「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2020年12/31日分:島田洋一の巻)

島田洋一
 「近衛*1新体制」運動を経た大政翼賛会の成立を「日本ファシズムの確立」と規定するのが「学会」の通説。しかし実際は、ナチス的な「党」による支配を目指した「革新」派の運動は既存エリート層の巻き返しにあって敗北した。その残滓が大政翼賛会、翼賛議員同盟*2だった。伊藤隆教授が緻密に実証したポイントだ。次代の研究はここを出発点とせねばならなかったが、残念ながら東京裁判史観の安逸に耽る知的怠惰がいまだ歴史学会の主流であり続ける。

 小生も伊藤「大政翼賛会への道 近衛新体制」を読んだことがないのでうかつなことは言えませんが、島田の紹介を読む限り、伊藤本は単に「日本にはドイツやイタリアのようなファシズム体制*3は成立しなかった(そうした主張の是非についてはここでは論じませんが)」と言ってるに過ぎないのでは無いか。
 そのような伊藤説(日本型ファシズム成立・否定説)の是非、あるいは『大政翼賛会の成立を「日本ファシズムの確立」と規定する説』(島田によれば通説的見解)の是非はともかく、伊藤説を是としたところでそれは「日本のした侵略(日中戦争、太平洋戦争)には何ら問題は無かった」などという話には勿論全くなりません。
 例えば「南京事件従軍慰安婦731部隊など戦前日本政府の犯罪性」と「戦前日本がファシズム体制かどうか」は全く関係が無い。
 つまりは「伊藤説(日本でのファシズム成立否定説)を支持すること」と「島田の言う東京裁判史観(日本の戦争犯罪を厳しく批判すること)支持」は何ら矛盾せず両立するので、島田の物言いは全く馬鹿げています。
 なお、元「新しい教科書をつくる会理事」伊藤が「日本型ファシズム成立・否定説」を唱えた動機は「日本の戦争犯罪の矮小化」かもしれませんが、仮にそうだとしても「日本にはドイツやイタリアのようなファシズム体制は成立しなかった」という主張に「一定の合理性がある」のならそれは別に支持してもいいと俺個人は思います。
 繰り返しますが、「南京事件従軍慰安婦731部隊など戦前日本政府の犯罪性」と「戦前日本がファシズム体制かどうか」は全く関係が無いからです。

島田洋一
・昭和史の碩学伊藤隆(ボーガス注:東大名誉)教授*4の「大政翼賛会への道 近衛新体制」のkindle版を購入し、久しぶりに再読した。
 いまだ東京裁判史観本全盛の中、同教授の業績は実に大きい

 「新しい教科書をつくる会の元理事という右翼=伊藤」とは言え、伊藤もこんな変な褒められ方をするくらいなら非難された方がまだましでしょう。
 なお「東京裁判史観」という島田らウヨですが、東京裁判でググれば

【刊行年順:刊行年が同じ場合は著者名順】
◆児島襄『東京裁判(上)(下)』(1986年、中公新書→2007年、中公文庫)
◆赤沢史朗*5東京裁判』(1989年、岩波ブックレット)
◆粟屋憲太郎*6東京裁判論』(1989年、大月書店)
◆粟屋憲太郎『東京裁判への道(上)(下)』(1994年、講談社選書メチエ→後に分冊では無く1巻本として2013年、講談社学術文庫
◆武田珂代子*7東京裁判における通訳』(2008年、みすず書房
◆戸谷由麻『東京裁判:第二次大戦後の法と正義の追求』(2008年、みすず書房
◆日暮吉延*8東京裁判』(2008年、講談社現代新書)
◆吉田裕*9『日本人の歴史認識東京裁判』(2009年、岩波ブックレット)
◆中里成章*10『パル判事:インド・ナショナリズム東京裁判』(2011年、岩波新書)
◆宇田川幸大『考証東京裁判』(2018年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)
◆戸谷由麻、 デイヴィッド・コーエン『東京裁判「神話」の解体:パル、レーリンク、ウェブ三判事の相克』(2018年、ちくま新書)

などといった本がヒットすることで分かるように東京裁判極東国際軍事裁判)自体が研究の対象となっており、今時東京裁判を全面肯定する学者はいません。
 むしろ「米国の政治的思惑から昭和天皇や、731部隊の石井四郎が訴追されなかった」「陸軍にもっぱら責任を負わせ他(海軍など)を守るという米国の政治的思惑から、荒木貞夫*11陸軍大臣板垣征四郎*12陸軍大臣梅津美治郎*13参謀総長木村兵太郎*14元陸軍次官、佐藤賢了*15陸軍省軍務局長、東条英機*16陸軍大臣、畑俊六*17陸軍大臣、南次郎*18陸軍大臣武藤章*19陸軍省軍務局長など主として陸軍幹部(元陸軍大臣、陸軍次官、陸軍省軍務局長など)ばかりが訴追された」として批判するのが多くの学者です。
 島田らウヨの物言いは「ナチスドイツに批判的な研究」について「ニュルンベルク裁判史観」というくらいの馬鹿話です(もしかしたらネオナチはそう言ってるのかもしれませんが)。
 ちなみに「ニュルンベルク裁判」でググる

【刊行年順:刊行年が同じ場合は著者名順】
◆アンネッテ・ヴァインケ『ニュルンベルク裁判』(2015年、中公新書)
◆芝健介*20ニュルンベルク裁判』(2015年、岩波書店

などがヒットします。

*1:貴族院議長、首相など歴任。戦後、戦犯指定を苦にして自決。

*2:1)いわゆる「非翼賛議員(大政翼賛会、翼賛議員同盟に所属しない議員)」もいる上に、2)大政翼賛会は「ヒトラーをトップとするナチス」などと違い一枚岩では無かった点(解散前の既成政党単位で政治家が派閥化した)には「伊藤や島田が言うように注意する必要がある」でしょうが一方で、1)「ヒトラーをトップとするナチス」のような「一枚岩の強力な政党組織」で国家運営するという方針は挫折したとは言え、とにもかくにも大政翼賛会が成立したこと(大政翼賛会の成立自体は挫折しなかったこと)、2)「既成政党(立憲政友会、立憲民政党社会大衆党)が解散して大政翼賛会、翼賛議員連盟に参加した(そのため、大政翼賛会、翼賛議員連盟が最大の政治勢力となった)」という事実も無視できないでしょう。

*3:そもそも、こうした議論においてはファシズムの定義や成立要件は何かという問題も当然ながら出てきますね。伊藤や島田においては『ヒトラーをトップとするナチス』のような「一枚岩の強力な政治組織があるかどうか」をファシズムの定義、成立要件とし「大政翼賛会はそうした組織を目指したが結果的にはそうならなかった」としてファシズム性を否定するようですが、「別の観点」に経てばファシズム性は肯定されるでしょう。いずれにせよ「日本のファシズム性」を仮に否定するにせよ、「ファシズム国家であることにほとんど争いがないナチスドイツ、ムソリーニイタリア」と軍事同盟を結び、また「ナチスを模範とした政治組織」として大政翼賛会を構想した戦前日本が「ファシズムに親和的な国家」だったことは否定できないでしょう。

*4:伊藤は既に大学を定年退職しているので名誉教授であって教授ではありません。

*5:立命館大学名誉教授。著書『靖国神社』(2017年、岩波現代文庫)、『徳富蘇峰と大日本言論報国会』(2017年、山川出版社日本史リブレット)など

*6:1944~2019年。立教大学名誉教授。著書『昭和の政党』(2007年、岩波現代文庫)など

*7:立教大学教授。著書『太平洋戦争 日本語諜報戦』(2018年、ちくま新書)など

*8:帝京大学教授

*9:一橋大学名誉教授。東京大空襲・戦災資料センター館長。著書『昭和天皇終戦史』(1992年、岩波新書)、『日本人の戦争観』(2005年、岩波現代文庫)、『アジア・太平洋戦争』(2007年、岩波新書)、『日本軍兵士:アジア・太平洋戦争の現実』(2017年、中公新書)、『兵士たちの戦後史』(2020年、岩波現代文庫)など

*10:東京大学名誉教授。著書『インドのヒンドゥームスリム』(2008年、山川出版社世界史リブレット)など

*11:犬養、斎藤内閣陸相、第一次近衛、平沼内閣文相など歴任。戦後、終身刑判決を受けるが後に仮釈放(荒木貞夫 - Wikipedia参照)

*12:関東軍高級参謀として満州事変に関与。関東軍参謀長、第一次近衛、平沼内閣陸軍大臣支那派遣軍総参謀長、朝鮮軍司令官、第7方面軍(シンガポール)司令官など歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀(板垣征四郎 - Wikipedia参照)

*13:支那駐屯軍司令官、陸軍次官、関東軍司令官、参謀総長など歴任。戦後、終身刑判決を受けて服役中に病死。後に靖国に合祀(梅津美治郎 - Wikipedia参照)

*14:関東軍参謀長、陸軍次官、ビルマ方面軍司令官など歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀(木村兵太郎 - Wikipedia参照)

*15:支那方面軍参謀副長、陸軍省軍務課長、陸軍省軍務局長、支那派遣軍総参謀副長など歴任。戦後、終身刑判決を受けるが後に仮釈放(佐藤賢了 - Wikipedia参照)。

*16:関東憲兵隊司令官、関東軍参謀長、陸軍次官、陸軍航空総監、第二次、第三次近衛内閣陸軍大臣、首相など歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀(東條英機 - Wikipedia参照)

*17:台湾軍司令官、中支那派遣軍司令官、侍従武官長、阿部、米内内閣陸軍大臣支那派遣軍総司令官など歴任。戦後、終身刑判決を受けるが後に仮釈放(畑俊六 - Wikipedia参照)

*18:参謀次長、朝鮮軍司令官、第二次若槻内閣陸軍大臣関東軍司令官、朝鮮総督など歴任。戦後終身刑判決を受けるが後に仮釈放(南次郎 - Wikipedia参照)

*19:参謀本部作戦課長、中支那方面軍参謀副長、北支那方面軍参謀副長、陸軍省軍務局長兼調査部長、近衛師団長、第14方面軍(フィリピン)参謀長など歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀(武藤章 - Wikipedia参照)

*20:東京女子大学名誉教授。著書『武装SS』(1995年、講談社選書メチエ)、『ヒトラーニュルンベルク第三帝国の光と闇』(2000年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『ホロコーストナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌』(2008年、中公新書)、『武装親衛隊とジェノサイド』(2008年、有志舎)など