新刊紹介:「歴史評論」2023年10月号(副題:今日もkojitakenに悪口する)(追記あり)

特集『ロシア・ウクライナ戦争から考える
 無能な小生にとって、可能な範囲で紹介します。
 「から考える」であって「を考える」ではない点に注意しましょう。
 伊香論文『戦争違法化体制と「侵略戦争」』、笠原論文『日本の中国侵略とその教訓』は「論文タイトル」「彼らの専門分野(ロシア史やウクライナ史ではなく、日本近現代史で、笠原氏は南京事件研究の第一人者)」から分かるように「ウクライナ戦争それ自体」を論じたものではありません。

<デスクの眼>ロシアと戦前の日本の相似 歴史学を未来に生かせるか:東京新聞 TOKYO Web2022.3.11
 プーチン氏には、ウクライナを欧米側から切り離し、ロシアの勢力圏に取り込みたい思いがあるようだ。
 一方、日本は1931年に満州事変を起こし、翌年に傀儡政権として満州国をつくる。背景には「満蒙(中国東北部)は日本の生命線」の言葉に象徴されるように、中国東北部は欧米列強やソ連と対抗するために欠かせない勢力圏という認識があった。
 ロシアを当時の日本、ウクライナ中国東北部に置き換えても違和感を覚えないだろう。
 なし崩し的な侵攻パターンも似ている。ロシアは先月21日、ウクライナ東部で親ロ派武装勢力が実効支配する地域を「独立国家」として承認し、平和維持を名目に軍の発動を命じた。当初は限定的な軍事行動とみる向きもあったが、結果は東と北、南の3方向からの全面侵攻となった。
 満州国建国後の日本も、北京や天津のある中国華北部に軍を出し、その周辺地域で相次いで傀儡政権(対日協力政権)を立てて事実上の支配地域を拡大。1937年の盧溝橋事件後は在中邦人の保護などを名目に軍を増派し、中国と泥沼の戦いに入っていった。
 プーチン氏にとって、東欧諸国のNATO加盟は欧米勢力による「侵略」であり、ウクライナ侵攻はかつてのソ連勢力圏を取り戻す一歩と見なしているのだろう。そんな独り善がりな考えは、(ボーガス注:1941年の太平洋戦争開戦で)欧米諸国による植民地支配からアジア諸国を「解放する」とうたった日本のようだ。
 ロシアは自国に都合の悪い国内外のメディアを排除する規制強化など、「大本営発表」に象徴される大戦時の日本にますます似てきている。歴史は繰り返すのだろうか。

特集ワイド:ウクライナ侵攻 旧日本軍手法に重なるロシア 「泥沼化」教訓、世界に示せ | 毎日新聞2022.3.16
 愛知大学非常勤講師*1で、日中戦争や同時期の対日協力政権(かいらい政権)史に詳しい広中一成さん*2(43)に語ってもらった。
◆広中
 中国近現代史の研究者としては、どうしても過去の日本の中国侵攻と重ね合わせてしまいます。もちろん、時代も国も違ううえ、ネット交流サービス(SNS)やサイバー攻撃もあり、全てが同じだとは言いません。でも、本質的な点は似ているように思います。

ロシアの侵攻の図式、かつての日本とうり二つ 盧溝橋事件の教訓とは [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル2022.7.7
 中国近現代史が専門で「後期日中戦争*3」などの著書がある愛知学院大学の広中一成准教授に聞きました。
◆広中
 戦争はいつの時代も同じようにやるものなのだなと感じています。日本は満州事変を起こし、傀儡政権を打ち立てました。
 ロシアも今回のウクライナ侵攻の前にすでにクリミア半島の併合をしています。ロシアにとってクリミアは重要拠点です。港があり、あそこがとられると、ロシアに一気に敵の軍が入ってくる可能性がある。だからどうしても自分たちがとらなければいけないと考える軍事拠点なんですね。
 かつての日本にすると、まさに満州中国東北部)が不安定だと、いつソ連が南下して朝鮮、日本に攻め入ってくるか分からない。そういう危機感がありました。だから、どうしても満州をとられたくない、守りたいという意識があって満州事変を起こしたのだと思います。

等の指摘があり、笠原氏だけが指摘していることではないですが

◆(俗に偽旗作戦というようですが)満州事変のようなロシアの自作自演
◆傀儡国家の建設(日本は満州国、ロシアはドネツク民共和国、ルハンスク人民共和国)
◆(ロシアもウクライナも)国家総力戦で戦争長期化
◆米国の経済制裁
◆虐殺事件の発生(例えば、日本は南京、ロシアはブチャ)

等、ウクライナ戦争には「大日本帝国の戦争」との類似点が多々あります。


◆戦争に利用される歴史学(松里公孝*4
(内容紹介)
 筆者はウクライナ史家。筆者の見解に寄れば現代のウクライナにおいては「ロシアへの反発」の強さのあまりに、歴史的背景を無視して歴史上の人物や出来事を「親ロシアか反ロシアか」で歴史的評価をする傾向が露骨になっている(そしてそうしたウクライナ民族主義の問題点について日本社会の批判が弱すぎる)と批判する。まあ、その典型はウクライナ万歳しかしないid:kojitakenのような輩でしょうが。
 例えば、筆者に寄ればコサックの統領(ヘチマン)イワン・マゼーパを「ロシアのピョートル大帝」に反逆したことから、現代ウクライナでは彼を「英雄視」し、一方、親露派と評価される統領「イワン・サモイロビッチ」を否定的に評価する傾向がある。
 しかし、

◆マゼーパは党利党略(カール12世と組んだ方が自分にとって有利)から、スウェーデンのカール12世と手を組み、ピョートルに反逆したにすぎず、ロシアと戦った英雄と評価するのは現代的価値観に毒されている
◆そもそも反逆するまでは彼はピョートルを利用して政敵を粛清しており、彼は常に反露だったわけではない
◆勿論、サモイロビッチも単純な親露派ではなく、党利党略(ピョートルと組んだ方が自分にとって有利)で動いたにすぎずその点ではマゼーパと大して変わらない
◆サモイロビッチもマゼーパも、党利党略(自己利益重視)で動いていたという意味では、あえて言えば、大河ドラマ真田丸』における真田氏(上杉、徳川、北条を手玉に取っていた)や梟雄と呼ばれた宇喜多直家(当初、毛利氏と手を組むが最終的には織田氏に鞍替え)のような存在でしかない
◆「反露*5」マゼーパを善、「親露」サモイロビッチを悪と描くのは完全に「ロシア敵視」の風潮が強い「現代ウクライナ的な価値観」にすぎず、当時、彼らはそうした価値観で動いていない
◆そもそも歴史学に「時代背景を無視して」現代的価値観から、安易に善悪の見地を持ち込むべきではない
→例:日本の南朝正統史観(足利尊氏を敵視等)

と筆者は批判する。

【参考:イワン・マゼーパ】

ウクライナ海軍初のエイダ級コルベット、艦名を「イヴァン・マゼーパ」に決定 ゼレンスキー大統領が発表 | フネコ - Funeco
 ウクライナ大統領府は2022年8月18日(木)、ゼレンスキー大統領の公表として、ウクライナ海軍で導入予定のエイダ級コルベットについて、艦名を「イヴァン・マゼーパ」とすると発表した。
 艦名は、ザポリージャのコサック国家におけるヘーチマンを務めていた、1600年代のウクライナの軍人「イヴァン・マゼーパ」に由来する。


◆戦争違法化体制と「侵略戦争」(伊香俊哉*6
(内容紹介)
 戦争違法化体制のスタートが「不戦条約」(1928年)です。日本は1929年に批准します。
 筆者に寄れば批准が1929年になった「理由の一つ」は「田中義一*7内閣の山東出兵(1927~1928年)」です。
 「山東出兵という武力行使」が違法化されることを恐れた日本は批准を躊躇していましたが
1)批准時(1929年)には山東出兵が沈静化していたこと
2)蒋介石政権については中国全土を支配していないこと(反蒋介石軍閥が存在すること)から不戦条約の適用対象外と言い逃れる余地があること
3)不戦条約は自衛権は否定していないため、『中国在留邦人の保護→関東軍自衛権発動』で武力行使を正当化できる余地があることから批准に踏み切ります。
 2)、3)から分かるように、不戦条約批准をもって、日本が本気で「不戦」の方向に動いたと言えるかは怪しくその2年後(1931年)に起こったのが「満州事変(蒋介石軍の攻撃を自作自演し、在留邦人保護を口実に武力行使)」です。満州事変は2)、3)によって不戦条約の対象外という論理が早速日本によって主張されます。
 そして国際連盟は日本の侵略に対して「大国日本と事を構えること」を恐れ、甘い態度に終始しました(リットン報告書は実は日本にかなり寛大)。
 そうした連盟の「日本への態度」は「イタリアのエチオピア侵略(1935年)」「ナチドイツのズデーテン併合やポーランド侵攻(1939年)」「ソ連フィンランド侵攻(1939年)」と他国の侵攻を助長することになります。
 ナチドイツのポーランド侵攻は第二次大戦へ発展し、国際連盟は事実上崩壊します。
 第二次大戦後、連盟に変わる組織として国際連合が誕生します。
 しかし戦後においても「米国のベトナム戦争やチリクーデター」「ソ連チェコ侵攻、アフガン侵攻」など「大国の侵略」には事実上何の制約も存在しない(ベトナムやアフガンの抵抗に根を上げた米国やソ連が軍を撤退しただけでニュルンベルク裁判や東京裁判のように戦争犯罪として裁かれたわけではない)という「悲しむべき事態」は今も続いています。


◆継承されるロシアの「戦争の文化」(麻田雅文*8
(内容紹介)
 「カチン虐殺(1940年)」と「ブチャ虐殺(2022年)」、「シベリア抑留(ある種の日本人拉致)」と「プーチンロシアのウクライナ人拉致(強制連行)」等、スターリンソ連プーチンロシアの「悪しき戦争文化」の共通性が指摘される。
 とはいえ「スターリンソ連スターリン死去は1953年:当時の日本は吉田*9内閣)」と「プーチンロシア(プーチンの大統領就任は2000年:当時の日本は森*10内閣)」との間には「長い時間」があるわけです。
 いかに
【1】戦前日本に「226事件(1936年)」「宮城事件(1945年)」という「軍のクーデター未遂」の忌まわしい歴史があるとは言え、自衛隊のクーデターがまず予想できないこと(例えば三島事件(1970年)の失敗)
【2】「朝鮮戦争ベトナム戦争等での米軍後方支援」の問題はあるが、戦前、日中戦争、太平洋戦争を起こした日本が戦後は専守防衛を国是として、海外での自衛隊の軍事力行使を回避してきたこと
を考えれば例えば「カチン虐殺」と「ブチャ虐殺」を「簡単に線でつなぐべき」ではないでしょう。
 「何故、悪しき戦争文化がロシアで継承されたのか(何故断絶されなかったのか)」について論じる必要が当然あります(そもそも『悪しき戦争文化が断絶されず継承された』と見なしていいか、むしろ『プーチンによって新しく作られたと見るべきではないか?』も議論の余地があるでしょうが)。そうでないと「ロシア人は昔も今も野蛮だった、そういう民族なのだ」というただの「ロシア人差別」にしかなりません。
【参考:カチン虐殺】

ウクライナ侵攻批判に歴史修正で対抗 ロシアが「カチンの森の虐殺」を否定:東京新聞 TOKYO Web2023.8.30
 1943年、ソ連領内まで攻め込んだナチス・ドイツ兵が、地中からポーランド将校の銃殺遺体を発見した。国際調査団の鑑定で、殺害はナチスの侵攻前と特定され、1939年にポーランド東部を併合して将兵らを自国領に連行したソ連の犯行と疑われた。疑いに対し、ソ連は全面否定し、「ナチスの犯行」と主張した。
 だが1990年には、最高指導者ゴルバチョフ氏が進めたグラスノスチ(情報公開)の下、内務人民委員部(秘密警察)による集団殺りくだったと初めて認めた。ソ連崩壊後の1992年には、スターリンら指導部が捕虜殺害を決定した事実も公表された。現大統領のプーチン*11も首相時代の2010年、「事件は正当化できない」と過ちを認めていた。
 ところがウクライナ侵攻から1年余り経過した今年4月、国営ロシア通信は「ポーランド将校らを殺したのはナチスの首領ヒトラーの部隊で、ソ連ではない」と報道。殺害時期も「1941年だった」とし、ナチス占領下で起きたと見解を再び一転させた。
 記事では「ナチスが自らの犯行をソ連がやったように見せかけた」と断定。さらにウクライナの首都キーウ近郊ブチャで昨年春、多数の市民の遺体が見つかったことに関しても、「ウクライナや米欧がロシアの犯行に見せようとして住民を殺害した」との主張を展開した。ロシア大統領府は「ロシアは他国を攻撃したことは歴史上、一度もない」(ペスコフ報道官)とも主張する。さらに法改正も行われ、第2次大戦前後にソ連が東欧諸国を侵略したことに言及すれば刑事罰が科される恐れが生じる。このためロシアで外国メディアがカチン虐殺について報じることは(ボーガス注:ロシア誹謗のデマニュースとして処罰される危険が高いため)事実上、不可能となっている。
◆津田塾大の吉岡潤*12教授(ポーランド史)の話
 今般のウクライナ侵攻を受け、ポーランドではカチン虐殺と重ねてロシアに対する反発が強まっている。ロシアが自らの負の歴史を直視しようとしたのはつかの間だった。ポーランドとロシアの関係修復は極めて難しい。


◆日本の中国侵略とその教訓(笠原十九司*13
(内容紹介)
 産経など日本ウヨがロシアの無法を非難*14しながら、日中戦争、太平洋戦争について「蒋介石反日がー」「ABCD包囲網がー」「ハルノートがー」「戦前日本は何一つ悪くなかった、むしろ被害者なのだ」と居直ることを「デタラメ極まりない」「自作自演で侵略正当化(満鉄を爆破した満州事変、田中隆吉による上海日本人僧侶襲撃事件(第一次上海事変の一部))、傀儡国家建設(満州国)、各種の戦争犯罪南京虐殺(捕虜虐殺、民間人虐殺)、バターン死の行進(捕虜虐殺)、731細菌戦部隊等)など、今のロシアのような無法国家が当時の日本だった」と批判する笠原氏です。
 なお、大山事件(第二次上海事件の一部)について、笠原氏は海軍が「大山等を鉄砲玉として使った挑発事件」と見なしてるようですが、未だ通説とは言いがたいようですので一つの説として紹介するにとどめます。
 なお、笠原氏は
1)このまま長期の泥沼戦争化していいのか、ロシアを利しない形での停戦ができないか
2)ロシアに非があるとは言え、だからといってウクライナ劣化ウラン弾クラスター爆弾使用は正当化できない
3)ウクライナ戦争を口実にしたNATO強化、日米安保強化は支持できない
としており「ウクライナ万歳のid:kojitaken」とはかなり違う立場であることを指摘しておきます。


◆歴史の眼『ウクライナ戦争をめぐる共和党内の路線対立』(西住祐亮*15
(内容紹介)
 共和党内にはバイデン政権のウクライナ支援について以下の三派*16があるとしている。
1)バイデンを概ね支持
→このグループはウクライナ問題ではなく別の問題でバイデンを批判
2)「ウクライナに対する軍事支援」「ロシアに対する制裁」が不足しているとして「さらなる軍事支援(例えば現時点ではバイデン政権が提供していない戦闘機や長距離ミサイル等の供与)や制裁強化」を主張したり、果ては「ベトナム戦争イラク戦争のような米軍の戦場投入→ロシア軍との激突(勿論バイデン政権は現時点において米軍投入の可能性を否定)」を求める。
 この議員の例として、西住論文は2016年大統領選挙共和党予備選*17に出馬した、ミット・ロムニー*18テッド・クルーズ上院議員テキサス州選出)、現代アメリカの「同志スターリン」: 白頭の革命精神な日記が批判する「タカ派」リンゼイ・グラム上院議員サウスカロライナ州選出)等をあげている。
【参考】

リンゼー・グラム - Wikipedia
 2023年1月、超党派の議員によるウクライナ訪問に参加。1月20日にはゼレンスキー大統領と会談し、会談後の記者会見ではアメリカを含む西側諸国に対して戦車の供給を促す発言を行った。
→グラム発言時点では戦車供給は表明されていませんでしたが、その後

米独、ウクライナへの戦車の供与を発表 ドイツは他国の供与も認める - BBCニュース2023.1.26
 アメリカとドイツ両政府は25日、ウクライナに戦車を供与すると発表した。アメリカは「M1エイブラムス」31台を、ドイツは「レオパルト2」14台をそれぞれ送る。

となります。

ウクライナ支援、失敗なら台湾侵攻可能と中国にシグナル=米議員 | ロイター2023.5.29
 米共和党のリンゼー・グラム上院議員は26日、ロシアとウクライナの戦争で米国がウクライナを十分に支援できなければ、中国に台湾を侵攻できるというシグナルを送ることになると指摘した。
 訪問先のウクライナで、ゼレンスキー大統領と会談後、米国はウクライナにさらなる兵器を提供するべきだという見解を示した。
ウクライナへの支援を後退させてはならない。ここで失敗すれば、台湾も同じ状況*19になる」と記者団に語った。

3)2)とは逆に「ウクライナ支援は米国の国益にならない」として縮小や廃止を主張
 この例としては例えばマージョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州選出)等のトランプ派
【参考】

米下院共和党の極右議員ら、ウクライナ支援の打ち切りを模索 - CNN.co.jp2022.11.18
 米下院共和党マージョリー・テイラー・グリーン議員率いる極右議員らは17日の記者会見で、ウクライナ支援に反対する意向を明言した。
 グリーン氏は「ウクライナは今や米国の51番目の州になったのか。ゼレンスキー(ウクライナ大統領)が我々の政府のどの役職に就いているというのか」と問いかけ、共和党のマット・ゲーツ下院議員*20も「私はもう1ドルたりともウクライナに与える票を投じない」と発言した。

グリーン議員、ウクライナへの20億ドル追加支援で、監査を要求 | ワシントン・タイムズ・ジャパン2023.2.24
 共和党マージョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州)は金曜日、過去1年間に米政府がウクライナに送った1,140億ドルを超える軍事および人道支援について、全面的な監査連邦政府に強制できる法案を提出した。
 グリーン議員は指摘する。
「我々の血税がどこに流れているのかを正確に知るため、この決議案を提案したい。」
 グリーン議員のような保守派の共和党議員たちは、資金が如何に配分されてきたか、十分な説明責任が果たされていないと指摘する。

 勿論この場合の「監査」とは「暇空茜こと水原清晃」がコラボ相手にやった「監査請求」と似たり寄ったりの代物です。
 水原が「アンチコラボの立場からコラボへの支援廃止(あるいはそれに留まらずアンチフェミから、女性支援事業を敵視→全て廃止?)をもくろんでいる」のであってマジで「税金支出に問題がある」と思ってるわけではないのと同様グリーン一派も「ウクライナ支援それ自体」を敵視し、廃止したい*21ともくろんでいるからです。まあ古今東西、「似たようなクズは似たような行為をやらかす」というべきでしょうか。
【参考終わり】
 開戦当初は1)が共和党においても多数派だったが、戦争が長期化するにつれ「支援疲れ」から、2)や3)が増加している(但し、共和党においても未だ主流派は1)とのこと)。
 2)、3)の違いとしては「戦局をどう見るかが大きい」のではないかとしている(米国が積極関与すれば事態は改善すると戦局を楽観視すれば2)、逆に悲観視すれば3))。なお、3)グループに「親ロシア派(典型的にはトランプ)」がいることは確かだが3)を「全て親露」と見なすことは間違いであり、むしろ「生活保守派(自分の生活に直接関係ないことに関わりたくない、むしろ身近な生活問題で政治家には動いて欲しい)の選挙民」に対応した動きではないかとしている。
【追記】
 米国の「ウクライナ支援疲れ」については以下を紹介しておきます。

ゼレンスキー大統領がホワイトハウス訪問へ 「ゆすり野郎」と批判、世論も変化で“正念場”ウクライナ支援(FNNプライムオンライン) - Yahoo!ニュース(FNNワシントン支局 中西孝介)2023.9.21
 訪米中のウクライナのゼレンスキー大統領は21日、ホワイトハウスを訪問しアメリカのバイデン大統領との首脳会談に臨む。
 ただ、去年12月にゼレンスキー氏がホワイトハウスを訪問し、その後の議会演説では万雷の拍手で迎えられた当時と比べて、アメリカ国内のウクライナ支援に対する風当たりは厳しくなっている。
 アメリカ国内からは、“支援疲れ”とも表される現象が顕著になってきている。
 CNNニュースの8月の世論調査では、「議会はウクライナ支援のための追加資金を承認すべきではない」と55%の人が回答した。
 さらに、51%が「ウクライナに十分な支援をした」と答え、「もっと支援すべきだ」の48%を上回った。
 野党・共和党の支持者では、「追加の資金援助を控えるべきだ」との回答が71%にのぼる。
 世論を背景に、共和党の大統領候補の1人で過激な発言で支持を集めているラマスワミ氏*22は、ウクライナ支援の取りやめを公言している。
 さらに、ゼレンスキー氏が自国の選挙を実施するためにアメリカに追加資金を要求したことを「選挙ゆすり野郎」とこき下ろし、「アメリカに対する新たなレベルの恐喝だ」と痛烈に批判した。
 連邦議会では急進的な動きも起きている。
 共和党過半数を占める下院では7月、70人の下院議員がウクライナへのすべての援助を打ち切る法案に賛成票を投じた。
 法案は否決されたが、想像以上にウクライナ支援を懐疑的に思う議員が増えているとの見方を裏づけた。
 さらにマッカーシー下院議長もこれまでに、ウクライナ支援は「白紙委任するつもりはない」と発言し、見直しも含めた支援内容の精査にあたる考えを示している。
 現在、バイデン政権はウクライナの安全保障などの支援として、240億ドル(約3兆5000億円)を含んだ、約400億ドル(約5兆9000億円)の追加予算について議会に承認を求めているが、猛反発を受けている。
 共和党・最強硬派の「フリーダム・コーカス」の1人、ビッグス議員は「新たなウクライナ支援を支持するつもりはない」と明言。
 トランプ前大統領に近いグリーン議員も「ウクライナアメリカの51番目の州ではない。国防総省の使命はアメリカを守り、戦争を防ぐことだ。」と述べて、バイデン政権の対応を批判した。
 以前から、一部の共和党強硬派がウクライナ支援について強く反対してきたが、少しずつ穏健派の中にも反対派が増え始めている。
 さらに、これまでにアメリカは800億ドル(約11兆円)近い支援を行ってきたが、ウクライナ国内では汚職や不正も相次いでいる。
 防衛相や高官が解任されたことも汚職や不正が背景にあるとみられていて、支援金の活用方法に疑問の声も挙がっている。

アメリカ「つなぎ予算」、ウクライナ支援除外し一転可決…政府機関の一部閉鎖を土壇場で回避 : 読売新聞2023.10.1
 つなぎ予算を巡っては、下院で多数派の共和党が9月29日に独自案をまとめたが、ウクライナ支援の減額や大幅な歳出削減を主張する保守強硬派21人が造反し、否決されていた。翌30日に改めてマッカーシー氏ら共和党指導部がウクライナ支援を除外した案をまとめ、超党派の合意に至った。
 米議会では、24年度予算を巡ってバイデン政権と共和党が対立し、政府機関が一部閉鎖される懸念が高まっていた。多くの政府サービスが中断し、数百万人の連邦職員が一時帰休や無給での勤務を強いられる恐れがあった。
 つなぎ予算の成立で当面の閉鎖は回避されたが、期限となる11月17日が近づくと、再び予算を巡る両党の対立が激化するとみられる。

揺らぐ米国のウクライナ支援 つなぎ予算から除外、結束崩れる恐れ | 毎日新聞2023.10.1
 米連邦政府の11月中旬までの運営費をまかなう「つなぎ予算」が9月30日夜に成立し、政府機関が一部閉鎖される事態は土壇場で回避された。つなぎ予算からはロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援が除外されており、支援の継続性に対する懸念も表面化した。
 共和党の保守強硬派は予算審議でかたくなにウクライナ支援への反対を主張した。
「米国民の血税ウクライナに送金してはならない。バイデン政権は自国の国境問題*23よりもウクライナの国境問題*24を優先している」(グリーン下院議員)。
 支援の大幅削減を求めるのは共和党内でも一部の保守強硬派だが、民主・共和両党派間の議席数が僅差のため強硬派が発言力を持っている。

 勿論「民主、共和の僅差が支援消極派を利してる」と言う面はあるでしょうが「国民世論多数が支援賛成」ならこうした動きには出ないでしょう。


◆歴史のひろば『ロシア・ウクライナ戦争をめぐる視覚と論点』(土肥有理*25
(内容紹介)
 以下の著書が紹介されています(刊行年順に紹介)。
【通史】
◆黒川祐次『物語・ウクライナの歴史』(2002年、中公新書
 著者は元ウクライナ大使。刊行時期的に「プーチンウクライナ侵攻」に直接つながるような話は勿論ない。
◆グージョン『ウクライナ現代史』(2022年、河出新書
ウクライナ戦争】
◆松島芳彦『プーチンの過信、誤算と勝算:ロシアのウクライナ侵略』(2022年、早稲田大学出版部)
 著者は元共同通信モスクワ支局長(現在は共同通信編集委員論説委員
◆大前仁『ウクライナ侵攻までの3000日:モスクワ特派員が見たロシア』(2023年、毎日新聞出版
 著者は毎日新聞モスクワ支局長

参考

「プーチンの過信、誤算と勝算 ロシアのウクライナ侵略」松島芳彦著/早稲田大学出版部|日刊ゲンダイDIGITAL(2022年9月7日、佐藤優
 松島氏はこの戦争でロシア正教会が重要な役割を果たしていると見る。
<(ボーガス注:ロシア正教会)総主教キリールはロシアのウクライナ侵攻直後の2月27日、モスクワの救世主ハリストス大聖堂で信者に向かい「私たちにこれほど近い兄弟であるウクライナにおいて、ルーシとロシアの教会の一体化を損なおうと常時狙ってきた邪悪な勢力が、今の政治状況を利用して勝利を収めてはなりません」と語った。「邪悪な勢力」が何を意味しているかは、キリール自身による次のような言葉から知ることができる。
「1990年代までロシアは、安全と尊厳が尊重されることを約束されていました。しかし、時がたつにつれ、あからさまにロシアを敵とみなす勢力が国境に近づいてきたのです。その兵器がいつか自分たちに対して使われるかもしれないと私たちは懸念しました。NATO加盟諸国は、そのような懸念を無視して毎年、毎月、軍備を増強してきたのです」。
 これは、世界教会協議会(WCC)がウクライナ戦争で和平の仲介をキリールに要請した書簡に、3月10日付で答えた文面である。仲介どころか、全面的にプーチンと同じ言葉を使い、戦争を支持している。戦争の大義を教会が積極的に宣伝しているのだ。>
 もっともロシア正教会の保守的体質は伝統的なものだ。1968年のソ連軍などによるチェコスロバキア侵攻もロシア正教会ソ連政府の立場を支持した。正教会にはイデオロギーには関係なく時の政権を支持するという政治文化がある。


◆書評:谷口真子*26葉隠〈武士道〉の史的研究』(2022年、吉川弘文館)(評者:中嶋英介*27
(内容紹介)
1)佐賀藩士・山本常朝の著書『葉隠』(常朝の弟子・田代陣基が常朝の口述を筆記)がどのような経緯で成立し、常朝は何を主張したかったのか
2)常朝の著書は佐賀藩鍋島藩)においてどのように受容されたのか
3)もともとは佐賀藩士向けの著書にすぎない『葉隠』が何故戦前日本において広く知られるようになったか(例えば悪名高い『戦陣訓』に葉隠の影響があるとされる)
といったことが論じられてるようですが、小生の無能のため詳細な紹介は省略します。

参考

佐賀、近代日本の偉人、大隈重信 『佐賀偉人伝 大隈重信』の刊行にあたって:文化:教育×WASEDA ONLINE
 佐賀鍋島藩には山本常朝が語り残した『葉隠』という書物があり、長い間、写本でしか伝わっていなかった。明治時代になって出版されたものがあるが、不完全であった。そこで、大正五年(1916)、大隈が慫慂し、自ら序文を書いてより完全な形で出版された。その『葉隠』の冒頭には、(一)武士道に於ておくれ取り申すまじき事、(一)主君の御用に立つべき事、(一)親に孝行仕るべき事、(一)大慈悲を起し人の為になるべき事、の四誓願が掲げられ、毎日これを唱えるべきことが書かれている。しかも『葉隠』では特に四番目を重視し、「慈悲より出る勇気が本の物なり」とも言っている。
 大正六年(1917)五月、大隈は祖先の墳墓改築のために郷里佐賀に帰り、菩堤寺の龍泰禅寺で講演をしたが、その中で次のように語っている。
「慈悲は家族制度の根本である許りでなく、又実に勇気の源である。
 吾々が三百年来養われ来った葉隠の根本精神にも亦、此慈悲を重んずる事があり、所謂四誓願葉隠の根本を為している。
 吾輩微力短才にして今日の地位に在るは実に龍造寺鍋島の遺沢、殊に名君閑叟公*28撫育の賜である。」
 大隈のモットーである「人のために善をなせ」の淵源が、『葉隠』の「大慈悲を起し人の為になるべき事」にあることは、もはや疑いがないであろう。これが大隈の絶対的確信、根本的信念となっていたのである。

 こうした佐賀出身の大物政治家「大隈*29」の言動も当然「葉隠の普及」に貢献したでしょう。

佐賀県警本部長に就任した三田豪士さん =人プロフィル= 「葉隠」胸に「一瞬を懸命に」 | 行政・社会 | 佐賀新聞ニュース | 佐賀新聞2018.2.3
 佐賀県民の「安全安心」の実現を担う県警トップに就任した。好きな言葉は「端的只今(たんてきしこん)」。佐賀藩士が武士の心得を説いた「葉隠」につづられている。
「一瞬一瞬を一生懸命に事に当たり、その積み重ねが人生になる。突発事案に対処する警察にも通じる」 

交通マナー啓発に尽力 佐賀県警・三田本部長 離任会見 | 行政・社会 | 佐賀新聞ニュース | 佐賀新聞2019.8.20
 佐賀県警本部長を20日付で離任する三田豪士警視長(50)が19日、県警本部で会見した。佐賀藩士が武士の心得を説いた葉隠」にある「端的只今(たんてきしこん)」の精神を胸に、県民の交通マナー向上を目指す交通安全施策などに当たってきた日々を振り返った。

 未だに佐賀では「葉隠」の影響がそれなりにあるのか?

葉隠 - Wikipedia参照
 (そのような『葉隠』理解が正しいかどうかはともかく)『葉隠』を有名にしたのは、佐賀出身の軍人たちであった。
 1932年(昭和7年)1月の古賀伝太郎連隊長の戦死、2月の江下武二陸軍一等兵(爆弾三勇士(肉弾三勇士)の一人、死後、二階級特進で伍長)の戦死、3月の空閑昇少佐の自決(いずれも佐賀県出身)を、1932年3月、『肥前史談』5巻3号が「葉隠精神の発露」と評価して以降、『葉隠』は忠君愛国精神のシンボルとなった。
 また、広尾彰少尉(真珠湾攻撃で戦死した九軍神の一人、死後、二階級特進で大尉)も佐賀県出身であり、彼の死も「葉隠精神の発露」と評価された。

<報国の子どもたち 戦時体制の模範校>(5)識者インタビュー 立教大名誉教授・前田一男さん 事実を知ることから出発を 決戦下の教育、時代踏まえ考えて | 行政・社会 | 佐賀新聞ニュース | 佐賀新聞2023.8.16
 戦時中に少年団奉仕隊を結成し、出征兵宅での勤労奉仕に尽くすなど国民学校*30の模範校となった鹿島町国民学校(現・鹿島市立鹿島小)。この実像に迫った終戦企画「報国の子どもたち」の最終回は、日本近代教育史が専門の前田一男・立教大名誉教授(67)に、軍人援護教育が果たした役割などを聞いた。
記者
 鹿島町国民学校が軍人援護教育を広めるために発行した本「軍人援護教育と少年団奉仕隊」の特徴は。
前田
 「葉隠健児」という言葉が出てくるが、葉隠の郷土精神は「天皇のために死ぬ」という戦時中の理念にぴったり合致したのだと思う。
記者
 当時の子どもたちに話を聞くと、本の内容と実態には食い違いを感じた。
前田
 本を読むと、建前論が書かれている印象も強く受けた。「こう体系づけて軍人援護教育をやろう」というモデルは示されているが、どこまでその実践が徹底して展開されたか、それを子どもが実際にどう受け取ったのか、ここにはかなり乖離があると思う。

 「葉隠」が「佐賀県外」にも広まったのは意外と「最近(1931年の満州事変以降)」のようです。
 なお話が脱線しますが『著名な佐賀出身の幹部軍人』としては以下の人間がいます。

佐賀県出身の人物一覧 - Wikipedia
◆安保清種
 浜口、第二次若槻内閣海軍大臣
◆真崎甚三郎
 陸軍皇道派領袖。台湾軍司令官、参謀次長、陸軍教育総監等を歴任
牟田口廉也
 第15軍司令官(ビルマ)としてインパール作戦に従事
◆村上格一
 清浦内閣海軍大臣
◆吉田善吾
 阿部、米内、第二次近衛内閣海軍大臣

永遠の図書室通信 第18話「日本・日本人・日本論」 - 防衛日報デジタル|自衛隊総合情報メディア
大木陽堂解説「鍋島論語 葉隠読本*31」 
 武士の心得が書かれた本です。恐らくこれをお読みの方々の中には、「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉を知ってる人も多いのではないでしょうか。その言葉の元となったのがこの葉隠読本なのです。
 藩主に仕える者の心構えや歴史・習慣に関する知識、処世術などが書かれた書物。
 少しだけ見てみると、「第一印象は後にまで及ぶ」や「若い時に苦労して老後は安楽に」「辛いことは今日一日だけと思え」「常に覚悟をすべし」など、現在を生きる我々にも充分響くような教訓が並んでいるこの本。考えてみれば背負う重みの種類こそ違えど、武士も働く我らも等しく勤め人。まさに先人から学ぶといった言葉が合いますね。
 ちなみに中には「急ぐな、落ち着け」という項目もあります。はいと首を縦に振らざるを得ない説得力。
 しかし、やはり当時を生きる武士。今とは違う感覚も当然ながらあります。
 「死は最上の忠義」「武勇のためには怨霊悪鬼」「主人のためには地獄も平気」といった、まさに武士道というべき言葉もあります。しかしそれもよく読んでみると(全部が全部ではないですが)なるほどな、と思う箇所もあります。表題だけ読んだときにはわからなかったことも、横に書いてある意味や解説でようやく言葉の形を成す、という感じでしょうか。
 「武士道とは死ぬことと見つけたり」も、要は「いつでも死ぬ気で行動すべし」という意味で、けして「死=善」ではありません。今でも「死にものぐるいで頑張る」という言葉がありますが、雰囲気としてはそれに似たものかと思います。
 いつの時代にも文章の解釈を間違えたり、曲解してしまうことはあります。
 この言葉を「死は美徳である」と解釈してしまった時代があります。それが太平洋戦争中であり、玉砕や特攻、自決といった悲しい場面で尊ばれていたのだそう。江戸時代、昭和、令和と命の重みや使い方は異なれど、けして山本常朝(口述者)も田代陣基(編集)も「そうではないんだけど」と困惑するのではないでしょうか。

第12回 『性生活の知恵』池田書店に前史『葉隠』教材社あり | 皓星社(こうせいしゃ) 図書出版とデータベース
池田書店とは
 池田書店は昭和24年に池田敏子が創業した実用書の専門出版社で、同社自身の社史はないものの、取次・日本出版販売(日販)の社史『日販三十年のあゆみ』(日本出版販売、昭和55年)及び、その雛形ともいえる『戦後20年・日本の出版界』(日本出版販売弘報課、昭和40年)などに自社紹介がある他、「読ませる」出版社大事典として明治末期から平成まで120社の横顔を紹介した塩澤実信*32の大著『出版社大全』(論創社、平成15年)でもページが割かれている。
池田書店の大ベストセラー『性生活の知恵』
 ある時、敏子はお産の本を企画し、さる高名な病院長に名前だけの著者になってくれるよう頼みに病院を訪れた。待合室で何気なく婦人雑誌に手にすると、そこに掲載されていたお産の記事が目にとまった。お産のことをサラッと書いたその記事の筆者は謝国権という当時無名の日本赤十字社産院の医局長で、敏子は病院長ではなく謝に執筆を依頼することを決め、その著書『お産 : らくなお産と上手な避妊法』(昭和33年)を出版。これが好評を博す。
 昭和35年に猥褻による発禁を恐れる謝を励まして出版したのが、有名な『性生活の知恵』である。
 当時タブーだった性に関する著書、それも性交の体位解説書だったが、同書は猥褻にならないように人形写真を使用するという独創的なアイデアで評判を呼び、半年で40万部以上を売り上げ、英語版80万部も含めて400万部以上の大ベストセラーとなった(購入者の3割は女性だった由)。昭和39年に池田書店は実用書の専門出版社へと完全に転換、今日に至っている。
池田書店前史:教材社とベストセラー「葉隠
  近藤信緒*33『人に好かれる法』*34と、文藝春秋編『血族が語る昭和巨人伝*35 に収められた(ボーガス注:池田書店創業者)敏子の長男・菊敏による小伝「池田敏子:性生活に革命をもたらした女社長」を参照すると、戦後に創業された池田書店には、前史があることがわかった。
 昭和4年敏子は6歳上の高山菊次と結婚したが、彼は文学青年で稼ぎがほとんど無かった。敏子が文句を言うと「お前が俺にいう文句を本にしたらいい」と返されたことから、本当に執筆活動を開始。昭和10年、31歳で教材社を創業して高山晴州の筆名で『心理学応用・人を知る法』を出版したのを手始めに、以後料理・化粧・服装・結婚など様々な分野の小冊子を発行して基礎を固めた。昭和14年に出した伊福部敬子『若き母に贈る』もベストセラーとなったが、教材社に莫大な利益をもたらしたのは「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」という一句で知られる肥前佐賀藩に伝わる武士の修養書「葉隠」であった。

 口語版の『葉隠』を出すと、それが爆発的に売れました。火を付けたのは朝日新聞の一面に載った“爆弾三勇士”の記事です。記事には自爆した兵士のポケットに『葉隠』が入っていたと書かれていました。そこに目を付けた陸軍が、その本を副読本にするため、大量に注文してきたといいます。
(『血族が語る 昭和巨人伝』p208)

 「爆弾三勇士」「葉隠」でインターネットを検索すると『Waseda RILAS journal』6号(平成30年)所収の谷口眞子「1930年代の日本における「葉隠」の普及過程*36」という論文が見つかった。その「第3章:「葉隠」の全国的普及」にはこうある。

 (大木陽堂の)『葉隠論語』は1936年3月10日に50銭(筆者註:原文ママ20銭の誤記か)で教材社より刊行されたが、3月15日には早くも再版、4月2日に三版と、出版の勢いはすさまじかった。その後、『葉隠論語抄』とタイトルが変わる(ただし、外装の表紙には「鍋島秘書 葉隠論語抄本」、内表紙は「葉隠論語抄」となっている)。目次、ページ数、内容はすべて同じで、1939年11月15日刊行の『葉隠論語抄』奥付によれば、1936年12月10日10版、1938年6月15日20版、1939年1月18日30版、同年11月15日46版(46版以降は定価50銭)が出版されており、3年8ヶ月で46版というベストセラーであった。(p294)

 さらに教材社の『葉隠』が売れた理由として、昭和10年に出た栗原荒野『分類註釈・葉隠の神髄』(葉隠精神普及会)が原文を収録した大部(約600ページ)で高価(3円)な本であったことに対して、こう分析している。

 大木『葉隠論語(抄)』は100頁ほどの小冊子であり、東京の教材社から定価20銭、送料2銭で販売され、一般大衆を読者に想定して売られた。「葉隠」感話として、合計76の話が1頁に1つくらいの分量で紹介されている。「柳生流兵法の極意は死ぬ事」「諫言は人に知られぬ様に」「奉公は好き過ぎて過ちあるが本望」などのタイトルが目次に並び、手に取りやすい体裁で、平易な現代語で説明されている。以上のような体裁や文体、想定読者層や新聞広告による宣伝効果もあって、ベストセラーになったのだろう。(p296)

 「葉隠」は教材社に莫大な利益をもたらしたが、金回りが良くなった夫の高山は愛人を作り、その「二重生活」が敗戦後に敏子にばれたことから離婚。敏子は子供5人を全員引き取って旧姓の池田に戻り、改めて池田書店を創業したのであった。

 血族が語る昭和巨人伝ですが、「池田敏子」以外に、どんな人間が取り上げられてるかについては血族が語る昭和巨人伝を紹介しておきます。

阪東妻三郎(俳優)
 【証言者】阪東の長男で俳優の田村高広(以下、全て同様に証言者)
吉田茂(元首相)
 吉田の孫で元首相、現在、自民党副総裁の麻生太郎
鳩山一郎(元首相)
 鳩山の孫で元首相の鳩山由紀夫
河野一郎鳩山内閣農林相、岸内閣経企庁長官、池田内閣農林相、建設相などを歴任)
 河野の長男で元自民党総裁河野洋平
横山エンタツ(漫才師)
 横山の次男で喜劇俳優花紀京
伊東深水日本画家)
 伊藤の娘で女優の朝丘雪路
古今亭志ん生(落語家)
 志ん生の孫(志ん生の長男である金原亭馬生の娘)で女優の池波志乃

などがありますね。
 それはともかく、池田書店を創業した池田敏子は「女傑」といっていいのでしょう。

佐賀)江下伍長の地元を訪ねて かつては銅像 [戦後75年特集]:朝日新聞デジタル2020.8.12
 「肉弾三勇士」は死後、2階級特進して一等兵から伍長になった。なので江下武二は「江下伍長」として知られる。
 江下伍長は佐賀市蓮池町(旧蓮池村)の出身。どんな風に伝わっているのか知ろうと、町の公民館に聞いた。「老人クラブの最年長でもよく知らない」との返事。ただ、墓があるという地元の寺を教えてくれた。のどかな田園と住宅に囲まれた、蓮池町小松の正念寺。一角に江下伍長の墓はあった。

 「爆弾三勇士(肉弾三勇士)」「九軍神」「戦陣訓」で戦後大変評判が悪くなる『葉隠』ではあります。

*1:役職は2022年3月当時。2023年10月現在は准教授

*2:著書『ニセチャイナ:中国傀儡政権(満洲・蒙疆・冀東・臨時・維新・南京)』(2013年、社会評論社)、『語り継ぐ戦争:中国・シベリア・南方・本土「東三河8人の証言」』(2014年、えにし書房)、『冀東政権と日中関係』(2017年、汲古書院)、『牟田口廉也』(2018年、星海社新書)、『傀儡政権:日中戦争、対日協力政権史』(2019年、角川新書)、『後期日中戦争:太平洋戦争下の中国戦線』(2021年、角川新書)、『増補新版・通州事件』(2022年、志学社選書)等

*3:2021年、角川新書

*4:東大教授。著書『ポスト社会主義の政治:ポーランドリトアニアアルメニアウクライナモルドヴァの準大統領制』(2021年、ちくま新書)、『ウクライナ動乱:ソ連解体から露ウ戦争まで』(2023年、ちくま新書

*5:といっても最終的に寝返ったにすぎず、筆者によれば長く親露だったそうですが

*6:都留文科大学教授。著書『近代日本と戦争違法化体制:第一次世界大戦から日中戦争へ』(2002年、吉川弘文館)、『満州事変から日中全面戦争へ』(2007年、吉川弘文館)、『戦争はどう記憶されるのか:日中両国の共鳴と相剋』(2014年、柏書房

*7:参謀次長、原、第2次山本内閣陸軍大臣等を経て首相

*8:岩手大学准教授。著書『中東鉄道経営史:ロシアと「満洲」1896-1935』(2012年、名古屋大学出版会)、『満蒙』(2014年、講談社選書メチエ)、『シベリア出兵』(2016年、中公新書)、『日露近代史』(2018年、講談社現代新書)、『蔣介石の書簡外交:日中戦争、もう一つの戦場』(2021年、人文書院

*9:東久邇宮、幣原内閣外相を経て首相

*10:中曽根内閣文相、宮沢内閣通産相、村山内閣建設相、自民党総務会長(橋本総裁時代)、幹事長(小渕総裁時代)等を経て首相

*11:エリツィン政権大統領府第一副長官、連邦保安庁長官、第一副首相、首相等を経て大統領

*12:著書『戦うポーランド第二次世界大戦ポーランド』(2015年、東洋書店

*13:都留文科大学名誉教授。著書『アジアの中の日本軍』(1994年、大月書店)、『日中全面戦争と海軍:パナイ号事件の真相』(1997年、青木書店)、『南京事件』(1997年、岩波新書)、『南京事件三光作戦』(1999年、大月書店)、『南京事件と日本人』(2002年、柏書房)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書→増補版、2018年、平凡社ライブラリー)、『「百人斬り競争」と南京事件』(2008年、大月書店)、『日本軍の治安戦』(2010年、岩波書店)、『第一次世界大戦期の中国民族運動』(2014年、汲古書院)、『海軍の日中戦争:アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ』(2015年、平凡社)、『日中戦争全史(上)(下)』(2017年、高文研)、『憲法九条と幣原喜重郎日本国憲法の原点の解明』(2020年、大月書店)等

*14:鈴木宗男など、一部にロシア擁護するウヨもいますが。

*15:中央大学兼任講師

*16:なお、西住論文は簡単に触れるに留まっていますが、民主党も実は「バイデン支持」「支援拡大派」「支援縮小派(親ロシアと言うことではなく、外国への介入消極派)」の三派(勿論最大グループは「バイデン支持派」)があり一枚岩ではありません。

*17:勿論トランプが予備選で勝利し、共和党候補として、民主党クリントン候補を破って大統領に就任

*18:2016年当時は元マサチューセッツ州知事。現在は上院議員ユタ州選出)

*19:勿論「中国の侵攻意欲を助長する」という意味ですが政治状況が違うので放言、デマカセも甚だしい。

*20:フロリダ州選出

*21:但し、そうしたグリーン一派の本心を知りながら共和党執行部は1)支援消極派が共和党内に無視できない数でいること、2)監査請求を否定し続けると「不正があるから拒否してるのだ」というグリーン一派のネガキャンを助長しかねないことから監査請求それ自体は容認した上で「不正はないから支援に賛成しろ」というカウンター攻撃をもくろんでいるとみられる。

*22:ラマスワミについてはヴィヴェック・ラマスワミ - Wikipedia“トランプ2.0”? アメリカ大統領選挙 共和党注目のラマスワミ氏って? | NHK参照

*23:「米国と国境を接する」メキシコからの移民問題のこと。これについては例えば米バイデン政権を悩ませる"移民対策" NHK解説委員室(2021.5.11)、バイデン米大統領のアキレス腱とは? メキシコ国境地帯をゆく | NHK | WEB特集 | 米 バイデン大統領(2021.7.12)を紹介しておきます。

*24:ウクライナ戦争のこと

*25:明治大学兼任講師

*26:早稲田大学教授。著書『近世社会と法規範』(2005年、吉川弘文館)、『赤穂浪士の実像』(2006年、吉川弘文館)、『武士道考:喧嘩・敵討・無礼討ち』(2007年、角川叢書)、『赤穂浪士と吉良邸討ち入り』(2013年、吉川弘文館)等

*27:西安外国語大学(中国・陝西省)日本文化経済学院副教授。著書『近世武士道論:山鹿素行大道寺友山の「武士」育成』(2019年、東北大学出版会)

*28:佐賀藩主・鍋島直正のこと

*29:大蔵卿、第一次伊藤、黒田、第二次松方内閣外相、首相を歴任

*30:1941年の国民学校令によって設立され1947年に廃止。現在の小学校にあたる(国民学校 - Wikipedia参照)

*31:昭和11年(1936年)に池田書店から刊行

*32:「週刊大衆」編集長、双葉社編集局長、出版局長等を歴任。著書『奇跡の出版人・古田晁伝:筑摩書房創業者の生涯』(2015年、東洋出版)、『大橋鎭子花森安治:「暮しの手帖」二人三脚物語』(2016年、北辰堂出版)等

*33:池田敏子(1904~1984年、池田書店創業者)のペンネーム

*34:2007年、ダイヤモンド社

*35:1990年、文春文庫

*36:後に谷口『葉隠〈武士道〉の史的研究』(2022年、吉川弘文館)に収録