三浦小太郎に突っ込む(2021年12月14日分)

ラグタイムララバイ(三浦小太郎)のアマゾン書評『宗教問題36:ネットが宗教を食い荒らす!』

 最も読後感が悪かったのは、「日本のカトリックに未来はあるか』(広野真嗣*1というインタビュー。内容は紹介したくもないが、カトリックの幹部ってここまで堕落しているのか、しかもそれに開き直って、内部でしか(いや、本当はこんないい加減な論理内部でも)通用しない論理を展開するのかと愕然とした。

 「内容は紹介したくもないが」で片付け、「日本のカトリック」の何が「腐敗堕落」なのか全く分からない点が失笑物です。
 内容を三浦が紹介したら「何が問題なんだよ、三浦や広野の言いがかりじゃねえか!。むしろお前らは日本のカトリックに誹謗をわびろ!」と言われるのを自覚して何も書けないのではないのか、と疑いたくなります。
 つうか「未だに東条英機A級戦犯を美化して恥じない靖国」など神社業界の方がよほど

 神社業界の幹部ってここまで堕落しているのか、しかもそれに開き直って、内部でしか(いや、本当はこんないい加減な論理内部でも)通用しない論理を展開するのかと愕然とした。

であり「日本の神社業界に未来はあるか」でしょう。
 まあ、正直「初詣」「七五三」「地鎮祭」などで「明治神宮など大きな神社は金は儲かってる(ただし小さい神社がどうかは知りませんが)」のかもしれませんが、日本の神社に「高い精神性」を求める人はまず無いでしょう(俺もそんな物は何一つ求めていません)。そんなご大層なもんが神社のどこにあるのか。「金儲け」はともかく「社会に評価されてるか」つう意味ではもはや日本の神社には「何も未来はない」でしょう。
 「日本の神社」については俺と同意見であると思われる神社の関係者で、戦争の反省を述べた人、神社の戦争責任を述べた人など見たことがない - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)も紹介しておきます。まあ、「新しい歴史教科書をつくる会理事」という「デマ右翼」三浦にはそうした考えは全くないでしょうが。
 まあ、「日本のカトリック」はある意味「いい」。というのも「ローマ法王」という存在が「外部にある」からです。仮に「日本カトリック」に何か問題があるにしても、最終的にはローマ法王からのダメ出しが期待できる。
 まあ三浦らウヨだと「ローマ法王まで誹謗」しかねませんが。
 神社本庁靖国の場合「ヒンズー教(インドローカル宗教)やユダヤ教イスラエルローカル宗教)」と同じで「日本ローカル宗教(信者が日本限定)」、つまり「外部に何もない(ローマ法王のような存在が何もない)」ので、自分たちで「常日頃から自省的」でないと、どんどん劣化していきます。つうか現実問題、劣化していると思いますが。

*1:著書『消された信仰「最後のかくれキリシタン」:長崎・生月島の人々』(2021年、小学館文庫)。アマゾンの著者紹介に寄れば「猪瀬直樹事務所の職員」で猪瀬都知事時代には「ブレーンの一人だった」そうなので要するにウヨでしょう。