今日の中国ニュース(2020年10月2日分)

中国の大学に移った日本人研究者が明かす「海外流出」の事情 「高給につられて中国へ」は誤解 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 上海にある復旦大学にて生命科学を研究している服部素之と申します。
 最近、世界大学ランキングや科学技術論文の質・量のランキングで、中国の大学が存在感を示しており、日本のメディアなどから問い合わせを受けることが増えてきました。本稿では、そのような中国の大学に関する話題の中から、私を含む在中の日本人研究者らからみた「中国の大学における昨今の大学教員採用」についてご紹介できればと思います。
 海外の研究環境に活路を求める若手・中堅の研究者が、ここ10年以上の流れとして徐々に増えつつあるように思います。とはいえ、5年前であれば、その選択肢として、理系の基礎研究者が「中国の大学」を考えることはなかったように思います。
 しかし、ここ3~4年、私が上海に異動して以降、徐々に流れが変わってきたように思います。基礎科学分野における「海外の日本人研究者」の圧倒的大多数がアメリカやEU諸国中心というのは以前と同様ですが、それに加えて、若手・中堅を中心に中国における日本人の基礎研究者がわずかではありますが増えつつある印象を受けます。
 あくまでざっくりとした印象ですが、私の専門である生命科学分野で年3~4人くらい、物理、天文など、他の基礎科学分野を足しても年10人弱の若手・中堅の日本人の基礎科学研究者が、中国の大学教員として着任しています。
 10年ほど前までは、中国の大学に来る日本人の理系研究者というと「定年後のシニア研究者が中国からの留学生だった元教え子(現在中国にて大学教授)に頼まれて客員として短期もしくは数年滞在」みたいなパターンがありましたが、そういうパターンは減少傾向にあるように思います。
 流れが変わった背景としては、おもに三点あると私は考えています。第一に「中国の大学における基礎研究のレベル上昇がここ数年中国国外からみても顕著になってきたこと」、第二に「中国の多くの大学での新規教員採用が高いペースで長期継続していること」、第三に「日本における基礎研究者の研究環境のさらなる悪化」です。
 研究者にとって、気になるのは「そこにいって自分はちゃんと研究できるのか?」ということです。その上で、一番強い根拠となるのは「そこにいる人たちがレベルの高い研究をすでにしている」という事実でしょう。プロサッカー選手の移籍をみてもわかると思いますが、レベルの高いリーグ、レベルの高いチームを志向するのは典型的で、多くの人にとって給与の多寡同様、もしくはそれ以上に重要と思われます。
 その意味でいうと、中国における研究レベルの上昇がここ数年中国国外からみても顕著になってきたことは各種統計からも明らかです。
 具体的な話をすると、私の専門である生命科学分野では、『Nature』『Science』『Cell』の3誌が俗に「CNS」と呼ばれ、重要な論文が掲載されることの多いトップジャーナル群です。
 生命科学分野における、中国からのCNS掲載論文の数の推移をみてみると、2016年の1年間において中国から生命科学論文が約50報だったのに対し、そこから3年後の2019年の1年間で約140報と3倍近くになっています。もちろん、CNS掲載論文の数のみで研究レベルの変化を結論付けるのは尚早ですが、中国の生命科学分野における変化を感じることができると思います。
 またSquare Kilometre Array(SKA)計画と呼ばれる欧州を中心とした電波望遠鏡の国際共同プロジェクトについて、日本はまだ参加を決定していないものの、中国はすでに計画への出資参加を決めているとのことです。
 第二の「中国の採用ペースの継続」については、2018年における中国の大学教員数は約167万人と2010年比で約25%程度伸びています(「中国産業情報ネット」より)。少子化が進む中でも大学進学率は伸び続けており、それを受けての流れと思われますが、いわゆる研究大学における大学教員数の増加は特に顕著です。
 たとえば私の所属する復旦大学生命科学学院の場合、私が異動した2015年とその5年前の2010年当時の5年間での教授クラスの教員数が約5割増加しています。
 ただし、私の学院での人事採用プロセスや他大学のケースをみていると、「外国人だから積極的に採用される」といった外国人にとって「おいしい」話はあまりなく、「中国人も外国人もいい人がいれば採用する」くらいのノリです。むしろ、昨今の中国における研究レベルの上昇に伴い、採用される研究者のレベルも上昇しており、つまり選考ラインが上がっています。「中国の大学で採用が増えているから中国の大学なら簡単に採用される」という状況ではありません。
 第三の「日本の研究環境の悪化」は深刻な問題です。2004年に実施された国立大学の法人化の影響で、国立大学の収入の要である国からの運営交付金はこれまでに2000億円以上も削減されました。その結果、「定年退職した教授の後任人事が行われない」など、さまざまな形での実質的な教員採用減が進行しています。
 ところで、中国の大学というと、昨今のバブリーな印象からすごい給与をもらっていると誤解されるのですが、「一般論として中国の大学教員の給与はそれほど高額なものではない」という事実があります。そういった印象論の背景にはおそらく10年、20年前くらいの「日本のメーカーを定年退職した技術者が中国や韓国のメーカーへ高給で引き抜き」といった過去のニュースが影響しているのかもしれません。
 実際のところ、大学の場合、古参の大学教員の給与が年10万元(約150万円)程度というのも珍しくありません。研究大学において給与が高めに設定されている新規採用の教授であったとしても、私の分野の場合、5年くらい前の新任教授の相場は年30万~40万元(約450万~600万円)、最近でも年30~50万元(約450万~750万円)あたりの額を聞くことが多いです。中国における平均年収、物価を考慮すると決して低い額ではありませんが、欧米や日本における大学教授の賃金相場と比べるとまだまだかなり低い状況です。
 日本から中国に来ている基礎研究者の実態としては、「中国における高給に惹かれて」というちまたに流布しているイメージではなく、国立大学の法人化以後、日本における基礎研究者の教員採用が継続的に削減されているという事実が、中国を含め海外の大学への応募を後押しする間接的な要因とはなっているのではないかと思います。実際、中国に来ている日本人の大学教員の話を聞いても「中国の大学にだけ」に応募したという人より、「欧米や日本の大学にも」応募した人のほうが圧倒的多数です。
 以上をまとめると、「中国における基礎研究のレベルが近年上昇し、大学教員の採用も高水準が続いている一方、日本における基礎研究者の研究環境が悪化している。そのため、中国における大学教員の待遇が必ずしも破格というわけではないが、日本人の基礎研究者が研究のチャンスを求めて海外の大学に応募する際、中国の大学『も』選択肢の中に徐々に含まれるようになってきている」という状況だと私は考えています。
 そのような状況を踏まえた上で、「海外に移籍する日本人研究者が徐々に増えつつある中、日本はどうしたらいいと思う?」と聞かれることがあります。
 それに対してもっとも即効性があると思われる対策は「法人化以降削減され続けている国立大学の運営交付金を回復させること」だと思われます。
 また、本稿執筆にあたりご協力いただいた雲南大学の島袋隼士博士からの要望として「日本の大学公募への応募にあたり印刷物の郵送が必須となっているケースが多いのは問題。基本的に電子化すべき。これは海外在住の日本人に限らず、海外からの研究者が日本の大学へリクルートする際の障壁の1つとなっている」とのご意見がありましたことも、あわせてご紹介させていただきます。
 実際のところ、「日本人の基礎研究者が次々と海外に高待遇で引き抜かれている」といったような大規模な人材流出が発生しているような状況ではまだありません。
 このため、特に奇策の必要はなく、今のところは「運営交付金の回復」といった正攻法で状況はかなり改善すると思われます
 また、本稿の最後に、私個人として述べたいこととして、昨今、在中の日本人研究者らへの事実無根の思い込みに基づく(ボーガス注:反中国右翼分子による)悪質な嫌がらせが日本から徐々に出てきているという残念な事実があります。
 もし違法な技術流出や知財流出といった法的に問題ある行為をした人が本当にいるのであれば、その当事者に対して証拠と共に法に基づく対応をすべきであって、根拠なく思い込みで関係のない人たちへ嫌がらせをするのは非常に悪質な行為だと思います。
 最近、中国の大学や基礎科学分野の伸びを受けてか、日本のメディアなどから中国における日本人研究者らが問い合わせを受けることが増えており、それに対して、「少しでも日本のためになれば」と在中の日本人研究者の皆さんは善意から情報発信をしているのが現状です。それに対して悪意ある嫌がらせを行うというのは、そういった情報提供の委縮につながりますし、それは日本自身にとって決してプラスにはならない行為です。

 と言うことで紹介しておきます。月刊ダイヤモンドというと非常識なウヨ記事を良く目にしますが今回はまともかと思います。
 なお、服部氏が
1)問題は頭脳の外部流出であり、何も中国だけに外部流出しているわけではない。むしろ欧米の方が歴史的蓄積もあるので未だに中国より魅力的
2)「中国が魅力的」というより日本の研究環境が酷すぎる。中国は学術予算を増やしているが日本では減らしている。その結果、教員採用枠も減って、日本では私は「今中国で教授をやっている」ように教授になれたか分からない(良くて准教授止まり、それすら可能かどうか疑問)。日本政府が研究予算を増やせばすぐにでも頭脳流出は止まると思う
としている点が重要でしょう。問題は「日本が酷すぎる」点にあるわけです。にもかかわらず、服部氏に寄れば一部ウヨが「日本を捨てた売国奴呼ばわり」と言うのだから酷い話です。
 とはいえ、この点、服部氏も「かなり絶望的考え」ではあるでしょう。何せ、財政再建を口実に「国立大学予算は小泉内閣での大学法人化後、民主党政権も含めてずっと減ってる」わけです。「授業料や企業との共同研究などで自己収入を上げて頑張れ、国の予算に必要以上に頼るな」とばかり大学は言われる。何も服部氏だけが「予算を増やして欲しい」といってきたわけではない。大学学長や学会会長レベルの大物学者もそう言ってきた。
 にもかかわらず国立大学予算が増える兆しが無い。当然、研究環境が良くなる兆しが無い。その結果、服部氏も「日本で研究を続ける希望を捨てて中国にやってきた」。
 服部氏からすれば「後輩研究者に無責任に海外での研究を薦められないが、日本での研究に希望があるかのように言うのも別の意味で無責任だ」「俺は日本を捨てて中国にやってきたわけだし」「まあ、それぞれが自己責任で考えて動いて下さい、ケースバイケースとしか言えない(げんなり)」と言うところでしょう。
 今の日本ではとても「日本で研究を続けること」に希望があるような嘘は言えないでしょう。
 「日本人は海外では当然、外国人であるというハンデ」を考えても「日本での研究に、海外での研究よりも魅力があるとは必ずしも言えない」悲惨な状況が今の日本です。