松竹伸幸に突っ込む(2022年8月22日記載)

安倍さんが銃弾に倒れなかったら | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
 松竹は「もし、(ボーガス注:安倍が一命を取り留めて?)今、統一教会疑惑で批判される萩生田や高市、下村の立場に安倍が置かれたら*1

【1】霊感商法や高額寄付は信者の自己責任。他の宗教も寄付や物品販売はある
【2】邪教とそれ以外の区別が難しい。信教の自由の問題ガー
【3】全日仏、立正佼成会などから選挙支援を受けるのと統一教会とどこが違うのか。
【4】「俺は被害者だ」として山上を一方的に非難

などと徹底的に居直ったのではないかとしていますが、どうですかね。
 【1】ですが「一般宗教の寄付や物品販売」と統一教会では明らかに違う。後者は明らかに詐欺的です。
 【2】ですが、そんなことを言ったらオウム真理教法の華の宗教法人格剥奪や、オウム残党の公安調査庁による監視も不当な行為になるでしょう。
 【3】も反社会的カルトである統一教会と一般宗教はその選挙支援を同一視できない。こんなことを言えば野党が批判する以前に全日仏などが怒り出すのではないか。
 【4】も「安倍と統一教会の癒着」は「俺は被害者だ」で一方的に居直れる話ではない。
 安倍が「一命を取り留めて」今の萩生田らの立場にあったとして、今のように統一教会批判が巻き起こった場合、そこまで酷い居直りはしないのではないか*2。むしろ居直るとしたら「秘書ガー」と全てを部下の責任にすることでしょうね。「櫻を見る会」なんかもろにそうでしょう。

 安倍さんというのは、頭も柔軟に働いていたし、胆力も人並み外れていた。保守勢力を統合できるような人は、しばらくあらわれないかもしれない。リベラル側にもそんな人がいないので、保守勢力は安心かもしれないけどね。

 「アホか」ですね。
 在任期間が長いだけで

鳩山首相の日ソ国交正常化、国連加盟
◆佐藤首相の日韓国交正常化、沖縄返還
田中首相日中国交正常化(台湾との断交)
◆宮沢首相の天皇訪中
小泉首相の訪朝(拉致被害者帰国)

に匹敵する「野党からも評価されるような業績*3」がほとんど何もない安倍(安保関連法や特定秘密保護法はむしろ批判を受けた)をここまで評価できる「一応共産党員」松竹の脳みそは理解不能ですね。そして、「無法な居直り」は胆力(決断力)とは言わない。
 首相という権力をバックにした「無法な居直り」が胆力なら「上院襲撃を扇動したトランプ元大統領」「ウクライナに侵攻したプーチン大統領」にも「胆力があること」になるでしょう。松竹が「その通りだ」と言うならそれまでの話ですが、普通「胆力」とは褒め言葉であって「無法な行為」はそうは呼びません。
 「委員長選挙に出馬したい」という松竹が仮に共産党委員長になった場合に「安倍並みの無法を党内で実行」したあげく「俺の胆力だ」と自慢するおぞましい事態が危惧されます(まあどうみても無能で人望もないので、なれないでしょうが)。
 「保守勢力を統合」というのも「はあ?」ですね。そもそも枝野という保守政治家を党首としていた立憲民主党が安倍批判してたのに何が「保守勢力を統合」なのか。産経、日本会議など極右勢力が安倍を万歳していたのは確かですが。むしろ「保守の幅広い統合」と言う意味なら「高度経済成長時代(池田、佐藤内閣時代)」の方が自民党は「保守を統合していた」でしょう。
 人間どうしても「飯の話、経済の話」が第一になりやすいし、政権与党が「所得倍増」など景気対策をぶち上げて高度成長しているのだから、自民支持に傾くのは分かりやすい話です。だから池田、佐藤は長期政権を実現した。
 高度成長が終わると「そのような幅広い保守統合ができなくなり*4」、最終的に、自民が導入したのが幅広い支持がなくても勝利しやすい「小選挙区制(4割の得票で8割の議席)」です。
 そして安倍のどこが「柔軟」なのか。例えば「靖国参拝を結局一度で辞めたこと」を「柔軟」と松竹が言うなら、それは柔軟なのではなく無法者の安倍ですら「対外関係(欧米、中韓など)を無視することはできなかった」と言うだけの話です。松竹の言う「安倍の柔軟さ」とは他の件にしても所詮その程度の物に過ぎない。
 例えば

◆1980年に無党派層の獲得を展望して全国革新懇を創設
 1980年から無党派が増え始めたとは言え、それがマスコミなどに注目されるようになるのは1990年代以降

という「宮本顕治氏のような深い展望や分析*5」のあるような「高尚な話」では全くない。勿論「戦前、投獄されても節を曲げなかった」「戦後もソ連、中国の攻撃に対決した宮本氏」の方が安倍よりよほど胆力がある。
 首相という権力者の安倍が居直るのは胆力などほとんど必要ないところ、宮本氏の場合、戦前は「最悪、獄死しかねかった」わけです。
 共産党員でもない俺(ただし消去法とはいえ、一応共産支持者)が宮本氏を褒め称え、自民党員でもない松竹(一応、共産党員)が安倍を褒め称えるのも実に変な話ですが。
 そして安倍よりましな人間は、野党側にいくらでもいるでしょうに(いや自民党だっていくらでもいるでしょう。岸田も安倍に比べたらまだマシです)。
 なお、以上は松竹記事に投稿しましたが掲載拒否でしょう。「偉そうなことを抜かしながら」掲載拒否して恥じない松竹の低劣な人間性を改めて知るためにあえて投稿してますが。

*1:こういう意味合いで文章が書かれてるので「もし安倍が銃弾に倒れなかったら」というタイトルは「安倍狙撃事件がなかったら」と言う誤解を招きかねず不適切です。「安倍が一命を取り留めたならば」ならともかく。

*2:というか、安倍が一命を取り留めた場合に、恐れるべきはそれよりもむしろ批判を恐れる安倍が「山上の犯行動機を徹底的に隠すこと」でしょう。

*3:そしてこれらの業績の方が明らかに安倍よりも「知的能力や柔軟性」「胆力(決断力)」を必要としました。胆力について、わかりやすい例で言えば「日中国交正常化」「天皇訪中」「小泉訪朝」に自民党支持層の極右部分が激しく反対していたからです。

*4:佐藤以降の田中、三木、福田、大平、鈴木が短命に終わった理由の一つはそれです。勿論「三角大福中の派閥抗争」「ロッキード事件」などの要因もありますが。

*5:勿論、松竹からはその種の「深い展望や分析」は何一つ感じません。