菅(かん)氏は、菅(すが)義偉*1政権が目指す2050年の温室効果ガスの排出実質ゼロについて、「化石燃料*2を使わないやり方*3でも、十分に(脱原発を)実現できる」と主張した。それも疑問だが、首相当時に「私自ら働きかけた」とベトナムへの原発輸出を自慢していたことを思うと、落差に唖然(あぜん)としてしまう。
基本的に産経がやりたいことは「脱原発派への悪口」「自民党批判派への悪口」でしかないですが、それはさておき。
菅氏の「ベトナム原発輸出」については
国内外から激しい批判続出――原発輸出で日越政府合意 | 週刊金曜日オンライン2011.11.24
菅直人*4前首相のトップセールスで原子炉二基の建設に合意したのが昨年。(1)事業化調査、(2)融資、(3)安全・先進的な技術の提供、(4)人材育成、(5)使用済み燃料及び廃棄物管理、(6)燃料供給の六分野で協力を行なうとしたが、福島第一原発の事故後は協議が止まった。
ところが、野田佳彦*5首相は合意を見直すどころか、原子力の平和的利用や原子力損害賠償に関する法整備、事業地決定、環境影響評価をベトナム政府が行なう約束を取りつけ、国内外からの批判を浴びている。
を紹介しておきます。
確かに「菅氏のトップセールス」のようですがそれは「東日本大震災が起こる前」の2010年のこと。産経の言う「自慢」云々も締結当時の2010年のことでしょう。2011年3月に「東日本大震災による福島原発事故」が起こってからはどうやら「ベトナム原発については見直しの方向で菅氏は計画を凍結していた(但し菅氏が退任すると後任の野田が凍結を解除)」ようですから、産経の物言いははっきり言って詐欺的です。
ちなみにこの原発計画ですが
ベトナム、原発計画中止 日本のインフラ輸出に逆風: 日本経済新聞2016年11月22日
ベトナム政府は22日、同国南部に建設することになっていた原子力発電所の計画を中止すると決めた。ロシアと日本がそれぞれ受注して2028年にも稼働する予定だったが、資金不足に加えて、福島第1原発の事故で住民の反発が強まり、計画を見直すことにした。インフラ輸出を成長戦略に掲げていた安倍*6政権にとって逆風となる。
同日閉会した国会で、計画を中止することを正式に決めた。原発は2009年、前首相のグエン・タン・ズン氏*7が主導し、電力不足を解消する切り札として計画を承認した。南部ニントゥアン省に発電能力計400万キロワットの原発を造る予定だった。
ベトナムは近隣国との自由貿易協定(FTA)など自由貿易を進めたことによる関税収入の減少や、公的債務の拡大によって財政状況が急速に悪化。ここ数年、1基あたり数千億円単位でお金がかかる原発は現実的に無理だとの声が強まっていた。
さらに4月に中部ハティン省で台湾企業が建設中の大型製鉄所で大規模な公害が発生し、住民の環境意識が急速に高まったことも影響したとみられる。
ベトナム原発計画中止で無視される「民意」 | アジア諸国 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準2017.7.2
ベトナムの原発は2009年、ズン前首相が主導し建設が決定された。ちなみに凍結されているが、日本の「新幹線」方式による高速鉄道計画もズン首相が積極的に推進したものだ。
ズン氏は2006年に首相に就いて以来、環太平洋連携協定(TPP)への参加など、成長を重視した経済・社会改革を推し進めた人物である。おそらく1986年のドイモイ以降に登場した、最も急進的な「(ボーガス注:経済)改革派」政治家だろう。
しかし、そんな速すぎる改革開放路線に対し、共産党のグエン・フー・チョン*8書記長を中心にした「(ボーガス注:経済)保守派」は警戒感を強める。党書記長に加えて国家主席も兼務すると憶測が流れたズン氏だが、党内からは権力集中に反発する声も沸き上がっていた。
昨年の意表をついたズン首相引退は、一党独裁を維持したい共産党体制下で展開された激しい政治抗争、権力闘争の末の「事実上の失脚」と見られている。
ベトナムの政治、防衛問題に詳しい小高泰*9・拓殖大学講師は、いまの政権内部の動きとして、「グエン・タン・ズンのプロジェクトはすべて止めろ、という流れがある」と語る。ズン氏が決めたTPP参加は、米国が抜けたこともあるが、早速慎重な立場へと転じた*10。
ズン氏はまた、南シナ海に進出する中国に対して強硬姿勢を崩さなかった。
ズン氏引退の直前には中国の習近平*11国家主席の訪越と、ベトナムの保守派フン*12国会議長の訪中が相互に行われている。うわさ話が大好きなベトナム人の間では、領有権問題などでズン氏を嫌う中国と(ボーガス注:ズン氏の急進的な改革開放路線に否定的な)ベトナム共産党(ボーガス注:経済保守派であるグエン・フー・チョン書記長、フン国会議長ら)の思惑が一致し、このときにズン氏追い落としが決められたとささやかれた。
また、火力発電所建設の大半は中国企業が受注しているが、ズン前首相はそこに温暖化対策として「脱石炭火力*13」を打ち出していた。ズン氏が去り、その後一転してエネルギー政策は原発から石炭火力発電への方針転換。ここにも中国の影を感じてしまう。
ベトナムでは国家プロジェクトにさまざまな利権が絡み合う。建設費がGDPの1割超に膨らんだ原発計画は、彼の失脚とともに巨大利権の損得勘定をめぐって見直しが決まったのかもしれない。
原発中止の理由で、一部でささやかれた外資企業フォルモサ社が昨年起こした「ベトナム史上最悪の公害」との関連についても小高さんは言及する。
「少なくともフォルモサとか、環境問題とはあまり関係ないでしょうね」
ただ、近年ベトナムでは、開発計画の中に「環境に配慮した」という言葉をよく目にする。
火力発電なら「環境に配慮した石炭」、水産養殖なら「環境に配慮したエビ池」などなど。現地で長年活動を続ける環境NGOの関係者に聞くと、「最近は環境問題絡みは国際機関から予算が出やすい。国と役人たちにとって、『環境』は儲かる新しいビジネス」と返ってきた。
そして、原発中止の理由にも「環境に配慮した」は使われていた。
「#石炭火力発電を輸出するって本当ですか」慶大生ら公開質問状 ベトナムでの建設巡り:東京新聞 TOKYO Web2021年1月10日
政府が支援するベトナムでの石炭火力発電所の建設計画を巡り、10~20代の大学生や起業家ら9人が、融資を決めた政府系金融機関や3大メガバンク*14、商社に公開質問状を送った。菅義偉首相が2050年の温室効果ガス排出実質ゼロを宣言したばかりなのに、日本企業が海外で地球温暖化に加担していいのか、と疑問を突き付けた。
ベトナムで計画が進むのは、三菱商事が関わるブンアン2(2基、計120万キロワット)。電力需要の急増を背景に、日本政府が日越首脳共同声明で建設への協力を約束。政府系金融機関の国際協力銀行(JBIC)などが昨年末、総額約1800億円の融資を決めた。
三菱商事、ベトナムの石炭火力「ビンタン3」から撤退: 日本経済新聞2021年2月25日
三菱商事は25日、ベトナムで計画している石炭火力発電所「ビンタン3」から撤退する方針を固めた。脱炭素を巡り石炭火力への風当たりが強まるなか、今後はより環境負荷の低い液化天然ガス(LNG)火力や太陽光発電など再生エネルギー網の建設などで協力する。三菱商事が計画中の石炭火力発電所で撤退するのは初めてとなる。
三菱商事はベトナムでは同じ石炭火力の「ブンアン2」の建設も計画している。ただ後続のビンタン3はブンアン2と異なり、日越両国の国家プロジェクトではなく、当初計画していた着工時期も延びているため、撤退することを決めた。
三菱商事は、ブンアン2を最後に石炭火力は新規に取り組まないと表明している。ビンタン3は見送り、LNG火力や再生エネルギーなど多様な電源を提供していく考えだ。
ということでその後中止されたようです(その代わりに日本が石炭火力発電所建設を受注)。「中止された計画」を今頃持ち出して菅氏批判というのもおかしい気がします。
中止のメイン理由は「資金難」、サブの理由が「住民の反対運動」「原発計画推進者・ズン首相(当時)の失脚」のようです。
たぶん「建設資金があれば」サブの理由だけでは中止には至らなかったのでは無いか。
*1:第一次安倍内閣総務相、第二~四次安倍内閣官房長官を経て首相
*3:水力、太陽光、地熱、潮力、風力などのこと
*4:社民連副代表、新党さきがけ政調会長、橋本内閣厚生相、鳩山内閣副総理・財務相、首相などを経て立憲民主党最高顧問
*5:鳩山内閣財務副大臣、菅内閣財務相、首相、民進党幹事長(蓮舫代表時代)を歴任
*6:自民党幹事長(小泉総裁時代)、小泉内閣官房長官を経て首相
*7:キエンザン省党委員会副書記(キエンザン省人民委員会委員長兼務)、党中央経済委員長、第一副首相(ベトナム国家銀行総裁兼務)、首相など歴任(グエン・タン・ズン - Wikipedia参照)
*8:ハノイ市党委員会書記、国会議長などを経て国家主席(共産党書記長兼務)(参照)
*11:福州市党委員会書記、福建省長、浙江省党委員会書記、上海市党委員会書記、国家副主席、党中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席などを経て党総書記、国家主席、党中央軍事委員会主席、国家中央軍事委員会主席
*12:グエン・シン・フン - [VIETJO ベトナムニュース]によれば財務相、副首相、国会議長など歴任