「55歳」がやたら強調されるのでどうしても記憶に残ります(なお、小塚を演じる山内明(1921~1993年)は当時56歳、呼野刑事を演じる内藤武敏(1926~2012年)は当時51歳ですので実年齢と、ドラマの設定年齢はほぼ同じです)。

*7:晩年は水戸黄門イメージの彼ですがそれ以前はむしろこうした悪役イメージ(例:時代劇「子連れ狼」の柳生烈堂)の方が強いかと思います。