今日のしんぶん赤旗ニュース(2025年9/4〜9/6日分)(副題:「戦前女性共産党員への特高の性加害」ほか)

陸自幹部候補生学校の学習資料/沖縄戦肯定の記述を削除/赤嶺氏の追及受け全面改定
 「戦後80年も経ってこの認識か?。自衛隊は旧軍の後継団体か?。外部から批判されないと変わらないのか?」と自衛隊の現状に呆れるので、過大評価はしませんが批判の成果であり、大変良かったと思います。 


きょうの潮流 2025年9月6日(土)

 戦前、絶対的天皇制下の日本。女性に選挙権がなかった時代に、性差別に沈黙することなく生き抜いた女性たち。日本共産党の党員になり戦争をしない平和な社会を求め、貧困をなくしたいと治安維持法による迫害や投獄にも屈せずに
▼先月16日放送のTBS報道特集が伝えたのは、そんな女性党員たちの姿とこれを敵視する当時の特高警察(特別高等警察)による容赦のない拷問の実態でした。
 山田寿子(としこ)さん。1930年、神奈川県で特高に「検挙」されました。戦後に筆圧強めに書いた手記には、「冷酷で女にとって屈辱的な拷問」を「大の男5~6人」から受けたと。性的拷問が詳細に書かれていました

 これについては以下を紹介しておきます。こうした「権力の無法な弾圧、迫害(勿論共産党女性党員は一例に過ぎず、創価学会など、宗教団体など『共産党以外』も治安維持法で弾圧されている)」は、我々日本人が「絶対に忘れてはいけない歴史」だと思います。TBS「報道特集」や毎日新聞の報道を高く評価したい。

下半身にたばこの火 治安維持法下、知られざる女性への性的拷問 | 毎日新聞2025.4.22
「裸にされ、下半身にたばこを押しつけられて……。どれだけひどい辱めだったのか」。
 元京都府*1原田完さん(74)=京都市中京区=は自身が高校生のころを思い出す。ある日、母の山田寿子(としこ)さん(1998年に87歳で死去)が、自宅を訪ねてきた作家*2につらい過去を淡々と語っている姿を見た。初めて知る衝撃的な事実。原田さんは、母が亡くなるまで詳しく尋ねることができなかった。

暴走した悪法「治安維持法」制定100年「屈辱的な拷問受けた」弾圧された女性たち【報道特集】 | TBS NEWS DIG2025.8.20
 小松伸哉さん(82)の母・ときさん。1923年、高知の女学校を卒業後、上京したときさんは、後の夫となる益喜さんと知り合い、社会運動に目覚める。
 満州事変の翌年の1932年、共産党員の仲間が高知市内の陸軍兵舎に潜り込み、反戦ビラを撒いた。このことが特高警察の怒りに触れ、党員ら50人以上が一斉に検挙された。当時この事件は地元紙でも大きく報じられた。
 この事件でときさんは225日、夫の益喜さんは約400日勾留された。
 この時、ときさんは留置場の中で、益喜さんの子どもを身籠っていることを知る。それでも特高警察は容赦なく拷問を続けたという。
 さらに特高警察による拷問は、性的暴力にまで及んでいた。
山田寿子さんの手記
「冷酷で、女にとって屈辱的な拷問を私は(ボーガス注:神奈川県警)戸部署*3で受けました。大の男5~6人で、私の衣服を全部ぬがせ全裸にして、後ろ手錠で倒し拷問を始めたのです」
「獣のような彼らは私の陰部をタバコの火で焼いたのです」

 コメント欄で指摘がありますが現在なら「不同意わいせつ罪」「特別公務員暴行陵虐罪」に該当する行為でしょう。
 山田寿子氏については子息原田完氏の文章も紹介しておきます。

私と日本共産党(1) 京都府会議員団長・原田完 | JCP京都: 日本共産党 京都府委員会*4
 母は戦前、治安維持法で4回検挙され、筆舌に尽くせぬ辱めや拷問を受け7年の実刑で市谷刑務所から栃木刑務所へ送られた経験がありました。
 母は19歳で関東金属労働組合本部の活動に参加し、3・15*5、4・16*6と続いた弾圧を経て、1930年春に共産党の入党を勧められ即座に入党を決意しました。(ボーガス注:小林多喜二の虐殺(1933年)などを考えれば)当時の絶対主義的天皇制のもとでは、死も覚悟した入党であり、「自分も階級戦士の一員として革命運動の戦列に加わる事が出来たのだ」と「生涯忘れえないことであろうと感激にひたり体が喜びに震える思い」であったとしていました。
 治安維持法で人格の否定、肉体的、精神的苦痛、孤立化、不安と仲間への思いと自身の否定、その中でも党への信頼を持ち続けた。この母の思いを少しでも受け継ぎたいと思っています。

*1:お母様が「戦前からの共産党員」と言うことで想像つくでしょうが勿論共産所属

*2:誰だか知りたいところです。

*3:現在は横浜市西区を管轄。署員数300名以上の大規模警察署で、署長の階級は警視正(小規模な警察署だと署長の階級は警視(警視正の下の階級))(戸部警察署 - Wikipedia参照)

*4:肩書き「府議団長」は執筆当時

*5:「1928年3月15日」に行われた特高警察による共産党弾圧のこと。小林多喜二小樽市における三・一五事件を題材に『一九二八年三月十五日』を発表する(多喜二の作家デビュー作であった)。当時、中央委員だった上田茂樹は逮捕後行方不明になっており、特高に虐殺されたとみられる。(三・一五事件 - Wikipedia参照)

*6:「1929年4月16日」に行われた特高警察による共産党弾圧のこと(四・一六事件 - Wikipedia参照)