阿部恭子『近親性交:語られざる家族の闇』(2025年、小学館新書)(2025年6月28日記載)(注:『悪魔が来りて笛を吹く』のネタバレあり)

阿部恭子さん、家族問題に一石を投じる『近親性交 語られざる家族の闇』インタビュー「私はどんな話を聞かされても驚かないと思うから、みなさん話してくれるのではないか」|NEWSポストセブン
 「かつては『近親相姦』という言葉が使われてきましたが、それだと(ボーガス注:『相』の文字から)当事者の合意や意思があるという誤解を生むこともあり、性交渉があるという事実だけを示す『近親性交』という言葉が使われるようになってきています。
 本のタイトルってすごく大事だと私は思っていて、いまは『近親性交』と検索しても『近親相姦』という言葉が出てきてしまいますが、これからはインターネット上でも『近親性交』が使われるようになってほしいです」
 阿部さんは東北大学大学院在学中の2008年に、犯罪加害者家族を支援するNPO法人World Open Heart」を立ち上げ、活動してきた。『息子が人を殺しました:加害者家族の真実』(2017年、幻冬舎新書)などの著書もある。
 殺人事件の加害者家族が世間から切り離されて暮らす中で母子が性交するようになったケースや(中略)弟からのレイプ被害を訴えている女性が、かつては幼い弟に性暴力を加えていたということもあった。

衝撃ノンフィクション『近親性交』が明らかにした“家族神話”の最大タブー 著者・阿部恭子氏インタビュー「自分とは無縁の“異常な事象”と思わないでほしい」 - ライブドアニュース
 近親性交はなぜ起きるのか。阿部氏は「社会からの孤立」と「家族の親密」がキーワードと語る。
「近親性交に至る家族の多くは(ボーガス注:加害者家族など)社会に居場所がなく、家にこもって家族との距離が密接になっていく。その過程で、家族を性のパートナーとする事例を見てきました」

 以前、拙記事で阿部恭子氏の『息子が人を殺しました:加害者家族の真実』(2017年、幻冬舎新書)、『家族という呪い:加害者と暮らし続けるということ』(2019年、幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する:支援の網の目からこぼれる人々』(2020年、岩波ブックレット)(いずれも加害者家族問題)を紹介しましたが、阿部氏が衝撃的な著書を、最近、刊行したようなので紹介しておきます。
 加害者家族問題、近親性交問題と「深刻な家族問題」に取り組む阿部氏には全く頭が下がります。
 まあ、近親性交の存在自体は勿論
【1】尊属殺重罰規定違憲判決 - Wikipedia
→近親性交の被害者である娘が父を殺害。NHKの朝ドラ『虎に翼』でもこの裁判が取り上げられた
【2】横溝正史悪魔が来りて笛を吹く - Wikipedia
等で広く知られてはいますが、今回のように社会問題として広く世に問うというのは初めてではないか。

【参考:横溝『悪魔が来りて笛を吹く』】

悪魔が来たりて笛を吹く | モラトリアムの終わりに。2018.8.6
 今回はNHKのBSプレミアム枠。
◆新宮利彦(村上淳
 クズ・オブ・クズ。誰がやっても素晴らしい屑。
 戦争で家を失って、妹一家の離れに転がり込んだ。
 夫としてもモラハラ屑。
◆新宮華子(篠原ゆき子
 夫の暴力と暴言に耐え忍ぶ物静かで地味な奥さん。
 旦那をふつふつと恨んでる。わかる。ていうかこの時代の女性は実家からも躾けられていただろうし仕方ないけど、我慢しすぎだわ…。
 「旦那が殺されてスカっとした!」と晴れやかな顔をするところ、ひっそり狂気がにじんでてとてもよろしいと思います。
◆新宮一彦(中島広稀
 「あんな父がいて良くマトモに育ったね?」と奇跡しか感じない常識人。

『悪魔が来りて笛を吹く』 / 横溝正史 - アガサ次郎の推理日記2022.4.25
 自分は加害者よりも(ボーガス注:人格破綻者であり、加害者の恨みを買って殺される)被害者(ボーガス注:新宮利彦)の方が悪魔に思えてなりません。
 本作も金田一らしいドロドロしたミステリーですが、トリックで勝負、といったような作品*1ではありません。
 そもそもトリックで勝負してたのは時系列順に言って本作までで『本陣殺人事件*2』と『獄門島』だけのような気がします。

『悪魔が来りて笛を吹く』 本当の悪魔は笛を吹かない|さとみん2023.9.1
 実のところ推理小説としては、犯人を割り出す確かな論理の道筋を立てようがないので、「本格推理」にはなってない気もする。「犯人当ての論理構築」「だまされる快感」みたいなものを期待するとあてが外れる。
 そして面白い、と言う気には到底なれない陰惨な内容なのだが、「人間の心を描く」という意味で……ものすごく……腑に落ちてしまうところがたくさんあり、腑に落ちてしまうことへの嫌悪感と哀しさに沈んでしまう。
 この物語のあらゆる悲劇の出発点となる、新宮利彦という人物像が怖い。
 彼は、「自分より弱いものをいじめる」権力欲で自分を満たそうと足掻き続け、ますます周囲から軽蔑されていく。
 うわぁ……なんて……よくいるタイプのダメ人間なんだ。
 そして、新宮利彦の実の妹の秌子(あきこ)は、兄の性暴力の犠牲者であったことが明かされる。
 利彦の性暴力の相手が、「妹と小間使い」なのが、また嫌になるほどお決まりのパターンである。つまり「自分より目下の所有物と勝手に決めつけている相手」を彼は選んでおり、性欲ではなく権力欲、他人を支配することで満足を得ようとする行為なのがありありとわかる。ここに本格ミステリ的な幻想性・虚構性は微塵もない。
 何回か成されたこの作品のドラマ化において、秌子は本当にただの淫乱、色情狂として設定されるパターンもあるらしく、そこでは自分から積極的に兄と性交したかのように描かれてしまうらしい。いかに彼女のような境遇で生きざるを得なかった人間に対して、われわれが偏見に満ちた目を向けがちなのかを実感してしまう。
 火焔太鼓の模様を目の当たりにして秌子が取り乱すシーンは、真相を知ってから読み返すと「フラッシュバックによるパニック」そのもので、それを「知性のないオンナのヒステリー」扱いする視線に、怒りすらわいてくる。

【ネタバレ】 映画「悪魔が来たりて笛を吹く(1979年版)」: ネタ・ヴァレー
 横溝正史原作映画といえば豪華キャストが通例なのですが、今回は有名俳優はみなチョイ役ばかり。
 金田一の友人の闇屋*3(ボーガス注:風間俊六*4)に梅宮辰夫、その愛人(ボーガス注:風間敏江)に浜木綿子、(ボーガス注:金田一が宿泊する須磨の)旅館の女将に中村玉緒、船頭に中村雅俊郵便局員秋野太作、(ボーガス注:堀井小夜子の母・妙海尼(堀井駒子)の)死体を発見する農民に金子信雄、住職に加藤嘉など。
 これほど豪華なチョイ役陣も珍しいのですが、一方で(ボーガス注:犯人や被害者といった)メイン登場人物が悪くはないんだけど知名度低い面々。人間関係が把握しづらいのは、役者のインパクトが低いせいもあるのでは?
 そういうわけで、いつも頼りになる「ギャラが一番高い役者が犯人」の法則が今回は通用しません。
 事件の発端となるロクデナシ野郎、元子爵の新宮利彦に石濱朗(ここはもうちょっと大物俳優が必要だったのでは・・・重要なキーパーソンなのだから)。実の妹・秌子(あきこ)と性的関係をもって子供を産ませてしまう。
 肩に「炎のような形のあざ(=悪魔の紋章)」があるが、映画だとこれが何なのかわかりにくい。
 第2の殺人の犠牲者(犯人にとってはこいつが真の第1の標的であった。第1の殺人は偶発的なもの)
 利彦の妹、秌子(あきこ)もまた重要人物なのだが、出番は少ない。演じるは鰐淵晴子*5、やや大物女優です。犯人にとっては最後のターゲットだが、おのれの罪深さを悟って窓から身を投げ自殺*6
 実の兄妹の交わりによって生まれた「呪われた血」の子供、それが好青年の三島東太郎*7
 本作の真犯人であり、「悪魔」の正体である。(肩には父から受け継いだ「悪魔の紋章」が)
 演じるは「太陽にほえろ!」の「ボンボン刑事」こと宮内淳。
 悪魔としてのカリスマ性も怪しさもない、まったくふつうの人。
 本作があまり成功作とは言えない、どちらかと言うと失敗作、ハッキリ言って駄作になってしまった最大の要因は、この宮内淳の魅力のなさに負うところが多い。
 東太郎は不潔な近親相姦によって自分と言う悪魔を生み出した両親(新宮利彦、椿秌子(あきこ))が許せず、殺害を企てたのである。
 そんな東太郎の犯罪計画に全面的に協力するのが女中のお種、東太郎の恋人でもある*8
 実は利彦が(ボーガス注:新宮家の小間使いだった)庭師の娘に産ませた、東太郎の腹違いの妹。つまり東太郎自身も知らないうちに近親相姦を犯してしまったのであり、そのショックと怒りもまた「親を殺す」原動力となった。
 お種を演じるのは「ラ・セーヌの星*9」でシモーヌの声*10をあてた二木てるみ*11、地味だなあ。
 ちなみにお種の母(庭師の娘)はその後出家して尼さんとなったが、娘が殺人を犯したと知って首吊り自殺*12
 最後は正体を暴かれた真犯人カップルは毒を飲んで自殺。
 お約束だな!


『悪魔が来りて笛を吹く』の知られざる真犯人についての考察 1⃣ こちらは2度目に読んだ段階※アップ前に少し修正しています。 - 大人の読書感想文・あるいは読書記
 引用紹介は省略しますが、吉岡版「犬神家の一族」は横溝正史の皮をかぶった麻耶雄嵩だった - タリホーです。で紹介されてる吉岡版「犬神家の一族」(未見ですが、犯人(と言うか母・松子や青沼静馬を上手く操った黒幕?)が犬神佐清という、原作とも過去映像化とも違う衝撃的な大幅改変ありとのこと)のような「大幅改変」が「悪魔が来りて笛を吹く」で可能ではないかと指摘されています。
 具体的には、
【1】自殺した椿英輔元子爵は実は、『自殺に見せかけて椿に毒殺された飯尾豊三郎(天銀堂事件の犯人)』であり、椿が三島東太郎(河村治雄)に気づかれない形で、飯尾にすりかわる事*13で、三島の犯行計画を利用して、椿が妻や新宮利彦に復讐するとともに、飯尾を使って自分を苦しめた三島(河村)に一泡吹かせた。『八つ墓村』での「久野医師(犯人が殺害)の妄想の犯罪計画」を利用した犯人(一応名前は隠しておきます)のように三島(河村)の犯行計画の存在が、椿に妻や新宮への復讐を決意させた。
 遺書も当然、ニセ遺書*14
【2】つまり、事件の黒幕は椿英輔*15
が「悪魔が来りて笛を吹く」で可能ではないかと指摘されています。
 原作では「佐清同様に善人だった椿英輔」を、三島東太郎(河村治雄)を上手く操った「邪悪(?)な黒幕*16」と改変しては

吉岡版「犬神家の一族」は横溝正史の皮をかぶった麻耶雄嵩だった - タリホーです。
 脚本の小林靖子氏が「松子夫人にスポットライトをあてた」とか言っていたので、事件自体は大きく改変せず人物描写の方を深掘りするものとてっきり思っていたし、特に前編では佐兵衛翁の過去に一切触れていなかったのでその辺りを掘るのかな~と思ってたら、まさかミステリとしての骨組みも改変してくるとは。しかも大団円としてではなくカタストロフィ(破局)としてだからそりゃビックリしますよ。
 名探偵の活躍を期待する視聴者、原作や「市川監督による石坂版」のような愛の物語としての様式美を期待していた視聴者にとって、今回の吉岡版は最悪の改変・映像化だったのではないかと思う。

というような反感は「一部から不可避」でしょうが、うまく改変すればそういうのも可能であり、意外と面白いかもしれない。

吉岡版「犬神家の一族」は横溝正史の皮をかぶった麻耶雄嵩だった - タリホーです。
 (一般的な世評はともかく)非常に挑戦的かつ刺激的な作品だったと個人的には高く評価したい。

と評価可能かもしれない。

吉岡版「犬神家の一族」は横溝正史の皮をかぶった麻耶雄嵩だった - タリホーです。
 あのような歪な家の中で本当に佐清だけが純粋に親を思い静馬に気を遣うような人間になり得たのか?

をもじれば

あのような歪な家の中で本当に椿英輔が、(妻や新宮の殺害を考えない)良識的な人間であり得たのか?

といったところでしょうか。

*1:悪魔が来りて笛を吹く』には一応、密室殺人トリック(第一の殺人、例えば横溝正史『悪魔が来りて笛を吹く』 - ScriptorRegisのブログ参照)があるが、正直、魅力的なトリックではなく「近親性交」という犯行背景のインパクトの方が強い。

*2:金田一耕助の初登場作品(この事件だけが戦前に発生)。密室殺人トリックがある

*3:原作では土建業者

*4:風間は『悪魔が来りて笛を吹く』以外にも『黒猫亭事件』『迷路荘の惨劇』『女王蜂』『病院坂の首縊りの家』等で登場(金田一パトロンの一人として紹介されるだけで風間が事件に関わらない場合も含む)(例えば「影のパトロン」「風間俊六の年表」参照)

*5:1945年生まれ。1995年に映画『平成無責任一家・東京デラックス』、『私立探偵濱マイク・遙かな時代の階段を』、『眠れる美女』で毎日映画コンクール助演女優賞を受賞(鰐淵晴子 - Wikipedia参照)

*6:但し、これは「この映画の設定」で原作では犯人による他殺(青酸カリによる毒殺)。他の映像化作品では原作通りの「他殺」と言う描写もある。

*7:なお、三島は偽名であり本名は河村治雄

*8:但し、これは「この映画の設定」で原作では【1】三島東太郎(河村治雄)の単独犯行であり、【2】恋人でもあった腹違いの妹(堀井小夜子:原作ではお種とは別人)は自分たちが腹違いの兄妹とは知らずに近親性交をしたことに苦悩し自殺(それもあって東太郎が両親を恨み彼らの殺人を企画)と言う設定。他の映像化作品では「単独犯行」「妹は自殺」と言う原作通りの描写もある。

*9:1975年4月4日から12月26日までフジテレビで放送されたテレビアニメ(ラ・セーヌの星 - Wikipedia参照)

*10:俺的には二木氏はアニメ映画『がんばれ!!タブチくん!!』(1979年:奇しくも『悪魔が来たりて笛を吹く』と同じ年の公開)のミヨコ夫人(タブチ君の妻)ですね。単なる偶然ですが『がんばれ!!タブチくん!!』で共演した西田敏行(タブチ君)が、『悪魔が来りて笛を吹く』で金田一耕助として出演し、二木氏と共演しています。

*11:1949年生まれ。1953年、劇団若草に入団。1954年、黒澤明七人の侍』でデビュー。1965年の『赤ひげ』でブルーリボン賞助演女優賞を当時史上最年少である16歳で受賞(二木てるみ - Wikipedia参照)

*12:但し、これは「この映画の設定」で原作では、「三島東太郎(河村治雄)と新宮利彦が親子」と判明することで、自らが犯人であることが露見することを恐れた東太郎による口封じ目的の殺害。他の映像化作品では「東太郎による殺害」と言う原作通りの描写もある。

*13:横溝作品ではこの種のすり替わりは「『犬神家の一族』のニセ犬神佐清(青沼静馬)」「『病院坂の首縊りの家』のニセ法眼由香利(山内小雪)」などがありますね。

*14:「椿英輔が黒幕」と改変すると遺書で「悪魔」を名指ししてなかったことも原作とは別の解釈(復讐を実現するためには「悪魔」として三島(河村)を名指しするわけにいかないし、遺書はむしろ妻や新宮への脅しが目的)になってくるでしょう。

*15:そうなると原作後半の「三島(河村)による飯尾殺害(椿秌子殺害前の犯行)」を改変し、最後まで「黒幕」飯尾(実は椿)を生かしておく必要(飯尾が三島(河村)を返り討ちにする?)が当然出てきますが

*16:その場合、娘である椿美禰子のことをどう考えていたのか、と言う問題は当然出てきます。父親としてそれなりに愛していたのか、それとも吉岡版「犬神家の一族」の犬神佐清(母を操る対象としか見てなかった?)と同様に娘への愛はなく「ニセ遺書」で騙す対象としか見ていなかったのか。