9月9日は北朝鮮の建国記念日(追記あり)

【追記】
 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が、旧ソ連より長く国家として存続していることをあらためて認識する - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)でこの記事を紹介頂きました。いつもありがとうございます。
【追記終わり】


人類史において貴重な経験としての朝鮮民主主義人民共和国の75年間: 白頭の革命精神な日記

朝鮮中央通信 | 記事 | 朝鮮民主主義人民共和国創建75周年慶祝中央報告大会
 朝鮮民主主義人民共和国創建75周年慶祝中央報告大会の報告を、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員で朝鮮民主主義人民共和国国務委員会副委員長である金徳訓*1内閣総理が行った。

 (ボーガス注:9月9日に)朝鮮民主主義人民共和国(以下、共和国)創建75周年*2の日を迎えました。革命政権樹立*3から74年(正式な建国*4からは69年)で消滅したソビエト連邦よりも長い歴史を共和国は刻むに至っています。実は共和国は中華人民共和国よりも1年早く建国*5しており、現在のベトナム社会主義共和国*6の前身である旧ベトナム民主共和国北ベトナム。1945年9月2日建国)に続く2番目に長い歴史を持つ社会主義国であります。

 これをどう評価するにせよ、少なくとも積極支持ではない消極的支持(諦め)であれ、「デマ扇動やメディア統制による詐欺的支持獲得(いわゆるポピュリズム)」であれ、国民の支持無しでは独裁は成り立たない(追記あり) - bogus-simotukareのブログの一例であることだけは間違いないと思います。
 しつこく繰り返しますが「積極支持ではない消極的支持(諦め)であれ、「デマ扇動やメディア統制による詐欺的支持獲得(いわゆるポピュリズム)」であれ、国民の支持無しでは独裁は成り立たない」と思います。


「北朝鮮の脅威」を煽ることで共和国のマッドマン・セオリーにアシストしている「有識者」: 白頭の革命精神な日記

 共和国は決して「やけっぱちのキチガイ」などではありません。もしそうだとすれば、ソ連よりも長い歴史を刻むことなどできなかったはずです。時代の流れを機敏にとらえることができるからこそ、国際環境の荒波を時に瀬戸際外交的方法を使ってでも潜り抜けてこられたのです。この9月9日で共和国は建国75年を迎えたわけですが、共和国の75年間の歴史は、人民政権が極めて合理的に意思決定してきたことの動かぬ証拠であります。

 全く同感です。


中国、北朝鮮へ食料支援に意欲 副首相が金正恩氏と面会 - 日本経済新聞

 北朝鮮を訪問した中国共産党の劉国中*7政治局員兼副首相と金正恩総書記が首都平壌で面会した。

 ということで「習*8主席、李*9首相、王*10外相」ほどの最高幹部では無いとは言え、政府高官が訪朝し、友好関係を誇示した中国です。


北朝鮮、建国記念で「労農赤衛軍」など軍事パレード 金正恩氏出席 | 毎日新聞

 中国の習近平国家主席は9日、金総書記に祝電を送り、「新たな情勢下で戦略的な意思疎通を強化し、実務協力を深化させたい」と呼びかけた。プーチン露大統領も9日、金総書記に「全ての方面での双務的な連携を計画的に拡大していくことになると確信する」との祝電を送った。
 朝鮮戦争(1950~53年)の休戦協定締結*11から70年を記念して、7月に実施した軍事パレードには、ロシアのショイグ*12防相、中国の李鴻忠*13全国人民代表大会常務副委員長が率いる両国の代表団も参加した。

 中露と北朝鮮の友好関係が改めて明白であり、「北朝鮮崩壊論の非現実さ」も明白でしょう。

*1:慈江道人民委員会委員長(知事)、副首相、最高人民会議予算委員長等を経て国務副委員長兼首相(党中央政治局常務委員兼務)

*2:北朝鮮は1948年に建国

*3:1917年のロシア革命のこと

*4:内戦が赤軍勝利で終結ソ連建国が宣言された1922年のこと

*5:中国の建国は1949年

*6:1976年に南北ベトナムを統一して建国

*7:中華全国総工会副主席、吉林省長、陝西省長、党委員会書記等を経て副首相(政治局員兼務)

*8:福州市党委員会書記、福建省長、浙江省党委員会書記、上海市党委員会書記、国家副主席、党中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席等を経て党総書記、国家主席党中央軍事委員会主席、国家中央軍事委員会主席

*9:永康市党委員会書記、温州市党委員会書記、浙江省長、江蘇省党委員会書記、上海市党委員会書記等を経て首相(党中央政治局常務委員兼務)

*10:駐日大使、中国共産党中央台湾工作弁公室主任(国務院台湾事務弁公室主任兼務)等を経て党中央外事工作委員会弁公室主任(外相兼務)

*11:締結は1953年7月27日

*12:非常事態相、モスクワ州知事を経て国防相

*13:惠州市党委員会書記、深圳市長・党委員会書記、湖北省長・党委員会書記、天津市党委員会書記等を経て全人代副委員長