新刊紹介:「前衛」2022年7月号

 「前衛」7月号について「興味のある内容」のうち「俺なりに何とか紹介できそうな内容」だけ簡単に触れています。「俺の無能」のため「赤旗記事の紹介」でお茶を濁してる部分が多いです
◆「戦争か平和か」:日本の進路が根本から問われる参議院選挙(穀田恵二*1
(内容紹介)
 ウクライナ戦争を口実にした自民の「敵基地攻撃論」「防衛費増加論」が「火事場泥棒」として批判されています。その上で参院選に向けて「平和の党」としての日本共産党支持を強く訴えています。
赤旗
主張/「敵基地攻撃」/9条が禁じる戦争そのものだ2022.4.14
「反撃」=敵基地攻撃能力 保有宣言した自民提言/国家中枢攻撃で全面戦争への道/火事場泥棒の大軍拡許されない2022.4.25
敵基地攻撃能力の対象/中国軍の司令部も/穀田氏追及で明らかに2022.5.12
「専守防衛」投げ捨て、大軍拡で暮らしおしつぶす道/共産党躍進でストップを/北九州市・福岡市 志位委員長が訴え/参院選公示まで1カ月2022.5.22
主張/「敵基地攻撃」/米国の戦争で発動の危険明白2022.5.26
戦争を未然に防ぐ外交努力こそ必要/軍事費GDP比2%“暮らし押しつぶす”/NHK「日曜討論」 小池書記局長が主張2022.5.30
メディアでも注目/“大軍拡反対なら共産党しかない”2022.6.2
主張/軍拡大合唱の異常/憲法9条生かす外交こそ必要2022.6.6
戦争か平和か 激しい論戦/「軍事対軍事」の流れ 党躍進で止めよう/京都2市 小池書記局長が訴え2022.6.6

参院選の争点/戦争か平和か 問われる進路/9条生かした外交戦略提唱 共産党2022.6.7
 想定される参院選公示(22日)まで2週間余となりました。

ということで参院選が近づいています(6/22公示なら7/10投開票になるとみられる)が「岸田軍拡路線」への国民世論の批判が強いとは言いがたいことにはハト派として、げんなりします。


◆核戦争の危機をどう乗りこえ前進するか:「核抑止力」の破綻と世界の構造変化(川田忠明*2
(内容紹介)
 川田氏には失礼ながら俺個人は「核戦争の危機」があるとは思っていません。プーチンの「核恫喝」はさすがにフカシでしょう。
 とはいえ、核兵器について「核保有国の良識」に期待することがリスキーなことは事実です。「核兵器禁止条約」の締結を日本自らまずは行うとともに、核保有国(いわゆる核五大国、インド、パキスタンイスラエル北朝鮮)に締結を求めていくことがやはり必要だと思います。


改憲の先兵の役割はたす維新の「強み」と「正体」(小松浩*3
(内容紹介)
 赤旗の記事紹介で代替。なお、小松氏は「その政治的主張」から「維新のメイン支持層」を「新自由主義に親和的な上級階層」「極右層」としながらも、「低所得者の多い西成区」などでも一定の支持を得ており「ヌエ的な性格(下級階層など、本来、維新の支持層にはなり得ない人間の一部をマヌーバー的な手法で取り込んでいる)」があるとみている。
 なお、小松氏はマスコミ世論調査では参院選においても衆院選に次ぐ「維新の躍進」が危惧されるため、早急な維新批判の構築が必要としている。
参考
首相・維・国は改憲主張2022.5.4
維新 9条に自衛隊明記へ/核共有も公約へ2022.5.19


原発の再稼働も汚染水海洋放出もノー(満田夏花*4、いわぶち友*5
(内容紹介)
 赤旗の記事紹介で代替。
原発再稼働】
再稼働ありきの姿勢/エネルギー基本計画 笠井議員が批判/衆院経産委2022.3.11
首相の原子力「最大限活用」は許されない/小池書記局長 省エネ・再エネの道こそ進むべき2022.4.12
主張/「原発活用」方針/安全置き去り 前のめり許すな2022.4.20
再稼働の迅速化狙う/泊原発前例ない審査 笠井氏指摘2022.5.12
島根原発再稼働 知事同意/2号機 共産党県議団ら県庁前抗議宣伝2022.6.3
【汚染水排出】
解説/規制委が了承/汚染水放出強行 不信・矛盾広げる2022.5.19


◆中央党学校「規約と党建設」講義[第1回](市田忠義*6
(内容紹介)
 正直、党員ではないのであまり「規約と党建設」には失礼ながら興味がないのですが、例のid:kojitaken田口富久治氏死去 〜 1970年代に不破哲三と「民主集中制」をめぐって激論を交わした人 - kojitakenの日記などで散々悪口していた「民主集中制」について、市田氏が「簡単にですが触れてる」ので簡単に紹介しておきます。kojitaken相手にidコールを飛ばしておきますがやはり無視でしょうか(論じられているのは民主集中制だけではありませんが)。
 「ある意味」当然ながら市田論文においては民主集中制については「1960~1970年代のソ連派(志賀派)や文革派」など「反党分派から党を守るため、民主主義とのバランスに配慮しながら定めた党運営原則」として「基本的には肯定的評価」がされます。
 そうした評価については判断するだけの知識がないのでコメントはしません(kojitakenは曲解するのでしょうが「コメントしない」とは文字通り「評価しない」ということに過ぎません)。
 ただし、id:kojitakenに限りませんが「民主集中制ガー」言う奴らは「そういうお前らはどれほど民主的なんだよ?」「そういうお前らが政治的にどれほど成果を上げてるんだよ?」とは思います。
 kojitakenなんか所詮「公人ではないので何やろうと自由」とはいえ平気で「掲載する価値がない」の一言で「俺のコメント掲載」を拒否してますからねえ。この点はリベラル21なんかも同じですが。こういうことを俺が書くからkojitakenは「ボーガスは共産盲従」云々言うのでしょうが、しかし「人の振り見て我が振り直せ」、他者(この場合は日本共産党)を批判すれば「そういうお前はどれほど民主的で立派なんだよ、コメント掲載拒否常習のクズがふざけるな(俺)」つう批判が来るのは当たり前でしょう。
 で「繰り返しますが」リベラル21やkojitakenは「俺のコメント掲載を拒否」など「民主主義の観点で見て」呆れるほど「低レベル」である。
 なお、市田氏が「安倍総裁時代は事実上、安倍独裁だった自民党(溝手氏への不当な刺客選挙、石破元幹事長をある時期から敵視し徹底的に干したことなど)」とそれに「へいこらしてるマスコミ(特に読売、産経など)」ごときに「共産党は民主主義の観点から云々言われる筋合いはない。我が党は安倍時代自民党ほど無茶苦茶ではない」と言う趣旨のことを書き、憤慨してるのには全く同感ですね。安倍みたいなゴロツキを野放しにして「共産党民主集中制ガー」もないもんです。


特集「非正規で働く労働者の権利をどう保障するか」
◆新たな非正規公務員制度の際立つ問題点(川村雅則*7
(内容紹介)
 「新たな非正規公務員制度=会計年度職員任用制度」への批判が行われていますが小生の無能のため詳細な紹介は省略します。
参考
公務非正規労働の前進のための労働者調査活動 | 論文 | 自治体問題研究所(自治体研究社)(川村氏の論文)


◆女性フリーランスの実態(岩崎明日香)
(内容紹介)
 赤旗の記事紹介で代替。
「労働者性」拡充を/フリーランスの実態示し 吉良氏が求める/参院予算委2022.3.1


◆「雇用されない労働者」保護の国際基準(筒井晴彦*8
(内容紹介)
 ウーバーイーツなど「自営業者扱い」されている労働者の保護について、ILOEUの取り組みが紹介されていますが小生の無能のため詳しい紹介は省略します。
主張/ギグワークの急増/究極の「使い捨て労働」根絶を2020.2.8


特集「高齢者の実像が問う政治」
◆高齢者の貧困と社会保障緊縮政策(唐鎌直義*9
◆高齢者の労働を考える(尾林芳匡*10
◆高齢者の社会的孤立と生活問題(小川栄二*11
(内容紹介)
 「高齢者の貧困とそれを助長する福祉切り捨てへの批判(唐鎌論文)」「高齢者の労働問題(主として過労死や労災事故の問題)(尾林論文)」「高齢者の社会的孤立(孤立死など)(小川論文)」がそれぞれ取り上げられていますが小生の無能のため詳細な紹介は省略します。
 唐鎌論文については唐鎌直義「高齢者の貧困と社会保障緊縮政策」 - 紙屋研究所を紹介しておきます。
 なお、唐鎌論文、尾林論文では多くの労組は構成員を【1】規約においていわゆる「現役世代(高校卒業後の18歳から一般的な定年の60歳*12まで)」としており、【2】あるいは規約上、現役世代に限定はしないものの、事実上、「定年退職後の高齢者労働者」への取り組みが遅れており、労組構成員にそうした人間が少ないケースが多く、当然、そうした高齢者労働問題への取り組みも遅れているとして、「労組の取り組み強化」も訴えています。
 なお、こうした唐鎌論文などの指摘を知っているのか、知った上で無視してるのかはともかくたかまつなな「"余命投票制度”を導入し、高齢者ほど投票のポイント数を制限して、高齢者の意向が反映されにくくするべき」(呆) - kojitakenの日記が批判する「たかまつ(1993年生まれ、今年で29歳)」とやらのアホさ(異常な老人差別)には呆れますね。
 なお、以上についてはkojitaken記事たかまつなな「"余命投票制度”を導入し、高齢者ほど投票のポイント数を制限して、高齢者の意向が反映されにくくするべき」(呆) - kojitakenの日記に「唐鎌直義「高齢者の貧困と社会保障緊縮政策」 - 紙屋研究所の指摘一つだけでもたかまつ主張の虚偽性は明らかです」と投稿しておきますが、どうせ掲載拒否なんでしょうねえ。たぶん「ボーガスのコメントは掲載しないが、奴が紹介した紙屋研究所の記事は紹介しよう」程度の「懐の深さ」もid:kojitakenにはないでしょう。
参考

2017焦点・論点/生活困窮者支援の現場から/NPO法人「ほっとプラス」代表理事 藤田孝典さん/「死ぬ間際まで働かざるを得ない」 持続しない社会は変えよう2017.1.14
◆藤田*13
 高齢者の就業率は、OECDの「高齢者の就業率の国際比較」によれば、ドイツで5・4%、アメリカで17・7%です。これにたいして日本は20・1%で明らかに「働きすぎ」です。しかも就労の継続を希望する最大の理由は、「収入がほしいから」(49%、内閣府調査)です。ドイツやスウェーデンでは、半数前後が「仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから」を理由にあげているのと対照的です。
 政府は「1億総活躍社会」で高齢者雇用を推進していますが、ぼくは、すでに「高齢者が死ぬ間際まで働かざるを得ない社会」になりつつあると感じています。
 高齢者の貧困が深刻になる要因として、(1)収入が少ない(2)十分な貯金がない(3)頼れる人がいない―の三つがあると思います。高齢者が健康を害してまで働かざるを得ないのも背景は同じです。
 一つは年金制度の問題です。老齢年金受給額で最も人数が多いのは「月6万~7万円」で約460万人です(2013年度末)。年金が月10万円未満しかない人が約6~7割を占めています。
 一方、単身高齢者(65歳以上)の1カ月の平均支出額は約14万円(総務省「家計調査」2014年4月~6月期平均速報)です。多くの高齢者が、1人暮らしであれば毎月4万~7万円の不足分=「赤字」を貯蓄の切り崩しか、就労で確保しなければならない状況になっています。
 「高齢者は貯蓄を持っている」とも言われますが、実際は単身世帯も含めた高齢者世帯は43・5%が500万円未満で、うち16・8%が「貯蓄なし」の状態です。(厚生労働省「2013年国民生活基礎調査の概況」)
 若い世代の貧困も深刻で、(ボーガス注:今の若い世代が高齢化したときに)将来、すごい数の貧困な高齢者が増える懸念があります。大学を出ても正社員になれず非正規雇用が拡大しています。非正規では国民年金保険料を払えない人も多い。正社員も賃金が下がっていますから、厚生年金に加入していても、低年金は確実です。

 「高齢者の就労」について、藤田氏と同様の指摘(赤字部分)は尾林論文でもされています。「高齢者の就労」それ自体は悪いことではありませんが「年金制度の貧弱さに故に働かざるを得ず(国際的に見ても日本の年金は貧弱であり、そのために国際的にも高齢者就労率が高い)」、しかも弱い立場から「長時間低賃金労働の押しつけ→時に過労死(尾林論文が主として取り上げている「高齢者の労働問題」とは過労死問題です)」では問題がありすぎます。
 藤田氏の指摘が「5年前」ですが事態が改善されてるとは言いがたいことにはげんなりします。

【追記】

家庭環境によって、知的障害者・発達障害者の犯罪者のその後が大きく左右されるのは、ある意味当然の話ではあるが本当によろしくないことだと思う - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

などのコメント欄などでも「貧困問題について強い関心をお持ちであることがうかがえるnordhausenさん」からコメントを頂きました。
 本当にありがとうございます。
 こうした好意的コメント(少なくとも敵対的コメントではない)を頂くと今日もkojitaken氏に悪口する(2022年5月14日分)(追記あり) - bogus-simotukareのブログで「反論しました」が

天皇制と共産党と山本太郎と - kojitakenの日記
 これまで共産党の主張ややることなすことに大部分盲従し、一般人は誰も読まない理論月刊誌『前衛』にまで目を通してきたはずのさる「共産党『信者』」もしくは「共産趣味者」

などという「悪口の不当性*14」の「傍証」のように思えてそういう意味でも嬉しい(勿論、nordhausenさんにkojitaken批判の思惑は全くないでしょうが)。
 nordhausenさんコメントにはここで応答しておきます。

 地方において「地域おこし協力隊員」が増加してマスコミもかなり好意的に取り上げていますが、その実態は「副業可能な任期付き非正規公務員」ですからね。

 そういうことなんでしょうね。ただし、「前衛論文が問題にする高齢者就労」と違い、多くの場合は「地域おこし協力隊員は、隊員にとって生活資金を得るための活動ではない(生活に余裕があるからやってる)」という話ではあるのでしょうが。
 なお、非正規公務員の問題については前衛の今月号(7月号)で

特集「非正規で働く労働者の権利をどう保障するか」の
◆新たな非正規公務員制度の際立つ問題点(川村雅則)

が別途触れています。

 上記の記事において藤田氏は言及していませんが、他にも就職氷河期世代や障害者、中高年ひきこもり、元受刑者などの貧困も深刻ですからね

 藤田氏の登場した赤旗記事は藤田著書『下流老人』(2015年、朝日新書)、『続・下流老人』(2016年、朝日新書)について話を聞いた物なのでどうしても「高齢者貧困(年金の貧困のために日本の高齢者は働かざるを得ないが、高齢者が就労しても低賃金なので、高齢者貧困が是正されない。就労時に労災にでもあえば「就労不能プラス治療費」でかえって貧困が悪化する)」に話が集中することになります。
 ただし、「ご存じとは思いますが」、一応触れておけば、藤田氏には『中高年ひきこもり』(2019年、扶桑社新書)という著書がありますし、彼の関わる市民団体も「貧困一般」が運動の対象であって「高齢者貧困」に特化した団体ではありません。

 いずれにしても、年金受給額を引き下げるのではなくむしろ引き上げる必要がありますし、非正規労働者社会保険に加入できるようにしていくことが不可欠でしょうね。

 例えば年金については主張/物価高での年金減/高齢者苦しめる政治をやめよ(2022.6.11)といった批判をテレビもろくに報道しないし、マスコミ世論調査では岸田政権支持率も高止まりというのだから絶望的気持ちになってきます。参院選も、俺的には「岸田政権に思い知らせてやるいい機会(「麻生内閣時代の解散総選挙民主党政権交代)」など、自民党の敗北が確実に期待される選挙ならそう思えるのですが)」という気持ちよりは「この日本人多数派のていたらくでは自民大勝で岸田自民の思い上がりがとまらないのか(下手をするとさらに助長されるのか)」という絶望的思いが深いですが「参院選での最善を目指して闘い」、不幸にして「自民勝利の悲しむべき結果」になったとしても「中曽根ダブル選勝利→竹下がリクルート疑惑で退陣」「小泉郵政選挙勝利→麻生政権での政権交代」のような「過去の反撃」の再現を目指して、諦めずに戦うほかないのでしょう。ということで今から自分を鼓舞しておきます。

下記の記事のように高齢就業者が非正規ゆえにパワハラを受けて休職に追い込まれる事例もありますからね。 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/936109/

 尾林論文において主として触れられているのは「過労死問題」ですがそうしたパワハラ問題も重要な問題ですね。
【追記終わり】

高齢女性の貧困解決を/倉林議員と当事者団体が懇談2022.6.9
 高齢女性の貧困が深刻化するなか、中高齢期のシングル女性でつくる「わくわくシニアシングルズ」らは8日、国会内で日本共産党ジェンダー平等委員会責任者の倉林明子参院議員と懇談しました。
 一人暮らしの女性の貧困率は、勤労世代(20~64歳)は24%、高齢期(65歳以上)では46%と2人に1人が貧困に陥っています。
 同団体の大矢さよ子代表は、高齢期に単身女性が貧困になる要因として、女性は公務・民間を通して非正規雇用が多く、低賃金、低貯蓄、低年金につながっていると発言。住まいの確保や生活保護へのアクセスも容易ではないなど女性たちが直面する困難について話しました。男女賃金格差の是正、生活できる年金などの制度改正を訴えました。


ジェンダー覚書:The personal is political『災害対策:性的マイノリティの人たちの視点を』(藤浦修司)
(内容紹介)
 LGBTに配慮した災害対策について論じられていますが小生の無能のため詳細な紹介は省略します。
参考

災害時、“多様な性”尻込み 自治体「配慮」4分の1 避難所利用、ためらう当事者 | 毎日新聞2020.1.18
 「家にはいたくないけれど、避難所には行けないという声をよく聞いた」
 心と体の性が一致しないトランスジェンダーで、戸籍上は女性だが男性として生きる曽方(そがた)晴希さん(30)=熊本市=は2016年4月の熊本地震を振り返る。

災害時のLGBT対応まだまだ 本紙調査で判明 配慮明記は半数未満 :東京新聞 TOKYO Web2021.2.22
 首都圏1都6県でLGBTなど性的少数者カップルを公的に認める「パートナーシップ制度」のある31自治体のうち、地域防災計画や避難所運営マニュアルに性的少数者への配慮や対応を盛り込んでいる自治体は、13自治体にとどまることが本紙アンケートで分かった。LGBTへの認知は年々高まっているが、災害時の対応は未整備な自治体が多く、当事者の不安を解消する取り組みは道半ばだ。
 災害時の性的少数者支援に詳しい弘前男女共同参画推進室の山下梓助教は「パートナーシップ制度がある自治体でも、災害時のLGBT対応は想定されにくく、後回しになりがち。当事者は全国どこにでもいる。防災計画や指針に位置付け、取り組みや情報を発信していくことが必要だ」と指摘した。


◆論点『火事場泥棒を許すな:ウクライナ危機に乗じた入管法案再提出反対』(児玉晃一*15
(内容紹介)
 入管法改定案(次期国会に提出予定と表明)でウクライナ難民の地位が向上するかのように強弁する自民に対し「嘘をつくな(前回の提出法案とほとんど変わらない見込み)」「火事場泥棒も甚だしい」という批判がされています。
参考
日本弁護士連合会:ウクライナ退避者保護を名目とする政府による入管法改正案の再提出に反対する会長声明2022.6.1


◆暮らしの焦点『民青が取り組む食料支援活動』(青山昂平)
(内容紹介)
 赤旗の記事紹介で代替。
若者に広がる食料支援連帯の輪よりどころに民青などが「フードバンク」/日本共産党大阪府委員会2020.12.26
民青が学生へ食料支援2021.4.26
民青食糧支援に学生「助かる」 – 日本共産党愛知県委員会2021.10.2
名古屋 民青が学生に食料支援 – 日本共産党愛知県委員会2021.11.9
「困っている学生を支えたい」民青の食料支援に100人以上 |日本共産党富山県委員会2022.4.23


メディア時評
◆新聞『ウクライナ危機下の沖縄50年*16憲法75年』(千谷四郎)
(内容紹介)
 ウクライナ戦争を口実に軍拡を主張する読売、産経と言った右派新聞が批判されている。


◆テレビ『NHK会長告発と渦巻く不安』(沢木啓三)
(内容紹介)

前田会長よ、NHKを壊すな 紅白打ち切りも 職員有志一同|文藝春秋digital
 就任会見では「NHKグループで働くすべての人が、健康で、誇りを持って、生き生きと働くことができる環境づくりを進めてまいります」と述べていた前田会長ですが、実態はその真逆です。強権的な体質が剥き出しになり、職員が萎縮するまでに時間はかかりませんでした。
 具体的な事例は枚挙に暇がありません。たとえば露骨な人事介入があります。プロデューサー上がりの前理事が前田会長の「職種別採用を廃止する」という人事案を目にして、「職域を外したら人が育たない」と苦言を呈すと、途端に次の人事で大阪放送局担当に異動になりました。実質的な左遷です。
 昨年の秋には、「全国局長会議」で、ある拠点局の局長に向かって、前田会長が「番組を全部変えろ」と檄を飛ばしたところ、その局長は「人気がある番組で、時間をかけて制作しているのでそうはいきません」と意見した。すると前田会長は、「出直してこい!お前には改革マインドがないのか!」とみんなの前でその局長を面罵したそうです。
 こうした出来事が重なるうちに、「次は自分が左遷される」「怒鳴られる」との恐怖心が広がり、理事や局長たちですら、前田会長に何も物が言えなくなった。ましてや私たちのような現場の職員が「生き生きと働く」など、できるはずもない。
 会長の周囲にはゴマすりを得意とする連中が集まり、彼らは「会長の改革は世間から評判です」などと、耳触りのいい報告しか上げない。いまや前田会長は裸の王様になり果てています。

を取り上げた上で、NHK上層部はこうした批判に真摯に対応すべきだと批判している。


文化の話題
◆映画『ウクライナの作曲家たち』(小村公次*17
(内容紹介)
 ウクライナ戦争を契機に注目されるウクライナの作曲家として「ミコラ・リセンコ(1842~1912年:代表作『ウクライナへの祈り』)」「今こそ平和の響きを〜ウクライナ侵攻 芸術家たちの闘い〜 - クラシック音楽館 - NHKに出演した
ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937年生まれ)」が紹介されています。
参考

宮崎日日新聞ウクライナへの祈り - Miyanichi e-press2022.5.10
 おととい宮崎市であった宮崎国際音楽祭のメインプログラム「大野和士の世界」。世界的指揮者の大野さんの指揮で最初に演奏されたのは、当初のプログラムにはなかったウクライナの作曲家バレンティン・シルベストロフさんの「ウクライナへの祈り」だった。

<レビュー>聴衆に「ウクライナへの祈り」広がる 原田慶太楼指揮ACO:中日新聞Web2022.5.26
 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1カ月もたたない時期に開かれた原田慶太楼指揮、愛知室内オーケストラ(ACO)の「ブラームス・ツィクルス(連続演奏会)」最終回。アンコールに奏でられたウクライナの作曲家バレンティン・シルベストロフの「ウクライナへの祈り」が、今も印象に残っている。
 親ロシア政権に対する反政府デモ「マイダン革命」で命を落としたキーウ市民を悼む2014年の作品で、オリジナルは合唱曲。管弦楽版はドイツのバンベルク交響楽団が10日前に初演したばかりで、ACOは日本初演となった。


◆美術『ウクライナ戦争と大戦下の日本美術』(朽木一)
(内容紹介)
 「ウクライナ戦争を契機に、第二次大戦下の日本美術が戦意高揚に動員されたことを批判的に振り返りたい」としています。
 で戦意高揚と言えばいくらでも例はある(割と有名なのは陸軍美術協会理事長だった藤田嗣治)でしょうが、ここで取り上げられているのは「日本画家」安田靫彦(1884~1978年)の代表作の一つ「黄瀬川陣」(1940~1941年。源頼朝源義経の対面を描いた。2011年に重要文化財指定)です。
 正直

◆「鎌倉時代で、近代戦争とは大分違う」上に「戦場シーンでもない」のではそんなもんが戦意高揚につながるのか?
◆でも「桶狭間織田信長)と鵯越え(源義経)と川中島山本勘助)とをあわせ行う(山本五十六真珠湾攻撃の画期性を強調するために語ったとされる言葉)」もあるし、意外と戦意高揚につながったのか?。教えて偉い人。

と思いますがそれはさておき。
 「黄瀬川陣」が「実際に戦意高揚につながったかどうか」はともかくそうした「国の期待」に安田なりに応えようとしたことは確かなのでしょう。
 安田靫彦(ゆきひこ)展 | レポート | アイエム[インターネットミュージアム]によれば安田は海軍に依頼されて描いた「山本五十六元帥像(依頼時には山本は存命だったが発表時には戦死)」もあるとのこと。

【参考:安田靫彦

「安田靫彦」展(2016年4月30日(土)国立近代美術館)
第3章「昭和聖代を表象するに足るべき芸術を培ふ事を忘れてはならない」 
 1940年から45年の、わずか5年という短い期間ですが、安田の創作の高揚期にあたるという説明でした。その一方で、この時期の日本は長期化した日中戦争から真珠湾攻によってアメリカやイギリスなどのいわゆる連合国諸国との戦争になだれ込んでいく戦時の状態にありました。戦時体制の「挙国一致」は、絵画の分野に対しても「戦意高揚」に資する要請が有形無形に、いわば国策として画家たちも、積極的にも消極的にも協力していったということです。
(中略)
 「山本五十六元帥像」(左図)を見てみましょう。
(中略)
 制作された昭和18年当時は、大日本帝国海軍連合艦隊司令長官として国内では誰もが知る著名な人物でした。
(中略)
 日本画の性格上の限界なのかもしれませんが、軍艦という鉄の塊のなかにいるという場面で、その鉄の冷たくゴツゴツした鋭角的な感触が、まさに殺戮兵器というものでしょうが、そういうところが全くなくて、また、重量感もなくフワフワしたようなのです。だから、工夫を凝らした軍服も写真を巧みに描写した山本五十六の姿も、軍艦に乗っている司令官というよりは、生活感のない風流な平安の貴族が軍服のコスプレをして、ハリボテの書き割りの前に立ってコスプレごっこをしているようにしか見えないのです。それは、一方では近代戦争の大量殺戮の道具である軍艦と、それをまさに実践している軍人の血生臭さを脱色して、優美にさえ見せています。それは、ある面では戦争のキレイゴトをプロパガンダするものとしては、効果的であったのかもしれません。これは、安田が意図したとか、そういうことではありません。ただ、この作品を見ていると、安田という画家に秘められた毒の要素、危険な部分が垣間見えるのではないかと思います。
第4章「品位は芸術の生命である」 
 第二次世界大戦で日本が敗戦した、いわゆる戦後の社会的な価値観の転換が起こり、伝統的な芸術の価値の見直しやら、画家に対しては戦争画などの戦争への協力の告発など、日本画で、とくに歴史画を描き続けることが難しくなった時期を越えた、晩年の作品です。厳しい状況でも動じることなく安田は歴史画を描き続けたということで、そのぶれない一貫した姿勢と説明されていますが、そういう面では鈍感だったと思えなくもないので、そのことについては、作品を見る限り何ともいえないと思います。

【参考:第二次大戦と日本美術(靉光ほか)】

第58回『「原爆被害者」だった義父・靉光』(岩垂弘)
 戦前から戦中には、一般にはほとんど知られていなかった、いわば「無名の画家」。が、戦後、一部の美術評論家によってその画業、生き方が注目され、紹介されたことから、その名が美術界に広まった。三十八歳、陸軍一等兵で中国で戦病死するまで、独特な画風から画壇の主流には属さなかったことから「異端の画家」と呼ばれたり、戦争中、多くの画家が、戦争を讃えたり、国民の戦意高揚を狙った、いわゆる「戦争画」を描いた中にあって、戦争画を一枚も遺さなかったことから、「抵抗の画家」「暗い谷間の画家」とも呼ばれるようになった。
 私が靉光に「出会った」のは、一九五九年(昭和三十四年)のことだ。当時、私は朝日新聞社に入社して二年目、岩手県の盛岡支局員だった。私はここで美術家グループと懇意になったが、この人たちが岩手にゆかりのある二人の画家の遺作展を計画していることを知った。
 一人は、盛岡市出身の松本竣介。もう一人が靉光だった。靉光岩手県出身ではない。広島県壬生町(現在は北広島町)の生まれだ。画家への道を目指して東京に出たあと、岩手県日詰町(現在は紫波町)出身で東京聾唖学校の教師をしていた桃田キヱと知り合い、結婚する。一九三四年(昭和九年)のことである。
 靉光は一九四四年に召集を受け、広島の宇品港から中国へ。キヱは三人の子どもとともに靉光 の郷里の広島に転居するが、原爆投下前に自分の郷里の岩手県日詰町に移る。夫の死の通知はここで受け取る。盛岡の美術家グループが遺作展を計画した狙いの一つは、長く病床にあったキヱとその一家を励ましたいということにあった。松本竣介靉光の親友で、二人はともに新人画会のメンバーだった。
 私はこの計画を記事にした。それは、「不遇の画家の遺作展」「遺族の慰めかねて計画」の見出しで、一九五九年四月十一日付の岩手版に載った。
 この計画の取材を始めるまで、私はこの画家を知らなかった。しかし、取材の過程で、その絵を見る機会があり、その画風に衝撃を受けた。メッセージ性の強い絵で、彼の訴えが胸に迫ってきた。その短い一生にも興味を覚えた。
 記事執筆後もさらにこの画家について調査を続ける中で、遺族とのつきあいも深まった。五年後、 私は東京でこの画家の長女と世帯をもった。
 靉光の作品は極端に少ない。とくに油彩は少なく、現存するのは六十五点ぐらいとされる。それは、まず、三十八歳という若さで戦病死したから制作期間が非常に短かったということがある。それに、出征前夜、自分の作品を自宅のストーブで燃やしてしまった、ということもある。
 加えて、原爆である。広島に投下された原爆によって、当時、広島にあった靉光の絵は灰燼に帰した。

シリーズ画家と戦争(2)靉光 時代の自画像 @新日曜美術館 : Art & Bell by Tora2007.7.22
 手紙の中で、靉光は「現在、世界が食うか食われるかの大戦争となっています。一人ひとりが肉弾です。自分がお百姓さんの作ったものを労せずに食べていることは面目ない話です」と書いている。戦時下に画を描いていることの負い目が重くのしかかっていたのである。《静物(魚の頭)》について、「戦争画を描くのに多くは軍人や大砲を描く。しかしそれが蜂であってもいいじゃないか。自分は戦争の絵を描いているのだ」と語っていたという。しかし、靉光の幻想絵画をストレートに戦争画と認めることができるだろうか。この時代に彼の描いた幻想絵画には、靉光の深い迷いが現れていると考えるべきなのではなかろうか。
 1943年の衝撃的な「アッツ島玉砕」に対し、軍部はこの玉砕を大々的に称えたが、靉光は「こんなことがあってなるものか。人間はそうめったに死ねない。わしは、生きている人間のことを描きたい」と話していたという。
 最後の自画像を描いた直後に、靉光召集令状がきた。その時に書いた兄への手紙の中で、彼は「わたしは絵筆を銃に変えてがんばります。ようやく戦時下の男になれそうです」と述べている。靉光は決して反戦主義者だったわけではない。ごく普通の青年が、迷いを抱きつつ、真正面に戦争に向かい合って、ボスやブリューゲルに連なる寓意性のある画を描いていたのである。
 皮肉な言い方をすれば、召集令状靉光の悩みに終止符を打ったことになる。
 靉光は、戦後帰国の途中、病を得て39歳で夭折した。召集令状は、彼の人生、彼の画歴にも終止符を打ってしまった。靉光の妹、立川コミサさんは今もご存命で、現在97歳であるが、「靉光は『死ななきゃ名前は出ん』と話していた」と証言されていた。事実、靉光の画業がみなおされるようになったのは、死後10年経ってからである。
 「激動の時代に真摯に描かれた靉光の画は今もわたしたちに大きな問いをつきつけている」という言葉が新日曜美術館のまとめであった。

vol.62 戦争と美術 当館作品を観て思ったこと(副館長 高橋友三) | 美術館について-From Staff | 岩手県立美術館2015年8月
【復員叶わず外地で戦病死した画家の作品】
 靉光(1907〜1946)は、将来を嘱望されつつも応召されて大陸に渡り、終戦後復員叶わず39歳の若さで上海郊外で戦病死した画家である。特異な画風で知られるが、生前自身で多くの作品を破棄した上、出身地広島に残された作品も戦災で失われたことから、現存するその数は非常に少ない。
 靉光の場合、戦時下の状況から当局より戦争画を描くことを迫られたが、『わしにゃあ、戦争画は(よう)描けん。』と言っていたとのことで、従軍画家の道には進まなかったようである。復員かなって創作を再開していたならどのような作品を残しただろうと思うと、はなはだ残念である。

ぽかぽか春庭「戦争画と戦争じゃない画 in 近代美術館」 - 春庭Annex カフェらパンセソバージュ~~~~~~~~~春庭の日常茶飯事典2021.5.4
 靉光が軍の要請を受けて「私には戦争画は描けない」と言ったのは、反戦思想や軍に反対する思想で言ったのではないと思います。自分の画風に戦争を主題にした絵は合わないと言ったのだろうと想像するのですが、軍の意向に逆らうことなどできなかった時代。(ボーガス注:利用価値がないと見なされたのか)靉光は忖度なく最前線へ送られました。
靉光「馬」1936
 靉光の馬は、疲れ切り悲しんでいるように感じられます。たしかにこの馬では、勇ましく戦争に加わっていく軍馬を描くことはできない画風かと思います。しかし、戦争画は戦闘シーンを描くだけでなく、兵士が休息している様子を描いた画家もいたのですから、靉光もうまく立ち回って戦線の後方で自分に描ける絵を描いたら40歳で戦病死という目に遭わなかったのかも、と思います。でも、それができない心情の持ち主で「私には戦争画は描けない」と正直に吐露してしまう人だったのだろうとも思います。だからこそこの哀しみの馬が描けたのだろう。 
向井潤吉「バリッドスロン殲滅戦」1944
 向井潤吉は、火野葦平とともにインパール作戦に従軍、命からがら脱出しました。(朝ドラ「エール」では主人公(ボーガス注:古山裕一 (古関裕而がモデル))とともにビルマに慰問団として滞在した画家(ボーガス注:「エール」では中井潤一)と作家(ボーガス注:「エール」では水野伸平)として登場します)
 向井は、戦後の美術雑誌のインタビューで、「戦争画を描いて構図や色使いをさまざまに研究でき、絵の技術向上に役立った」と、あっけらかんと答えています。死線を越えたことの深刻さより「絵の技術が向上した」と答えられる脳天気さによって、95歳の天寿をまっとうできたのかと思います。


◆演劇『「泣くな研修医(劇団銅鑼)」「裸の町(青年劇場)」』(寺田忠生)
(内容紹介)
 「泣くな研修医(劇団銅鑼)」「裸の町(青年劇場)」の紹介。
 「泣くな研修医(劇団銅鑼)」は中山祐次郎*18の小説『泣くな研修医』(2020年、幻冬舎文庫) が原作で、2021年4月にテレビ朝日系でテレビドラマ化されています(泣くな研修医 - Wikipedia参照)。
 なお、「劇団銅鑼」ですが

劇団銅鑼 - Wikipedia参照
 1971年に起こった劇団民藝の内部対立で、民藝を退団した当時の若手、中堅のうち、鈴木瑞穂(1927年生まれ)、森幹太(1924~2000年)らが中心になって結成。鈴木は劇団結成から10年間代表を務めた。

とのこと。
 そして、劇団創立メンバーの一人である鈴木氏は

鈴木瑞穂 - Wikipedia
 日本共産党を支持しており、推薦人名簿に名を連ねている。また「世田谷・九条の会」の呼びかけ人も務めている

とのこと。
 「裸の町(青年劇場)」というと、

87分署シリーズ・裸の街 - Wikipedia
 1980年(昭和55年)4月14日から10月6日まで、フジテレビ系列で毎週月曜日21:00 - 21:54に放送された連続テレビドラマ

を想像する方もいるでしょう(これについては「封印作品」というのは、思った以上に多い(理由も、差別表現ばかりでなく著作権や出演者の不祥事などいろいろ) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)も参照)。
 ただし、これは「それではありません」。
 じゃあ何かというと

裸の町 (1937年の映画) - Wikipedia
 1937年5月13日に公開された内田吐夢*19監督、島耕二*20主演の日本映画。真船豊の戯曲『裸の町』を原作としたこの作品は「内田吐夢の戦前期の代表作」、「プロレタリア映画の傑作」、「戦前の文芸映画の秀作の一つ」と評されている。『キネマ旬報』は、1937年の映画を対象としたベスト・テンで日本映画の第1位に内田監督作品『限りなき前進*21』を挙げた上で、同じく内田監督の『裸の町』を第5位とした。

という「裸の町」の演劇化です。なお、深刻そうな話ですが一応喜劇のようです。
 青年劇場(正式名称は秋田雨雀・土方与志記念青年劇場)ですが「創設者が秋田雨雀土方与志(いずれも左派)」のうえに、最近の舞台も

青年劇場「眞理の勇氣―戸坂潤と唯物論研究会」
 1945年8月9日、(ボーガス注:唯物論研究会の活動が治安維持法違反に当たるとして投獄されていた)戸坂潤*22は獄死した。戦争が終わるわずか数日前のこと。
 時は遡ること12年前。「野蛮で反知性的なファシズムに対し、 我々はあくまでも知性を武器にして闘い抜く」と、 戸坂潤は岡邦雄*23三枝博音*24と共に唯物論研究会を立ち上げた。

ですからねえ(戸坂、岡、三枝は全て左派です)。勿論そういう演劇ばかりやってるわけではないにせよ「左派ではある」のでしょう。
 しかし以前、kojitakenに「ウィキペディアを引用するばかりの無能」呼ばわりされましたが「上記のように」便利なんですよね、ウィキペディア(時々怪しい記述もあるが)。


【参考:泣くな研修医】

『泣くな研修医』が舞台になります!|泣くな研修医|中山祐次郎 - 幻冬舎plus2022.03.11
 現役外科医の中山祐次郎さんが、若き外科医・雨野隆治の葛藤と成長を圧倒的リアリティで描いた小説『泣くな研修医』が舞台になります!
 舞台化してくださったのは、劇団銅鑼さん。脚本・シライケイタさん、演出・齊藤理恵子さんで、創立50周年記念講演の第一弾です。
 日程は、3月18日(金)~23日(水)の全8公演。

【参考:内田吐夢
 裸の町 (1937年の映画) - Wikipediaから若き日の内田が左派だったことは明白です。
 そして

高倉健と映画監督・内田吐夢─経済学者・櫻田忠衛 | 京都民報Web2015年1月16日
 高倉健が第3の時期に名優と評されるまでになったのは第1の時期に、内田吐夢監督に見出されたことが大きく影響している。高倉健は、その時代に『森と湖のまつり』(1958年)、『宮本武蔵』(1963年)、『飢餓海峡*25』(1964年)で監督に出会い、徹底して鍛えられる。
 高倉自身も「しぼられた」「怒鳴られました」と告白しながらも、撮影を離れたときには「とても優しく、いろいろな話をしてくれました。『ゴッホマルクス、それに中国に関するあらゆる本を読みなさい。中国人は偉大だよ』と言われたのをよく覚えています」と語っている。
 高倉健内田吐夢の影響をどのように受けたのか、マルクスを実際に読んだのか、中国について勉強をしたのか。これらについて彼自身はなにも語ってはいない。
 しかし、内田から言われた言葉をはっきりと覚えていて、それを書き留め、「内田吐夢17回忌追悼記念」誌へ寄稿したのは、彼の真面目さや律儀さを考えると、ただ単に思い出として記したのではなく、それについて読み、考え、勉強した結果だったのではないか。晩年、チャン・イーモウ監督の『単騎、千里を走る。』に出演したのはひとつの表れかも知れない。

(2ページ目)「それにしても残酷ないじめ方だった(笑)」三國連太郎が明かした…高倉健が受けていた激しすぎる“しごき”の実態 | 文春オンライン
 内田監督は1970(昭和45)年8月に、72歳で帰らぬ人となりました。(ボーガス注:1986年に刊行された「内田吐夢17回忌追悼記念」誌である)『吐夢がゆく』に、寄稿した高倉の言葉です。
(中略)
 仕事を離れたときの監督はとても優しく、いろいろな話をしてくれました。
ゴッホマルクス、それに中国に関するあらゆる本を読みなさい。中国人は偉大だよ」と言われたのをよく覚えています。

という記事を信じれば「晩年も左派だった」のでしょう。そして「左派かどうかはともかく」、こうした発言をする高倉が「反共極右」でないことも確かでしょう。


◆スポーツ最前線『打開策なき国民スポーツの振興』(和泉民郎)
(内容紹介)
 要するに日本政府はスポーツ振興にまるで金を使ってないという話です。
参考

階段昇降はスポーツなのか ~エビデンスとして生かされるスポーツ実施状況調査に向けて~ - Sport Topics - 笹川スポーツ財団
問題1:スポーツの定義の問題
 最も問題なのは、階段昇降とウォーキングの設定である。階段昇降は、1年間に実施した者として13.3%が、特に多く実施した者(全体から3つまで選択)として6.7%が、結果として新たに得られるかたちとなった。同様に、ウォーキングは例示の変更に伴うかたちで、前者は18.3%増、後者は32.9%増と激増することとなった。「実態を踏まえた」「実施者の増加が認められた」といった説明もあり得るのかもしれないが、他の変更項目がほとんど1ポイント以下(自転車・サイクリングのみ前者が2.1%増、後者が3.8%増という変化)という状況からすれば、あまりにも全体の傾向から逸脱していると言わざるを得ない。結果として、成人の週1日以上のスポーツ実施率は42.5%から51.5%へと9ポイントも押し上げられている。これでは、政策の成果をかさ上げするための恣意的な変更という疑念を呼び起こしかねず、その後の見直しが行われていないことも含めて、実質的なスポーツの定義づけとして望ましい状況とは言い難い。

 和泉論文で紹介されてる調査です。この調査に限らず、一般論として「定義や調査対象の変更」は「経年比較が難しくなる(酷い場合は不可能になる→従って安易にやるべきではない)」つう問題がありますが、ここまで実施率が大幅に増加では、和泉氏らが疑うように「数値を上げるための故意の定義や調査対象の変更」と疑念を持たれても仕方がないでしょう。「定義や調査対象」を元に戻すべきではないか。
 ただし和泉氏はこの調査からも「わかることがある」としています。
 それは「10代以下、60代以上」に比べて「20~50歳代」の「スポーツ実施率が低い」ことです。
 予想がつくでしょうが「理由の回答」の第一位は「仕事や子育てで忙しい*26」であり「働き過ぎ社会」をどう変えるかが問題です。

*1:衆院議員。共産党国対委員長(選対委員長、常任幹部会委員兼務)

*2:日本共産党平和運動局長(中央委員兼務)、日本平和委員会常任理事、原水爆禁止日本協議会全国担当常任理事。著書『それぞれの「戦争論」』(2004年、唯学書房)、『名作の戦争論』(2008年、新日本出版社)、『社会を変える23章』(2015年、新日本出版社)、『市民とジェンダーの核軍縮』(2020年、新日本出版社)、『アート×ジェンダー×世界』(2022年、新日本出版社

*3:立命館大学教授(憲法

*4:NPO法人FoE Japan理事・事務局長。原子力市民委員会座長代理

*5:参院議員。日本共産党中央委員

*6:参院議員。日本共産党副委員長

*7:北海学園大学教授(労働法)

*8:著書『働くルールの国際比較』(2010年、学習の友社)、『8時間働けばふつうに暮らせる社会を:働くルールの国際比較〈2〉』(2017年、学習の友社)

*9:佐久大学特任教授。著書『日本の高齢者は本当にゆたかか』(2001年、萌文社)、『脱貧困の社会保障』(2012年、旬報社

*10:弁護士。著書『新・自治体民営化と公共サービスの質』(2008年、自治体研究社)、『自治体民営化のゆくえ』(2020年、自治体研究社)

*11:元・立命館大学教授

*12:ただし「年金財政の問題」もあって、今後、「60歳以降の賃金水準を従来の『60歳定年以降の嘱託採用』などと変わらないレベルにまで大幅に引き下げた上」で定年を65歳、あるいは70歳まで延長する動きが官民ともに出ていますが

*13:ほっとプラス代表理事反貧困ネットワーク玉代表、生存のためのコロナ対策ネットワーク共同代表など歴任。『下流老人』(2015年、朝日新書)、『貧困世代』(2016年、講談社現代新書)、『続・下流老人』(2016年、朝日新書)、『貧困クライシス』(2017年、毎日新聞出版)、『中高年ひきこもり』(2019年、扶桑社新書)、『棄民世代』(2020年、SB新書)、『コロナ貧困』(2021年、毎日新聞出版)など(藤田孝典 - Wikipedia参照)

*14:今日もkojitaken氏に悪口する(2022年5月14日分)(追記あり) - bogus-simotukareのブログでも書きましたが一般人は誰も読まない理論月刊誌『前衛』というのは本心からこう書いてると言うより「売り言葉に買い言葉」でしょうが「俺への悪口」が俺が共産支持を表明しているとはいえ、「俺への悪口にとどまらない」で「共産党及びその支持者」への誹謗でしかない発言に至る辺り「共産党とその支持者を不当に見下した」あげく「そのことをこのように平然と表明して恥じない」反共分子kojitakenの愚劣さを露呈していると言っていいでしょう。まあ、自民党支持層の多い日本ではこの種の反共分子は珍しくないでしょうが。ただ「多数派だから正しいとは限らない(例えば「反対するのは簡単」とか「批判は誰にでもできる」などという俗説は嘘八百。賛成する方がはるかに簡単だ - kojitakenの日記参照)」と日頃言う御仁kojitakenから「いくら彼がアンチ共産党とはいえ」この種の暴言(少数派への不当な蔑視)が出るとは思ってなかったですね。問題は「読者が多いかどうか」ではなく「記事の中身」ではないのか?

*15:弁護士。著書『難民判例集』(編著、2004年、現代人文社)

*16:沖縄返還から50年という意味ですね。

*17:著書『徹底検証・日本の軍歌』(2011年、学習の友社)

*18:1980年生まれ。鹿児島大学医学部卒。福島県高野病院院長、福島県総合南東北病院外科医長など歴任(アマゾンの著者紹介)。著書『医者の本音』(2018年、SB新書)、『がん外科医の本音』(2019年、SB新書)、『泣くな研修医』、『逃げるな新人外科医:泣くな研修医2』(以上、2020年、幻冬舎文庫)、『走れ外科医:泣くな研修医3』(2021年、幻冬舎文庫)、『やめるな外科医:泣くな研修医4』(2022年、幻冬舎文庫)、『俺たちは神じゃない:麻布中央病院外科』(2022年、新潮文庫

*19:1898~1970年。『飢餓海峡』(1965年)で毎日映画コンクール監督賞を受賞(内田吐夢 - Wikipedia参照)

*20:1901~1986年。『明治一代女』(1935年)、『真実一路』(1937年)などに出演し、日活黄金期を支えるスター俳優としての地位を確立。1939年(昭和14年)、『雲雀』から監督に転向し、1940年(昭和15年)、『風の又三郎』を発表。1941年(昭和16年)に発表した『次郎物語』は詩情あふれる演出で監督としての代表作となった。戦後も『銀座カンカン娘』(1949年)、『上海帰りのリル』(1952年)、『有楽町で逢いましょう』(1958年)などの歌謡映画から『金色夜叉』(1954年)、『残菊物語』、『滝の白糸』(以上、1956年)などのリメイク作品、『宇宙人東京に現わる』(1956年)などの空想映画などを監督(島耕二 - Wikipedia参照)

*21:小津安二郎(1903~1963年)の原作を、八木保太郎(1903~1987年。今井正『米』(1957年)、『橋のない川』(1969年)、山本薩夫『人間の壁』(1959年)などの脚本で知られる左派の映画人)が脚色したこの作品は、会社のリストラによって主人公(演・小杉勇)が精神に異状をきたすという深刻な物語を喜劇タッチで描くという異色作で、淀川長治(1909~1998年)など熱狂的なファンの支持を得ていることで知られる。この作品が知られるようになったのは、淀川長治の力によるものが大きい。1970年代に淀川がTBSラジオで受け持っていた『淀川長治・私の映画の部屋』で、日本映画の名作として全編のストーリーを語りおろしている。紛失し、現存しないラストシーンも臨場感たっぷりに語っていて、淀川の語りの中でも一、二を争うものとなっている。なお、淀川はキネマ旬報社の『日本映画史上ベストテン』や蓮実重彦山田宏一との対談集『映画千夜一夜』(中公文庫)巻末のベスト100でも『限りなき前進』を挙げている。(限りなき前進 - Wikipedia参照)

*22:1900~1945年。著書『日本イデオロギー論』(岩波文庫)など(戸坂潤 - Wikipedia参照)

*23:1890~1971年。著書『新しい技術論』(こぶし文庫)など(岡邦雄 - Wikipedia参照)

*24:1892~1963年。明治大学教授、横浜市立大学教授など歴任。鶴見事故 - Wikipedia(死者161名)で事故死。著書『技術の哲学』(岩波全書セレクション)、『技術思想の探究』、『ヘーゲル・大論理学』(以上、こぶし文庫)、『近代日本哲学史』、『新編・梅園哲学入門』、『西欧化する日本・西欧化できない日本』(以上、書肆心水)など(三枝博音 - Wikipedia参照)

*25:この映画での高倉健については例えば「午前十時の映画祭」で、高倉健の作品を3本見ることができる - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)参照

*26:勿論他にも「近くにスポーツをする場所がない」「金銭的余裕がない」などの回答もあるようですし「そうした問題も別途解決すべきだ(弱者への生活支援、公的スポーツ施設の建設など)」が和泉氏は書いていますが。