積極支持ではない消極的支持(諦め)であれ、「デマ扇動やメディア統制による詐欺的支持獲得(いわゆるポピュリズム)」であれ、国民の支持無しでは独裁は成り立たない(追記あり)

 民主主義国は無論ですが独裁とて、支持がなければ継続はできません。鞭だけでは統治は困難で「アメも必要」なわけです。
 勿論「飴があるから鞭を振るっていい(独裁していい)」と言う話ではないですが「鞭だけでの統治」という間違った認識は適切ではない。
 これについては『銃後』とは『自由』な『自己実現』ができる時代だった(副題:NHKスペシャル「銃後の女性たち―戦争にのめりこんだ‟普通の人々”」) - bogus-simotukareのブログなど過去記事でも何度か書いたところですが、小生と似たような主張をする記事を見つけたので後ほど紹介しておきます。
 「独裁に支持が不要」なら例えば、鄧小平は「改革開放する必要はなかった」し、習近平国家主席も「小康社会(ある程度経済的ゆとりのある社会)」「和諧社会(経済的にゆとりがある、政治腐敗がない、環境に配慮した開発など調和のとれた社会、あえて言えば中国版SDGsといえるのではないか)」「共同富裕(格差是正)」などを政治スローガンとして打ち出したりする必要はない。
 ベトナムも「ドイモイベトナム版改革開放)」をやる必要はなかったでしょう。
 北朝鮮だって「開城工業団地」を作る必要はなかったでしょう。

世界に先駆け人類の理想社会:共産主義社会を実現することを現実的な課題として掲げている共和国: 白頭の革命精神な日記
 ちなみに、往々にして、いわゆる「独裁」政権は民衆の意志を無視して政治を執り行っていると言われるものです。しかし、本当に無視していては安定した政権基盤は築けないものです。ソ連・東欧社会主義圏、いわゆる「現実社会主義*1」崩壊から30年以上の歳月が立ち、歴史として「現実社会主義」を見る姿勢がだんだんと根付いてきていますが、たとえば最近*2、一般向け新書として出版された『物語東ドイツの歴史:分断国家の挑戦と挫折*3』(河合信晴*4著、中公新書)は、冒頭においてそうした俗流の見方を否定し「ミツバチの巣」理論を紹介しています。「シュタージ*5による監視国家」だとされる東ドイツでさえそうだったのです。

 白頭氏の北朝鮮認識(世界に先駆け人類の理想社会:共産主義社会を実現することを現実的な課題として掲げている共和国)の是非はともかく東ドイツ評価については全くその通りではないか。つまりは「国民の支持を失ったから」東ドイツは崩壊したのであり、そうなった大きな要因は「ゴルバチョフ期のソ連」が(東ドイツだけでなく東欧全てですが)東欧への経済支援ができる国力を失い、東ドイツへの支援が大きく減ったことでしょう。
 北朝鮮が崩壊しないのは裏返せば「国民の一定の支持がある」ということであり、その点においては恐らく「ロシア、中国の支援が大きい」ということです。
参考

河井本のアマゾンレビュー(今回の小生の問題意識「独裁も国民の支持無しでは成立しない」に合致した部分のみ紹介)
◆美しい夏(2020.11.11)
・指導部と国民の努力により、1960年代に奇跡の経済発展を遂げ、1970年代前半には、産業発展と豊かさの点で、社会主義国の中で先頭に立つ国となったのに、常に(ボーガス注:より豊かな)西ドイツと比較され、国民の満足度は低かった。著者の描き出す「豊かな東ドイツ社会」に新鮮な衝撃を受けた(むろん、著者は様々な批判を付してはいるが) 
・シュタージによる監視システムを敷く一方で、請願制度を整えて、その中で国民が自己の利益を主張し、政治批判の意見*6を述べることを認めた。

塩川伸明*7河合信晴『物語 東ドイツの歴史』書評(二〇二一年一月)(今回の小生の問題意識「独裁も国民の支持無しでは成立しない」に合致した部分のみ紹介)
 序章では「独裁の限界」論という考え方――人々は社会主義統一党に無条件に従っていたのではなく、政策を自らの都合の良いように読み替えて行動するしたたかさを持っており、体制の意図は「換骨奪胎」されていたという――が紹介されている*8

『物語 東ドイツの歴史』を読みました。 - 法科の趣味人のブログ2021.1.13
 東ドイツといえば、東西冷戦時代の社会主義国として知られています。そのため、東ドイツは監視体制がきつく、国民は弾圧され、貧しい生活を強いられているというイメージがあると思います。
 しかし、この本は東ドイツの社会体制について批判的に見つつも、そのイメージは必ずしも当たっていないことを明らかにしてくれました。
 確かに、この本に書かれている通り、東ドイツには国民の監視をする組織としてシュタージがおかれており、1980年代には経済が衰退したという事実はある。
 しかし、国民は政府に対して請願を通じて自由に批判することもできたし、1960年代後半くらいから、西ドイツの経済に追いつくために頑張った結果、経済状態も良くなったという歴史や、西ドイツなどの西側諸国の商品を特別に設置された商店から購入することによりある程度の贅沢もできたという事情もあり、国民の生活は必ずしも窮屈ではなかったようです。
 私としてはこのような東ドイツの歴史というものは意外であり、西ドイツとの統一を語るうえで欠かせないなと思いました。

河合信晴『物語 東ドイツの歴史』(中公新書) 7点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期2021.2.3(今回の小生の問題意識「独裁も国民の支持無しでは成立しない」に合致した部分のみ紹介)
東ドイツというと、シュタージによる監視国家というイメージが強いかもしれませんが、本書を読むと、国民が活発に請願などを行なっていたことがわかりますし、逆に国民の不満を恐れて政府が右往左往するような局面も見られます。
◆1953年6月17日、東ドイツにおいて大規模なゼネストが発生します。特に指導者のいなかったこの動きはソ連軍の出動で沈静化しますが、この六月十七日事件*9は、社会主義統一党*10に最低限の生活水準を維持しなければ支配体制の安定化は難しいという教訓を植え付けました。政府はシュタージを強化するとともに、消費財や食料品の生産に重点が置くようになります。
 社会主義統一党は国民のニーズを探るために1964年には世論調査研究所を設けるなどし、さかんに世論調査を行います。また各種団体に対して動員をかけるだけでなく、請願や政府批判の声を集めさせます。

◆1976年頃までは生活状況は改善し、「東ドイツの黄金時代」(160p)と呼ばれる状況が出現しました。最低賃金などは引き上げられる一方で、支配体制の安定のために基礎消費財*11の値上げ*12は抑えられ、相変わらずの物不足ではあったものの、消費生活は充実したのです。

【追記その1】
 この拙記事と主張内容が概ね同じ『銃後』とは『自由』な『自己実現』ができる時代だった(副題:NHKスペシャル「銃後の女性たち―戦争にのめりこんだ‟普通の人々”」) - bogus-simotukareのブログを書いたときにコメントを頂いたid:Bill_McCrearyさんから「もしかしたら今回もコメントが頂けるかな」と多少期待していたのですが、「概ね賛同」という趣旨のコメントを頂きました。いつもありがとうございます。
【追記その2】
広州市などで「ゼロコロナ」規制緩和 市民の不満に配慮: 日本経済新聞
ゼロコロナ緩和進める姿勢 中国副首相、抗議受け: 日本経済新聞
 緩和の是非はひとまず置きます。
 これもこの拙記事の主張を裏付ける事象の一つではあるでしょう。
【追記その3】
【産経抄】12月6日 - 産経ニュース

 イラン検察当局は4日までに、女性の服装を監視する風紀警察の廃止と、ヒジャブ着用を義務付けた法律の見直しに言及*13した。ただし女性の権利拡大をスローガンにしてきたデモの矛先は、今やイスラム体制そのものに向かいつつある。デモの沈静化を狙う当局のもくろみは、はずれそうだ。

 イランは選挙があるので完全な独裁ではありませんが、これもこの拙記事の主張を裏付ける事象の一つではあるでしょう。
 なお、「反イラン」産経的には「イスラム体制が揺らいで欲しい」のでしょうが必ずしもイラン国民はそうではないでしょう。
 これで矛を収める人間も当然いるでしょう。実際に「風紀警察廃止」等の方向に動くのなら大きな政治的勝利だからです。

*1:「過去の旧共産国ソ連、東欧、カンボジア等)」「現在も存在する共産国(中国、北朝鮮ベトナムラオスキューバ)」といった実際に存在した、あるいは存在する社会主義国を指す。「現存社会主義塩川伸明『現存した社会主義』(1999年、勁草書房))」とも言う。

*2:「話の本筋」ではありませんが、小生の言語感覚では「最近=1年未満」であって、「2年前(河井著書の刊行年は2020年)」は「近年」ですね。

*3:2020年刊行。これについては『物語 東ドイツの歴史』/河合信晴インタビュー|web中公新書を紹介しておきます。

*4:広島大学准教授。著書『政治がつむぎだす日常:東ドイツの余暇と「ふつうの人びと」』(2015年、現代書館

*5:東ドイツの秘密警察

*6:勿論自由に批判意見が述べられたわけではないでしょうが、一方で「おべっかばかり」でもなかったでしょう。

*7:東京大学名誉教授。著書『「社会主義国家」と労働者階級:ソヴェト企業における労働者統轄 1929~1933年』(1984年、岩波書店)、『スターリン体制下の労働者階級:ソヴェト労働者の構成と状態:1929~1933年』(1985年、東京大学出版会)、『ソヴェト社会政策史研究:ネップ・スターリン時代・ペレストロイカ』(1991年、東京大学出版会)、『ペレストロイカの終焉と社会主義の運命』(1992年、岩波書店)、『終焉の中のソ連史』(1993年、朝日新聞社)、『社会主義とは何だったか』、『ソ連とは何だったか』(以上、1994年、勁草書房)、『現存した社会主義』(1999年、勁草書房)、『「20世紀史」を考える』(2004年、勁草書房)、『多民族国家ソ連の興亡(1)民族と言語』(2004年、岩波書店)、『多民族国家ソ連の興亡(2)国家の構築と解体』、『多民族国家ソ連の興亡(3)ロシアの連邦制と民族問題』(以上、2007年、岩波書店)、『民族とネイション』(2008年、岩波新書)、『冷戦終焉20年』(2010年、勁草書房)、『民族浄化・人道的介入・新しい冷戦:冷戦後の国際政治』(2011年、有志舎)、『ナショナリズムの受け止め方:言語・エスニシティ・ネイション』(2015年、三元社)、『歴史の中のロシア革命ソ連』(2020年、有志舎)、『国家の解体: ペレストロイカソ連の最期』(2021年、東京大学出版会)など。個人サイト塩川伸明ホームページ

*8:中国ではこうした事象を「上に政策あり、下に対策あり」と表現するそうです。

*9:これについては東ベルリン暴動 - Wikipedia参照

*10:1946年10月にドイツのソ連占領地区でドイツ共産党ドイツ社会民主党が合併して成立。1989年に民主社会党に改名。2005年に民主社会党は「労働と社会的公正のための選挙オルタナティブ」(シュレーダー党首に批判的なドイツ社民党左派が離党して結成)と統合して左翼党に発展的解消

*11:生活必需品のこと

*12:勿論値上げを抑えるために使われたのがソ連の経済支援であり、「ソ連に体力がないこと」でゴルバチョフがその支援を辞めたことが「値上げ抑制」を困難にし、体制崩壊の一因となったのでしょう。

*13:いわゆる「見直しを前向きに検討(つまりまだ実施してない)」でしょうから、まだ油断はできません。