「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2021年4/25分:荒木和博の巻)

◆荒木のツイート

荒木和博
 予備役ブルーリボンの会「レブラ君とあやしい仲間たち その30 」葛城幹事長の尖閣の話第2弾。ぜひご覧下さい
レブラ君とあやしい仲間たち その30 - YouTube
 予備役ブルーリボンの会幹事長の葛城奈海尖閣諸島の現状を再び語っています。キーワードは「やってるサギ」。

 呆れて二の句が継げませんね。葛城がウヨとして「尖閣」云々で運動してることは事実ですが、これは「予備役ブルーリボンの会」、つまり北朝鮮拉致解決を目的とした団体の動画では無いのか。なぜそれで尖閣云々なのか。本当に呆れますね。
 それにしても「尖閣周辺に中国の艦船が来るのを野放しにしてるのに、ろくに抗議も、取り締まりもしないのは日本政府の『やってるサギ』」て、日本が尖閣を実効支配している現状で、「日本にとっての重要な貿易相手国で隣国」中国との関係を悪化させてまで「取り締まる必要も無い」ですからねえ。
 あげく、「特定失踪者を拉致認定しないのもやってるサギ」呼ばわり(要するに予備役ブルーリボンの会の動画なので、動画の最後にむりやり拉致にこじつけるわけです)。むしろ「特定失踪者」なんて与太を飛ばしてる、あるいは「拉致から40年も経ってから拉致犯行現場調査」なんて無意味なことをしている荒木や葛城の方が「やってるサギ」でしょう。つうか「特定失踪者という与太」「40年後の調査なんて無意味な行為」はむしろ「やってない」のがモロバレなんですけどね。蓮池透氏が「国内で何人も発見された特定失踪者なんてインチキじゃ無いか」と批判したら、「全くその通り」と同意するならまだしも、蓮池氏を除名するのだから拉致被害者家族会の馬鹿さにはうんざりしますね。
 さて

尖閣諸島にアホウドリのつがい100組以上 環境省、初の衛星調査 | 毎日新聞2021.3.31
 環境省は30日、尖閣諸島の南小島(沖縄県石垣市)で絶滅危惧種アホウドリが増加している可能性があるとの調査結果を公表した。昨年11月に撮影した衛星画像を分析したところ、つがいが110~140組程度いることが判明。2002年の専門家による現地調査時の約50組から2倍以上に増えた。
 同省が衛星画像を使い尖閣諸島アホウドリについて調べたのは初めて。過去の調査記録で生息が確認されていた南小島と北小島を対象に分析を行った。ただ、北小島については雲がかかった画像しか入手できなかったため、来年度も調査を続ける。

について「上陸して調査すれば良い。上陸しないから北小島については雲がかかった画像しか入手できなかったため、来年度も調査を続ける。なんてことになる。やってるサギだ」と悪口する荒木と葛城ですが「日中関係を悪化させる恐れがある」から上陸できず、次善の策として「衛星写真」のわけです。
 最初からやることに何の意味も無い荒木ら救う会特定失踪者問題調査会、予備役ブルーリボンの会の「拉致から40年も経ってから拉致犯行現場調査」などとは意味が違う。まあ荒木等は「アホウドリの調査をして欲しい」わけではなくそれを口実に「尖閣上陸」で日中関係を悪化させたいだけでしょうが。


鉄道の車内放送の話(R3.4.25): 荒木和博BLOG

 令和3年4月25日日曜日のショートメッセージ(Vol.388)。車内放送にまつわる話です。どうでも良いことですが、隠し芸の1979年秋ソウル市営地下鉄1号線市庁前・鐘閣間での車内放送のさわりも。

 5分程度の動画です。荒木は土日は「肩の凝らない話題を」として拉致が全く関係ない「荒木の鉄道趣味」の話をやりますが、今回もそれです。ぶっちゃけ見る価値は全くありません。何せ荒木本人が「どうでも良いことですが」と書いてるほどです。

 隠し芸の1979年秋ソウル市営地下鉄1号線市庁前・鐘閣間での車内放送のさわりも。

というのは、日本のお笑い芸人*1でもやる人が居ますが「車内放送のものまね」ですね。それにしても(荒木もたまにしかしないそうですが)「韓国の車内放送」ものまねなんかやったところで、1)ほとんどの日本人は元ネタを知らない*2、2)荒木にそうしたものまねの才能は勿論無いので大して面白くも無いでしょう。
 「タモリのインチキ4カ国語麻雀*3」(本当に外国語をしゃべってるわけでは無く、日本人一般の持つ外国語イメージに沿った形のイントネーションやアクセントで、中国語*4、韓国語、フランス語など外国語ぽく話す)のような「外国語の特長をそれなりに上手く捉えてるのでインチキでも笑える」ケースでも無い限り「外国語ものまね」なんか受けるわけがない。
 それはともかく動画での荒木の説明に寄れば、「怪しい人間(北朝鮮工作員云々)を警察に通報しろ」という車内放送が昔の韓国ではあったそうです(今はないのでしょうが)。
 「うろ覚え」ですが、昔の日本(1980年代)でも「車内放送」ではなく警察の広報チラシですが「怪しい人間(極左過激派云々)を警察に通報しろ」という代物が確かありました。今、思えば、このチラシも酷いもんで、「怪しい人間」扱いが「平日でも自宅にいる成人男性」で、「引きこもり」や「フリーランスの人間」を想定しない代物*5(会社勤務の人間しか想定してない)でしたね。今だと確実に「差別だ」と警察が非難されるでしょう。

【参考:車内放送のものまね】

鉄道トリビア(155) 車掌さんのアナウンスが独特の鼻声になる理由 | マイナビニュース
 お笑いトリオ「ななめ45°*6」の岡安章介(あきよし)さん、お笑いコンビ「中川家」の礼二さんといえば、「車掌さんのものまね」が得意な芸人。その他にも、音楽ユニット「SUPER BELL"Z」は車内放送風の楽曲で人気を集めているし、ピン芸人立川真司さんはものまねが縁となり、ゲームソフト『電車でGO!』の車掌役に抜てきされた。
 彼らのものまねの共通点は、声のトーンをちょっと上げ、ややダミ声気味の鼻声にするところにある。たしかに本職の車掌さんも、そんな風にしゃべっている気がする。なぜあんな声で話すのだろう?。筆者は車掌の経験がないからわからない。そこで車掌さんに質問してみた。お仕事の邪魔にならないよう、交代後や休憩中を狙って……。
◆「昔は放送機器の品質が悪かった」説
 車掌さんが「先輩から聞いた話」として明かしたところによると、昔の電車の放送機器は雑音が入りやすく、低音が通りにくかったそうだ。高音や「サシスセソ」はとくに耳障りになりやすかった。そこで声のトーンを上げ、舌と歯が接触しないように話した結果、ああいう声になったのだという。
◆「お客さんに聞き取りやすくするため」説
 「いまのマイクは性能がいいから、昔と違って吐息や吸気まで拾ってしまう。だからマイクをちょっと離して、息がかからない向きにして使っている」と話す車掌さんもいた。離したマイクに声を届けようとすると、やっぱりあの声のほうが具合がいいという。「普通の話し声だと、お客さん同士の会話と区別がつかないかと思って」という話も。
 マイクの指向性が強くて、鼻から抜ける声を拾いにくいという指摘もある。だから鼻が詰まったときのように、すべての声を口から出すとああなるという。

【脚注の参考:八代目林家正蔵

彦六伝 - Wikipedia
 初代林家木久蔵(現・林家木久扇)による、彼の師匠『林家彦六(八代目・林家正蔵)』をネタにした新作落語。『正蔵伝』とも呼ぶ。
◆ネタ
・彦六が「向かいの空き地に囲いができた。へぇー。」という小噺を木久蔵に教えようとした時、「そっくりやるんだ。」と促された木久蔵は彦六の姿そのものも含めて真似をすると勘違いしてしまう。木久蔵は得意の物真似で、彦六の「体や声の震え」をそっくりそのままにやったものの、その奇妙な姿を訝しく思った彦六は「何でそんなに体や声が震えてる?。私みたいにちゃんと喋りなさい」と指摘し、再び小噺を演じて「やってみな。」と木久蔵を促す。これに参った木久蔵はまたもや彦六の物真似をするが今度は力を入れすぎて「向かいの空き地に囲いができた。めぇー。」としくじってしまい、これを聞いた彦六は「誰が山羊なんかやれっつった。てめぇなんざぁ破門だ!」と返した。
昭和36年頃、彦六がテレビでバスケットボールの試合をじっと見ている姿を目にした木久蔵は「明治生まれなのにこうした新しい物事もネタにしようとしているのか」と感心していたが、その矢先に彦六はテレビに向かって「誰かが教えてやりゃあいいじゃねえか」と口走った。彦六の一言が理解できずに「どうかなさいましたか?」と聞いたところ、彦六は「テレビを見てみろよ。さっきから若ぇやつが球を拾っちゃ網ん中に入れてるが、底が無ぇのを知らねぇんだ」と言った。
・彦六が86歳を迎えた最晩年の頃、とある縁で選挙立候補者の応援弁士を頼まれて快諾したものの、二つ返事で軽く引き受けたために応援者の名前をろくに覚えておらず「この先生」「こちらの先生」でどうにか対処していた。しかし、高齢から来る体力の衰えと長時間に及ぶ車上活動で終盤を迎える頃には車酔いを起こすほど身も心も疲れ切ってしまい、ついに「参議院議員全国区の候補者は林家彦六」と口走ってしまった。後に開票してみると、林家彦六と書かれた無効の投票用紙が多数出てきたために応援演説を願い出た立候補者は落選してしまった(基本的には選挙で無効票の個別内容が詳細に公開されることは普通ないため、近年はこのネタの口演は少なくなっている)。
・彦六が客から「どうぞ晩酌の肴に」とキムチを貰ってきたところ、彦六の妻がキムチを全く知らなかったために「臭い!。腐ってるんじゃないの?」「タダだからって、何でもいただいてくることはないでしょうに。」と酷く嫌がり、銭湯に行った彦六の目を盗んでキムチを水洗いしてしまった。やがて銭湯から帰ってきた彦六が「おい、ばぁさん、酒のつまみにいただいたお新香はどこだい?」と尋ねると、妻は「御膳の上に置いてありますよ。」と言って小鉢に入った綺麗な白菜を指差した。それを見て目を丸くした彦六が妻に改めて尋ね、キムチを洗ったことを知るや「やい、ばばぁ!。てめぇは、キムチを洗ったな?。それじゃあ何か?。麻婆豆腐も洗うのか!」と怒鳴りつけた。
・孫弟子に当たる春風亭小朝が彦六の誕生日に祝いの品を携えて長屋に参じた日のこと。彦六が包みを解いて箱を開けてみるとそこにはチョコレートが入っていたが、どれも、いびつな丸みを帯びた奇妙な形をしていたためにどう食べてよいものか思案に暮れ、とりあえず口中に入れてみた。なるほど確かにチョコレートだとしばらく口中で転がしていたが、程なくしてやけに硬くて歯が立たない何かが現れ、手に吐き出してみると楕円形をした茶色いものが出てきた。実は、高価な贈り物をあまり好まない彦六の性分を知っていた小朝が機転を利かせ、比較的安価でありながら当時はまだ珍しかったアーモンドチョコレートを用意したのだが、そうしたチョコレートをまるで知らなかった彦六は「やい、小朝。このチョコレートには種がある。」と言った。
・彦六が83歳の時、台東区役所の依頼を受けて養老院への慰問演芸会に出演したが、自宅へ帰ってくると酷く不機嫌な様子であった。それを見て木久蔵が「あの…師匠、どうなすったんです?」と尋ねると、「ああ、お前かい!。アタシぁ今日、養老院へ慰問に行ったろ?。ところが、目の前のお客はアタシより若ぇヤツばかりだったよ!」と怒気を帯びたまま即答し、木久蔵はいかに彦六が矍鑠としているかを改めて思い知らされた。
・ある朝、木久蔵が朝食の準備で食パンを切っていたところ、彦六は「おい木久蔵。お前ぇはパンの秘密を知っているか?」と突如問いかけ、続いて「ロシアの捕虜収容所で出されるパンは、木屑が入っているみてぇな非常に堅いものが出される。収容されている班長はパンの柔らかい中身の部分を部下に与え、自分は堅くて不味い部分を食べる。部下からは人格者と思われるが、実際は柔らかい部分はすぐにこなれて(消化が良く)腹が減ってしまい、死んでしまう。堅い部分は一生懸命噛むから、なかなか腹が減らない。従って生き残るのは班長の方だ。パンを食べるなら耳だよ。」と薀蓄を語った。これを聞いた木久蔵は気を利かせて食パンの耳ばかりを積んだ皿を彦六の目の前に持ってきたが、これを見た彦六は激怒して「やい、木久蔵!。俺は捕虜じゃねぇ!」と言い放った。

*1:もちろん「日本の車内放送」ですが

*2:林家木久扇の「8代目林家正蔵(木久扇の師匠)ものまね(彦六伝 - Wikipedia参照)」などは「元ネタ」正蔵を知らない俺でも「正蔵の短気なところ、高齢化で正蔵の体や声が震えたりするところなどを木久扇が面白おかしく誇張していること」で笑えますが、そういうのは「一部の例外」です。

*3:「イグアナのものまね」「中洲産業大学の森田教授」「ハナモゲラ語」などとともに、デビュー当初のタモリがやっていた珍芸の一つ。しかし、NHKウオッチング』(1985~1989年)、『ブラタモリ』(2008年~)、フジテレビ『笑っていいとも!』(1982~2014年)、テレビ朝日ミュージックステーション』(1986年~)、テレビ東京タモリの音楽は世界だ』(1990~1996年)など司会業が増えていくとそうした珍芸は深夜番組であるテレビ朝日タモリ倶楽部』(1982年~)以外ではほとんどされなくなる(タモリ - Wikipedia参照)。

*4:たとえば中国語だと四声 - Wikipediaという独特な話し方があります。

*5:まあ1980年当時はそう言う人間も少なかったでしょうが

*6:岡安の車掌・駅員のものまねを活かしたコントが代表的である。なお、2005年4月に起こったJR福知山線脱線事故の後、一時期車掌のものまねを自粛していた(ななめ45° - Wikipedia参照)。