新刊紹介:「歴史評論」2024年3月号

特集『ジェンダー主流化歴史教育
【前振り】
 「ジェンダー主流化」については以下を紹介しておきます。平たく言えば「従来軽視されていたジェンダーの視点を政治、行政等の分野に組み込む」と言う話かと思います。

ジェンダー平等の日本へ いまこそ政治の転換を/2021年10月1日 日本共産党2021.10.2
「5 意思決定の場に女性を増やし、あらゆる政策にジェンダーの視点を貫く「ジェンダー主流化」を進めます」
 90年代以降、世界は「ジェンダー主流化」を合言葉に、根強く残る男女格差の解消を進めてきました。「ジェンダー主流化」とは、あらゆる分野で、計画、法律、政策などをジェンダーの視点でとらえ直し、すべての人の人権を支える仕組みを根底からつくり直していくことです。
 そのためにも、政治家や、企業の管理職はもちろん、各種団体、地域など、あらゆる場面で女性の参画を進めることが求められています。意思決定の場に女性を増やすことは、ジェンダー平等を進めるために欠かせません。

ジェンダー主流化:持続可能な世界を創るための処方箋大崎麻子*1
 SDGsには17の目標*2がありますが、そのうちの一つが「ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメントの実現」です。
 では、SDGsの実施原則として、「全てのゴールにジェンダー視点をシステマティックに主流化しなければならない」と明記されていることはご存じでしょうか。「ジェンダー主流化」とは、教育、保健医療、労働、気候変動など、すべての領域で、男女がそれぞれどのような異なる状況にあるかを精査し、その実態に基づいた政策・事業を立案・実行していこうというアプローチです。

ジェンダー主流化(Gender Mainstreaming)|日本女性学習財団|キーワード・用語解説
 政策決定過程やあらゆるレベルの政策及びシステムをジェンダー平等にするための政策理念。
 1997年の国連経済社会理事会(ECOSOC)は、ジェンダー主流化を「あらゆる領域と段階において、立法、政策、プログラムを含むすべての行動計画の男性と女性に対する影響を評価するプロセス」「女性と男性が等しく利益を受け、不平等が永続しないように、男性のみならず女性の関心と経験を政治的、経済的、社会的な全領域において、計画、実行、監視、評価をするための戦略」「究極の目標は、ジェンダー平等の達成」と定義している。

(ODA) FAQs | 外務省
Q1
 ジェンダー主流化とは何ですか?
A1
 ジェンダー平等の実現を目的として,開発政策や施策,事業は男女それぞれに異なる影響を及ぼすという前提に立ち,すべての開発政策,施策,事業の計画・実施・モニタリング・評価のあらゆる段階で,男女それぞれの開発課題やニーズ,インパクトを明確にしていくプロセスを指します。


ジェンダー・歴史・権力:「家事労働」を通して(小田原琳*3
◆大学における「歴史」教育とジェンダー史実践(長志珠絵*4
◆社会史とジェンダー史の対話(貴堂嘉之*5
ジェンダーいまだ主流化せず:ある高校教師が見た日本史探究(野村育世*6
◆高校でのジェンダー史実践:日本史教育の「歪み」を正す(前川直哉*7
(内容紹介)
 ジェンダー主流化(あるいはジェンダー)と歴史学歴史教育、歴史教科書等について論じられていますが、小生の無能のため詳細な紹介は省略します。
参考

北条政子は“悪女”だったのか。妻、そして母としての苛烈な愛 | 女性自身
 世間的には、日野富子淀殿と並び、日本の「三大悪女」とされる政子だが、女子美術大学付属高等学校・中学教諭で日本史研究家の野村育世さん(61)は語る。
「夫*8の愛人*9宅を破壊させ、長男*10は幽閉、実父*11は隠居させてしまうなど、江戸時代から今日まで悪女として知られる政子ですが、政治家として己れを貫いた姿は、ほとんど伝わっていません。政子は政子、という生きざまを色眼鏡なしに見てほしい」

北条政子、後世に作られた悪女像 教科書に登場しない歴史の女性たち:朝日新聞デジタル2022.3.20
 3月20日放送の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、源頼朝の元に東国武士が集結し、平家討伐の体制が着々と整えられていきます。今後、頼朝の妻・北条政子がドラマでどう描かれるかも楽しみです。歴史上の人物としては、政子はこれまで日本の「三大悪女」とも称されてきました。「尼将軍」という政治家としての評価より、なぜ悪女のイメージが先にくるのか。政子をはじめとする日本中世の社会史・女性史を研究してきた野村育世さんに聞きました。
野村
 北条政子など中世の女性たちを専門に研究してきました。今年の大河ドラマ鎌倉幕府が舞台ですが、源頼朝の妻・政子も重要な役柄で登場しています。私は知らなかった*12のですが、(応仁の乱により、夫である将軍義政と共に、室町幕府を没落させたとされる)日野富子、(大坂夏の陣豊臣氏を滅亡させたとする)淀殿と並び、(実家である北條氏の我が子(二代将軍「源義家」)殺害を容認したことで?)日本の「三大悪女」と呼ばれているそうです。放送開始前の特番で私は政子の政治的立場を尋ねられ、「政子は政子」と答えました。
 現在残る政子に関連する史料からは「鎌倉幕府を盤石にした優れた政治家」という姿が見てとれます。
 頼朝が存命中は頼朝と御家人をつなぎ、戦乱の中で残された女性を保護するなど、政子は幕府運営に関わりました。頼朝没後は家長権を行使する後家として表舞台に登場。武士を支配し、一つの政権としてまとめていく。彼女は(事実上の)「将軍」だったのです。
 頼朝の死去から政子が没するまで約25年。その死後、彼女の弟子というべき北条泰時*13が定めた武家法「御成敗式目」は、女人養子を認めるなど女性への配慮が見られます。政子の影響ではないでしょうか。
(以下は有料記事です)

 野村氏も指摘していますが「応仁の乱」は日野富子の働きかけによって終戦しており、その点はもっと広く知られるべきではあるでしょう(例えば長く続いた応仁の乱もついに終焉! その裏には日野富子の活躍があった! - はてなブログProへの道参照)。「悪女」評価はその意味で非常に問題があります(そもそも斯波氏、畠山氏の跡目争いも乱の要因であって「将軍家の跡目争いに彼女が関与したこと」だけが乱の原因ではない)。

【特論3】歴史教育とジェンダー主流化ー世界史教科書から(三成美保) - 比較ジェンダー史研究会*14(初出:2011年『学而』(摂南大学図書館報))
 中国史で必ず取り上げられる二人の女性政治家がいる。武則天*15則天武后)と西太后*16だ。武則天については、「ライバルをおとしいれて皇后となり」「恐怖政治で独裁」とさんざんな評価を書く教科書もあれば、「比較的統治が安定し、政治改革が進んだ時期であった」という新しい解釈を取り入れたものもある。
 断頭台に消えたフランス王妃マリー・アントワネットについてはどうだろうか。近年、ジェンダー史ではアントワネットの新しい評価が登場している。彼女は、「贅沢好きの無能な王妃」だったのではなく、弱気な国王に代わって政治を取り仕切り、かえって反発を買ったというものだ。「フランス政治に口出しするオーストリア女」に対するバッシングは苛烈だった。歴史上はじめてポルノグラフィーが大衆化し、国王夫妻を性的に中傷する道具として利用されたのである。しかし、こうした研究成果は、まだどの教科書にも反映されていない。
【参考文献】
リン・ハント*17『ポルノグラフィーの発明・猥褻と近代の起源:1500年から1800年へ』ありな書房、2002年


◆歴史の眼『ジェンダー主流化再考:グローバル・ガバナンスの中のフェミニスト知』(本山央子(もとやま・ひさこ)*18
(内容紹介)

安倍政権「女性活躍」の光と影 「女は周辺」の意識なお [安倍首相辞任へ]:朝日新聞デジタル2020.9.13
 安倍首相は2013年、「3本の矢」の成長戦略の目玉として女性活躍を打ち出し、2015年には企業に女性登用の数値目標の設定などを義務づける女性活躍推進法も整備した。
 企業向けの研修を手がけるワークシフト研究所(東京)の小早川優子*19社長は「企業にとって女性の活躍は『やらなきゃいけないもの』になった。空気をつくったことは大きい」と評価する。
 2017年に刑法改正で性犯罪が厳罰化され、今年、政府は性暴力被害者への支援も含む総合的な対策をつくった。夫が亡くなったり離婚したりした独身の女性らの税負担を軽減する「寡婦控除」では、対象外だった未婚のひとり親も対象に含める税制改正が昨年末に実現した。いずれも「女性活躍」が浸透したことと無縁ではない。ジャーナリストの治部*20れんげさん*21は「『総理が女性活躍と言っているから』というのは水戸黄門の印籠のような役割を果たし、女性にまつわることが進めやすくなっていた」とみる。
(この記事は有料記事です。:まあこの後、安倍批判でしょうがそれは読めません)

安倍政権が残したもの:「女性活躍」保守ならではの成果と限界 治部れんげさんの評価 | 毎日新聞2020.9.2
 安倍晋三政権の目玉政策の一つが「女性活躍」だった。2014年、安倍首相は所信表明演説で「女性が輝く社会」を掲げ、翌年には女性活躍推進法が成立した。一方で、各国の男女格差を測るジェンダーギャップ指数では日本の順位は下がり続け、(ボーガス注:夫婦別姓同性婚容認に否定的な安倍氏の)その家族観やジェンダー観を批判されることも多かった。女性の就業やジェンダーを巡る問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさんに、評価を聞いた。【藤沢美由紀/統合デジタル取材センター】
記者
 ジェンダーの観点から、安倍政権をどう評価しますか。
治部
 保守政権でありながら、「女性と経済」について大きく打ち出したことは、現実を動かす上で大きな効果があったと言えるでしょう。いちばん象徴的な出来事は、自民党内の女性議員が中心となり、配偶者と離婚・死別した一人親の所得税を軽減する「寡婦(夫)控除」の対象を未婚のひとり親世帯に拡大させた昨年末の税制改正でした。
 多様な形の家族を認め、(未婚の一人親という)親の選択が(寡婦(夫)控除の対象外という)子どもに不利益になるのはおかしいという公平性の観点が入ったことは、高く評価できます。
 2015年に施行された女性活躍推進法は、一定以上の規模の会社の雇用主は女性管理職の割合などを公表しなくてはいけないという内容です。そのように情報を公開すべきだという議論は、民主党政権の時から政府の委員会では言われていたことでした。当時は反対していた経団連も、保守政治家の、そして経済界とも仲の良い安倍首相に言われたから観念したのです。そういう意味で、保守ならではの成果を出したと言えます。
(この記事は有料記事です。:まあこの後、安倍批判でしょうがそれは読めません)

のような批判が展開されています。
 つまり今や日本政府(自民党政権)と言う「権力側」も「ジェンダー主流化」を主張(例:ウヨの安倍ですら首相当時、女性活躍を主張)していますが、それは「権力批判派の立場」では一定程度評価できるにせよ「権力もジェンダー主流化の立場になった、万々歳」として「手放しで評価できない」という話です。上記記事の「安倍を一定程度評価する論者」もまさか「安倍全面肯定」ではないでしょう。一方で産経などウヨ連中はこうした「安倍の女性活躍」をほとんど評価しません。


◆歴史の眼『水俣「百間排水口」樋門撤去問題をめぐって』(丹波博紀*22
(内容紹介)
 当初の撤去方針が撤回され、保存の方向であるらしいことをひとまず喜びたい。
 しかしどう言い訳しようと、撤去方針を当初表明した熊本県側のもくろみは「水俣病黒歴史を消し去りたい」というものであり、存続派は「そんなことは許さない」と言う話でしょう。単に「老朽化で撤去」のわけがない。
参考

水俣病「原点の地」百間排水口樋門 新調で保存へ(KAB熊本朝日放送) - Yahoo!ニュース
 水俣病の「原点の地」とされる百間排水口の樋門の取り扱いを巡り、意見交換会が開かれました。樋門は老朽化が進み、現在は熊本県の施設内に保管されています。県の担当者はこの日、出席した被害者団体などに対し樋門の現地保存を前提とした上で、新調するか現物を修繕するかの2通りの方法を示しました。出席者は修繕には長い期間を要する上、多額の費用がかかることなどから、新調することに同意*23したということです。県は新調する方向で検討を進めるとしています。

百間排水口の樋門 現地で新設か 修復して元に戻すか | 熊本のニュース|RKK熊本放送 (1ページ)
 水俣病の原点とされる百間排水口の取り扱いについて意見交換会が開かれました。
 百間排水口(ひゃっけんはいすいこう)は水俣病の原因企業チッソメチル水銀を含む有毒な工業排水を流した場所で水俣病の原点とされています。
 老朽化を理由に去年8月、樋門が取り外され今、修繕して元に戻すか現地で新しく作るかが検討されています。
 昨夜の意見交換会では樋門は何度か作りかえられていて「現地に新しい樋門を作るべき」「現地で残すことが何より大切」などの意見が出されました。
 熊本県は、引き続き方向性を検討するとしています。

*1:NPO法人Gender Action Platform理事、関西学院大学客員教授​。著書『女の子の幸福論』(2013年、講談社)、『エンパワーメント:働くミレニアル女子が身につけたい力』(2017年、経済界)

*2:17の目標は1「貧困をなくそう」、2「飢餓をゼロに」、3「すべての人に健康と福祉を 」、4「質の高い教育をみんなに」、5「ジェンダー平等を実現しよう」、6「安全な水とトイレを世界中に」、7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」、8「働きがいも経済成長も」、9「産業と技術革新の基盤をつくろう」、10「人や国の不平等をなくそう」、11「住み続けられるまちづくりを」、12「つくる責任、使う責任」、13「気候変動に具体的な対策を」、14「海の豊かさを守ろう」、15「陸の豊かさも守ろう」、16「平和と公正をすべての人に」、17「パートナーシップで目標を達成しよう」(持続可能な開発目標 - Wikipedia参照)

*3:東京外国語大学教授

*4:神戸大学教授。著書『近代日本と国語ナショナリズム』(1998年、吉川弘文館)、『占領期・占領空間と戦争の記憶』(2013年、有志舎)等

*5:一橋大学教授。著書『アメリカ合衆国と中国人移民』(2012年、名古屋大学出版会)、『移民国家アメリカの歴史』(2018年、岩波新書)、『南北戦争の時代』(2019年、岩波新書)等

*6:女子美術大学付属高校・中学校教諭。著書『北条政子』(2000年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『仏教と女の精神史』(2004年、吉川弘文館)、『家族史としての女院論』(2006年、校倉書房)、『ジェンダーの中世社会史』(2017年、同成社)、『烏帽子と黒髪:中世ジェンダー考』(2024年、同成社)等

*7:福島大学准教授。著書『男の絆』(2011年、筑摩書房)、『〈男性同性愛者〉の社会史』(2017年、作品社)等

*8:鎌倉幕府初代将軍・源頼朝のこと

*9:亀の前 - Wikipediaのこと

*10:鎌倉幕府二代将軍・源義家のこと

*11:鎌倉幕府初代執権・北条時政のこと

*12:小生も今回初めて知りました。

*13:鎌倉幕府三代執権。初代執権北条時政の孫。二代執権北条義時(政子の弟)の子

*14:筆者の三成氏は奈良女子大学名誉教授、追手門学院大学教授。2019年6月、奈良女子大学トランスジェンダーの学生を2020年度から受け入れると発表。受け入れを決めた女子大学は、国立ではお茶の水女子大学に続いて全国で2番目。三成氏は副学長として当該制度改革に関わった(三成美保 - Wikipedia参照)。著書『ジェンダーの法史学:近代ドイツの家族とセクシュアリティ』(2005年、勁草書房)等

*15:国史上唯一の女帝。唐の高宗の皇后となり、後に唐に代わり武周朝を建てた。

*16:清の咸豊帝の側妃で、同治帝の母

*17:カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授。著書『フランス革命の政治文化』 (1999年、平凡社→2020年、ちくま学芸文庫)、『フランス革命と家族ロマンス』 (1999年、平凡社)、『人権を創造する』(2011年、岩波書店)、『グローバル時代の歴史学』(2016年、岩波書店)、『なぜ歴史を学ぶのか』(2019年、岩波書店)等(リン・ハント - Wikipedia参照)

*18:お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任リサーチフェロー、立命館大学アジア・日本研究機構客員研究員

*19:著書『なぜ自信がない人ほど、いいリーダーになれるのか』(2021年、日経BP社)。読まないと何とも言えませんが「他者の意見に耳を傾ける謙虚な人間の方がリーダーに向いている」と言う話か?

*20:「治部煮(鴨肉を似た石川県金沢市の郷土料理)」という言葉があるので難読名ではないものの「治部」とは珍しい名字ではないか。

*21:日経BP記者、フリーライター等を経て、現在、東京工業大学准教授。東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職を歴任。著書『「男女格差後進国」の衝撃』(2020年、小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ:韓国、アメリカ、欧州、日本』(2021年、光文社新書)等

*22:大正大学専任講師。著書『水俣五〇年:ひろがる「水俣」の思い』(編著、2007年、作品社)

*23:あくまでも「水俣病の負の歴史」を伝える象徴であるなら「新調すること」に問題は無いでしょう。