今日の朝鮮・韓国ニュース(2022年9月15日分)(追記あり)

駐日韓国大使 天皇に信任状を奉呈=着任から2か月(聯合ニュース) - Yahoo!ニュース
 「7月に着任して何で信任状奉呈が今なんだ?」ですね。日韓対立の悪影響なのか?


ゴルフ目的の訪日ツアー誘致へ 韓国の旅行会社の担当者を招待|NHK 茨城県のニュース
 ということで産経のような嫌韓国とは関係なく「韓国人観光客の誘致」がされるわけです。日本では昔に比べれば接待ゴルフも減りましたし、いわゆる「AON時代(青木、尾崎、中島)」に比べたらゴルフ人気も低調ですからね。


日韓首脳会談、韓国側「調整中」国連総会で 日本側「決まってない」:朝日新聞デジタル
 「日本は何一つ悪くない、悪いのは全て韓国」という岸田内閣、自民党の態度では、会っても意味があるとは思えませんが、これでは「会うかどうか」すら怪しい話です。
【追記】
<独自>日韓首脳、正式会談を見送りへ 韓国の一方的公表に日本政府が抗議 - 産経ニュース
 ということで結局見送りだそうです。


“軍師”飯島勲 北朝鮮拉致問題「1週間で日朝会談セットする」 | NHK政治マガジン

 小泉訪朝にも同行し、拉致被害者5人の帰国にも貢献した飯島。

 「外務省の田中氏」はともかく本当に飯島は貢献したのか?

 2013年5月。(ボーガス注:安倍政権の内閣参与だった)飯島は、北朝鮮を訪問する。相次いで会談したのは、北朝鮮の指導部の中枢にいる人物たち。代表的な立場で外国の賓客と会うキム・ヨンナム*1最高人民会議常任委員長や朝鮮労働党で国際関係を統括するキム・ヨンイル*2書記らだった。

 この飯島訪朝は何ら目立った成果を生まなかったことは今更言うまでもないでしょう。そして安倍も結局「拉致解決」の気持ちを失ったのでしょう。今後もこの訪朝が意味を持つことはないのではないか。
 なお、2013年には以下の出来事がありました。

2013年 - Wikipedia
◆12月8日
 朝鮮労働党中央委員会政治局拡大会議で、張成沢国防副委員長(朝鮮労働党行政部長兼務)の全職務を解き党から除名する決定を8日に採択したと、9日に国営朝鮮中央放送ラジオが放送。その後、12日に国家安全保衛部特別軍事裁判で張に死刑判決が下され、即日執行されたと、13日に国営朝鮮中央放送ラジオが放送

 拉致問題について、具体的に何が話し合われたのか。もう10年近くが経っている。そろそろ、“秘密コード”も解けたのではないかと、飯島に尋ねると、即答した。
「それは言えません。拉致問題が解決するまで、話すバカはいないですよ。話してはならない。それが最低限の立場と行動です」

 「2013年の訪朝から9年経っても動きなし」では「成果がないから話せないだけではないのか」と思わずにはいられません。

 「何があろうと、制裁措置を1ミリも緩めちゃダメです。」

 おいおいですね。本気で飯島がこう思ってるのか、家族会や救う会へのこびかはともかく「制裁解除」もしないで向こうが交渉をするわけもない。

 「次の日朝首脳会談の日にちを決めることが私の仕事だと思っています。命令されたら1週間以内に日にちを取る。それぐらいの意気込みということです。」

 「次の日朝首脳会談?。やれるもんならやってみな!(半沢直樹の大和田常務風に)」という飯島への怒りを禁じ得ません。安倍政権時代に内閣参与(拉致担当)に任命され、菅、岸田政権でも留任(つまり現在も内閣参与)したそうですが何の成果も上げていないわけですから。そんな意気込みが飯島にあるとはとても思えませんが、意気込みがあっても成果がなければ何の意味もない。
 どうみても岸田と飯島の「言い訳」に国営放送NHKが加担してるという醜悪な風景にしか見えません。


「ユキオ、一緒に聞いてくれ」 小泉訪朝、そのとき米国はどう動いた:朝日新聞デジタル

 外務事務次官を務めた竹内行夫*3(79)は、外務省アジア局審議官だった1995年3月、渡辺美智雄*4元外相を座長とする連立与党*5の訪朝団に同行した。
 1990年の金丸信*6・元副総理らの訪朝をきっかけに始まった日朝国交正常化交渉は、87年の大韓航空機爆破事件の実行犯として逮捕された金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚(60)の供述で浮かんだ日本人「李恩恵*7(リウネ)」の問題のため、92年11月*8に中断していた。
 一つ難問があった。金丸訪朝団が北朝鮮側と合意した3党*9共同宣言に盛り込まれた「戦後45年間の償い」の問題だ。日韓基本条約にもない「償い」を約束したことで、金丸氏は帰国後、強い批判を浴びていた。

 有料記事なのでここまでしか読めません。
 「自民党政調会長(竹下総裁時代)」「宮沢内閣副総理・外相」など政府、与党の要職を歴任し、自民党総裁選にも出馬*10した渡辺氏という大物の訪朝とは言え、「1990年の金丸訪朝(第18富士山丸船長、機関長帰国や、いわゆる三党共同宣言)」「2002年の小泉訪朝(拉致被害者5人帰国、日朝平壌宣言)」に比べれば「目立った成果に乏しく」多くの人間が知らない、あるいは忘れてるであろう訪朝(当時は村山内閣で河野外相)ではあります。
 しかし「こうした日朝交渉の努力」の果てに「小泉訪朝」があったのであり、渡辺訪朝の「功罪」についてもっと論じられてもいいでしょう。
 なお、渡辺氏は「中曽根派(後に派閥を禅譲され渡辺派)」であり、リベラルとはとても言えませんが「宮沢内閣外相」として天皇訪中に関与するなど、極右とは違いました。だからこその訪朝団長ですね。
 なお、金丸訪朝のあった1990年は以下の出来事がありました。

1990年 - Wikipedia
◆9月5日
 韓国・北朝鮮、分裂後初の両国首相会談
◆9月30日
 ソ連と韓国が国交樹立。
◆10月3日
 西ドイツに東ドイツ編入される形でドイツ統一

 金丸訪朝もこうした流れの中で見る必要があるでしょう。「ソ連の韓国との国交樹立」「東西ドイツの統合」に「このままでは韓国主導での南北統一の方向にソ連が動くかもしれない」という危機感を北朝鮮は感じたでしょう。「南北首相会談」「金丸訪朝」はそうした事態への「北朝鮮なりの対応だった」でしょう。


拉致問題「日朝首脳会談」から20年(下)〝最後の闘い覚悟〟横田早紀江さん単独インタビュー 事態は膠着「一体、政治は何をしているのか」残された時間はわずか(1/3ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト
 手垢のついたお涙頂戴で「ニュース価値はゼロ」。本当に馬鹿馬鹿しい。心底呆れます。

「体調も回復し、今後は一人の政治家として、救出運動の最前線に立っていただけると期待していました。失ったものは、あまりにも大きい。毎日のように、非業の死を思い起こし、深い悲しみにくれています」

 唖然ですね。「安倍と統一教会との癒着」が白日の下になっても、まだこんな世迷い言を言うのか。
 「統一協会被害者山上」の「統一教会の広告塔・安倍」に対する恨みについて何とも思わないのか。
 そもそも「小泉訪朝という成果を上げた小泉元首相」ならまだしも、「約7年8ヶ月(第1次の約1年、第2~4次の約6年8ヶ月)」という「史上最長政権」でも何もできなかった安倍に何が期待できるのか。
 安倍より「在任期間が短くても」、

鳩山内閣の日ソ国交正常化、国連加盟
◆佐藤内閣の日韓国交正常化、沖縄返還
◆田中内閣の日中国交正常化
◆宮沢内閣の天皇訪中

などの外交成果はあるのだから「安倍が拉致問題で成果を上げられなかったこと」は「安倍が無能orやる気がなかった」として十分「批判に値すること」でしょう。一方で安倍は

安倍晋三 - Wikipedia
【第一次】
教育基本法改定、防衛庁の省昇格
【第二~四次】
安保関連法、特定秘密保護法働き方改革法(高度プロ制度など)、防衛装備移転三原則(従来の武器輸出三原則を廃止し、武器輸出規制を大幅に緩和)の制定
組織犯罪処罰法、入管法の改定
消費税10%増税

などの政治的成果は上げました(それらに対する評価はひとまずおきます)。
 しかしここまで安倍礼賛する早紀江ら家族会が「安倍の家族による葬儀(実施済み)に招かれたのか?」「9/27予定の国葬に招かれてるのか?」知りたいところです。まあ、小泉訪朝直後ならまだしも、早紀江が国葬に出席しようが国葬批判に影響ないでしょうが。
 勿論「そもそも招かれてるかどうか」も疑問ですし。

*1:朝鮮労働党国際担当書記、副首相兼外相、最高人民会議常任委員会委員長(国会議長)など歴任

*2:朝鮮労働党国際部長、朝鮮労働党国際担当書記を歴任

*3:ロンドン総領事、米国公使、外務省条約局長、北米局長、総合外交政策局長、インドネシア大使、外務事務次官最高裁判事などを歴任。著書『外交証言録:高度成長期からポスト冷戦期の外交・安全保障』(2022年、岩波書店

*4:福田内閣厚生相、大平内閣農水相、鈴木内閣蔵相、中曽根内閣通産相自民党政調会長(竹下総裁時代)、宮沢内閣副総理・外相など歴任

*5:自民、社会、新党さきがけのこと

*6:田中内閣建設相、三木内閣国土庁長官福田内閣防衛庁長官自民党国対委員長(大平総裁時代)、総務会長、幹事長(中曽根総裁時代)、中曽根内閣副総理、自民党副総裁(宮沢総裁時代)など歴任

*7:現在では拉致被害者田口八重子氏と推定されている。

*8:当時は宮沢内閣で渡辺外相

*9:自民、社会、朝鮮労働党のこと

*10:1991年、1993年の総裁選に出馬(なお、1991年は宮沢喜一氏が、1993年は河野洋平氏が総裁に就任)